2-44 ADQと爆弾処理-Ⅺ
消火器の中から飛び散ったピンク色の粉は、稔の服に付着していた。だが、そんなものに構っている暇はない。目などに付かなかっただけ幸いであると思えれば、それでいいのだ。
「なあ、紫姫。一体、どうすれば――」
稔は紫姫に問うた。イステルは自らの行いを正当化しようと思い、結果的に現在進行形で大笑いしているため、彼女の感情の隙を突いて聞いたのである。しかし、紫姫は稔に対して訴えた。
「アメジスト。悪いが、我に命令を下さないでくれ。質問も、我ではなくてラクトに――」
紫姫は目を掻いていた。目の周囲にピンク色の粉が付着していることから、考えられるのは目に付いたということだろう。もちろん稔が、自分サイドで随一の戦闘力を誇る彼女が後退するのを止めたくない気持ちが無いはずない。故に、葛藤が生まれた。
「(紫姫の意見を呑むべきか……)」
最終手段として、主人から出される『命令』が有る。『指示』ではなく、『通達』でもなく『命令』。けれど、紫姫がそんなことを聞いてくれるだろうか。今の状況下、まともに戦おうとすれば出来なくもないだろうが、片目を失ったも同然であり、戦闘力を存分に活かせるとは考え難い。
「――分かった。お前の好きにしろ、紫姫」
「有難い返事だ、アメジスト。とはいえ、精霊が『覚醒状態』を使えば大変な事になるのは目に見えている。故に、今回はそれを用いない戦闘で始末することとす」
「そうか。……くれぐれも、俺に恥をかかさないようにな」
稔の言葉を聞き、紫姫は一言も発さないままにイステルの方向へと飛び込んでいく。ピンク色の粉が舞っている訳ではないが、それでも煙が充満しているのは間違いではない。当然の如く行動に支障が出るし、相手方が使用する矢が何処に当たるか、それすら予想しずらい。
「(とりあえず、バリアか――)」
稔は内心でそう思い、即座に行動に動いた。稔は既に、巨大なパーティー会場を囲うように『跳ね返しの透徹鏡盾』を作っている。だから二重にした構造になるわけだが――これは稔も初の試みだった。失敗するか成功するか、それは神か未来を読める者にしか分からない。
「(頼む……!)」
稔は手を合わせて祈った。バリアは透明であるが、ピンク色の粉が付着したりしても分からない構造だった。そのため、稔が手を合わせて祈ったところで結果は分からない。だから、できる事は一つしか無かった。そうなるように祈る、ただそれだけだ。
紫姫とイステルの精霊同士の戦いを観戦するだけで良いのか、という気持ちが無いわけではなかった。
ただ、稔は紫姫に言われている。命令するな、と。それは、俗に言う『ツンデレ』の『ツン』の部分で有ると言っていい。ラクトの説明によればツンデレの方が精霊の魔力が強くなるらしいから、それを止めて意味が有るとは考え難かった。
紫姫から応援要請が来たら助けに行こうとか、事態が悪化したら助けに行こうとか。稔はそういうことはしっかりと頭のなかに入れておいた。助けに行かなければいけない肝心な時、助けられない主人じゃ頼れない主人とイコールなためだ。
意思を固めた後、彼はバリアを張り終わって後ろを見た。すると、その時にラクトが端末で何かをしているのを目に捉えた。彼女は、眼鏡を付けてマスクを装着している。
「(ところで、ラクトは一体何をしているんだ……?)」
白衣を着たなら研究員と見てもいいくらいなのだが、ラクトが行っている事は理科的なことではない。稔は端末で何をしているのか疑問に思い、彼女に問いかけてみようと思った。だが、その前に彼女の方から回答が行われた。会話を奪われた気もしなくなかったが、そこは稔。何かを言う気は無い。
「織桜とユースティティアが参戦するってさ。サタンが連れてくるらしい」
「応援……か?」
「いや、参戦って言ったんだけど――」
後方支援などを中心とした応援ではなく、戦に参加するという意味の応援だった。稔は正しい解釈でいたのだが、ラクトが変に詳しく言ったせいで話がおかしくなったのである。もちろん最終的には、互いに整理して正しい解釈へと導けたので問題はない。
「お前って気が利くよな、ホント」
「褒めてくれて有難う。でも、そういうのは形として貰いたい……かな」
