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私はふらふらと小窓に近づき少し背伸びをして外を見てみた。
するとそこには昨日と同じ緑ばかりの中に小屋が点々としている。
だから何も変わってはいないはずなのに、その変わってはいない感じになんとも言い難い違和感を覚えてしまうのだ。うまく伝えられないことがもどかしいが、時間の流れを感じないと言えば良いだろうか?昨夜はきちんと暗くなったし、今はきちんと明るくなっている。だが正直、朝なのか昼なのか夜があったのかさえわからない状態になっているのだ。
ノスケさんは私たちよりも一月ほど前に保護されたそうであるが、その際、彼は悩みながら多分そのくらいだろうと思うとあくまで推測の域であるという話し方をしていたことが今になって理解できた気がした。
ちなみに昨夜はノスケさんのところに訪れた赤鬼ちゃん、彼がベルちゃんと呼んでいた子が三人分の食べ物を運んできてくれたのでそれを有難く頂いた。彼の説明によると、ここには鬼の集落がいつくも存在していて、そのどこでも共有の食べ物保管庫のような場所があるのでそこから自分が食べる分を自由に持ち帰ってよいことになっているのだそうだ。
彼も最初はそこから自分で食べ物を持ってきて食べていたが、仲良くなったベルちゃん家族がほぼ毎日のように食べ物を分け与えてくれるようになったため、最近では水場に水を汲みに行くくらいになったとも話していた。水場というのはもちろん飲み水のことで、湧き水の場所を指している。
そしてこれからどうしようかと考えていると、小屋の扉が勝手に開けられる音がして「ヤマノ!起きてる?」という声とともにヒメカさんが中へと入ってきた。
「お~ヤマノ、起きてんだ?あのさ、私普段は朝食なんて食べないんだけど、もうすでにお腹がすきすぎてイライラしてきたからこれから一緒にその保管庫だっけ?そこに行ってみない?」
「まあいいですけど‥‥‥でも先に鬼さんたちの代表の方に挨拶をしてきちんと許可をとってからのほうが良いと思うんです。だからノスケさんに案内をお願いしてそれからにしましょう」
「ヤマノ!昨日も思ったんだけどさ、そのノスケさんてなんなのよ?彼の苗字?それともまさかそんな大昔の農民みたいな名前とかじゃないわよね?」
「え?それはその‥‥‥名前の最後の三文字で呼ばせてもらっているんですが、正式にはもっと長い武将?のようなお名前でしたよ?」
突然部屋に入ってきたかと思えば食べ物を取りに行く誘いだったのだがそこからノスケさんの名前について尋ねられてしまった私は少し焦っていた。ノスケ以外はもう完全に忘れていたからである。だから最初に耳にした際、武将っぽいなと感じた印象だけは覚えていたのでそう答えておいたのだ。
「はあ?ちょっとよくわからないんだけどまあ後で本人に聞くとして、ヤマノのくせに私よりも先に名前を聞くとかあり得なくない?」
いや、そんな意味不明なことを宣うあなたの方があり得ないですよと心の中で返しつつ、困ったように笑ってその場を凌いだ。
その後彼女を先頭にしてノスケさんの小屋に向かい、代表者のところまでの案内をお願いすると快く承諾してもらえたため三人で並んで歩き出した。その途中で彼女は彼の名前を尋ねていたが、やはり覚えられなかったらしく、最終的に面倒だからノスケでいいやとなぜか上から目線でそう呼ぶことを決めていた。
私たちが滞在している小屋から代表者のいる集落まではそれほど離れておらず、正直、歩かされて文句が出てくるかもしれないと彼女を気にしながら歩いていた私はほっとしていた。
そこには少し大きめの家らしき建物が弧を描くようにいくつも建っていて、想像していた感じとは少し違って驚いた。もっと距離を取ってあちこちに家が建てられていて、代表者の家はその中でも一番大きく立派に違いないと勝手に想像していたからである。
