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チートなしで敗戦国家を救うことになりました。  作者: 浅咲夏茶
二章 エルフィリア編Ⅱ  《Fighting in the country which was defeated.》
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2-66 605号室-Ⅺ

「良い話だったな」

「そうだね」


 ラクトは涙を浮かべて言ったが、鼻水を啜るような音は稔の耳へ入ってこなかった。鼻水が出ない特殊体質というわけではない。必死に堪えているのだ。これ以上稔に胸を貸される女にならないようにと、そんな強い思いで涙を堪えていた。


 そうして二人は、良い話だったところを挙げていく。それにラクトの意外なる知識が披露された。


「このアニメの脚本を執筆している人、一般映画に脚本ネタを提供するような人なんだよね。出身は俗に言うエロゲで、数年前の日曜朝に放送されるようなアニメの皮を被った絶望しかないアニメで人気を博した」

「ガッポガッポだろうな」

「胸と金にしか目がない無知は黙ってろ」


 酷い事を言う女だと思いつつも、あながち間違っていないところに腹を立たす稔。彼は自らが出しゃばれば痛い目に遭うのは明白だと悟り、必死に火病を患ったかのような反論はしなかった。


「確か、『赤虚原戀せききょばられん』とか名乗っていた気がする」

「三回早口で言ったら間違えそうな名前だな、おい」


 稔は失笑し、そう言ってコメントとした。なおもラクトは続けて言う。


「でもさ」

「ん?」

「一つ、言っておくべきことが有るんだけど」

「どうしたんだよ? ――まさか、赤虚原戀がお前ってか?」

「そんなわけ無いじゃん!」


 『ラクト』がイコール(=)で『赤虚原』という訳ではないと知り、稔はホッとしたようにため息を付いた。だが、それはラクトからすれば苛々を買うだけに他ならない。自分への侮辱としか受け止められないのである。無論、そのように見ていると伝わるのは自然とも言えるが。


「話を戻すけど。赤虚原さん、こう見えて精霊戦争をしている人なんだ」

「だから話が鬱なのか?」

「分からない。でも、作家の人生経験で話も左右されるってのは聞くけどね。過去の悲しい思い出や経験談を糧にしてこそ、真の作家――って、なに違う方向に向かわせようとしてんだよ!」

「お前が勝手に向かっただけだろ。俺は無関係だ」


 稔の言い様にはラクトも呆れてしまったが、彼女は嘆息を吐いて話を戻そうとした。けれど、それより先に口を開いた稔。彼は首を傾げて話を聞こうとする中に、重々しい話を受け止める覚悟を見せる。


「でも、赤虚原が精霊戦争の参加者って説明の根拠は何だ? ブログか何かで発表したのか?」

「違うよ。この人の過去作に『精霊戦争』をモチーフとしたとしか思えない作品が――」

「それは考えが早すぎないか? いくらモチーフがそうだからと、決めつけるのは違う気がするぞ」


 稔はラクトの意見を「考えすぎだろう」と批判する。その一方、そんな赤虚原氏の作品を見たくもあった。緻密な場所までモチーフそっくりに書き綴られていたならば、断言とはいかずとも推論としては随分な説得力が有る。無論、本人に確認を取らなければ話にならないわけだが。


「あっ!」


 そんな時、ラクトに名案が浮かんだ。同時に彼女は手をポンと叩いて声を上げる。もちろん、突然上げられた側としては驚く他無い。「なんだこいつ」と思う反面、稔はビクッとしたのを一瞬にして問う。


「名案が浮かんだのか?」

「織桜に聞けばいい。それより、これからヘルが歌うというのに声優が参加しないのは駄目じゃん?」

「デュエットか。まあ、面白そうだが……」


 そんな時だ。


「いいっすね!」


 自販機以来の再会となる。稔の召喚陣からヘルが突如として現れたのだ。否、それだけではない。スルトにサタンまで登場している。まだ一一時を回って少ししか経過していないというのに、謎の団結である。もっとも風呂場で四人衆となっていたことを考えれば、結束の場が無かったとは言えない。


「(――と考えると、紫姫は何故来ていないんだろうか?)」


 稔は紫姫の事を気に留めていた。ラクトと仲違いをした訳ではないんだろうし、別に確執が有るとは思いがたい。けれども、一緒に登場していないことを考えると身震いしてしまった。何かに巻き込まれたのかとかと思ったりしてしまうのだ。どこかの親御のようであるが、信頼する者が唐突に消えるほど悲しいことはない。


