1-32 死を恐れぬ紫の蝶 デッドエンド・バタフライ #2
「ぐあっ……!」
バリアもなく、バタフライは入れられた剣の刃で出来た傷に痛みを覚える。血は出たわけではなかったが、服には亀裂が入っており、肌が露出していた。当然、それはエロさを含んでいる。
「ヒットポイントゲージが――」
「減ってる……?」
ヒットポイントゲージは、確実に少なくなっていた。七〇パーセントなんてものではない。五〇パーセントを割っていた。そして、稔とラクト、ヘルもスルトも、そのゲージの減りようには驚愕する。
一方、狂いだしたのが精霊だった。状態異常系魔法の効力は一瞬にして消えてしまう。
「貴様、よくも半分以下にまでヒットポイントを削ってくれたな」
「な、なんだ……?」
「――闇と氷のゲームの始まりだ――」
「うがっ……!」
不吉な笑みを浮かべるバタフライに、稔とラクトはとてつもない不快音を耳に浴びせられる。二人だけではない。後方、ヘルとスルトにも不快音は届いていた。
「鼓膜が……」
剣の光は弱まるところを知らないが、それを振りかざした所で音が小さくなるわけでもなく。鼓膜が破れるのは時間の問題と判断し、稔とラクトは後方、ヘルとスルトの居る場所まで下がった。
「紫の蝶は、死ぬことを恐れない。もちろん、他人を傷つけることも恐れない――」
そう言うと、バタフライは高笑いを浮かべる。そして、その最中に彼女の周囲に三つの氷の結晶が作られる。そして、それは数を増やしていき、やがて銃へと生まれ変わる。
「何を、するつもりだ……?」
「言ったはずだ。これは『闇と氷のゲーム』。『紫の蝶は、死ぬことを恐れない』、と――」
「そんなの理由になってない!」
「貴様の勝手な価値観を押し付けるな。さあ、精霊を召喚した者よ。後悔するがいい……!」
稔が再び何をするつもりなのかを聞こうとした、その時だった。
「序章……第一の判決! ――白色の銃弾――!」
稔は思わず、バタフライが構えた銃の銃口に目をやる。刹那、白色の銃弾が稔の左右を通り抜けた。……幸い、ラクトもヘルもスルトも無事であったが、その銃弾の威力はとても破壊的だった。
「え……?」
競技場の観客席のような場所に当たった白色の銃弾は、その場所を凍らせる。
「ハハハ。怯えるが良い。これが、我の持つ強さだ。――だが、これは序章にしか過ぎない」
「バタ……フライ……?」
「我は貴様に容易く呼んでいいなどとは言っていない」
「……」
口篭り、黙る稔。一方でバタフライは此処ぞとばかりの威力で、更に攻撃を加える。
「前章……第二の判決! ――漆黒の蝶舞――!」
踊るバタフライ。舞うバタフライ。それは、至極美しいものであったが、同時に闘技場から光は消え、闇と氷の世界へと誘われる。闇夜に、白色で透明な氷が光のように映る。それは、幻想的な世界といえるような世界でも有り、光のない世界ともいえた。
「何を……する気……だ?」
「ハハハ。アメジストの効果は、こうした方が効果が絶大になる。貴様、それくらいも分からぬのか?」
「ああ、そうだ。何せ、今日この世界に来たばかりの『超絶』が付く新人だからな」
「何を勝ち誇りおって。――貴様、許さぬ」
稔の態度に、バタフライは怒りを覚えた。新人なら新人なりの態度を取ればいいわけであって、何も自分に対して煽りを入れる必要はなく、そもそも何故こんな人間と契約を結ぶ必要があるのか。
苛立ちはやがて。バタフライという紫の蝶が動く、一つの原動力へと化す。
「残念だが、貴様が泣いた所で判決は止まらない」
「そうか。……それは残念だ」
「ならば、早々に諦めよ。我は貴様と契約し、貴様の精霊になるつもりは微塵もない」
