第284話 事後処理 魔王国編
コルドーの兵士達が解放されて暫くが経ち、将軍と魔物という非常に珍しいコンビが太郎を待っている。周囲の木々が薙ぎ倒されていたり、潜んでいた兵士達が逃げるように去っていく姿が無ければのどかな天気である。
「遅いですね?」
報告する事も多いので、早く合流して書類の作成を急ぎたい気分だ。
「・・・。」
仰向けで、大の字。気持ち良さそうに寝ていた。
「この姿でだらしがなく寝られるというのも問題ありそうなんですが・・・太郎殿が好きなんでしょうか?」
グリフォンは人の姿なので、今はロリ巨乳だ。シースルーじゃないだけましかもしれないが、いまにも零れ落ちそうである。
何が、とは言わない。
「おお、おぬしら律義に待っとるようじゃの。」
「あ、えぇ・・・はい。」
「露骨に残念そうな表情じゃな。」
「いえいえ、そそそんなことないです。」
太郎を待つよりも早く帰りたくてある人の事を考えていたなんて言えるハズもない。
「あれ、また知らない人が増えてますね?」
「アレはトレントとエルフィン・リ・スキングという大昔の女王のようじゃ。」
「え?」
「なんじゃ?」
「・・・大問題では?」
「太郎じゃからのう。」
「そうね。」
同意の声と同時に現れた女性も、何か諦めたような表情だ。
「疲れてますね・・・。」
「そうだな、戦闘よりも疲れた気分だ。」
続いて現れた男は言動通りに疲れた表情だった。
「何かあったんですか?」
「もう直ぐ分かるさ。」
幸せそうに寝ているグリフォンに視線を向けると、いきなり目が開いた。効果音でも鳴っていそうなジャンプで起き上がると、のっそりと出てくる者に視線を向けていた。
「なんです・・・あれ。」
「あ~、なんというか、なんていうか、本人に聞いてくれ。」
その本人は三人の子供を両肩と頭に乗せ、左右の腕を一本ずつ美女に抱き付かれている。むしろ憑かれているのでは?と誤認とも思えない。
「太郎殿?」
「あ、ああ、悪いね。魔女の二人は調査したい事が有るらしいから先に帰ろう。」
「はい・・・。」
と、呆けた返事しか出来なかった。
「タローはなんでそんなことしてるんだ?」
「やりたくてやってるんじゃないんだよ。」
「太郎はみんなの婿候補だもんね!」
「マナ・・・。」
「ん?」
「お手柔らかに頼むよ。」
「分かった、手加減してボコボコにしておくね。」
小走りになりながら無邪気に正面から抱き付いてくるグリフォンを、太郎は受け入れて頭を撫でている。候補ではないので安心する。
「スーもポチも助けてくれないもんなあ・・・。」
「無理だ。」
「無理ですねー。」
その後に現れる天使達も太郎を違う意味で狙っているようだ。ミカエルとオリビアまでもが疲れた表情で、ナナハルが最初に表に出て来た理由である。
「わらわにはもう子がおるでの。」
勇者達によって少し荒らされている家を掃除しながら待っているダンダイルは、太郎一行が移動して来るのに気が付いて箒を投げた。ミカエル達天使は別行動で飛んで移動しているので、人数は変更が無い筈だった。
「暇なら掃除しておっても良かったのだぞ。」
元自分の家であるナナハルからの言葉には反応せず、太郎の方の異様さに説明を求めた。
「色々ありましてね・・・。」
言いにくそうにしているので太郎の事情については諦め、もう一つの質問をする。
「何か見てはいけないものを見ている気がするんだが?」
「うどんより長生きしているトレントとエルフィンなんとかって人です。リファエルの方はミカエル達と行動しているので数時間後には村に到着するみたいですね。」
太郎の返答が終わるのを見計らって、トヒラが一人敬礼してダンダイルの前に出ると、幾つかの報告をする。その内容には驚く事が多かった。
「封印されたモノをそのまま持ち帰っている・・・?」
「どうやらスズキタ一族の廃村に封印するそうですが、一応調査しておきますか?」
「そうだな、必要なら駐屯も考えるか。」
「それと、その、太郎殿ですが・・・。」
トヒラも言いにくそうだ。スッと出された報告書を受け取り目を通すと、他の者がいる前で報告する内容ではなかったので納得する。
「そうか、大変な事になるな。主に太郎君が。」
「ただ、確認が取れるまでに何年を要するか分かりませんので。」
「九尾の子がいる。それだけでも分かるだろう。」
「確かに、あの子らは既に普通を超えてます。」
「一般的に言えば産まれたばかりと変わらない子達だ。普人で言えばまだ言葉だって喋れない年齢だからな。」
それだけでも異常だが、獣人の血が混ざると赤子の時間がとても短いのは周知の事実だ。しかも、ハーフなら変化もまちまちであるはずだった。
「太郎君の子供がみんなそうなってしまうとなれば、将来の脅威は計り知れないな。」
「兎獣人にも二人いますが、アレが普通に見えます。」
ダンダイルが何もしていないはずなのに疲れた笑いを垂れ流した。
