第292話 計画される勝利と敗北
今もコルドー神教国からは多くの人達が離れている。
コルドー5世はあの日以来人前に姿を見せず、教団の幹部達は人心掌握に必死だった。宣戦布告した事などすっかり忘れていて、自己保身で手一杯なのだ。それでも回復魔法の使い手は人気があり、病魔には弱いが、魔法で回復可能な重傷者を助けているので、こんな国でも涙を流して喜ぶ者はまだまだたくさん存在している。
国の存続について太郎は放置する方針を採ったが、報復で滅ぼしたとしても不思議に思わない程の被害を受けている。実はここまで考えた太郎の行動ではないかと考える者も少なくなく、それを指摘された太郎は苦みを込めて笑って答えた。
「国家単位で考えたら人はたくさんいるからね。悪い人だけなワケじゃないんだからそういう事もあるんじゃないかな。」
特に自慢する事もなく、遠慮がちに言うのだから、評価は下がるような事もなく、むしろ上がってゆく。
その村の名前は未だに決まってなく、世界樹の村で良いんじゃないのという意見をダンダイルが一蹴していた。
「目立ちたくないのでは?」
全くその通りなので名称は決まらず、太郎君の村とか、駐屯地とか、曖昧なままだった。しかし、村の発展具合は尋常ではなく、あれほどの被害を受けたのにもかかわらず一ヶ月足らずで必要な施設の建て直しは終わっていた。
「それで一番最初にコレですか?」
「まあ、垂れ流しもさすがに困るから。」
男女別の脱衣所、以前よりも広くなった浴場、深さ別に種類を増やした湯舟、入浴後の休憩所。新品の木材を使っていて、何故かうどんともりそばが良く遊びに来るようになっていた。
「吸い出した直後なら熱いお湯が出るんです。」
そう言ってシャワーの代わりをやっているらしいが、排水する水も綺麗にしてくれるので助かる。だからってなんで二人して俺のところに来るの・・・デカいし邪魔!
「太郎殿、それは言い過ぎでは。」
「あまりにあまりですぞ。」
「女性を泣かすとは・・・。」
うどんともりそばがションボリするから、兵士達からの非難の声が凄い。
何で魔王様が一緒に入ってるんですか。
ついでに言うと女性なのは見た目だけ!
「ところで太郎殿、せっかくなのでここで話をしておきたいのですが。」
座れるように作った湯舟の中で、ドーゴルが突然真面目な表情をする。周囲は遠慮しているので兵士の姿もエルフの姿も無く、太郎の隣にはもりそばが、ドーゴルの隣にはうどんが座っていて、ニコニコしている。マナは女性用の方で暴れる声がして、水芸でもやってるんじゃないかな。
「どうかしました?」
困惑に近い表情のドーゴルはうどんに抱き付かれているが、気に留める様子もない。
「ハンハルトから使者が来ましてね。どうやらコルドーを攻めたいそうなんです。」
「・・・なんで?」
太郎にとっては当然の疑問だろう。
攻める事ではなく、その事を太郎に話す事の方が不思議なのだ。
「あの国を滅ぼすのは難しくないのですが、今やる意味が有るのか・・・という事です。ハンハルトには利が多そうですが、我が国には無いので。」
「どうだろう・・・、魔女が関わっている事を知ったら裏で取引した方が楽じゃないですかね。」
「それが出来れば苦労は無いのです。」
そこで太郎に相談したというのが理由であった。
「ダンダイルさんが俺に言ってこない理由が分かったよ。」
「理解していただいて助かります。」
現魔王が一個人である鈴木太郎に気を使っているという状況に、普通なら驚くのだが、この村では当たり前の出来事だ。
「実はツクモからすでに相談されてて、ほっとこうとも思てたんですよ。」
「そうでしたか。」
「マチルダ経由の話なんだけど、ほら、宣戦布告したまま撤回してないから、今でもあの国は戦争中なんだよね。国内はどうしようもないくらい大変みたいだけど、流石にもう助ける気は無いから。」
「元々いた信者も離れているようですね。」
「あの国で生まれた子供に罪は無いです。」
そういう視点があるところでドーゴルは感心してしまう。戦争で国家単位で戦うのに、相手の国の国民や家族、子供達がどうなるかなんて考えが及ばないのだ。
「何か良い案は有りませんか?」
「俺には無いけどマチルダに任せたらいいんじゃない?」
「任せて良いと思いますか?」
「潰しても良いか、それだと困るかの二択しかないですよ?」
「そんなに単純ですかね?」