ラクトはそんな事を言って笑みを浮かばる。そんな笑顔に稔は、どんなに混乱を極めたとしてもこの召使は笑顔でいたほうが良い、と思った。まるで戦場に咲く一輪の花。けれどそれは、長い間咲き乱れることはない。
「それはそうと。稔、紫姫に甘すぎ」
「いや、距離が取りづらいというか……」
「情けねえ主人だ、全く。ある程度強く出ろって言ってんだろ。お前は引っ張る役目を全うしろ」
「……」
ラクトから「お前」呼ばわりされたが、稔の中には「召使の分際で……」とか言う気持ちは浮かばなかった。信頼していることが強かったが、やはり間違っていないことを言われたので言い返せなかったのだ。何の根拠も提示せずに意見を述べるなど言語道断だと、カロリーネが言っていたためにそうなった。
「てなことで、稔も参加しなさいな。私も参加するからさ」
「ああ。それはそうと、お前は状態異常で行動を封じるつもりだろ?」
「おいおい、作戦を口に出してんじゃねえっての。そういうのは機密だろうが」
「悪いな」
稔が軽く謝った。それと時を同じくし、ラクトが助っ人として呼んだ二人が降臨した。サタンによって連れて来られたから一時的にサタンの姿が見えたが、彼女の姿は僅か数秒足らずでカロリーネの元へと消えてしまう。そして、その場所には織桜とユースティティアの姿だけが残る。
「さてと。愚弟、私の魔法で煙を解除するべきか?」
「それはすぐにするべきだろ! てか、そういう重要な事は聞くなよ!」
「いや、一応は愚弟がこのメンバーを率いるんだろ? 確かに聞かないでやるべきことかもしれないが、やはり聞くべきだと思ったんだ。あと、愚弟がこのメンバーを率いるのはラクトから聞いた事実だ。今更変更は認めない」
「まあ、間違ってはないことを言ってますけど……」
稔は織桜の言い分を肯定しつつも、何処か納得いかないところがあった。でも稔は、上手く言葉にできずに後退りしたような言い方になっていた。けれど、そんな彼を押したのはラクトだった。
「間違ってないなら、出陣じゃ~!」
「テンションが高いって、良いよな……って、お、押すなっ!」
押して笑うラクト。押されて笑えない稔。そんな二人を見ていて、織桜は少々苛立ちを感じた。「リア充マジ爆発しろや」とか、そういう感情を覚えたのだ。ただ、怒りは笑顔になって現れたので気付かれなかた。ラクトと同じように笑っているんだ、と稔は解釈したためだ。
そんなこんなで会話が行われていた中、織桜は大きく話題を転換させることにした。「で……」と言ってから少々の間を入れ、それに続けて彼女は言う。
「『跳ね返しの透徹鏡盾』だっけ? 愚弟がそんなバリアを張ったのは聞いたけど、効果は?」
「相手の攻撃を弾き返す。でも、外側からだけを弾く。外側からは無理だけど、内側からは自由に行き来できる。あと、色は透明だから見えづらいのもあるかな」
「愚弟よ。最後の方、『効果』ではなくて『特徴』じゃないか? ……まあいいが」
織桜は咳払いし、「気にしない」という思いを貫いた。
「んじゃ、こんな会話をしていたら紫姫に迷惑みたいなんで……」
「――外側、行くのか?」
「お前も来るんだろ、愚弟?」
「まあ、そうだけど……」
「なら、私は恐れる理由なんか無いな。愚弟と言えど、リーダー不在が悲劇を起こしやすい原因だし」
織桜はそう言った。しかしながらそれは、「稔が嫌でも外側へと入るように」との指示でもあった。もちろん、織桜だって指揮を執れなくはない。でも、理由は有る。織桜はリーダーとして指揮を執りたくない訳ではなかったが、ラクトとの通話で稔の強い意志の話を聞いていたため、安易に引き受けることは出来ないと思ったのだ。
「来いよ」
織桜が内側から壁を破って外側へと入り、すぐに稔に対してそう言った。稔は織桜に「急かすな」と一言言ってから、彼女と同じ場所へと向かう。ただ壁を破って向かうだけなのだが、少し勇気が必要だった。
「(やっぱ、煙が漂う場所に戻ってくるのは勇気がいるよな……)」
稔が勇気を必要とした理由はそれだった。自分の命は一つしか無いのに、敢えて危険な場所へと戻ってくる。戻ってきて死ねば終わりなわけなのに、敢えて戻ってくるのである。でもそれは、危険を冒してまで助けようとする強い思いが有るから出来る事だ。賞賛するべき行為であるのは間違いなかろう。
