1-19 ツインタワーの場所の意味
「しっかし、あの子は何だったんだ?」
「まあ、旅で変人に会うことはよくあることだと思うけどな、主人様?」
「それもそうだけどなぁ……」
冒険ファンタジーとかRPGとか。そういったものであれば、主人公は故郷の街を旅立って何かの目的を持って、有る場所へ行くことをしたりする。また、道中で有った敵と戦って経験値を得たりする。
そんな中で大体の作品であれば変人――というよりも、「性格が覚えやすい人」が出てくるものである。あまりにも地味すぎる女性キャラが居る一方で、執拗に自分に近づいて来る女性キャラが居たりするように、ゲームのキャラクターバランスを考えた時、そうなってしまうのは仕方が無いのである。
稔は考えてみる。
マドーロムというこの世界。来てみて出会った召使は執拗に近づいてきた。一方で、王女リートは近づいてこない。……それを望んでいるわけではないが、もう少しクールさの中にデレを出してもいいのではないか。
と、そんなことをアニメ関連に詳しい人間、ネトゲ関連に詳しい人間目線で考えてみる。
「ですが、稔さん。フランメ様はそれほど変人というわけではないかと思います。
……そもそも、ああいった方の一人や二人、田舎だとしても居ると思います。何しろ、この王国は魔法を使える人民が大多数。自分に向いている魔法が一体何なのかだとか、そういったことを教えてくださる方が居てもおかしくはないかと、私は考えますが……」
「要するに、現実世界で言う占い師みたいなやつか」
「『ウラナイシ』、とはなんでしょうか?」
ここでもまた、稔から見て異世界のマドーロムと自分の住んでいた現実世界での食い違いが起こる。理解することは不可能ではないのは確かだ。ただ教える側からすると、「そんなのも知らないのか」と言いたくなってしまうのが「知っている側の心理」なのかもしれない。
稔が抱いていたそれは、差別とかに少し近い感情では有った。人ではなくてもエルフィートを見下しているわけだ。それこそ、笑い話で済まされれば何も重大事ではないし、心配するようなこともない。ただし、万一それが原因で居座古座が起こったのならば、それは重大事と言わずになんというか。
勿論、そんな葛藤もラクトからすれば透け透け。聞こえていた。だが、ラクトはそれを言わない。それは、ラクトの気遣いだった。遠回しに自分の主人が考えていることを言ったとして、それで自分が責任を負わされるのは嫌だ、と思ったのだ。そして、主人の葛藤を無駄にしたくなかったのだ。
「ウラナイシ、っていうのはな――」
葛藤を終え、稔はリートに『占い師』について話を始める。
「自分の運勢とか、そういうのを見てくれる人だ。自分のこれからの生き方の参考にするためにも活用される」
「運勢ですか。……それで、例えばどういう風にするんですか?」
「占いの方法か?」
「それです」
稔は『占い師』という単語は言っていたにも関わらず、その『占い師』が何をするのかを言っていなかったのに後から気づいた。ただ『占い』という単語をもう言っているので、今更だと感じて補足はやめた。
「占いの方法か。大きく分けると、手の線とか星座とかタロットとかかな」
「難しい言葉が多いですね。でもそれって、稔さんの現実世界では日常的に行われてたんですか?」
「ああ、そうだな。朝のテレビ番組だと大体占いはやってるし」
「テレビ……!」
「どうした?」
リートは、テレビという単語に酷く反応した。そして、何故そんな反応を見せたのかということを、幼なじみの立場からスディーラが話す。
「リートは、テレビが大好きなんだよ。この国じゃ、テレビと新聞とラジオくらいしか情報を得る手段はないからなぁ。中でも面白い話題を提供してくれるテレビは、リートも大好きなんだ」
「成る程」
リートの意外な一面を聞いた稔は、少しクスッと笑った。別に馬鹿にするつもりはなかったが、誤解を招きたくなかったため、笑った時は下を向いていた。
「それで、このタワーは電波塔なんだよね」
「えっ……?」
「気づかなかったのかい? ……まあ、無理もないか。鐘を鳴らすためだけに来たんだしね」
