11 承認会の始まり
財務部の承認会に、セラフィーナは予告通りに現れた。
ドアが開かれ、青いシックなドレスに身を包んだセラフィーナが姿を表すと、皆本当に来たのかと驚いていたが、その中でクレマンだけは目に怒りを表していた。
精一杯怒りを抑えてはいるが、あざけりは隠せない声でセラフィーナに言った。
「本当に来たんですね。……セラフィーナ様、ここは財務部の大事な会議の場ですよ。お遊びで来てもらっては困ります。それに、私に断りなしに……」
「あなたの断りが必要?」
遮られたクレマンは驚いて口を止める。
「あなたは財務部で承認権限が最下層の者でしょう。ここには見習いとしてきている立場と聞いています。であれば、あなたの許可などいりません。その上のフィリップという者に声がけをしているから十分なはず。そうでしょう?」
セラフィーナはおろおろしているフィリップに問いかける。彼はそれに肯定も否定もできず、あ、いえ……と無意味な言葉を出すだけだった。クレマンも何も言えず、財務部に妙な空気が流れる。
この空気の理由をセラフィーナは理解していた。
クレマンはこの財務部で正式には決裁権を持たない非役職者だ。彼は宰相の息子ということで将来のために、国を運営するための各仕事を『見学』していた。
宰相として必要な知識を得るために様々な部署に滞在し、仕事の内容を把握するのだ。
だが、この国有数の貴族の息子、おまけに親は宰相で財務部への力も持っている。
仕事を振るのは恐れ多いし、何か言って告げ口でもされたらかなわない。特にこの財務部では宰相からの影響力が強く、その傾向は他より多かった。
結果、彼にはフィリップの補佐として財務部が承認する案件の『アドバイザー』のような達位置になった。
決まりきった内容を見せ、それについて意見を仰ぎフィリップが決裁をする。
そんなどう考えても必要のない仕事だったが、クレマンとフィリップでは相性が悪かった。
自分の能力に自信を持ち、将来は自分がこの財務部を引っ張るつもりでいるクレマンと、事なかれ主義で強い者には逆らえないフィリップ。
機械的に処理していくだけの案件をただ見てもらうだけだったが、クレマンは次第に口を挟んでいくようになり、そして最終的には意義を唱えた。
それがセラフィーナの予算だったのだ。
セラフィーナは用意された座席に座る。
「それで、王太子妃の予算を出さないとのことですが、それはみなさんの決定ですか?」
セラフィーナの言葉に誰も答えを返さない。答えたくないのだ。
やがて自分の上に立つ人間と、今後の立ち位置が不透明なお飾りの王太子妃。
どちらにつくかなんて簡単な判断なのだろう。
「無言は肯定と捉えました。この財務部では、規定や規律、法律は絶対ということですね?」
クレマンはそれににっこりと笑った。
「えぇ、大国であるヘルサでは不正を許していては立ちゆかなくなりますからね」
セラフィーナの後ろで、小さなため息が聞こえた。
『彼』はクレマンの話に意義があるようだ。
セラフィーナはクレマンに微笑み返した。
「それで?王太子妃の予算を付け直してもらうには何をすればいいの」
クレマンはそれを待ってましたとばかりに答える。
「再度申請をすればいいのですよ。ただ、迷惑をかけているわけですからそれ相応の態度で臨まないといけないかとおもいますが……」
きっと、それが狙いなのだろう。
セラフィーナを王城のあちこちに謝罪にいかせて、権威を下げようとしているのだ。
だが、それ以外にも何かあるように思えた。彼の感情の動きは、人との交流が少ないセラフィーナには難解なものだった。
それをフォローするように、後ろに立っていたソニアが囁いた。
「あの男は、イネス・レルミットに懸想しているのです。ですから、イネス嬢の恋を邪魔しているセラフィーナ様が気に食わないのでしょう」
イネスに恋をしているのなら、私の邪魔をするのは何故?
まだ疑問が抜けないセラフィーナに、ソニアが微笑みながら続けて言う。
「愛した人が幸せになって欲しいという思いからですね。あの男の行動は行き過ぎですが」
つまり、他にも何かしているということだろう。
ここで一気に叩いた方がいいだろう。これ以上煩わされるのは十分だ。
セラフィーナは立ち上がった。
「わかりました。……あら、いつのまにか昼の時間ですね。続きは午後にまたしましょう」
クレマンも同じく立ち上がり抗議する。
「勝手なまねをしないでください!あなたへの説明は十分に果たしたはずだ!午後の会議へ参加は不要です!」
セラフィーナはクレマンの抗議を無視して、フィリップに話しかける。
「午後の会議にも出席します。いいですね」
フィリップは、セラフィーナとクレマンの板挟みでまたしても返事にならない返事しかできない。
セラフィーナはそれを、『同意』と自分本位に解釈した。
「では同席させていただきます」
「あぁ、は、はい」
有無を言わせない口調に、フィリップスは思わずうなずいてしまい、本当に休憩にはいることになってしまった。




