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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
三章A エルダレア編 《Changing the girlfriend's country》
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3-13 アズライトvsアメジスト

 けれども、そんな束の間の解決に向かう道のりの半ば。紫姫とサタンという代理戦争の勃発が確認されたのは良かったのだが、それは即ち稔とラクトが参加できないことを示していた。もちろんながらインキュバスも参加できないのだが、紫姫とサタンの戦力差は圧倒的も同然。そのため、稔は心配の念を一つ持てしまった。


「(紫姫とサタンの戦力差が響き、戦闘狂と化した紫姫が暴走の果てに散華するんじゃ――)」


 サタンを信頼していないようで申し訳ない気持ちも有ったが、けれども精霊二体を同じように扱うのは不可能だった。差別をするのは絶対にしたくなかった稔だが、彼女を大切に想う気持ちはどうしても強くある。


 だから彼は、精霊、召使、罪源と、言葉で『区別』することと『差別』することを履き間違えないよう、慎重になっていた。そしてそれが、チート異能を持った精霊罪源サタンを恰も信用していないかのように捉えられる原因となってしまったのだ。でも、稔は口頭でしか言葉を切って入れられない。自身で紫姫を助けに行った時点で敗北は確定なのである。なぜならそれが『規約違反』に近いものだからだ。


 複雑に絡み合う口頭での話が糸と糸の絡まりのように見え、頭の中がこんがらがってしまった。ラクトは戦闘をただ見守っている事が出来ないわけではない様子だったが、一方の稔は思考回路がパンクしそうになって居ても立っても居られない。一発ばかし殴りをインキュバスに与えてやりたい気分だった。だが、それに該当する行為は出来ない。


「(見守るしか無いのか……)」


 稔は大きく溜息を付いた。目の前で行われている精霊同士の争いに出る役ではない。そう思えば確かに気が楽だった。けれどそうやって自身の心を偽装すると、稔は約一日過ごした紫姫との思い出を蘇らせてしまうのが彼の悪い所。右拳をプルプルと震わせながら、怒りを押し潰して紫姫が助かることを祈るしか出来ない状況は屈辱に近い。


「(紫姫、頼むから助かってくれ――。俺のもとに戻ってきてくれ……)」


 主人として願う稔。「彼女持ちだから他の女の名前を出してはいけない」などという暗黙のルールは関係なかった。大切な精霊さえ守れないような指揮官で良いはずがない。でも『代理戦争』という言葉は、そんな自分へ追い打ちを掛けてくれる。それだけではあるまい。サタンはサタンで戦闘をしている。だから、口を出して良いのかと思った。


「さあ、ショータイムの始まりだ! 行け、僕の精霊よ。――僕のバタフライよ! 舞いたまえ!」


 だが。そうやって稔が葛藤に燃えている刹那のこと、事態は急変してしまった。聞こえてきたインキュバスの声と共に、サタンに対して放たれようとしていたのは稔が知らない魔法。五〇パーセントダメージでもなく、五つの魔法の連なりからなる魔法でもない。特別魔法という位置づけではないような魔法である。


 それと同じ頃、ラクトが稔の右肩をトントンと手で叩いて自身に目を向けるように指示した。そして彼女は、大きく深呼吸をして首を小さく左右に小刻みに振り続ける。震える声の中、ラクトは暗い雰囲気で述べた。


「紫姫は『究極形態アルティメット』になってるんだよ、きっと……」

「なん……だと……?」


 稔は半信半疑だったが、確かに考えてみれば彼女の特別魔法には不要のはずの剣がある。それも二つだ。弓弦のように二刀流をするつもりなのかとか思ったりするが、今は楽しみながらいれる状況ではない。インキュバスが代理戦争に口を出すことは不可能ではないことを示したため、稔はサタンに対して叫んだ。


「サタン! そいつの魔法の焦点から離れろ!」

「予測なんか出来ませんよ! そんな行動な魔法を使える人なんか、この場所に居ないじゃないですか!」


 サタンは叫んだ。同時に紫姫とまともに戦うためには今のままでは好ましくないと悟る。けれど、そんな自分の弱い心は見せないようにした。心を読まれたらお終いなのは重々承知の上だが、それでも自身のプライドのために背中を見せたままにしていたい。それが、最凶にして最強の精霊で罪源としての務め――と、小さく頷いて確認したサタン。それに続き、紫姫に対して自衛権を行使する。