「稔ってバカだよね。主人の元へ強制的に戻ってこさせる機能があるのに」

「仕方ないだろ。一応は新米主人なんだし」

「そのくせ、精霊も罪源も二体持ち、既に多くの召使をデレさせるという快挙を成し遂げてるけど」

「それは偶然だろ」


 稔は言って自分をバカにしてやった。自分がそこまで出来た人間だとは思っていないし、今後思おうとも思わなかったからだ。現実世界で堕ちた自分はゴミ以下に等しい。働きに出る前に死んだからマシだとしても、戻った後に親の顔を見れるとは思わなかった。


 中学時代の仲が良かった友達と音信不通に近い状態となり、ボロクソ言われた高校生活。そんな二年半ばで死ねた。良いように言えばそうなる。フツメンの自分に自信が無いわけじゃない。でも、一歩を踏み出せない。そんな風に自分を批判してみると、ラクトの足跡おいたちなどと比べ物にならなかった。


「自分の消したい部分を前面に押し出したい性格みたいだけど、止めたほうがいいよ?」

「そうか?」

「そりゃ、日本じゃ成人を迎えていないような未成年者が反政府を訴えるなんて、稔には出来ないでしょ。でも、生まれた国が違えば環境も違うんだ。それを自分の負い目だと感じる必要はないよ」


 ラクトは稔に一喝するような事を言う。捻くれたり開き直ることも時に大切だが、前を向くことも重要だという真実を知っているからこそ言えたことだった。


「先輩とラクト様がまたイチャラブを見せつけてくるので、憤怒の炎が生まれそうです」

「お前シアン属性だろ」

「水は温められるんです、ラクト様。――何を意味するかわかりますよね?」

「熱湯を掛けるのか」


 サタンは「正解です」と言ってラクトの頭を撫でようと企んだ。しかしそれは、見事に拒まれてしまった。ただのじゃれ合いのように見えるが、何処か危なそうな匂いも漂っている気がするのは確かだ。それは百合という意味でも、戦いという意味でも――。


「ところでマスター。私のステージってテーブルの上なんすか? 流石に経費少なすぎないっすか?」

「バカ言え。俺は一人のプロデューサーじゃないんだ。アイドル衣装程度は用意できるがな」

「とかいって実際、嫁に頼るのは目に見えてるっすけどね」

「『頼る』ではない。『外注』と言え」


 稔の内心にはラクトを頼ろうという気持ちが少なからずあった。衣装を生成する能力なんかない稔からしてもそうだが、歌上手だと評された彼女が歌うというのだからそれなりの衣装は欲しくて当然である。でも、やはり物は言いようだ。酷い言われをされれば怒るのは言うまでもない。


「外注とか言ってるんなら、金輪際稔の為に物を作り出したり他人の心を読んだりしてあげないぞ」

「なん……だと……」


 稔は酷く落胆した表情を浮かべた。首を左右に振り、顔を隠すように手を持っていく。それから、同じく部屋の中に居る残り三人も、ラクトに続けとばかりに死体蹴りに走った。


「マスター、他の主人よりも遥かに召使に依存していると思います」

「先輩は理由も無しに暴走する大馬鹿ですから、ラクト様が怒るのも当然かと」

「歌う前に不穏な雰囲気を作るのは止めてもらいたいっすけど、これは仕方ないっすね」


 誰からも差し伸べられない救いの手に、稔の落ち込み具合はヒートアップしていく。でも、それはすぐに終わった。稔の召使たちは話をとやかく引っ張ろうとする輩ではない。忘れることをした訳ではないが、主人もその気で言ったわけではないと察したからこそ、ヘルのオンステージの話へと移る。


「取り敢えず。アイドルというわけではないにしても、年齢的にはそうだからエロい格好をさせますか」

「どんな感じっすか?」


 稔の悲しみが薄れてきた時、ラクトの話にヘルは喰らいついていた。エロい服に釣られているところや『~っす』という口調を貫いているところを考えれば、他の召使とは少し違った雰囲気を醸し出している。無論、どちらかと言えばラクトポジションであることに変わりはないが。


「個人的には赤色と黒色を主に使った服か、青や紫色と白色を主に使った服が主流だと思う」

「ネクタイはどうなんすか?」

「そういうのが有る服を来たアイドルは多いと思う。ヘルはそれなりにあるから、ネクタイがいいんじゃない?」


 ラクトがそう言うとヘルは返答に困った。互いに稔の手下であることに変わりはないけれど、ヘルの手下に居ることになっているスルトの機嫌を窺おうとしたからだ。ただ、本来窺うべきなのはスルトではなく、最貧乳のサタンである。無論、そんな彼女をヘルが見れば舌打ちをしていた。


