第344話 遺跡の奥
ファングールが現れた事で、周囲の雰囲気が一変・・・しなかった。ここに住んでいる人達は彼を知っているようで、多少の驚きはあったが、気付いた者達がファングールに向かって一礼しただけで元の位置に戻って行くからだ。
「信用されてますね。」
「・・・まあ・・・な。ここではワイバーンだって人と同様に扱われるのだからな。お主の村と変わらん。」
「そうかな?」
「世界樹の保護下である事と、ガッパード様の保護下である事が同等だとは思わんが、やっている事は同じだ。もしも世界が滅亡するような大災害が発生しても、ガッパード様はココだけは守ってくださるだろう。お主もあの村だけは守ろうと考えるだろう?」
「・・・。」
「結局はお互いがお互いの存在を認めたくなかっただけじゃない。」
マリアの言葉にファングールが睨むがマリアは怯まない。異様な魔力が俄かに放出されると、身体が勝手に震えたが意に介さないモノが返答する。
「そうだね。マナの方にそういうつもりが無かったとしても、侵食して来る波動は敵とみなされても不思議じゃないもんな。」
「そんなにあっさりと認めて良いのか?」
しっかり太郎の後ろに隠れたナナハルが心配する。
「いいよ。そもそも俺には関係ないから。でも、俺の目の前で世界樹を燃やそうと考えるのなら、話は別だけどね。」
本を読み上げる作業は中断しているが、誰も文句は言えない。スーとポチは立っているだけでもやっとの状況である。太郎達以外の者達は放出された魔力の恐ろしさで既に気絶していた。
「そういう事も含めて話し合いをするといい。」
「あのー・・・こちらの本は?」
書籍師の心配はもりそばが返事をする。
「完璧とは言わないけどそれなりに読めるから、後は私に任せなさい。代わりにやっといてあげる。」
太郎が立ち上がると、その椅子にもりそばが座る。
「うん、じゃー頼むよ。」
「いや、太郎ちゃんと一緒に来た方が良いんじゃない?」
書籍師が誰が見ても分かるぐらい落ち込んでいる。
そりゃー、もう、うどんに抱きしめられるくらい。
「ま、また来るからその時ね?」
もりそばにも慰められていて、この男は純粋に研究したかったことが窺える。何しろ、はたから見たら美女二人に囲まれているのだから。それでも、そこまで読み終えている部分である程度の解読は進められるそうだ。
うん。
がんばってね。
太郎達が再びガッパード・ギアの遺跡の前に立つ。
見た目がすぐに変わる筈など無いが、以前に来た時と全く違う雰囲気が有る。
「私ですら近寄らせない部屋が有るのだが・・・。」
そこに来るように・・・と。
スーとポチが太郎に近寄ってくるのは、怖いからなのだが、以前はそんな感覚は無かった。マリアとナナハルでさえ太郎に寄ってくる。
「何とも不気味な・・・。」
「ここに住んでるんだが?」
ファングールにしてみれば住み慣れた家を不気味がられるのはいい気分ではないだろう。俺だって村に嫌悪感を示されたら追い出したくなる。
「おぬしらは何も変わらんな。」
太郎とマナとマリアは平然としているが、うどんともりそばはどちらかというと呆然としていた。何を見ているのか分からない目がきらりと光る。
「ココは・・・懐かしくも有るし、帰りたいと思わない場所ね。」
「なぜか私も同じ気持ちです。」
うどんともりそばの言葉の意味を理解できるようになるのはもう少し先になる。
ファングールの案内で中に入り、薄暗い螺旋状の階段を降りる。
湿度と気温が上がったのか、じんわりと汗が出る。
最後尾を歩くナナハルは壁を確かめるように触っているのを、見える筈のない先頭を進むファングールが歩きながら指摘する。
「無駄だぞ、魔力の痕跡を残しても負の魔素で消える。」
ナナハルは返答をせず、無駄な行為をやめた。
「やっぱりひどい魔素ね。」
「こんな通路あったんだね?」
「意図的に隠していた訳ではないぞ。誰もこんな場所に来たいと思わないだけだ。マレに冒険者がやって来る事があったが・・・。」
「こんな何もないところ直ぐ帰るでしょ。」
マナの返答に同意を示した。
「悪戯に荒らされても困るんでな、価値の有りそうなものは町に運んで管理してある。まあ、あの町にも冒険者はほとんど来ないからな。」