「ど、どういうこと――」
稔は戸惑う。自分の目が節穴だったということと、何処に電波塔が有ったのかということと、色々な事に戸惑う。その一方で、スディーラは笑みを浮かべて言った。
「このタワー、ツインタワーにしているのは意味があるんだ」
「どんな意味だ?」
「一つは、戦争で亡くなった、有る一人の姉妹のためだ」
「それってどういう……?」
稔は更に聞こうとする。そしてふと稔がリートを見てみると、何時の間にかリートの笑顔は消えている。
「この場所は、エルフィリアの帝都だった、ニューレ・イドーラ市を制圧された後、王族が逃げてきた場所なんだ。帝都が陥落した後、一時的に王族がここに避難してきた。空爆も受けていなかったし、地雷も無かったから、恰好の土地だったんだ」
「それもそうだな……」
帝都という帝国一の大都市が滅んだわけだから、帝国をまとめる者が国内の何処かへ逃げるのは、戦争が終結しない以上、考えないほうがおかしい。エルフィートにしても、人間にしても結局、権力を持って責任を持ったものは、絶望の淵に立たされた時には逃げ出すものなのだ。
所詮、人のことを考えられるのは平然としている時だけ。絶望の中で見えるのは、自分が逃げている姿だけだ。人のことなど眼中にない。
「でも、恰好の土地だったからこそ、ここで悲劇が起こった」
「悲劇――?」
「それが、僕がさっき言った『姉妹』の話だ」
スディーラは、言いながら目に涙を浮かべる。
「この場所は、『恵まれた農村』として有名だった。気候はそこまで厳しくないから多くの作物が育っていたし、人情にあふれる田舎って感じだった。――でも、戦争はそれを変えた」
稔は唾を呑む。
「戦争が開始して間もなく。帝国はヒュームルトなどの異国人を、帝都の収容施設に強制的に連れて行ったんだ。そして、ヒュームルトはこの農村にも居た。――でも、その人はとっても優しい者だったんだ。だから、この農村の中でも連れて行かれては困るって言った者が多かった」
戦争をしている時、スパイだとかを隔離するためにも強制的に施設へ送ったりすることは珍しくない。独裁国家であれば、非戦闘時ですら強制的に施設へ送ったりすることもあるが、それは稀である。ただ、自分たちの都合に悪いからという理由なのはどちらも同じだ。
「それで、農村に住んでいた者たちはそのヒュームルトの奴を保護した。帝国にばれないように、出来る限りの努力をしたんだ。――でも、無理だった。そのヒュームルトは子持ちだったんだが、見つかってしまったんだ」
暗いこの国の過去を語るスディーラに、リートは口を開かない。自分が王族であるにも関わらず、その話を聞いていなかったためだった。兄からも父からも母からも、聞いてはいない事実だった。
「そして、処刑することになった。でも、それに農村民は大反対する」
「当然だな」
「ああ、そうだ。自分たちと一緒に働いてきた奴が死ぬ姿を見るわけにはいかなかったし、スパイでもないヒュームルトが何故殺されなければいけないのかって事を思ったんだ。優しくてかけがえのない、村の誇りが、消えてたまるものかって」
「――」
「でも、現実は非情だ。処刑は行われてしまった。反対虚しく、帝国はそれを止めなかった」
スディーラの瞳から流れた涙は、頬を伝って地面へと落ちた。先程よりも多くの涙が溢れては流れ、暗い話だということを改めて実感させる。――が、泣いていたのはスディーラだけではなかった。リートも、顔を稔の目線から逸らしていたものの、頬には雫。光りに照らされたそれは、涙だった。
「そして、村の奴らが抵抗することを恐れた帝国は、一家全員を処刑することにした」
「なっ……」
あまりにも酷すぎる事実に、稔は驚愕する。優しさに溢れ、作業だって村の人と同じくらいにしてきた優秀な人材が、たった『ヒュームルト』だという理由で消えてしまう結末。そして、それだけではなく、その人材の周りの者まで消えてしまうというバッドエンド――。
「それで、殺し方も最悪だった」
「どんな殺し方――」
稔の質問に、スディーラは、流していた涙を押し殺して解答する。