だが、その言葉に稔は屈しない。精霊になるつもりはないと言い放つ目の前の紫色の蝶も、最終的には堕ちるのである。『嵐の前の静けさ』ならぬ、『静けさの前の嵐』である。
「残念だが、俺はお前の言っていることには屈しないぜ」
「ならば、貴様が意気消沈するまで攻撃を続けてやろう。――こちらこそ、貴様には屈指ない」
「望むところだ」
煽る稔。しかし、彼の心の中に迷いはない。彼は、責任をとれと言われれば取ってやる覚悟で居た。
「中章……第三の判決! ――一二秒間の時間停止――!」
「なん……」
「ハハハ。これで時間は停止した! 後は、魔法使用者が全てを変更できる!」
対抗実らず、稔はその場で行動を無理やり停止させられる。といっても、使えるのは僅か一二秒。話せば話すほど時間は過ぎていくわけであり、計画的に使わなければならない故、手腕が問われる。
「終章……第四の判決! ――希望の粉砕――!」
残り八秒。バタフライは稔の心を覗いた。召使でもないため、バタフライに彼の心は覗けなかったのだ。しかし今。彼が抵抗することのない今、嘘偽りもない稔の心を覗くことが出来る。
「……」
バタフライは、自分が殺そうと――否、排除しようと思っていた者の心を覗く事自体には、決して悪の感情を抱いていなかった。故に、稔の一面を見たその時には口を開いたままに何も出来なかった。
「なんで、なんで……」
残り四秒。バタフライは初めてだった。こんなに優しい司令官に遭遇するということが。 これまではただ単に尽くせばいいだとか、そういう事だけが脳裏を過り、強要されていた。勿論、そこに愛はなかった。召使へ愛を注ぐ主人が居ないのだから、石に対してなら、もっと愛情を注ぐものは居ない。
けれど、今。覗いてしまった稔の心の中には、召使への愛があった。同様に召使も皆、主人を信頼していた。
「――」
言葉にならないかつての悲しみが浮かび上がる。稔だけではなく、他の人の心の中を覗いていく度に悲しみは更に浮かび上がっていった。一方秒数は減ってきており、長く覗いていることは不可能だった。
「バタフライ……?」
「容易く呼ぶでない」
「お前、殺されに来たのか?」
「そんなわけ有るまい。――さあ、戦いを続けよう、稔」
「『稔』って、なんで俺の名前――」
稔が『バタフライ』に聞こうとした時だった。バタフライ本人からは攻撃を貰わなかったものの、攻撃に似たものをラクトから稔は貰った。
「――きっと、好感度が上がってきてるんでしょ。心を覗いてしまったから――」
「なるほどな。……あとラクト。お前、人の耳元で話すの禁止。胸当たる」
「気にするな、気にするな」
笑顔で言うラクトに、稔は女性らしさをあまり感じなくなってきていた。もう少し、恥ずかしそうにしてもいいんじゃないかと思うラクトだったが、「こいつはサキュバスの娘だしなぁ……」などと勝手に自己完結すると、その話を考えるのは止めた。
――のだが。心を覗いていたラクトに一度、右足を踏まれてしまった。
「末章……最後の判決! ――闇と氷の駆動紫蝶――!」
明るい紫色の光りに包まれる紫の蝶。闇のステージ、とでも言うべき姿に豹変した姿の闘技場の中に光るそれは、非常に映えていた。……だが、その時に稔は気付いてしまった。
「泣いてるのか?」
サングラスの向こう側、闇と氷の駆動紫蝶の効果により。そのすさまじい威力を発揮するために、バタフライのヒットポイントは減少していた。何しろ、これが彼女の最後の判決なのだ。
ヒットポイントは減るが、その反面で大ダメージを与えることが出来るということで、ハイリスクハイリターンな魔法なのである。
当然ながら、代償としてヒットポイントはどんどん減っていく。それは、痛みがないはずがない。