階段が長すぎて、無言の時間が増えるので太郎が話しかける。
内容はたいした事ではない。
「あの町って巨大なカエルを沢山保管していたみたいですけど、どうやって確保してるんですか?」
「カエル肉は大きな湿地帯が有ってな、そこで大量に獲れる。昔はワイバーンが主に食べていたが、人が食べても問題は無いのでな、いつの間にか主食になったのだ。以前は野生の四つ足を捕まえて食べていたが、カエルの方が捕まえ易くて美味いらしい。」
確かにあのカエル肉は太郎の村で食べたカエル肉より美味い。
理由は分からないが、カエルが巨大化しているのだから、カエル達の方も捕食する生物が沢山いるのだろう。
「美味いらしいって、ファングールさんは食べてなかったんですか?」
「・・・肉であればなんでも良かったが、それがカエル肉かどうかは知らんな。」
「あんた、料理しないタイプね?」
「・・・そろそろ到着だ。」
広い部屋に出ると、そこには大きな扉が一つだけある。
薄暗いと思ったが、ヒカリゴケのおかげでかなり明るいが、空気は澱んでいて、少し息苦しさを感じる。
「ここからは洞窟だ。」
「まだ歩くんですか・・・。」
「文句言わないのー!」
「はーい。」
マナは太郎の肩に乗っていて、マリナはポチの背に乗っている。歩き疲れたのはスーだけではなく、俺も疲れ・・・なんで浮いてるの?
「歩くのが面倒だからに決まってるじゃない。」
「じゃな。」
なるほど、浮けばいいのか。
うどんともりそばはちゃんと歩いているのに、マリアとナナハルは浮いていた。
「済まんが、ちょっとそっちの扉に魔力を注いでくれんか。」
「ここ?」
大きな扉の横に不思議なキューブが有り、マリアが興味を持って魔力を注ぐ役を買って出た。
「なにこれ、不思議な装置ね?」
「古の技術で、どういう理由で動いているのかは知らん。ただ、魔力を定期的に注がないと扉が動かんのだ。」
「おもしろいわね~。」
見ていると、魔力が流れていくのが分かる。
注いでいるというより、吸われている感じだ。
「どんな魔法でも良いのね・・・。」
太郎がそのキューブに魔法で作った水玉を投げると、すぅっと吸い込まれた。
「なんつー魔力だ。十分だな。」
吸われなくなったのか、今度は扉が勝手に開く。
すると強い風が中から吹き出し、みんなが太郎に飛び付いた。
「うむむ・・・尻尾が引きちぎれそうだ。」
くっ付くにも無理が有るので、太郎の後ろに隠れたのだが、それでも魔力の流れに吹飛ばされそうになっている。
「ここではわらわが一番格下か。何とも情けない。」
ナナハルが落ち込んでいるので、うどんに抱きしめられている。
「ここから先はワシでも足が震えるぞ。」
「太郎・・・意地ははらぬ。手を繋いでくれ。」
ナナハルが完全に身体を震わせている。
顔を赤くしていて、こんなに可愛く見えるなんて、不思議だ。
スーとポチの方がよっぽど辛いと思ったらそうでもないらしい。
「平気ではないですけどー・・・。」
「俺はマリナが背に乗っているから落ち着いていられるようだ。」
「これ、魔素が噴出してるよね?」
「そうだ。すべて負の魔素だ。」
「スーはなんで平気なんだ?」
「いや、平気ではないんですよー・・・。でも不思議と震えないんですよね。」
スーの立っている位置は、偶然にもファングールの後ろ。
つまりそういう事だった。
「ちょっと横にズレて立ってみて。」
「はい。」
位置をずらしたら、とたんにスーがその場から動かなくなった。
まるで凍り付いたかのように全身がピーンと伸びきって。
「ポチ。」
そう言うとポチが近寄りマリナが回収して背に乗せる。
身体がくの字になったまま運ばれるのを見ても、ナナハルは安心しない。
握った手から僅かに震えるのが伝わってくるからだ。
「部屋の隅に置いて行くか?」
「置いてくとスーが可哀想なんで連れて行きます。」
「中に入ればじきに慣れるだろ。」
「奥の方は魔素が薄くなるんですか?」
「今のは溜まっていたのが出ただけだからな。」
そう言って進んでいくファングールの後ろを付いて行くと、確かに魔素は薄くなった。ナナハルの表情に余裕が出て来た事と、スーが目を覚ましたからで、うどんともりそばには全く変化が無かった。
「真っ暗ですね。」
「光源が無いからな。何か欲しいか?」