「姉妹に銃を持たせて、姉には父を、妹には母を殺させた」
「うわ……」
「そしてその姉と妹も、帝国軍の軍人が後ろから銃を発砲して殺した」
「――」
自分の家族を殺すだなんて、余程の殺意がなければ行わない行為だ。いくら『ババア』だとか、そういう汚い言葉をぶつけたとしても、その言葉に殺意はない。「生きていて欲しいが、それはやめろ」という、意思表示なのだ。
だが、家族を殺す行為には殺意が有る。
余程の気狂いでなければ、余程の狂った教育を受けていなければ、親を殺すことなど『普通』は行わない。ただしスディーラが言ったように、強要されたのであればそれは別だ。
「父も母も、殺される少し前に電気を浴びて意識不明になっていたらしい」
「気絶か……」
「でも、それよりも。姉と妹は、何の罪もないのに殺されたんだ。ただ、父親がヒュームルトだからって理由で、この世を去ったんだ。姉は八歳、妹は六歳だったのにも関わらずな……」
「そんな――」
「姉も妹も、軍人に言われていたらしい」
「何をだ?」
「『お父さんとお母さんを殺したら、この戦争は終わる』って」
そんなはずがないのは確かだ。でも、そんなはずがないことですら、教育が行き届いていなかった戦時中は、考えることが出来なかったのだ。況してや緊迫状況下、そんな事を考えられるほどの冷静さが子供に求められたところで、子供はその期待に答えられるだろうか。
「終わったのは、戦争じゃないんだよ。終わったのは、一家の遺伝子だ」
「……」
駄洒落とか、うまい言葉言ったとか。暗い話でなければそう捉えてしまうものだった。
「それで、その処刑された場所に慰霊碑が建てられることになったんだ。今でも、この村の住人はその記憶を鮮明に伝えていく決意を持っている。そして、その決意がこのタワーだ」
「美しいツインタワーが、その『姉妹』か……」
殺されていなければ、立派な素敵な女性になれたのだ。二人ともに、自分の好きな人が出来て、その人と愛を育んで、後世に命を繋げていくことが出来たのだ。――でも、それは絶たれてしまった。病気でもないのに、たった血が繋がっている事だけで、命のリレー中に首から掛けていたタスキは道に落ちた。
「そして慰霊碑は、ビルに建て替えられることとなって、新たなものに生まれ変わった」
「もしかして、女神像とかって――」
「予想が有ってるかはわからないけど、神の像は親を表しているんだ。鐘は姉妹を表している」
「だから線対称――」
「そういうことだな」
男の神はヒュームルトだった父親を、女の神はその父親の嫁となった母親を、西棟の鐘は姉を、東棟の鐘は妹を、それぞれ表しているのだ。そしてこれは、帝国時代に悲しい思いをさせてしまったという理由で、王室から贈られたものだ。
「だから正直な所、この農村の人達は王室にはあまり良い印象を持っていはいない。――でも」
スディーラは、言いながらリートの方に近づいていった。そして……。
「今は違うぞ、リート。だから泣かないでくれ。ボン・クローネまで皆で行くんだろ? なのに、涙流していたら――」
「スディーラ……」
リートは、逸らしていた顔を稔に見せた。――と言っても、逸らしていた顔を見せようとした相手は稔ではない。自分のことを慰めてくれた、スディーラというこの農村で暮らしていた物に向けたものだった。
「まあ、暗い話は脳内に刻んでもらえれば十分だ。――それじゃ、本題の電波塔に関してだが」
「お、おう……」
「西棟がテレビ用、東棟がラジオ用の電波塔になっている」
「へ、へえ……」
暗い話を聞いた後だった為、流石の稔も反応は大きく出来なかった。ただ、そんな稔の心を察したスディーラは、大きく反応できない稔を気遣って、別の話題に逸らす。
「それじゃ、そろそろボン・クローネに向かいますか。グダグダしているよりも、早く行って、とっとと目的終わらせたほうがいいだろうし」
「だな、スディーラ」
過去の鬱な話をしたにも関わらず、涙を流したにも関わらず。スディーラもリートも、稔がそういった時には悲しい顔は見せなかった。




