1-20 ボン・クローネへ
「で、行くって決まったのはいいんだが……。一応稔はテレポートが使えるとはいえ、僕らはどうすればいいんだ?」
「それは――。でも、アニメとかの描写では肩組んだりすれば軽くテレポート出来る気がす――」
言い切れなかった。稔の台詞に、ラクトが口を挟む。
「ダメだよ。どのみち今のご主人様じゃ、一緒に連れていけるのは一人が限界だ」
「一人……」
ラクトは口にこそ出してはいないが、召使と主人という関係上、一緒に連れて行くのはラクトであるのは決まったようなもの。そしてそれが何を示すかといえば、『リートとスディーラは、テレポート以外の方法でボン・クローネへ向かう必要がある』という事だ。
「俺の力量不足のせいなのか……。畜生」
「でも、そのうちきっと……」
戦いが起これば、それは即ち戦力の差で勝負が決まる。が、今は戦いの時ではない。稔とラクトは、リートとスディーラと共戦しているわけでない。敵同士で戦っているわけでもない。
置かれている状況は、敵同士でも共戦関係にあるわけでもなく。ただ、仲間として。戦いの仲間ではなく、友人関係の中の仲間として。置かれているだけなのだ。
言葉に詰まったラクトは、そんなことを心の中で考えていた。
「まあ、安心してください。空を飛ぶ程度のことは、我々王国民からすれば容易なことですから」
「お、王国民……」
その言葉、日本の、それもヲタクの人に向かって言えば他の事になって聞こえるから困る。
が、ここは異国の地。異世界の地。そんなことを深く考えたところで、稔が説明しなければならないだけで、稔が嫌な目を見るか、溜息を付く沙汰になるか。それくらいにしか繋がらず、メリットは稔にない。
「要するに、心配要らないってことですから」
要約する必要性を稔は感じていなかったが、取り敢えず「そうか」と稔は反応した。
「まあ、そういうわけで。……稔さん、召使さんと一緒に先に行っていてください」
「でも、俺はボン・クローネなんてどういう街なのかわからな――」
「大丈夫です。恐らく、私が王族オーラを出していれば、観衆が声を上げるはずですから。まあ、その方向に走ってきてください。無理なら、ラクトさんと空を飛んで、加速してもらうのも有りかと」
さすが王族というところだった。リートは現状、兄が居ない中では自分が国のトップであるから、考えてから話していた。
「それに、これまで会えなかった分も含めて、スディーラと一緒に色々と話しながら行くつもりですから、一時間程度は時間を見積もっていただければいいかなぁ、と思うのですが……」
「そ、それが本当の目的か!」
急ごうとしている裏にそういったことが隠れていたわけだ。
……と言っても、スディーラとリートは完全に意思疎通しているわけではない。目と目を見るだけで何か話し合える中ではあるが、内容をしっかりと理解できる文章にして伝えられるのは必ずでなく、それほど高い確率ではない。
「つうか、男女でボン・クローネって、完全にデートじゃん」
「デ……」
「羨ましいよ、僕は。何せ、僕の召使は龍型だからね」
「龍型……」
獣が居れば、龍だって居ることは、当然といえば当然だ。
「召使っていうか、精霊っていうか。……でも、それは主人が決めることであって、正式にはどっちでもいいんだよね」
「へぇ」
精霊でも召使でもいいという話を聞いて、稔は少し身体を震え上がらす。何しろ、精霊は亡霊だ。稔の召使は一度死んでいるのだ。つまり、亡霊ということになる。
……ただ、女性的な亡霊というのは、マニアックな趣味の人には大歓迎されるのは言うまでもない。
「取り敢えず、君たちはデートをしてきなさい。召使と主人が意思疎通していれば、出来る事の幅も広がる。それに稔の召使は人型なんだ。獣型、龍型、共に主人の言ったことは聞いてくれても、彼らは言葉を発しない。つまり、主人は彼らが言ったことを理解できない」
「……」
「が、人型は違う。――そこを理解しておけよ、新国家元首」
稔は、『ネクストエルフィリア』という言葉に格好良さを感じた。そんな稔の心を読んだラクトは、「主人はこんなことに格好良さを感じるのか……」と思ったが、口には出さない。ため息にして出すこともしない。
