第290話 マリアとグレッグ 改め マチルダとグレッグ
「よくぞ戻って来てくれた。」
まさかの謁見の間で歓迎されたマチルダは、ツクモを見るとニヤニヤと笑っているので、事情を察する事が出来た。もちろん、事前にも説明されているが、歓迎されるとは思っていなかったのだ。同時にグレッグも迎え入れられ、この件は不問とされた。
不問とするには問題が大き過ぎ、体面には謹慎処分となっているが、甘過ぎるという声は一部から届いている。それでも表立って反対する者は皆無で、マチルダの正体が魔女だと知る者達は陰口も叩けない。
「代将のままであるが、良いな?」
国王が気丈な声で宣言すると、元マリアで、現在はマチルダと名乗る事になった代将は、周囲の目を気にすることなく、跪いて受け入れた。それは魔女が国王に膝を折ったと同義になるのだが、冷や汗を背に感じながら、国王はホッと一息ついている。
誰も魔女が国王に敗れて配下になったとは思わない。部下になっているのも不思議なくらいで、いつかは国王の首を狙うのではないかと危惧する者もいる。
「魔女だと宣伝しない方が身の為というより、国の為であるぞ。」
ツクモが国王にそう耳打ちすると、魔女の討伐に勇者を差し向けられる事を想像して冷や汗どころか滝の様に汗が出てくる。
国王はもう一度、気を奮い立たせると、椅子から立ち上がった。
「他の者達も異論はないな?」
長い沈黙は同意を示すモノである。
「では宰相を残し解散とする。」
残ったのは宰相と国王だけではなく、別室にツクモとマチルダとグレッグが控えていた。国内に向けての内政の幾つかを指示する事と、ツクモの持ち込んだ幾つかの案件を処理する為でもある。
「そんな都合の良い話があるのですか?」
「ツクモ様が言うにはあの村には逆らわない方が良いとの事だが、それだけで国が村に屈する訳にはいかぬ。しかも村は魔王国領だ。まあ、あんな土地誰も欲しいとは思わなかったような所だったのだが・・・。」
ドラゴンに焼かれて世界樹ごと滅びた村だった土地は、今や無視できない程の強者が住み着いている。それも、あのダンダイルが直接交渉するような男が居るのだから、鈴木太郎という名前は将軍級の者なら一度は聞く名前になっていた。
「元魔王が恐れるというほどの男などには会いたくも有りませんな。」
宰相の言うことは最もだ。
だが、これからは違う。
報告に間違いが有るとは思わないが、あの伝説のゴリテアを墜としたとは信じられないし、実際にそこまでの激戦が発生していたのかも解らない。何しろ、多くの者が目にしたゴリテアは何処にも無いのだ。実際には残骸が残っているが、地上に堕ちて動かなければただの岩山と変わらない。
そんな男が征服欲を持たないというのも信じられないし、戦いを好まないなどとはもっと理解できない。戦って勝てるのなら領土を広げたいという心はこの国王にも僅かながらに存在しているのだから。
「まだ終わらんのか?」
「お待たせしています。ところで、食事はどうでした?」
「前とは比べられんほどに美味いが、アレは村の食材だな?」
「アレより良いものは存在しませんので。」
使者を送り、ダンダイルに村の食材の一部でいいから欲しいと頼み込んで、やっと手に入れたものだ。国王も食べたが、生のままでもとても美味い。どうしたらあれほど美味しい作物が育てられるのか教わりたいくらいである。
「キラービーの蜂蜜なんてどの国でも喉から手が出るほど欲しいモノですよ。」
「食べ飽きたわ。」
ツクモが笑いながら言うので、国王も宰相も驚く以外の表情が出来なかった。
国王たちが別室に入ると、まだ食事中であったマチルダがグレッグを相手に行儀悪く肩肘をつきながら会話をしていた。
「マチルダ殿。」
「あら、そんな呼び方じゃなくても良いのよ?」
「あー、うむ・・・。」
「呼び方などどうでも良いではないか、それより受け入れるのか?」
この場では最上位になるツクモが椅子に座ると、国王が対面に座り、宰相が国王の後ろに立つ。交渉の主体はツクモだ。
「本当にそんな美味しい話を受けてしまっても良いのですか?」
「村との交渉であり、取引だ。当然こちらにも利益はある。」
太郎の知らないトコロで話が進められている。全く知らない訳でもないが、近い将来は太郎が行う事の一つでもある。
「あなたが勝手に代表を名乗っているように聞こえるのだけど?」
食べ終えたマチルダが会話に割り込んできた。
「今はそれでいいぞ。タローだって文句も言うまい。」
「ふーん。」
村での怠惰ぶりを知っているマチルダに不信の目で見られているが、ツクモは屈しない。むしろ、最近は良く働いていると言ってもいいくらいの活躍で、姉にも太郎にも褒められていたし、姉の子供達だけではなく村の子供達も守っていたのだ。
「どちらにしても取引相手は多い方が良い。」
「それはそうね。」
グレッグはマチルダの後ろに立ち、今は静かにしている。会話に入る権利も立場も持ち合わせておらず、マチルダの部下というだけで目の前に国王が居るのだ。
「本人と交渉するのを望むのなら、いつになるという保証は出来んが、必ず伝えておくが?」
「こちらから交渉する立場だというのか?」
宰相が渋い顔をする。
「当然だろう。」
ツクモの視線だけで負けた宰相が冷や汗を流す。
ただ、提示されている内容は利益を得るには十分な内容で、他の将軍を納得させるに問題はない。しかし、これがこちらの主導ではないとなると、より有利な条件が得られるチャンスはない。
「それにしても・・・あの村ではそんなに豊作なのか?」