ノスケさんはその全部が同じように見える家々を通り過ぎ、迷わず目的の家まで歩いていき、一つの家の前にたどり着くと扉に向かい三回ほどノックをした。
「ノスケです。お休みのところ大変申し訳ありません。私と同様に保護された二人の女性が挨拶をしたいとのことで予定を伺いに参りました」
彼がそう告げるとゆっくりと扉が開かれ、中からノスケさんよりも背が高く、体格のよい赤鬼さんが現れた。彼は無表情だったがどういうわけか怖くも感じが悪いと思うこともなかった。そして「挨拶はいらない、自由に暮らせ」という言葉だけが伝えられ、静かに扉は閉じられた。
ノスケさんが「わかりました、ありがとうございます」と言って扉に向かって頭を下げたので、私も慌てて彼に続きありがとうございますと言いながら頭を下げた。だがなぜか隣のヒメカさんは腕組みをしながらチッと舌打ちをしていて身内でもない私ではあるがとても恥ずかしくなり、居たたまれない気持ちになって思わず俯いてしまった。
そんな気持ちのままトボトボと静かで誰も見当たらない集落の中をノスケさんの後について歩いていくと、弧を描くように建てられている家の中心に当たる場所にたどり着き、そこにある小屋の中へと入っていった。その小屋はかなり大きく立派な木の下に建てられていて、完全な木陰となっていた。そしてそこにはたくさんの食べ物が置かれていてフルーツなのか、甘い柑橘系の香りが漂っていた。
「ここから自分の食べる分を持っていく。それからもし他の集落に行くようなことがあればそこでも同じように中心にある小屋から持って行ってよいとも言われている。それから水場は森の中に数か所あるが、俺たちが借りている小屋から一番近いところに案内する」
「ちょっと待って!ここから持って行けと言われても食べたいものなんかぜんぜんないじゃない!私はもっとちゃんとしたものが食べたいの!肉とか卵とかパンとかそういうのはどこにあるのよ?」
ここでも腕組みをして怒りを露わにする彼女に対し、もはや同じ人種だと思われたくないと隠すことなく苦い顔をしていれば、横から冷たい眼差しとともに警告ともとれる鋭い言葉が投げかけられた。
「そんなものはない。無理にここから食べ物を持って行く必要はないのだから自分一人でどこへでも好きに食べ物を探しにいくといい。それに彼らが自由に暮らしてよいと言った言葉はそのままの意味で、その言葉通り君がどんなに酷い言動をしようが誰からも咎められることはない。だから安心して好き勝手に君一人で暮らせばいい」
その言葉を聞きいて一瞬ショックを受けたような顔をしたが、すぐに憤慨したように踵を返し、そのまま外へと出て行ってしまった彼女の背を唖然と見送っていると、ノスケさんがため息をつきながらなんであんなのが転移できてしまったのだろうとつぶやいた。
その時の私は単に自分と価値観の違うものが転移していることに対して不快に感じているつぶやきだと思っていたが、後にそうではなかったことが判明する。
結局、二人で食べ物を頂いて小屋へと戻ろうと歩いている途中でヒメカさんが再び合流し、気まずそうにしながらも私が抱えていた二人分の食べ物を引き取りながら持ってあげると言ってそのまま歩き出した。私は苦笑しながら彼の方を見ると彼も何事もなかったかのように歩を進めていた。
小屋に到着後はまたすぐに水場へと案内してもらい、小屋にあった壺のような少し大きめの水入れの中に水を汲んで戻った。その際私はついでに空のペットボトルも持っていき、そのとても澄んでおいしそうな透明な水で満たすことができた。
お腹が相当空いていたらしい彼女は先ほど持ってきた食べ物のほとんどをあっという間に平らげてしまい、つまらなそうに水を飲みながら今なら常連となっているコーヒーショップで絶対永遠にオーダーすることはないと思っていたはずの一番デカいサイズでコーヒーをオーダーして飲むのにと息巻いていた。
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