これは魔王だから許されるのであって、質問しているのに回答者に疑問を抱くのなら、最初から教える価値を見出せない。太郎は腹を立てる事無く丁寧に応じる。
「コルドー教は今も根強く地域に残ってるんですよね?」
「ええ。」
「全てを排除するとなると問題も出てきますよね?」
「孤児の行き場はなくなりますね。それに、治療院として経営しているところも有りまして、地域貢献でいうとかなり高いんですよ。」
「宗教としての総本山が無くなっても、教えは残ります。」
「そ、そーほーざん?」
疑問の内容には応えず、説明を続ける。
「酷い事を言うと、コルドー教じゃなくても良いんですよ、同じ事をしてくれれば。」
「改宗や転向をさせると?」
「それも有りっていう話なだけです。土着信仰も多いでしょう?」
「確かに・・・コルドー教が有名なのは信奉者が多いのと、組織としての土台がしっかりしているからですが、助けてもらう側にしてみれば神なんて誰でも良いですからね。」
「・・・神じゃないですけど聖女ならここに居ますし。」
もりそばがニコニコして太郎に頬ずりしている。
「さすがにその姿のままだと信用してもらえないのでは?」
「聖女っぽくなりましょうか?聖母っぽくなりましょうか?」
そう言いながら太郎に抱き付いたまま姿を変化させ、最終的には元の姿に・・・だからなんでそんなに背が低くて髪の毛が長いの・・・俺の趣味ではあるけどさぁ!
「・・・本当に聖女なんですね。」
「蘇生以外ならだいたいの怪我は治せるわ。病気は無理だけど。」
「解毒とかも無理なの?」
「解毒なら可能かな~・・・あとは専門外だけど呪いも治せるかな・・・。」
「ゆ、優秀ですね。城の治癒魔導士でもそこまで出来る者は一人もいません。」
「ウンダンヌやシルヴァニードの力が借りられればこの村に住んでいる人達全員を範囲回復できるわ。」
「それ、凄くない?」
「ふつー・・・いえ、この村ならではですね。」
「でも私の力なんて必要なの?」
「さあ?」
「ま、必要な時に呼んで頂戴。太郎の頼みならやってあげるから。」
「あ、うん。」
うどんに頭を撫でられるドーゴルは、改めて太郎を尊敬するのだった。
マリアが建築した魔法研究所は半円形の建物に出入口が付いただけの簡単なモノに見えるが、室内にあるもう一つの扉を開くと、中は驚くほど広い。その扉は誰でも開けられるワケではなく、マリアの許可が必要になる。
過去に閉じ込められていた魔法袋の中の世界を再構築し、環境は改善された。マナと太郎が訪れた時は植物が殆ど無かったが、世界樹の能力を借りてトレントの苗木を植え、太郎の力を借りて大きな泉を作った。創造魔法はマリアも使えるが、質の問題ではなく量が作れない為、太郎の力を借りたのだ。
小川が有って、小さな畑と果樹園を設置すると、カラーとキラービーを移住させた。喜んでいるようなので安心する。
「それで、何の用かしら?」
一匹が女王に変化したキラービーは、巣作りと、安全な環境を与えてもらったお礼にと蜂蜜を置いていった。その蜂蜜の紅茶を飲みながら、その相談相手を座らせた。
「ココでなら誰にも言えないような事も言えるわ~。」
「そこまで深刻ではないんですが・・・聞かれて困る相手しかいませんし。」
少しの皮肉を込めて応じると、マリアはくすくすと笑った。
「確かに、勝手に行動されても困るわねぇ。」
「特に今回は国家間の取引になりますので、マチルダ殿を呼びたいのです。」
「魔王が直接あの子に?」
「はい。」
「ガーデンブルクの将軍席の末端に居るだけの子よ~?」
聞かれると面倒かもしれない相手に相談しているのだからと、魔王は決意する。
「コルドーを三国で攻める計画が有るのですが、彼女の力を借りて被害を最小限にしたいのです。」
まだ湯気の出ている紅茶を口に含み、たっぷりと味わってから飲み込む。
「なーるほどね。」
マリアは言葉の語尾を間延びするように伸ばす口調だったが、最近は少し改善されている。この改善については、忙しく活動するようになったかららしいが、本人は変わっている事に気が付いていない。
「わかったわ、スグ呼んであげる。ちょっとそのまま待ってなさい。」
椅子から立ち上がって外へ出ると、数分後に二人がやってきた。
「急に呼ぶなんて、ちゃんとお礼はしてもらうわ。」
「こちらとの取引に応じてもらえるのなら内容次第で報酬は出しますよ。」