 でも、それはヘルへの苛立ちではない。ラクトへである。だが、ラクトは既に服を作成することへ力を注いでいた。サタンの苛立ちは舌打ちに過ぎなく、他の事を考えずに真剣になっていたラクトには聞こえない。そんな一方、稔の耳にはしっかりと届いていた。


「まあ、紫髪のヘルさんには後者がお似合いだと思うよ――ってことで、これどう?」

「いいっすね!」


 ラクトは一瞬という訳ではないにしても、結構なスピードで服を作り上げてしまった。脳内にある過去のデータと思いつきを融合させて作り上げただけであるが、特別魔法の本来の効果だけはある。


「まあ、取り敢えずは着替えてきなよ。風呂場は滑るから、トイレか洗濯する場所――あ」

「どうした、ラクト?」

「乾燥機に入れっぱなしじゃん!」


 ラクトは女衆四名の下着や衣服を洗濯して乾燥機に掛けていたことを思い出し、ヘルの左手を強く掴んで洗濯擦る場所――洗濯室へ向かった。驚いたヘルだったが、衣服は忘れないで持っていっている。


 洗濯室の扉が閉まった音が聞こえた頃、稔はスルトに言われた。


「さて。マスターの魔法で音響関係を良くしましょう」

「『魔法で音響?』――と思ったが、なんという素晴らしい転用方法なんだ……」


 最初は意味が理解できなかったが、寸考して理解した。『跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド』という、壊せそうで壊せない強力な壁。それを作り出すことによって、音響を良くしたり防音をしたりしようと言うのである。『洗濯機を使う際、騒音問題解消のために使用したい』ということに近い考えだ。


「ですが先輩。天井と床を繋ぐように縦の壁を作っても、いい機材で無いものを使うのです。到底、音響が良くなるとは思えません。ですから円の壁にしましょう。俗に言う『半球』です」

「ドームに近い考えか?」

「そうですね」


 稔はサタンから肯定を受けると、角ばった施設よりは少しデザインに特化した施設の方が音楽披露の場に使われると思った。無論、歌う人も一応は芸術家であるわけだ。そうなるのも仕方ない。


「(でも、東京ドームや武道館の音響ってそれほど良かったっけか?)」


 後々そんなことを思ったりする稔。実際、ネットを見ればあちらこちらにそういった事が書かれている。もっとも、それらの施設は歌うことが目的で作られた場ではない。だから、ホテルの一室も歌うことを目的とした場所ではないのだ。


 けれど、ヘルに歌わせる場所はここくらいしか用意できない。街中で歌おうにチェックインしてしまったし、今更ドタキャンする事は出来ないだろう。ホテル内に体育館などの身体を使う施設が有っても、それは温泉を楽しむためだ。歌を楽しんだら風呂ではなくて食べ物に目がいくのは当然である。故に、カラオケといった場所は無い。


「あの、色々と考えているようですが――」

「わ、悪い……」


 衣装を着る時間を考えれば、この程度なんてこと無いだろうとか思いつつ。稔は咳払いして『跳ね返しの透徹鏡壁』を張った。跳ね返されるのは魔力をもととした魔法であり、バリアを張っている根源がいるほう――内側となるほうから出られないだけの特別魔法である。


 ある意味で蟻地獄な特別魔法だが、サタンに言われて稔は発動させた。



「――跳ね返しの透徹鏡壁バウンス・ミラーシールド――!」



 ただ、その時。紫姫が金髪の貧乳を連れてドアを開けてくれた。無論、これは稔にとっては好都合なことである。半球にしようと形を決めたのに稔が言わなかったところでドアを開けてくれたことにより、開けた先の二人が障害となり、それ以上はバリアの効力が働かないようになったのだ。


「マスター、言い忘れするなんて年老いてるいるんですか?」

「一七歳を七一歳と読み間違えたってか。……ねえよ」


 稔は笑いながら言った。そんな中で紫姫は、廊下から歌っている様子が見えないようにドアを閉めて金髪を連れて稔のもとへと向かう。同じく、稔は半球型に変えようかとサタンに尋ねた。


「変えて下さい、是非」


 言われ、稔は即座にバリアを解除した。使用した魔法名の後に『解除』と付ければ大抵の魔法は解除されるのだ。呼び方は英語でも日本語でもいいし、ロシア語でも中国語でも構わない。精霊の召喚同様に、儀式的なものでも意味が伝わればいいのである。



