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孤独の女王  作者: 冬原光


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12/44

12 休憩時間

クレマンは苛立ちながら財務部を後にして王城の中庭に来ていた。


なんなんだあの女は。


王太子妃の予算を一度却下するが、三ヶ月ほど立つと再度申請ができるようになっている。

だが、それには国の中で主要な貴族3家以上に了承が必要というものだ。

クレマンはそれでセラフィーナがこの国にどこまで人脈を持っているか計るつもりだった。


先日のイネスの泣き顔を思い出す。イネスが主催したお茶会でセラフィーナが場をひっかき回し、イネスの交友関係に泥を塗ったということだった。

セラフィーナが早くこの国になじむように気遣ったイネスにひどい仕打ちだ。

本来だったら恋敵とも言える存在の女を気遣う必要なんてないのに、心優しいイネスは手を貸そうとした結果、彼女は涙を流すことになった。


クレマンはイネスの涙に弱かった。


クレマンは気むずかしい子供だった。昔から本を読むことが好きで、人と交流をすることが苦手だった。

おまけに、父はクレマンに対して期待が大きい分、並以上の成績を残さなければ叱責される。勉強にも注力して、益々一人の時間が増えていった。

どうやって人と距離をとっていいかわからず、社交の場にいてもいつも隅で本を読んでいたが、そこに話しかけにきたのがイネスだった。


何の本を読んでいるの?

あの本は読んだことがある?

もうそんな難しい本を読んでいるのね!

あなたって頭がいいのね!


満面の笑みで褒められて、クレマンは初めて自分の存在が認められた気がした。


イネスを通じて、ルネやステファンとも交流することが出来た。クレマンの人間性はイネスが作ってくれたといっても過言ではない。

クレマンにとって、イネスは太陽のような存在だった。


だから、そんな彼女が泣くとどうしていいかわからなくなってしまう。


こういう時はクレマンは言葉ではなく行動で示すのだ。イネスが人間関係で困っているときは、その関係者を自分の家の権力を使って排除したりした。彼女が経済的に困らないようにと、彼女の家の領土に益を生むように動いたりした。


だから、今回もイネスの笑顔を曇らせるものを排除しようと思ったのだ。


先日のお茶会の出来事から、セラフィーナがどれほどの人脈をすでに持っているかをまずは探ろうとした。

そして、王太子であるルネに頭を下げる状況を作ることで、自分の立ち位置をわからせようとしたのだ。


簡単にことが進むと思った。

なのに。

それがうまく事態が動いていかない。何か嫌な予感がする。


セラフィーナのこちらを見据える強い視線に、悪寒を感じて身震いしたとき、クレマンに声がかけられた。


「あら?今は仕事中じゃ?」


柔らかい、花のような声の主は。


美しい金髪をたなびかせて、イネスが立っていた。

彼女はいつものように、クレマンの隣に自然に座る。ふわりと香る彼女の香水に自然と苛立っていた気持ちが凪いでいく。


「今は休憩中だ。イネスはどうしてここに?」


「街で人気の甘い物を買ってきたから、差し入れようと思って」


そう言って、持っていた籠を掲げた。

中には、いろいろな種類の焼き菓子が詰まっていた。


「どれもおいしそうで選べなくて……」


いたずらっぽい顔をして笑うイネスに、クレマンはため息をつきながらも内心は微笑ましく思っていた。


「また街に出て買い物したのかい?君は王太子の大切な人。簡単に街に出るのは……」


「だって、どうしても皆に食べさせたかったんだもの。はい、これはクレマンの分よ」



クレマンのイネスに対する思いは恋を通り越して、もはや信仰に近かった。


もらったクッキーは、中央にジャムが添えられたものだ。柑橘系のジャムはあまり好きではなかったが、イネスがくれたものは別だ。

クレマンは大事に受け取り、微笑んだ。だが、それは不自然な笑みだったらしい。

イネスはそれに気がついて、心配そうな顔をしてクレマンの隣に座った。


「何かあったの?」


それにクレマンは簡易的に説明をした。セラフィーナが今、財務部に押し掛けてきていること。

だが、セラフィーナがくせ者で空気が乱されていること。

イネスは顔を曇らせた。


それに気がついたクレマンが思わず謝る。


「すまない。あの女の話を君にするべきでは無かった」


「いいの。あなたが話を聞いてくれるだけで、私の心は和らぐから……いつもあなたには助けられてばかりね」


「違う。僕が君の力になりたいと思ったんだ。それに、あの王太子妃の動きは怪しい。先程も不審な行動をしたんだ。それを確かめないと」


「ありがとう……やっぱりクレマンは頼りになる。私、彼女が来てからずっと不安なの。私たちが過ごしてきたヘルサが、なんだか変わっていく気がして……」


そうつぶやいたイネスは不安げな顔をして、そして目にうっすら涙を浮かべる。

彼女の涙を拭きたいが、それはルネの役目だ。だから、自分はそれ以外のことはなんだってしてあげたい。


「君が笑っていてほしいだけだよ」


それはクレマンにとって告白にも近いものだったが、イネスには届かないささやかな響きのものだ。

イネスはそれに照れたり困ったりすることはなく、手元の籠をごそごそと探る。


「これ、特別にもう一つ」


イネスはそう言って、クレマンの手に新たにクッキーを乗せる。


僕にとって、これだけで十分。

さぁ、イネスを困らせる存在を排除しにいこう。


クレマンはイネスに別れを告げて、立ち上がった。


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