「マナ、さっきのヒカリゴケこっちに伸ばせる?」
「あたしがやるー!」
周囲が急に明るく光り出す。
それは部屋から伸びてきたヒカリゴケが洞窟全体に生えたからだ。
「ホントに何でも出来るわね?」
「出来るようになったった!」
凄い笑顔で喜んでいるマリナとは対照的にファングールが驚いている。
「何をやったった?」
口調が感染ったった。
「生やしたよー?」
「生えてもすぐ枯れるぞ。」
ファングールがそう言うと、光が消えていく。
「枯れちゃった・・・。」
ションボリするマリナの頭を撫でる。
マナもやろうとしたが、奥に進むほど効果が無くなっているようだ。
「単純に別の魔力に覆われているようね。」
マリアが冷静に解析する。
「負のマナに植物を枯らす能力は無いけど、悪い影響を与えたのは確かね。もしかしてヒカリゴケって正の魔素の方が育つという特性でもあるのかしら?」
「着くぞ。」
ファングールがそう言うと、突然広い空間に出た。
ココが地下とは思えないほどの空洞で、更に下の方へ続いている。
「なにこれ・・・。」
マリアが絶句していて、ナナハルも顔色を悪くしている。
うどんともりそばは興味深げに奥を見ていて、その視線の先には何かが動いていた。
「ひょっとしてあれが?」
「そうだ、ガッパード様だ。」
歩調は変わらず、早過ぎず、遅過ぎず、だんだんと近づいていく。
周囲は建物が崩れたような、滅びた町のような風景に変わっていて、天井からも、横の壁からも建物が生えているように突き出している。
宮殿のように見えたり、城のように見えたり、昔は活気が有ったのかもしれないと思えるような通路から、更に階段を降りる。
「ココは昔町だったの?」
「これは、アルカロスだと思うわ。」
「アルカロスって・・・さっき読んでた本の?」
「そう。ここに住んでいた私には解るわ。」
ファングールが問う。
「住んでいただと?そんなはずはない。そもそもここに住んでいた者達は生きておらんのだ。」
「でしょうね。なに、もしかしてその中心にいるの?」
もりそばの口調が少し強くなった。
「まるで知ったふうな・・・。」
「知っているのよ。思い出したくなかったけどね。」
太郎の歩みが突然止まった。
先ほどと違ってそれほどの魔素を感じない事から、ナナハルも平常心を取り戻している。今度はナナハルから太郎の手を握ったのは、別の理由た。
「どこへ行くのじゃ?」
「・・・。」
「パパ?」
「・・・。」
「太郎?」
「・・・助けを呼んでる。なんで聞こえるんだ?」
「私と共鳴している所為ね。」
もりそばが太郎の前に立ち、下へと続く通路を睨みつける。先は深く、暗く、それでいてほんのり見えるぐらいの明るさがどこからか射しこんでいた。
「進むんですよね?」
スーの質問は、確認であって疑問ではない。
ファングールはココまで連れて来たことで、目的は果たしている。
次に決めるのは太郎なのだが、会うことは決めている。
しかし、足が動かない。
「進みたいんだけど、何かが呼んでいるんだ。」
「マリナも聞こえる?」
マリナの質問に首を横に振った。
「んーん。でも、パパの言う事は解るよ。」
「解っちゃうんだ?」
マナが吃驚している。
そして今まで誰にも見せた事の無い不安の表情を浮かべ、太郎の頭を抱きしめる。
もりそばが太郎に近寄ると、ナナハルが自然と手を離した。
ナナハルに手を離すつもりが無かったのに、強く握ろうとしたのに、何も出来なかった。マリアもスーもポチも動かなくなったまま太郎を見詰めている。
「一緒に行こう。これは私の責任だから。」
もりそばの身体が太郎に吸い込まれようとしている時、マナが気が付いた。
「アンタ一人なんてさせないからねっ!」
もりそばの肩を掴むと、マナも一緒に太郎の身体に吸い込まれていく。
「うん、わかった。待ってる。」
マリナがそう言うと、ファングールがマリナの頭に手を乗せた。
消えていく姿を見送る少女の感情を強く感じ取ったのだが、なぜそんな事をしようと思ったのか、自分で自分が全く理解できない。
太郎は歩くそぶりも見せず、その姿を闇の中へと同化していった。
続きが気になるように書くのって難しいですね・・・
楽しんで待っている方たちに感謝しつつ
核心に迫っていきたいと思います




