2-63 体力と魔力と魔力回復
「その、言い出しづらいんだけど」
「どうした?」
「先にレンタルコーナー行ってきていいよ」
「お前が引っ張ってきたくせに。てか俺、レンタルコーナーの場所なんか知らないんだが?」
稔の事を先導してきたラクトが、突如として震えだしてしまった。そうなったのは単純な理由からなのだが、稔は何故そうなったのかが分からない。ラクトは言い出しづらいから、回答を述べたくない。
だからラクトは稔に当たる。
「鈍感」
「……は?」
稔は首を傾げる。当然のことだ。訳も分からないのに非難されている、と感じたのである。自らが言い出したくないからこそ察して欲しいというラクトに対し、稔は彼女の両肩に手を置いて説明を求めた。だが、彼女の口が開く前に察することが出来た。そして稔は、察したことを笑いながら言う。
「トイレ行きたいのか? ――それくらい言えばいいのに」
「男装している時みたいに女っぽさを捨てる訳じゃないんだから、言えるわけ無いだろ!」
「まあ、男より女のほうがトイレには苦労するのは重々承知だ。我慢するのも頂けないから、行って来い」
「きょ、許可が欲しかったんじゃないっ!」
ラクトは言い、震えながら女子トイレへと駆ける。だが、不幸なことに『現在使用禁止』の看板が立てられていた。どうやら清掃中らしい。男子便所であれば立って用を足す人、座って用を足す人と区別ができる訳だから、どちらか片方を使用禁止にすれば済む訳だが、女子便所ではそうもいかないようだ。
でも、稔には疑問が生じた。トイレの掃除をする時、清掃員の方は一人。一つ一つの個室を掃除していく事を考えた時、一人で掃除するのだからしているところ以外は開くはずなのだが――と。けれど、それはすぐに解決してしまう。
「(列を作って待たれるお客様、化粧を個室でするお客様が居るため……だと?)」
看板に併記されていた事を読み、稔はなぜ全部が使用禁止なのかを理解した。同時、ラクトが言う。
「このホテル、個室には鏡があるんだよね。化粧の上手い下手を知りたくない人たちが使うらしい。ボタンを押してすぐに使えるわけだけど――って、こんな説明している暇なんか無いのにっ!」
「俺のためにありがとな」
ラクトに一応のお礼を言う稔。一方で彼女は稔の感謝の気持ちを一応は受け取ったものの、使用可能な男子便所へと向かうために男装を行っていたから、返す言葉なんて言う暇がなかった。だから、無視したようになってしまう。けれど「そうなるのは仕方がない」と思い、稔は特に何も言わないでおく。
「――ん?」
ふと後ろを振り返ってみると、稔は自動販売機を発見した。トイレから出た目と鼻の先である。赤色の塗色はコカ○ーラのそれを連想させるが、会社名は一切書かれていないところからパクリだとは言い難い。
「『魔力自販機』……?」
稔はそんな文字を見て、そちらの方向へと近づいていった。用を足してすぐのラクトに飲料を手渡すのもどうかと思ったが、乾いた喉を潤さなければ三日後くらいには死ぬ。故に手が出てしまった。自分のものとラクトので二つ、金銭要らずに魔力で買えるのならば安上がりであると思い、止める感情は何処にもない。
「やっぱり清涼飲料水のオンパレードなんだな」
近づいて皮肉を言いつつ、稔は自販機の普段であれば小銭や紙幣を投入する場所に目をやった。見ればそこには、『魔力吸引口』と書かれたエリアに変わっている。手首より上まで突っ込んで計測する血圧計と同じ構造であるが、手首まで入れる必要はないようだ。
「(てか、魔力ってどういう単位なんだ?)」
そんな疑問が生まれる。無論、何かを買うということは交換するという意味に他ならない訳だ。対等にしても不平等にしても、それは変わることがない。だからこそ、自販機内の金額(というよりかは『数』)に目を凝らして見る訳だが――数字しか書いていない。
そんな時だ。
「バカっすね、マスターは」
「なんだよ」
「歌いたくてうずうずしてたのに、何故かレンタルコーナーに行くことになっちゃってるっぽいっすからね。一応契約した順では二番目っすから、それなりに信頼を置いてるっすよね?」
「威圧感が凄いな、おい」
「ああ、ついでに言うと――」
稔は「信頼しているか」というヘルの質問に回答するのを拒むようにしたが、それは逃げでもあった。どちらかというと、ヘルより契約した順では遅い紫姫の方を大切にしていたからだ。とはいえど、今のところはラクトには敵わないし、溺愛しているわけではないのだが。
でも、ヘルが歌いたい気持ちを他の方向へぶつけたということは、相当な強いエネルギーが向いたということだった。普段はエロさなんて魅せつけたりしない彼女だが、少し苛々していたので稔の背中に胸を押し当てることにした。加え、彼女は口を開く。
「胸のサイズはラクトやレヴィアに敵わないっすけど、一応はあるっすから」