「取引ね・・・。コルドーを攻める理由を聞かせてもらいたいわ。」
椅子に座りながら言うと、温かい紅茶が空のカップに注がれる。カップを運んだのはキラービー達で、注いだのもキラービーだ。カラー?近くの枝にとまって寝てますよ。
「ココ、姉さんの?」
「そうよ~、綺麗でしょう~?」
「ええ・・・。」
周囲を見渡してから、テーブルの向こう側に座る魔王に視線を合わせると、待ちかねたかのように口を開いた。
「その侵攻計画はハンハルトからなんです。」
「あの国に戦争するだけの資金なんて有ったかしら?」
「無いでしょう。これは予測ですが、戦争に勝利する事で何らかの取引に応じさせてコルドーから利益を得るつもりではないかと。」
「それ、本気で思ってるの?」
「我々は無理だと考えますが、ハンハルトは本気だと思います。」
「・・・キンダース商会と話をしてくるわ。」
「それ、同行しても良いですか?」
「呼びつけた方がいいんじゃないの~?」
「それはそうですけど、あいつらが来るのを待ってたら時間が・・・。」
扉がノックされると勝手に入ってくる者がいる。
勝手に入れるのはこの村で数人しかいない。
「ギルドから依頼が来てたよ。」
「あら~、太郎ちゃんが直接持ってくるなんて。」
「ココに入れるの、今は俺しかいなかったんだよ。んで中身も勝手に見たよ。半分は俺宛だったから。」
「太郎ちゃん宛?」
「ジェームスさんからだったからね。」
ハンハルトの侵攻に関する内容で、話をしたいので連絡を取って欲しいとの事だった。ジェームスが太郎に直接連絡するにはギルドを使うしかない。しかし、ギルドでそんな重要な内容の手紙を送り付けるという事は、相当急いでいるという事でもある。本来なら書簡を持って人が直接来るほどの重要機密であるからだ。
「焦ってるわね。」
「だろうね、こんなん送ってくるぐらいだから。」
「では、太郎殿が?」
太郎が気が付いたのはこの時だった。
「あ、来てたんですね。」
「ええ、お邪魔しています。」
「別にいつお邪魔しても良いですよ。」
「ちょっと~、私の家なんだけど?」
「まぁまぁ、魔王が悪い事するワケナイデショ。」
「そりゃ~、そうだけどぉ~・・・。」
悪さをしない魔王というのが常識になっている自分の発言に太郎は笑ってしまうと、不思議な目で見られた。急に見られるのだから妙に恥ずかしくなってしまって、咳払いをする。
「えーっと、とりあえず、ハンハルトに行こうか。」
太郎はドーゴルとマチルダの三人で行こうとしたのだが、マリアが無理矢理ついてきて、結局4人でジェームスと合流し、キンダース商会の中にある会議室で、ハンハルトの国王と密談をする事になる。
このメンバーの中でトントン拍子に決定していく裏の取引に驚いていたのはハンハルト国王で、ドーゴルも驚いていたが、この場に太郎が居るという安心感で任せてしまっていた。殆どはマチルダとジェームスが意見を提出し、それを二人の王が互いの目を見て頷くだけの、意見交換会になっていた。マリアはキンダース商会の幹部に書記をさせて書面に纏めさせる命令をしていたが、当の本人はコーヒーを飲んでいた。
太郎殿?
マリア殿の給仕をしていたよ。
「計画通りに行くとは限らないが、ココまで計画された戦争なんて聞いた事がない。」
「計画されない戦争が有ると思っているの?」
「勝ってから考えるモノじゃないのか?」
「上手に負けないとたくさんの人が死ぬんだから、真面目にやるモノよ。」
「そ、そんなもんなのか・・・。」
ジェームスは国家間の戦争の始まりから関わった事で、新しい世界が見え始めていて、それが良い事なのか悪い事なのか、今は判断が出来なかった。
「こんな事が簡単に出来てしまうとは恐ろしい話だな。」
「それは言わない約束ですぞ。」
「なんか、どこかで聞いた事があるセリフだなあ・・・。」
「太郎君は演劇にでも興味が有るのかな?」
「それほど・・・。」
「じゃあ、次は私の所で宜しくね。」
「え、行くの?」
「俺達はどうするんだ?」
「もうみんなで行った方が話が早いじゃない。」
「確かにそうだけど、良いのかなあ?」
「良いのよ~。」
その後、ハンハルトの国王はとんでもない体験をする事になるのだが、とりあえず自分の所為ではないことを明記していただきたい。
ほら、そこの書記の人、書いといて。




