ジェシー4
ジェシーがリョウだと口にしたとたん、お兄様の眉間にぎゅっと渓谷が浮かびました。
とても険しい表情です。
「……やはりそうか」
「……不味いね」
アイク様まで難しい表情。
やはり、ということは、ボクが寝ている間に何かあったのでしょうか。
じいいっとお二人を見つめれば、不承不承お兄様が教えてくださいました。
「実は……クリスにはまだ伝えていなかったのだが、ジェシカが何度か公爵家を訪ねて来た。先ぶれも無く突然訪ねて来てな。追い返すようにと門番に伝えたのだが、どうしても会いたいと煩いので仕方なく私が対応したのだ。『目の前で倒れたから心配だ』とか『僕がぶつかってしまったせいです。せめてお詫びを……』などと言っていたのだがその目がひっかかり、療養中だからと帰って貰った。彼がリョウだとすれば、あの異常な執着にも納得がいく。が、良いものとは思えぬ。奴は敵だな」
「やはり。実は私の方にも何度か……。偶然出会うふりで、クリスのことを聞かれてね。ついでにジルについても聞かれたよ。『血の繋がりは無いというのに、とても仲がいいと聞きました』『どんな方なのですか? クリス様に怪我を負わせてしまったので心配で。直接謝罪したいのですが会わせて頂けなくて……』だそうだよ。今さら君たちに血の繋がりなんて持ち出す人はいないのにねえ……ナンセンスだ。『ジルが居るから心配はないよ。あそこはクリスを溺愛しているからね。過保護かもしれないが許してやって欲しい』と言っておいたのだが……」
……えっと……それは何とも直接的な……。
攻略対象を自分のものにしてボクをまた一人にしたい、そういうことなのでしょうか?
ゲームの筋書きと大きく変わってはおりませんが、そのジェシーの「攻略対象」にお兄様が入ってしまっている?
そしてボクが悪役令息ポジション?
この世界でまでリョウはボクを傷つけたいのかな?どうしてそこまでボクを……。
頭の中がぐるぐるします。
お二人のことを信じていないわけではありません。現にお兄様もアイク様もジェシーよりもボクの味方となってくれておりますし。
「……クリス? 大丈夫か?」
お兄様の声にハッとすれば、ボクの身体を抱きしめ上から覗き込むようにして、お兄様がボクの目を覗き込んでいらっしゃいました。
いつもと変わらぬ美しい夜空の瞳に、なんだか無償にほっとして。
思わずこんな弱音が出てしまいました。
「あの……あの……、今のお話を聞いた限りでは、お兄様が断罪されるようなことには、もうならない気がします。だって、アイク様もイクシス様もウエイン様もボクも、みんなお兄様の味方ですし。でも、あの……思ったんです。ジェシーの、リョウのターゲットはボクなんじゃないかって」
「……何故そう思う?」
「だって、ボクの方がぶつかったんです。なのにボクに謝罪したいってそこまでしつこくするのはおかしいですよね?お兄様のことも気にしているようですし。も、もしかして、リョウはお兄様とボクを引き離したいのでしょうか?でも、でも、それだけは絶対にイヤ!怖いんです。また、また、いつの間にかボク、ひとりに……っそ、そんなの、そんなの……っ」
考えれば考えるほど怖い。関わりたくなかったのに。こっちの世界で、お兄様をお守りしようと頑張ってきたのに。どうしてリョウがいるの?どうしてボクに関わろうとするの?主人公だから?主人公なら何をしてもいいの?何をするつもりなの?どうして?なんで?
得体の知れない何かに追いかけられているようです。怖い。すごく怖い!