「そうみたいだな。――で。出てきたってことは、この自販機の説明をしてくれるんじゃないのか?」
「威圧感とか言っておいて、マスターも威圧してるっすよね?」
「ヘルのそれとは違うと思うけどな」
「そっすかね? ――まあいいっす。とりま、説明するっすよ」
さり気なく使った『取り敢えず、まあ』という言葉を短縮した言葉『とりま』。ほとんど同じ意味の二つの言葉をくっつけたのであり、『do not』を『don't』と表記するようなことに近い。ただの言い換えだ。
「そこの『魔力吸引口』に手を入れるっす。実際、こういうのは召使がやるべきなんすけど、あいにく私は治癒に力使って無理なんすよね。なんで、マスターの出番って訳っす」
「そっか。……てかお前、歌って魔力減らしてるよな?」
「『魔力≠体力』っすよ。魔力は体力に依存してるっすけど、違うんで勘違いは駄目っすよ?」
「そうなのか。なんか今更だけど」
今更のような気がしたが、稔は思い返してみて事実を裏付ける事が出来た。カロリーネとの戦いにて、ラクトが『覚醒状態』を使用したのは記憶に新しい。だが、彼女は「体力を相当使う」と言っておきながら、実際はすぐに回復した。即ち、今彼女が何を使って平然を保っているかといえば――。
「稔、それは流石に考え過ぎだよ」
だが、ラクトからの回答は間違いであるとのことだった。一方でヘルが魔法陣へと戻る旨を告げる。
「んじゃ、こっから先はラクトに任せる事にするっすよ。私は陣の中でシンギングしてるっす」
「説明を続けてもいいんだぜ?」
「いいっすよ。私は悪いように思われてるっすけど、寝取る趣味なんか無いっすから」
「寝取るって、おま――」
寝取らないと言っていたヘルだが、誘惑はするらしい。なんだか矛盾している気もしなくなかったが、稔は溜息をついて忘れようとする。だが、ヘルが魔法陣へと戻る間際に稔の手を吸引口へ入れたことにより、ラクトから怒りを買ってしまった。
「ニヤニヤしやがって」
「してない!」
「胸を当てられて、でかい事を認識したらすぐそんな顔して。お前は『おっぱい星人』か、この変態主人」
「すみません……」
ニヤニヤしたのは内面での話だが、一応は裏の顔ということでラクトは怒ったようだ。散々罵倒される稔だったが、やはり心を読むことの出来るラクトには敵わないと痛感する。それはまるで、専業主婦の妻に財布の紐を握られたサラリーマンの夫のようだ。――酷い喩えだが、似ているから困る。
ラクトは稔からの謝りを聞き、咳払いしてから話を再開させた。
「体力と魔力が違うってのは確かだよ。魔力は魔法を使うためのエネルギー、体力は行動するためのエネルギーだもん。『覚醒状態』はその両方を使うわけだけど、私はヘルから回復させてもらったしね」
「でもそれって、お前の魔力を回復させたんじゃないのか?」
「魔力じゃないよ。てか、言ってたでしょ? 体力に依存しているのが魔力だって」
話がややこしくなってきているのを感じた稔だったが、取り敢えずは話を引き続き聞くことにした。
「というか、稔みたいな人は相当魔力があるんだよ?」
「どういうことだ?」
「もっと言うと、召使を連れている人はそれだけ魔力があるってこと。魔力は主人とその仲間達の共有財産ってことだね。一方で体力は個々のもの。稔が三回も戦ってるのに話せてるのは、そういう理由なんだよ」
「なるほどな」
体力に自信なんて無かった稔だが、体力が個々のものだと聞いて納得した。ペレとの戦いでは魔法が使えない状態で走ったシーンが有ったが、それは稔の体力を削ったわけで魔力を削ったわけではない。跳ね返しのバリアを張っていたりした時、要は魔法を使用した時に魔力だけを削られていたのである。
加え、稔は多くの場所でテレポートを使用してきた。レールを復旧させる作業はその一つだ。本来ならば重いものを運ぶために、敷くために、体力を消費する必要がある。けれども稔は、あまり体力を消費していない。それはテレポートを使用しているからだ。
そう考えると、稔は魔力が相当少なくなっている気がしてきた。
「なあ、ラクト。魔力ってどうすれば補給とか回復とかできるんだ?」
「魔力を一〇〇とした時の話だけど。普段の生活だと普通の食事で一〇、一時間の睡眠が一〇で七時間の睡眠は六〇。緊急時であれば、キスで三〇、血で四〇、性交渉で七五、召使を食べて一〇〇」
魔力を全回復するためには、召使を食べる必要があるようだ。召使は死んでいるから抵抗なしに食べられる者も居るのかもしれないが――やはり、肩入れした召使が多い稔には無理な話だった。血で回復するのも吐き気がする。そう考えれば、残った選択肢は三つだ。
「追加の質問。補給できる量は一定か?」
「召使にどれだけ愛情を注いでいるかで変わるよ。中央値が今挙げたやつで、上下五くらいは変動する」
「たとえば、の話だ。俺がラクトを食べるとしたら、どれだけ回復するんだ?」