「――怒欲の罪(クライム・レイジ)」――」



 自衛権であり、報復攻撃であり、仲間を救うために残された数少ない方法のうちの一つ。どれだけ魔力を消費しようが関係ない。最強なら最強としての務めを、最凶なら最凶としての務めを全うしたかった。だからサタンに自衛権行使に関して一切の後退りはなく、むしろ精々した気分だ。そして彼女は魔法の焦点を定め、それを対象として呼称を述べる。


「攻撃対象……インキュバス……ッ!」


 一度俯き、それからインキュバスの方向に強烈に冷酷な視線を送るサタン。主人からの期待なんかこの際どうでもよく、まずは紫姫を助ける状況を作り出したかった。そのために必要なのは紫姫を始末することではなく、インキュバスを退治すること。規約違反だと訴え始めるインキュバスだが、既に逃げ腰だった。


「執行対象を……始末しますッ!」


 そして言葉が発せられ、同時にインキュバスは悲鳴を上げる。紫姫は忠誠を誓わせられた偽装主人の苦しんでいる表情が頭にきて、怒りと共に『究極形態』は更に酷いものとなってきていた。憎しみは憎しみしか生まないのである。圧倒的に荒廃させぬ限り、敗北者はチャンスを窺うのだから。


「稔! そろそろ本当に介入しないとまずいってば!」

「それは代理戦争じゃなくな――」

「そんなのどうでもいいよ! 救えるのは稔くらいじゃんか! 自分の役を全うしない主人が主人で良いの? 私はそうは思わない。確かに介入に踏み切るのは慎重のほうがいいけど、『究極形態』が切れたら紫姫はその場に倒れるんだよ? 私は奇跡的に回復したけど、紫姫は精霊なんだよ?」

「介入するくらいなら、最初から代理戦争なんかするべきじゃなかっ――」

「そんなの結果論じゃん! 彼女に縛られてんじゃねえよ! お前に忠誠を誓ってるのは私だけじゃないんだから、そいつら全員助けなくて何が正義だ! チャンスは今しかないのに、行かないでどうするのさ?」


 交わされる口論は、稔とラクトの心情をストレートに表わしていたも同然だった。他人を煽って論破するというのが通常のラクトの方式だが、今回はその限りではない。本当の気持ち、素直な気持ちを稔にぶつけていたのだ。だから煽るような表現ではなく、自身の主張が正当である事を示すような言い方が多く聞こえた。


「正義……」


 稔は再び自分のやりたいことを思い返す。自分が問題が山積している帝国へ足を踏み込んだ理由を思い返す。正義とは何なのか、今は敵となってしまった紫髪の少女との言葉を思い返す。サタンが役を全うせよと言ったことを思い返す。そして自身の支配下に居る、召使、精霊、罪源との記憶を思い返す。


「サタン。代理戦争の規約なんか放棄だ。俺は紫姫を助けに行く」

「分かりました。では私は、背後でバリア付近の守備を担当します」


 向かってくる紫姫、去っていくサタン。インキュバスは怖さに震えており、バリア外に居るのは稔と紫姫だけというような状況となっていた。向かってくる紫髪の少女は頬にるいを流していたが、それは自分が自分ではないように思えてきたからである。主人がどちらなのか、そんなのは後で良かった。今過ぎているこの時間が彼女にとっては訳の分からない事だらけで、説明もされなかったから理解すら許されない状況になっていたのである。


 そしてその怒りは、第三の精霊が『究極形態』を維持するためのエネルギーと化していた。それだけではあるまい。自身の魔力を生み出すための犠牲になるエネルギーとも化していた。そんな彼女は我を失ったも同然であり、自分がどのようなことをしているのかも分からないままに銃を左右に一丁づつ構え始める。


「――白色の銃弾ホワイト・ブレット――」


 その行為から然程の時間が経たないまま、混乱錯乱の中で紫姫による射撃が開始されてしまった。けれどむしろ、それは稔からすれば好都合な話だ。彼が使用可能なのは『瞬時転移テレポート』呼ばれる瞬時に場所を移動できる、移動系魔法では最強クラスの一つ下辺りに当たるものだ。転用は出来ないと言って過言ではないが、それでも使用可能な場面は多岐に渡る。