稔とラクト、織桜とユースティティア。紫姫を助けに――応援しにきた四人は、バリアの外側へと敢えて向かうという行為をやり終えた。攻撃を跳ね返したバリアの影響で自分に当たる可能性は否めないが、それでもイステルを倒す為に立ち上がった今、振り返って後戻りなど無理だ。
そう思うと、ポケ○ンリーグにレポートをせずに入った、そんな気分と同じような気分を稔は味わった。けれどそれもまた、一つのいい思い出になるだろうと稔の考えは前向きになる。それは、イステルへの対抗心が徐々に剥き出してきたからだった。
「(イステル。お前の好きなようにはさせない……!)」
稔は心の中で強く決心し、紫姫とイステルが戦闘を繰り広げる方向へとテレポートしようとした。だが、それをラクトが制止させる。女の力程度と甘く見ていた稔だったが、ラクトは稔に対して『麻痺』を至近距離で使用しており、彼の行動は不自由になっていた。
「ラクト……っ!」
「ごめん。でも、心が読めるってことは作戦の緩衝材になるって意味もあるじゃん」
「それも、そうだな……」
ラクトの意見に賛同する稔の顔の表情は、彼女の『麻痺』によって痺れてしまったので良いものではない。呂律こそまだ回っていたから心配なかったが、麻痺でそのうち回らなくなるのを稔は怖いと思った。
「でも、そうするなら解除してくれよ、『麻痺』……」
「はいはい……」
ラクトにも主人を弄る趣味はあるが、虐める趣味はない。よって、彼女に反論するような理由なんて無い。「動くな」という理由が無くも無いけれど、それは稔の意思に委ねて差し障りがないだろう。
「ありがとな」
「解除してくれって頼んで感謝するって、どうかと思うよ……?」
「別にいいじゃん、敵対してるわけでもないんだしさ」
稔はラクトの言っていることに反論をしておくが、それ以上の論議はしなかった。それよりかは、目の前に漂う煙を消し去ろうとしている織桜の方に目も耳もいく。それは稔だけではなく、当然ユースティティアやラクトも同じだった。応援しない道理もなく、彼ら彼女らは内心で応援する。
そして、織桜は言い放つ。
「――光速稲妻竜巻――」
彼女の特別魔法の一つ目だ。詠唱などはなく、織桜は魔法使用の宣言のみを行った。同じくして、彼女を中心として風が吹き始める。そして、ところどころで稲妻――雷の音が轟く。そして、風は速さを増していく。もちろん稔が張った結界に近いようなバリアの中であるため、威力は何倍にも増大する。
「くっ――」
歯を食いしばるラクト。彼女はマスクを付けて眼鏡をしているから、粉が目に入ったりする可能性は低い。紫姫を含めたパーティー会場に居る稔サイドの四人の中であれば、最低の確率で粉が入るのである。
「目が……」
稔がそう愚痴を溢すように、言葉を漏らすように言った。ユースティティアは、一時的に織桜の精霊魂石の中へと戻ったから、絶大なダメージを受ける攻撃を受けているのは稔くらいだ。ある程度の防御が出来ているラクトや攻撃の中心である織桜とは異なり、何の防御も出来ていない。
でも、粉が自分に付着するのを回避出来る方法はあった。稔は容易く行動を取れるような余裕など無かったのだが、それでもその回避を出来る方法が役立つならと動く。
「――六方向砲弾――!」
飛び交う粉々を巻きつけてくれるように祈りながら、稔は六つの砲弾を放った。六つの方向に砲弾は向かっていき、ある砲弾は机の上のピンクの粉まで取っている。効果は絶大のようだ。
「織桜。いつごろになったら風を止めるつもりなんだ?」
「今だ」
稔からの要求――質問に速攻で答え、速攻で実現に至らせた織桜。稔は「別にそこまでしなくてもいいのに……」と思っていたが、砲弾がぐるぐると自分の周囲を回っているのは危険だと考えたらしい。やはり、あの速さで回っているのは危ない。
「そういえば砲弾は――」
「砲弾は床に落ちたり机にあったりしてる。取り敢えずは危なくないように調整しておいたから」
「謎の技術か」
「愚弟は褒めるのが上手いが、それが皮肉のようで何とも言えん」
「なんで皮肉に捉えるんだよ……」
会話に食い違いが見受けられたが、稔と織桜の関係が壊れることはなかった。稔が「理解してくれよ……」という気持ちを軽く言うに留まった側面が見えた形だ。
そんな会話が続くと思った矢先、織桜は返答をせずにこう言った。
「――皆の者、剣を握れ。これから我らは、あのイステルを斬りに向かう! 心して掛かれ!」
「はい!」