「(――跳ね返しの透徹鏡壁、半球型、ここより半径二メートル半――!)」



 稔は言い、バリアを作っていく。ヘルの為を思ってである。先ほどとは違い、基本的な情報も盛り込んでのバリア作成となった。内側に入れば魔法は打ち返されたりしないから、本来は半球型で二メートルなんて『直径』である。だが今回は歌うための作成。そうなれば、直径を『半径』へ変更せざるを得ない。


 ソファを範囲に含みつつ、マイクはラクトに作ってもらうとして。レンタルした作品のオープニングやエンディングをカバーしてくれるのなら一番だが、レンタルしにいくのも難だとヘルにアカペラで歌ってもらうのも有りだと思った稔。


 そんな彼の心情を紫姫が物申した。


「貴台の魔力は相当ではないか。何故それでレンタル出来るというのに、作品をレンタルしないのか不思議に思う。それと、織桜にはアイドル衣装に着替えてもらうことにしたが故に、数分程度待ってもらいたい」

「でも、ラクトが作れ――」

「貴台が特別魔法で囲った範囲にテレビが有るではないか。何故に有効活用しない気で満々なのだ?」


 紫姫は稔へと質問をぶつけたが、ドストレートな内容には稔も答えられなかった。裏を返せば言い返せないのである。一方の紫姫は、そんな世話の焼ける主人の為を思ってやってきたことを言った。


「もっとも、『跳ね返しの透徹鏡壁』を張られることは重々承知であったし、曲については打ち合わせ済みである。貴台が行かないのも見越し、我がレンタルしてきたやった。――感謝してもらいたいものだ」

「紫姫――」


 稔の心の中には感謝の感情がこみ上げる。それに加え、紫姫が『カラオケ音源』のCDを借りてきたところに、嗚咽するほどでなくても涙が出てきそうになっていた。


「会場の準備が出来たということは、あとは二人がステージに立つのを待つだけだな」

「そうですね」


 織桜とヘル。異色のコラボのような気がするが、声を使うことが得意ということに変わりない。それが演技力なのか歌唱力なのか、プロなのか俗に言う歌い手クラスなのかの違いだ。


 稔は紫姫からヘルの歌唱順を聞き、借りてきたCDをその通りに流すためにテレビの前につく。言わずもがなテレビを起動してからの挿入となったが、稔はDVDの挿入時よりも早く読み込んでいる感じがした。




 それから三分後。時計の長針が『3』を指した時。ラクトはヘルと織桜の着替えを終わらせたらしく、洗濯室から姿を表した。途中でサタンが、稔とラクトが飲み終えた空き缶を捨てに行ったりしたが、彼女はテレポートしたので三〇秒も掛からなかった。


「(ラクトの魔法も、考えればすぐに着替えられる魔法だったら良いのにな)」


 稔がそう言った時、ラクトはヘルと織桜の背中を押していた。それからすぐに元サキュバスは稔の元へと戻ってくるわけであるが、ヘルと織桜のライブを聞くために来た者らが占拠し、ラクトはソファに座れなくなっていた。


「ラクト、座れよ」

「優しいっすね」

「当然だろ」

「お礼に稔の要望という名の質問に関して、答えをしてあげようか?」

「是非、頼みたい」


 稔とラクトは席を交換するということだけで会話を始めたが故、他の召使から「お前らはイチャコラすんな」と怒号を浴びる羽目になったが、二人からすれば「多少の会話は許してよ」であった。もっとも、稔は未だにラクトを正式な彼女としていないが。


「出来なくは無い。でも、それをすると他人用が作れなくなる」

「だからしないのか。了解だ。じゃ、お前も楽しめよ。俺からのお礼だ」


 ソファに女四人が座って、その後ろにまるでボディーガードのように稔が立っている。端から見れば熱狂的なファンというべき存在だ。光る棒は持っていないにしても、座っている中で立っているのはそう見えてもおかしくない。それも、前に立つ女二人がアイドルさながらの衣装を着ているのだから。


「突如として、私は歌ってくれと交渉されてしまったわけですが――変な緊張感なんて捨てちまえ、おめーら! では、一緒に盛り上がっていきましょ~!」

「アマチュアレベルで、こ、こんなステージで歌わせてもらえるなんて夢にも思わなかったっす!」


 動揺しているヘルと、動揺を見せないライブ慣れしている織桜。経験値では大きな凸凹を作っている二人だが、彼女らの歌声は揃って耳に聞こえてきた。

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