だが、その痛みは紫の蝶がハイリスクハイリターンな魔法をした代償というわけではなかった。
「――ハァァァァァァッ――!」
泣き顔のまま。バタフライは紫色の光を作る剣を、四人の方向へ猛スピードで迫って、第三の騎士四重奏の主人である対象者を斬ろうとする。加えて、始めに作った銃を乱射する。銃弾が無くなるまで乱射する。
稔は別に、バタフライの逆鱗に触れたわけではなかった。何故か、バタフライは無我夢中で稔にあたって、攻撃を加えていた。「こんなことしたら本当に排除してしまう」ということを、バタフライは分かっていた。
けれど、外れたネジはそう簡単に戻せなかった。
「A・S……」
「六方向砲弾――」
稔の居る方向へ、バタフライは駆けた。
一方、稔の心の中も相当憂鬱だった。殺したらいけないのにもかかわらず、目の前の相手は自分から死のうとしているのだ。ヒットポイントゲージはどんどん減っているのだから、攻撃を加えるのはやるべきではないことだ。それでも……。
「攻撃を加えるのは、やっぱりするべきじゃなかったかな……?」
「貴様ァァァァァァ――!」
「さあ、来い……。俺を斬りに来い――」
バタフライ以上に光る紫色の剣。それを持って、稔はバタフライが自分自身の方向へ向かってくることを阻止しようとした。だが、今度は身体の一部分に傷を入れようとは思っていなかった。
――「剣を剣で斬る」。それが、稔が今思っていたことだった。
「一刀……両断……ッ!」
涙を流しているために、バタフライは顔を下に向けながらの剣捌きだった。しかし、涙を隠すことは出来なかった。稔に飛び掛かった時、涙の雫が垂れたのだ。下へ、落ちたのだ。
「アメジスト……貴様の力を見せてもらうッ!」
「ああ、そうか――」
魔法を使って強化させたバタフライの剣。怯えたりはしなかったが、稔はアメジストという紫色に輝く石に意思を託し、剣同士で斬り合うことを脳裏に刻んだ。
「……」
「――」
紫色の剣同士が、金属特有の音を立ててぶつかった。しかし、競り合いには勝ちと負けがある。引き分けなんてものは、本来はあってはならないのだ。……そんなことはいい。
「えっ――」
稔が斬ったバタフライの剣は、柄の部分と刀身の部分が分離してしまって光も放たなくなった。だが稔が最後まで剣を入れてしまえば、当然ながらバタフライの身体を傷つけることになる。
でも、稔にその度胸はない。童貞特有の「女性を守ろう」というような、そういった心理が働いていたのだ。
「んむっ……?」
ラクトの指示通り、稔は精霊の唇と自分の唇を触れさせた。斬り裂こうとしていた気持ちは無く、故に紫色の光る剣はその場に捨てられた。だが、稔は剣に対して謝っていた。「ごめんなさい」と。
そして、その剣はラクトによって回収された。ヘルとスルトは稔の気持ちをラクトから聞かされ、ラクトとともに無言で後ろから見守っていた。
「ぷはっ……」
アメジストの宝石の色の輝きは、稔が今まで見てきた以上の輝きを放った。稔の目の前に居た『バタフライ』と呼ばれる彼女、正式名称『デッドエンド・バタフライ』は、目をトロンとさせ、疲れてしまったために稔の方に倒れる。
「ちょっ――」
ただ、倒れてきたバタフライの身体は凄く軽く、稔は改めて精霊が女性しか居ないということを思い返し、心臓の鼓動を早めた。――流石は、男子高校生である。思春期真っ盛りなのだから仕方が無い。
「夜城」
「なんだ?」
「我は、貴様の精霊にならねばいけないのか?」
「ああ、なってほしい。……けど、嫌ならならなくてもいい」
「断ったら、貴様は悲しむか?」
バタフライの質問に、稔は首を上下に振った。後、口を開いて「ああ」と答えた。
「分かった……。では、貴様の精霊になるための最終契約を行いたいと思う」