「大丈夫だ。クリス。私がいる。どんなことがあろうとクリスを守ると誓っただろう?忘れてしまったのか?」
力強い声がボクをこの世界に引き戻す。
前世でも僕を救ってくれた大好きな人。
たった一人でも前を向いて立ち続けた、僕の英雄。
「大丈夫だよ、ゆう。だって、俺もいるだろ。ゆうだって一人じゃない、俺がいたでしょ。今は私もジルもいる。絶対に一人にはならない」
明るい声でミノくんが笑う。
ああ、この笑顔だ。僕を明るい世界に連れ出してくれた、大好きな親友。
うん。
何を怖がっていたんだろう。
ジェシーだろうと、リョウだろうと、ボクがやることはひとつ。お兄様をお守りすること。
断罪なんてされないように、お兄様の表情筋を元気にして、みなさまにお兄様の素晴らしさをご理解いただくこと。
その目的はもうほとんどが叶っている。
もうお兄様を冷酷だなんて言う人はいないもの。
今のお兄様は、みなさんの「憧れのジルベスター様」なのです。
アイク様だってイクシス様だってウエイン様だって仲良しのお友達です。
決してお兄様を裏切ることはないでしょう。
リョウが何をしたいのか分かりません。
どうしてそこまでボクを孤立させたかったのかも。
ここで何をしようとしているのかも。どうしてまたボクと関わろうとするのかも。
でも、大丈夫。
お兄様のお側にはアイク様たちやボクがおります。
ボクの側にもお兄様やアイク様がいてくださいます。
だがこの学園にお友達はできておりませんが、リオやティムなど中等部のお友達がおります。
前世のようにも、ゲームのようにもなりません。大丈夫。
ボクの考えを代弁するかのように、お兄様が言いました。
「我々の絆はリョウとやらに、ジェシカとやらに、簡単に崩されるようなものなのか?違うだろう?
クリス、君のすべきことはひとつ。私を信じろ。私は君の側にいる。決して離れぬ。
知っているだろう?私が決して君を裏切らぬということを」
前世の僕が「この人なら信じられる」と思ったジル様。
今はボクのお兄様が、ボクだけに誓ってくださいます。
そうでした。あなたが居たら怖いことなんてありません。
ボクがあなたの隣に立ちたいと願ったように、あなたもそう願ってくださったのだもの。
「私のことも信じてくれ。……ミノのことは信じていただろう?同じとは言わない。でも、俺はミノだ。ゆうもクリスも絶対に裏切らない」
ここでアイク様がニヤリと人の悪い笑みを浮べました。
これ、ミノくんが悪だくみするときのやつ!
「運がいいことに、俺、今は権力者だからさあ。しかも優秀だし人望も厚い。俺が味方なんだから、手出しはさせないよ?任せてよ、ゆうくん!」
言い方!確かに学生の中では最高権力者ですよね。皇太子なんだもの。
改めて言われたらとても心強い。
ゲームでは敵でしたからアレですが、味方にしたら最強の味方です。
パチクリと瞬きしたボクに、ミノくんが綺麗にウインク。
「ね?俺さ、このためにここに居るんだと思うよ?だってジェシーと会うまで……ミノのこと思い出さなかったもん。ジェシーからゆうを守るため、親友の俺がそばにいたんだよ、きっと」
「ミノ。それは聞き捨てならぬ。クリスを守るためにいるのはこの私だ。お前はそのオマケにすぎぬ」
ビシっと突っ込んだお兄様に、ミノくんがうんざりしたようにため息をついた。
「……ここでそれ?知ってたけどさあ、このジルって心が狭くない?いいの、これで。
俺が推してたジルってこんなだっけ?キャラ違いすぎ。
クリス、私の方がいいと思うぞ?今なら婚約者の席も空いている。どうだ?」
「却下だ!私の姫を口説くな!」
ふは!と思わず笑ってしまいました。
もう!ミノくんったら!
「ふふふ。笑ったね。ゆうもクリスもそうやって笑っていなよ。そのために俺たちがいるんだからさ」
「うむ。それには同意しよう。アイクもたまには役に立つのだな」
「……不敬罪で訴えてもいいんだよ?」
軽妙なやりとりに、先ほどまで悩んでいたのが馬鹿らしくなってしまいます。
ボクの心を明るくしようとしてくれる二人の気持ちが、たまらなく嬉しい。
ああ、ボク、幸せです。
「あはははは!もう、お二人とも!…………大好きです!」
「知っている」
「俺も!」