「一〇〇は越すと思うよ。一〇五まではいかないだろうけど。……てか、食事じゃない方で食べてよ」
さり気なく意味深長な事を言う女だ、と白い目線を送りそうになった稔。でも、合理的なのは性交渉という手段である。もっとも、ラクトが「子作りしよう」と言っても拒むような態度を取ってきた稔だから、そう簡単に手を出すほどのセックスバカでは無いが。
「(それはそうと。魔力を性交で補給するとは、何処ぞの『運命』に酷似――一緒な気がするんだが?)」
知識としてそんなことを考えつつ、稔は取り敢えず自販機で飲み物を買うことにした。どうせ、寝れば回復することである。ラクトも『普段の生活』『緊急時』と分けて話しているわけだから、本当に事態が深刻なときだけで十分だと稔は思った。
「それでだ。飲むか、飲料?」
「まあ、缶一つを二人で飲んでも回復するからいいじゃん? 口移しと食事で七くらいは回復するでしょ」
「見境なしに間接キスをするとバカップルに見えるし、そもそも俺はお前を彼女にした記憶は――」
「いいじゃんよ~」
ラクトはそんなことを言いながら、稔の手を吸引口から抜いた。最先端の自販機なのか、既に限界が来ていたのである。数字で魔力の値が表記されており、それが飲料の金額とイコールになるわけだが――投入金額を表示するような場所には、デジタル文字が点滅しているだけだ。
要するに、もう数字は増えることがない。またデジタル文字は、一番高い値段の飲料を二本買える金額であった。『増量中』と書かれたシールの貼ってある、入っている液体が水色の清涼飲料水の値段のだ。
「この自販機、一回に二人分までしか買えないみたいだね」
「みたいだな。俺が長時間入れたせいで、一番高いやつの表記金額の二倍になってるみたいだが――」
「私はこれっ!」
ラクトは元気な声でボタンを押した。一番高い清涼飲料水ではなく、彼女は『ブレンド珈琲』を選択した。日本の自販機だと一三〇円くらいで売っているような、あのサイズ――三五〇ミリリットル程度の缶の容器に入った、あれくらいのサイズのコーヒーだ。
「夜も長いしな。んじゃ、俺はこっちのコーヒーで」
ラクトが日付を変わっても起きているだろうことを考え、稔は眠気を除去するために、ラクトの選択したコーヒーの隣で販売されていた缶コーヒーのボタンを押した。値段はラクトのものより高いが、それだけ美味しいのだろうと思いっての選択だ。
「でも、コーヒー飲むとトイレが近くな――」
「あんまりそういうことは言わないほうが良いと思う」
「悪いな。でも、お前がトイレへ行くことを恥じる普通の女の子だってことが分かったからさ」
「せめて、オブラートに包んでもらえると嬉しいかな」
稔は指摘を受けると、「了解」と言って自販機の方に目線を移した。見れば、『魔力残量無』と書かれている。手を入れて魔力を返してもらえるのだろうと思った稔だったが、そこで悲しき現実を知ってしまった。それからラクトが、まるで死体蹴りをするかのように稔へ衝撃の事実を告げる。
「残念だけど戻ってこないよ。稔みたいなバカは、自販機メーカーや自販機に商品をおいている飲料メーカーからすると、恰好の的。逃してはいけない獲物だ。どれだけ魔力を投入したか気付かないんだし」
「そこは召使の仕事だろ? なあ、言ってくれよ!」
「メイドコスしてないしな……」
ラクトは稔を嗤笑した。一方で稔は、気が利くと思わせておいての攻撃だったことも相まって、相当なダメージを受けている。同時に、「酷い女だ」と嘆息を漏らしそうになっているのも知れた。ただ、知ってしまうと思ってしまうことがあった。恋愛感情から、良心から、それは募っていく。
「稔」
「なん――ん?」
魔力吸引口に稔が入れようとしていた手を、ラクトはそれぞれ対応する手で握った。身長や体重では稔の方が上に来るが、咄嗟の攻撃には流石の稔も対応しきれない。そして、顔を近づけて唇を触れさせて魔力を補給する。
大体一〇秒くらい触れていた唇が離れ、稔はラクトに問う。
「なっ、何して――」
「ディープキスじゃないから、回復したのは一〇〇分の三〇じゃない。けど、一応は回復しておく」
「おつりが貰えないからか?」
「常識的に考えればそれしか無いだろ。馬鹿なのか?」
「わ、悪い……」
稔は咄嗟に謝った。一方でラクトは顔が紅潮していた為に話を最低限に留めておきたく、彼の顔を見ないでそっぽを向いて言った。まるで命令のようだが、召使が主人へ命令出来るとは言い難いから交渉だ。
「レンタルコーナー行くから、テレポート」
「わ、分かった」
魔力と体力の関係、魔力をどのように回復するのか。そんなことを詳しく知って知識を増やした稔。彼女候補筆頭のラクトから受けた交渉に拒否する理由も無く、稔は転移する為に魔法の使用を宣言した。心の中で、ラクトの左手を自らの右手で握って。
「――テレポート、このホテルのレンタルコーナーへ――」