「ということで、ボン・クローネで会おう。さらば」
「ちょっ、待――」
右手を前に押し出したところで何かが変わることもない。高度高く、彼らは飛び立ってしまった。稔だって空を飛ぶことはできるが、あの二人から言われたことを脳内再生すると、それをしてしまうと悲しむ人が出ることは明白だった。
「ご主人様」
「なんだ?」
「デートって何?」
「えっ――」
知っていそうな感じが濃厚だと思っていた稔に、その言葉は驚愕を与えた。
「嘘だろ! お前が知らないなんて有り得ない!」
「うっ、嘘じゃないよ! デートなんて知らないよ!」
「ま、真面目に言っているのか……?」
ラクトは口に言葉は出さない。代わりに、首を上下にふる。
「本当なのか……」
「ご主人様は疑いすぎだなぁ。……そんなに召使が信じられないの?」
「信じたいけど、その大きな胸と美貌を持っているのに知っていないというのは――」
「ふふん、スタイルいいでしょー」
「笑顔可愛いよな」
「褒めてくれてありがとー」
ラクトはサキュバスの娘である。淫魔なのだから、美貌でなければ役は務まらない。
「それで、デートって何? ――三行で頼む!」
「今北産業のノリか……」
「今北産業って何?」
「『今来たばかりの私に、これまでの流れを三行で説明しろください』ってことだな」
「しろください?」
「命令したいけど、命令して答えてもらえないと悪いからってことだ」
「なるほど。……で、その今北産業で説明して欲しいんだけど」
ラクトは一歩も譲らない。
稔は、いい逃げ道が出来たと思っていたのだが、流石は心を読んでいるだけ有る。
「でっ、デートっていうのは……」
「うん。――なんで顔赤くしてんの?」
「うっ、うるさい!」
稔はツンデレのような対応をとるが、稔は決してそんな人間ではない。
「デートってのは――」
男女二人が
ある場所を
一緒に巡ること
だ。……分かったか」
しっかりと三行で説明した。行数を変えずとも言える事であるが、ラクトの希望に稔が沿った形だ。ただ、そんなラクトの希望に沿って言って、少し恥ずかしいように感じていた稔に、ラクトが言葉の爆弾を投げる。
「なーんだ。恥ずかしいことじゃないじゃん」
「そ、そりゃ男を何人も相手した――」
「そっ、それは昔の話で、今は……」
「ごめっ――」
転生して一番最初に有ったのが稔なのにもかかわらず、それを理解していなかった稔がラクトに危険球を与えた。別に、ラクトもそのうち言われることは分かっていたものの、有った初日に言われるとは思ってもみなかった。
「まあ、今はご主人様専用だし」
「おいこら、意味深なこというな」
「えへへ」
笑いを浮かばせながら近づくラクトに、稔は逃げようとした。少し怖かったのだ。理性が暴走したりして、もしラクトを悲しませたりしたらだとか、自分を嫌いになって、せっかくの召使を辞めるんじゃないかとか。そんなことを思って。
「大丈夫。……だから、デートしよ」
「そ、そういうのって普通主人が決めるもの――」
「スディーラが言っていたことを忘れたのかよー?」
「……いえ」
「んじゃ、その通りに行動しようよ!」
「……はい」
召使の提案を呑み、それに乗る主人が居ないことはない。ただ、強引な提案に乗る主人は少数だ。
「でも、デートなのに『ご主人様』って呼ぶのもどうかと思うんだが……」
「じゃあなんて呼べばいいのさ?」
「『稔』って普通に呼び捨てで言ってくれればいいよ。凝らなくていい」
「理解。――んじゃ、稔。デートの始まりダァァァ!」
「熱血な女にならなくていいよ! ……素のままのお前でいろ」
稔がそう言うと、ラクトは笑顔を浮かべて頷いた。……と、そこまではよかったのだが、ここで『デート』という言葉の意味を詳しく説明していないにもかかわらず、何も稔が心の中で考えていないにもかかわらず、それは起きてしまった。
「えっと――」
「手を繋がないとテレポート出来ないと思うんだけど?」
「あっ……」
ふと、自分で墓穴をほってしまったことに気づく。