「(――瞬時転移テレポート――!)」


 一方の稔は目を閉じて「紫姫の後ろへ」と内心で告げ、魔法使用の宣言としてテレポートを開始した。止める人物は誰も居ない状況だったが、後ろが空いている証拠でもあった。この絶好の機会チャンスを逃すまいと、稔は素早く紫姫の背後に回りこむ。そして恥ずかしがる様子も無きまま、ラクトから『彼女に縛られるな』と規制緩和を告げられたために反射的に次の行動を取った。


「ひゃ……っ!」


 稔の反射的攻撃。それに気がついて声を上げたのも反射である。だが、それと同じく銃を握っていた手を緩めてしまった。それによって床へと落ちる二つの銃。直後にサタンが稔の内心で出された指示に基き、一時間の期限で使えることになった稔の特別魔法を『複製レプリケイション』バージョンにて使用し、回収した。その時にサタンは、ラクトの特別魔法から『麻痺パラリューゼ』も使用しておいたのだが、その効力は弱めだ。


「本当は俺の介入は認められないんだけども、チャンスを逃したくなくてさ。『紫姫』は大丈夫なのか?」

「紫……姫……」


 稔は反射的な攻撃として紫姫を自身に抱き寄せる行為に及んでいた。特に怒ったりしないラクトだが、これは彼氏の内心を覗いているからに過ぎない。その他、後方で守備に当たっている稔の支配下に居る者らの一部などは歯を食いしばって見ている。そんな頃、バリア外では紫姫が稔に小さく言った。


「助けてくれてありがとう。……もとい、我を救出してくれた事に貴台に感謝を申す」


 ツンデレ属性を持った常体使用者。それが紫姫である。稔は無言で圧力のない笑みと頷きを見せ、それによって紫姫は稔の支配下にある第三の精霊だということを再確認した。その後、稔が抱き寄せていた紫姫を離して右回りで一八〇度の回転をする。続けて彼は、このようにインキュバスへ言い放った。


「カースに負わせた心身的苦痛、紫姫とラクトに負わせた精神的苦痛、それ以外も含めて起こした罪への責任は取ってもらうぞ、インキュバス――」


 格好つけた発言は厨二病だった痛々しい過去を思い返させるようだ。けれどそれは、よく設定を知らない人物が聞かされている時である。闇とか混沌とか、そういう言葉に囚われてしまった哀れな人物と、設定を知らない人との間で活発な議論が交わせるかといえば、出る答えはノーである。


 そしてそれ以外にも、答えがノーとなる事例は存在した。


「インキュバス……?」


 既にインキュバスは居なかった。けれど、人数を数えてみた時、『-1』では合わなかった。風俗街の一店舗の中から二人が消えてしまった怪奇現象が発生していたのである。ラクトは考察して司令官の後にこう言った。


「インキュバスがお姉ちゃんを連れ去った……?」


 因縁の代理戦争は終結した。だがそれは、単に《代理戦争》が終ったに過ぎない。『パンドラの箱』という凶器を知った今、稔はインキュバスの強さを甘く見るべきではないとの考えに至る。それに続き、犠牲者をこれ以上に増やさないためにもエルダレア帝国をどうにかして変えるべきだと決意した。


「しかしながら、一体どこへ去ってしまったのでしょうか?」

「イステルに聞くか。あの処女集音器は素晴ら――ぐはっ」


 稔の魔法陣の中から突如として緑髪が現れたのである。彼女は右拳を強く握って貸し出し先の教師の腹部へと命中させた。それは言うまでもないことだが、彼の言動に問題が有る。名前を述べないで表現してくれたのは良かったのだが、内容が内容という訳だ。


「だれか『処女集音器』ですって……?」

「いやホント、口が滑っただけ――」

「言い訳は結構ですわ。貴方の言動の何処にその要素があるんですの?」


 イステルの台詞からは強い怒りを感じたため、稔は言い訳の一切無しで床に跪いて頭を付けた。風俗街から早急に出なければいけないのにも関わらず、時間を狂わせる謝罪である。だがイステルからの返答は無い。あったのは、場所を示す言葉だった。


「――政府庁舎に向かいましたわ」

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