「いつでも豊作で、どれも美味い。ただ残念な事に村は壊されてしまってな、今は牛や鶏が欲しい所じゃ。」
以前は水牛を用意できたが、今回は当てがなく、家畜も逃げられてしまった後はどうなったか分からない。どうせ魔物に食われているだろうが・・・。
「欲しいのであればいつでも差し上げますが?」
「ただ貰ってきたと言うとあまりいい顔をせんのでな。」
「説明しなければ良いのでは?」
「姉に追及されるんでな・・・。」
「そ、それは仕方がないですね。」
「うむ。」
今度はツクモが渋い顔をした。
「詳しい話はこちらで詰めておく。いっておくが金が欲しい訳ではないからな。」
「キラービーの蜂蜜を配るような人ですし、それは承知しております。」
その後はたいした話も無く、国の近況や周辺の話をする。たまに重要な事も混ざっている事があり、その中には次の事が有った。
「ワンゴはどうなった?」
魔王国の牢獄から逃げ出し、今は行方不明となっている。
「我が国の領土内のどこかにいるらしいですが、それももう古い情報でしょう。」
「ギンギール方面に移動した可能性は?」
「もちろんあります。配下の者達も今は大人しいので調べるにしても手掛かりがなく、一部の魔物とは交流が有るので、そちらに匿われるとどうしようも有りません。」
ガーデンブルクでは魔物の村も有り、以前はマチルダが利用した事も有った。相互不可侵の契約や物々交換なども行っていたりする。魔物だからといって人を襲うだけではなく、ちゃんと村や町もあるし、遠く離れた場所には国に近いほど発展している場所も有る。獣人も獣の血が濃いと魔物と混同されるので、その境を作る為に離れた場所に住んでいたりもする。
ツクモ達のような狐獣人も人里には殆ど住まず、ひっそりと一人暮らししている者が多いのもそれが理由だ。
「そうか、何かわかれば教えて欲しい。これは村とは別じゃぞ。」
マチルダが不思議そうにツクモを睨みつけてから問う。
「あなたがそんな事を気にするなんて、何か有るの?」
「お前と同じであの村の為だ。」
そう言われてマチルダは村の為にグリフォンやグレッグを利用した事を思い出して頬を赤くした。何故と問われると今でもその時の自分が良く分からない。
二人の会話の意味が解らない国王と宰相は知りたそうに両者を眺めたが、説明される事は無かった。
特に秘密ではない会話が終わると、ツクモは一晩泊ってから帰って行った。直ぐに帰るにしても最近は働き過ぎで疲れたらしい。過去の彼女からすれば確かに働き過ぎであるが、マチルダからすればたいして働いたようには見えない。
久しぶりに戻って来た執務室は、埃が被りもせず、とても綺麗だ。彼女の部下達はあれから訓練だけの日々を過ごして上司を待っていたのである。今度は部下の歓迎を受けた彼女は、笑顔で溜息をついた。
「あなた達はもう少し自立を覚えた方が良いわ。」
とは言ったが、部屋は綺麗だし、訓練もしっかりとやっていたらしく、士気は落ちていない。グレッグは元の軍人だった生活を取り戻し、勇者の能力は失ったが、その時の強さを取り戻そうと必死になっていた。代将は将軍としての地位では一番下だが、彼女の配下は戦闘能力が一級品で、他の将軍の部隊から移籍の声が良く掛かる。
大きな戦争は無く、国内での魔物退治に何度か出動させられたが、その都度死傷者0で帰還する為、雑用のつもりで与えられた任務が彼女達の評判を上げる事になっていき、今では冒険者ギルド用の依頼も減ってきている。流石にダンジョン攻略で巣食う魔物の掃討をさせられた時は慎重になったが、それもそつなくこなした。
「働かされますね。」
「やりたい放題やってたし、暫くは他からの信頼を保つためにも必要なんでしょ。」
「ダンジョン内の魔物の処理が終われば周辺の探索、その後に村の整備と土地の開拓者の護衛。働かせすぎではないですか?」
「今迄訓練し過ぎだったくらいよ、私とあなたは別だけどね。」
コルドーで囚われていた期間を考えると、グレッグは何も言えない。何事もなく元の地位に戻れただけでも感謝するべき事なのだから。
「今は国内の安全を確保するってのは、あの国との取引材料を増やす為に土地の拡張をする為らしいわ。」
「今考えてもとんでもない村ですよね。」
「ハッキリ言ってあの村は国家と変わらないからね。国王があの鈴木太郎なら、あの男の一声で国が消える事にもなるのよ、コルドーなんかよりもよっぽど恐ろしいわ。」
「しかし、本当に野心の無い男がこれほど恐ろしいとは思いもしませんでした。」
「そう、野心が無いという事は、取引や駆け引きが通用しない。逆に言えばこちら側も裏表無く隠し事も出来ないという事。ダンダイルですら戦いたくないというほどの男なのだからね。」
正攻法であの村に勝つつもりはない。勝とうと思う事もない。彼女にとってあの村は特別なものになっていて、姉も住んでいるのだ。
テーブルにある報告書は、これから提出するモノと、受け取るモノと分かれていて、それ以外にも住人達からの感謝の言葉が綴られた紙も何枚か有った。他人に感謝されるのは彼女も気分が良く、以前と比べるとかなり穏やかな部分も多くなってきた。時に見せる優しい笑顔も、グレッグはたまらなく嬉しい。部下達が、連日の遠征でもこの部署から離れたくない理由の一つだ。
その部下が慌てて入って来て、慌てて敬礼して、差し出された通告書と書かれた紙を受け取る。
「なにこれ?」
そこには、三国同盟によるコルドーへの進軍計画が予定されると書かれていた。




