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聞きたいこと

次にひかると会ったのは、二日後だった。


駅前の広場。


ベンチに座っていた私に、ひかるの方から声をかけてきた。


「こはく」


顔を上げる。


「久しぶり」


「二日だけど」


「二日も」


ひかるが笑って、隣に座った。


私は少しだけ横を見る。


図書館で会った日のことを、まだ覚えていた。


古い新聞の並ぶ棚。


父の事件が起きた年。


そして、


「事件のこと」


と答えたひかる。


聞きたいことは増えた。


でも、何から聞けばいいのか分からない。


そう思っていると、ひかるの方が口を開いた。


「こはく」


「なに?」


「ちょっと聞いていい?」


「何を?」


ひかるは少し迷った。


「事件のあと、家に記者とか来た?」


思っていなかった質問だった。


「……来たよ」


「どれくらい?」


「最初は結構」


玄関の前。


インターホン。


カーテンの隙間から見えた人影。


思い出したくないものまで、一緒に浮かんだ。


「家から出たところで声かけられたこともある」


「こはくにも?」


「うん」


ひかるの眉が少し動いた。


「何聞かれた?」


「お父さんのこととか。事件の前に変わった様子はなかったかとか」


「答えた?」


「ほとんど何も」


「そっか」


ひかるは前を向いた。


そこで終わるのかと思った。


けれど、少ししてまた聞かれた。


「学校は?」


「学校?」


「今みたいになったの、事件のすぐあと?」


私はひかるを見る。


「どうしたの、急に」


「知りたいから」


図書館でも聞いた言葉だった。


知っておきたいから。


「……最初はそんなでもなかったよ」


私は答えた。


ニュースが出た翌日。


教室へ入ったときのことを思い出す。


「みんな、どう話しかければいいか分からないって感じだった」


「それから?」


「少しずつかな」


昼休みに誘われなくなったこと。


話しかけてくる人が減ったこと。


聞こえるところで、父のことを話されていたこと。


自分でも、どこからが始まりだったのか分からない。


「先生は?」


ひかるが聞いた。


「何か言ってた?」


「特には」


「相談した?」


「してない」


「なんで?」


「相談って言っても……」


私は少し考えた。


「何を言えばいいか分からなかったから」


殴られたわけでもない。


物を隠されたわけでもない。


誰か一人を指して、この人に何かをされた、と言えるわけでもない。


「誰も隣に座らなくなりました、とか?」


自分で言って、少し笑った。


ひかるは笑わなかった。


「それでも、嫌だったんだろ」


私は黙った。


「……うん」


声にすると、思っていたより簡単だった。


ひかるがまた少し黙る。


「ネットは?」


「え?」


「事件のあと。何か書かれたりした?」


質問が続く。


家。


学校。


先生。


今度はネット。


少しだけ変な気分になった。


「ひかる」


「ん?」


「今日、質問多くない?」


「ああ……」


ひかるはようやく気づいたような顔をした。


「ごめん」


「何で謝るの」


「嫌だったかなと思って」


私は少し考える。


嫌ではなかった。


思い出したくないことはある。


話したくないこともある。


でも、ひかるになら。


「聞いていいよ」


「え?」


「聞きたいことあるんでしょ」


ひかるが私を見る。


「……無理に答えなくていいから」


「分かってる」


私はベンチの背もたれに身体を預けた。


「ひかるなら、聞いていい」


ひかるはしばらく何も言わなかった。


「そっか」


やがて、小さく答えた。


私は続きを話した。


事件の名前を検索しないようにしていたこと。


それでも、同じ学校の誰かが書いたらしい投稿を一度だけ見たこと。


父の名字と、私の学校のことが並んでいたこと。


怖くなって、それから見ていないこと。


「誰か分かった?」


「分からない」


「今もある?」


「知らない。見てないから」


「そっか」


ひかるは、それ以上その話を掘らなかった。


しばらく二人で黙っていた。


駅前を人が行き交う。


学生。


買い物帰りの人。


小さな子どもの手を引く母親。


みんな、私たちの前を通り過ぎていく。


「なんか」


私が言う。


「ん?」


「いっぱい喋った」


「聞きすぎた」


「うん」


「ごめん」


「だから、いいって」


私は少し笑った。


家のことも。


学校のことも。


ネットのことも。


誰かにまとめて話したのは初めてだった。


話したところで、起きたことが変わるわけではない。


明日学校へ行けば、たぶん同じ教室が待っている。


それでも、さっきまで胸の奥に固まっていたものが、少しだけほどけていた。


「ひかる」


「ん?」


「今度は私が聞いていい?」


ひかるの顔を見る。


「何を?」


聞きたいことなら、いくらでもある。


図書館で何を探していたのか。


朝倉さんのこと。


どうして事件を知っていたのか。


どうして私に会いに来たのか。


少し迷ってから、私は言った。


「……今日はいいや」


「何それ」


「そのうち」


ひかるが一瞬きょとんとした。


それから笑った。


「便利だろ?」


「ちょっと分かった」


私も笑った。


聞きたいことは消えていない。


でも、今はそれでよかった。

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