何も考えていないままであればよかったのだが、それは不可能に近い事。稔は、「こいつ俺のこと好きなのか」と思ってしまい、結果的にそれが仇となってしまった。……のだが。
「でもまあ、好きだから安心しな。私、稔のこと大好きだから」
「いきなり近――」
それが結果的には、稔からすれば……もとい、男子からすれば素晴らしい展開へと繋がることになった。
「なっ、何する気だ……?」
「心の中で言ってるじゃんか。『キスしたい』って」
「そ、それは――」
「いいよ。初めては大好きな奴とするって決めてたし。……まあ、転生した召使の唇は生きている奴の唇とは違うかもしれないけど……」
自分の心の中で思うだけで話が進むのは凄く嬉しい事ではあった。ただ、キスをすることに稔は躊躇いを感じた。そして、こんなことを聞く。
「なあ。お前、もしかして『デート』の意味知ってたんじゃ……」
「どうかな? 答えは……」
「こっ、答えは……?」
ラクトは更に稔に近づいた。当然、稔は現実世界では思春期真っ只中の高校生。それはもう、女性の身体が密着したのなら、もうそれは心の中の興奮を隠し切れない。……ただし、まだ理性が消されていないので、身体の方はなんとか耐えることが出来た。
「――知ってたよ――」
そして、耐えている稔の耳元で、ラクトはそう言った。自分の大きな胸を稔の身体に当て、密着させながら言った。
「えっと、だから怒らないで欲しいんだけど……」
「怒らねえよ」
「ホントに?」
「俺はそんなに短気なやつじゃねえよ」
「やったぁっ!」
怒られないことを聞いて、ラクトは喜びの声を上げた。だが、つまりそれは危険なことが始まることを意味していた。誰に危険が及ぶかというのは言うまでもなく、稔だ。
「早くテレポート!」
「でも、『ボン・クローネ』って単語だけじゃどっかに飛ばされちゃう……」
「バーカ」
「え?」
「私は召使だぞ。ボン・クローネくらい知ってるわ」
「そういうものなんだ?」
「おう」
稔が疑問に思って聞き返したりしたが、ラクトはその一言で持ちきりだった。
「それじゃ、稔。『ボン・クローネ ヴェレナス・キャッスル』って言ってみて」
「そ、そこに行けば何かがあるのか?」
「まあ、心配しないでいいから。私がこのデートをリードするんで、心配なんて無用だ」
「うわ……。心配しか出来ねえ……」
「酷い」
ラクトは涙目を浮かべそうになった。ただそんな涙目を見ていると、稔は「自分が何かをやらかしたような気分」になって来てしまった。その為、ここで稔は秘技を使うことにした。
「ごめん……」
「いや、許すけど……」
謝りながら、稔はラクトの頭を撫でる。これこそ、「ナデナデ」という秘技だ。
「えっと、何?」
「撫で撫でがどうかしたか?」
「そ、そうだけど……」
「嫌な気分になったか……?」
「な、ならないよ!」
ネットで見た情報を鵜呑みにして、稔はラクトに秘技を使ったものの、見事に成功した。威力を発揮したのだ。
「――でもボン・クローネって観光都市だから、観光客がいっぱい居て、一時間で巡れるのは少ししか無いし……」
「へえ……」
「つまり、急がないといけないんだよ。一時間しか時間はないんだから」
「それもそうだな。――でも、なんて言えばいいんだっけ?」
「ご主人様、しっかりしてくれよー」
「悪い」
稔は笑みを浮かべて謝った。軽い謝罪だ。ただ、仲間内であればそれほど大きい問題ではない。
「『ボン・クローネ ヴェレナス・キャッスルへ』って言えばいいよ」
「おう。わかったぜ。……んじゃ、遠慮なく」
誰も人影はないので、大きな声を張って言うまでは行かなかったが。恥ずかしさを忘れて稔るのは言った。
「ボン・クローネ、ヴェレナス・キャッスルへ!」
そう言うと、テレポートが始まった。勿論、瞬間移動的なものであるし、移動する時間は一秒以内に収まった。その為、数える日間もなくボン・クローネに二人はついた。
日本で言う京都のような街。それが、ボン・クローネ。ただし、多く有ったのは日本風建築物ではなく、中世ヨーロッパ風の建築物だった。そしてそれは一列に並び、景観を壊すようなビルはなかった。