「最終……契約……?」
最終契約という言葉に、稔は首を傾げた。だが、最終契約は至極簡単な話だった。
「呼び名だ。貴様が我の事をどう呼ぶのか、貴様を我がどう呼ぶのか。それが、最終契約だ」
ただ、稔は呼び名という呼び名を簡単に決めてしまった。
「お前は紫の蝶だ。『紫』って漢字は『紫』って読む事が出来る」
「それが名前か?」
「違う。続きがある。……お前は、その服装を見た時思った。『姫』だなって。だからお前の名前は、『紫姫だ。――夜城って名前は、使いたければ自由に使うと良い」
バタフライの苗字に『夜城』と付く場合は、『夜城紫姫』。付かなければ、単に『紫姫』。バタフライの名前は、結局紫姫に落ち着いた。
「紫姫はいい名前だ。――では次だ。貴様、我になんと呼ばれたい?」
「デフォルト設定は?」
「石の名前で呼ぶことになっている。つまり、貴様は『アメジスト』」
「んじゃ、格好良いからそれで呼んでくれ、紫姫」
「理解した」
紫姫はそう言った後、稔に驚愕の事実を伝えた。
「アメジスト。貴様の魔力の効力は、先程我の剣を斬り裂いた時に二〇倍まで上昇していたぞ」
「なん……だと……?」
「ともかく、我はアメジストの精霊だ。加えて、先の戦いで疲れてしまった。石に戻ってもいいだろうか?」
「か、構わないぞ」
「了解した」
紫姫は礼をした後、「では失礼する」と言って稔の紫水晶の中に入っていった。なんにせよ、ここが紫姫の住処で有る。住処を追い出されるのは人間が嫌がるように、召使だって精霊だって嫌がるものだ。
「ご主人様」
「ん?」
「さっき、紫姫の心の中を覗いたら、あと三〇秒で自動的に転送されるみたいだ」
「ど、何処にだよ?」
「それは――秘密かな?」
「お前……」
「まあ、ヘルとスルトは早く召喚陣の中に戻したほうがいいんじゃないかな。疲れただろうし」
ラクト自身も疲れがないわけではなかったが、サモン系ではないのだ。そのため、疲れ具合はそこまで酷くはなかった。サモン系の方がカムオン系よりも、より多くの魔力を消費するというわけである。
「ヘル、スルト、応召!」
ラクトの指示通り、三〇秒が経過するまでに稔がヘルとスルトを召喚陣の中に応召した。その直後だった。
「稔にお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「私にも、漢字の名前を与えて欲しいんだけど……ダメかな?」
「別に構わないが……」
まだまだ二〇秒程度残っており、名前を考えることは早くやれば出来なくはないことだ。
「あのさ、稔」
「ん?」
「私ってさ、親から『ブラッド』って名付けられているんだよね……」
「そうなのか。――じゃあ、今度からそう呼ぶべきか?」
「嫌。ラクトでいい。……でも、二人きりの時だけの名前がほしい」
近づくラクトの匂いに、稔は心をバクバクさせる。
「やめろ。そうやって、私のサキュバスとしての心を呼び起こさせようとするな」
「し、知らねえよっ!」
顔を赤くさせる稔。そして、時間はどんどん減っていく。
「さあ、名付けろ」
「ブレッドって血って意味だろ? ……じゃあ『朱夜』だ。お前は『夜城朱夜』」
「朱夜か。ありがとう、稔っ!」
「だっ、抱きつくなっ! お前は胸大きくて、唯でさえ目に毒なんだし、あんまり抱きつくな!」
稔が言うと、ラクト――もとい、朱夜は笑みを浮かべていった。
「余談だけど、紫姫のカップ数はCだったよ」
「そ、そんな情報は要らんがな……って、うわぁっ!」
自動転送が始まったが、朱夜は名前も付けられたことも有って稔と離れ離れになりたくなかった。そのため、稔に胸を押し当てるようにして抱きつきながら、自動転送を楽しんだ。