特にそれ以上の用事は無く、ココで休憩するくらいなら村に戻った方が良いという事で、太郎達は直ぐに移動した。魔女二人はゴリテアに残し、ダンダイルとトヒラは自ら残って別行動にした。
他にもハンハルトとガーデンブルクにも伝えねばならなく、仕事は多い。ダンダイルの瞬間移動で二人は城に戻り、いくつもの報告書と、トヒラがコッソリ持ち帰ったゴリテアの証拠となる外壁の一部を魔王であるドーゴルに報告する為である。
休憩する間もなく二人は執務室に籠り、部下達の心配をよそに作業を手伝わせる。
「伝説も、たった一人の男に利用され、たった一人の男にその全ての野望を打ち砕かれる。」
「新しい伝説が生まれそうですね?」
「ハンプルブスの勇者が封印されているとか、コルドーを逃がしたとか、説明よりも理由が無いと他の将軍が納得しないだろうな。」
「何もしなかった連中に文句が言えるはずないです。」
口調が冷たく、ダンダイルは眉が僅かに動いた。視線はデスクに向けたまま、軽く言葉で突く。
「手厳しいな。」
「将軍としての仕事量からしたら今一番忙しいのは私なんです。特別報奨の一つぐらいほしいですよ。」
口の動きよりも手の動きが早く、休んでいる様子はない。
「そのくらいなら口を利いてやってもいいが、欲しいモノでもあるのか?」
「お金より休みが欲しいです。」
「それは私も欲しい。だが、今回の件が片付けば少しは休んでも怒られんだろう。」
「あの村の事を考えると休んでもいられないですけど。」
「・・・そうだな。」
深く溜息をついた二人は、それでも太郎の事も心配で、心配するような相手でもない事も理解しているが、あの男一人に全てを背負わせるような気がして、それはそれで矜持を刺激される。
「太郎君の性分が感染ったかな?」
「ええ、かなり悪化しています。」
「休息が必要だな。」
「・・・えぇ。」
二人は部下に報告書の写しを作らせ、ハンハルトとガーデンブルク用にも一部の情報を伏せた報告書を作成し、それを届けさせる人選までも考えていたが、ガーデンブルクについては手遅れになってしまった。
ツクモの存在を失念していたのである。
村に帰ってきた太郎達を最初に出迎えたのは子供達とツクモで、そのツクモにナナハルが言った。
「用事は先に済ませてこい。」
やる事が多過ぎてドレからやっていいのか分からない事も有って、ツクモは素直に姉に従い、なぜ自分なのかという疑問も忘れて、正しく飛んで行った。ツクモは瞬間移動を習得していないので時間が掛かるが、それでも常人と比べれば異常に早い。太郎が別格なだけで、普通はそれが異常だった。
「さて、問題しかないの。」
「そうだね。」
太郎の短い返答に様々な思いが詰め込まれていた。
将軍達が集められ、ドーゴルが部屋に現れるとトヒラの報告書が配られ、それを読み進めるだけで汗が滲んだ。
召喚魔法については詳しく書かれていないが、聖女やそれに伴う勇者の集合と、続く混乱。ゴリテアが動くようになった理由は不明のままだが、太郎の村がほぼ壊滅状態になった大量破壊兵器の存在は背筋を凍らせた。
「それらを知ったうえで、破壊したと。」
「ゴリテアの存在理由が解らないが、ゴリテアを使って世界を侵略するつもりだったのか。」
「脅威が現れて、すぐ消えた。何か物語を見せられている気分だ。」
魔王国の最高幹部が集まる部屋では、読み終えた報告書をテーブルに置いた後に沈黙が続いた。何を言ってもただの感想に過ぎないからだ。
「ゴリテアが復活する可能性は?」
疲れた声で問うのは魔王で、応じたのはトヒラだった。
「外壁の一部を持ってきましたが、こんなもの一つでも今の魔王国の技術では、同じ材質のモノを作れません。殆どが失われた技術か、未知の技術です。」
「加工も難しいでしょう。」
その外壁をスッパリと斬って部屋ごと封印物を移動させたのは太郎だ。数日後にはスズキタ一族の村が有ったあの場所に設置されることになる。全てが決定事項で相談も無く。不満は有るが他の候補も無く、決められた事に腹を立てても、代案は無い。
「とんでもない男ですな。」
「最重要危険人物として監視を強めるべきでは?」
「ダンダイルとトヒラの二人がいて、既に最重要に警戒しているのですが、まだ足りないと?」
「あ、いや・・・そうではなく、敵となる事も想定するべきではないかと。」
「なんだかんだで我が国の食糧事情を解決したのはあの男だ。村が無くなって生産力も衰えただろうから暫くは期待できないが。」
「敵対したいのですか?」
将軍達の動きがピタリと止まる。
「なら敵対しなくて済む方法を考えてください。」
ドーゴルが魔王らしさを見せているが、報告書に目を通した直後は苦渋に顔を歪ませていた。本来なら世界を揺るがしかねない大事件が、対応する間もなく終わっているのである。
「我が国での農業にも貢献してもらっているのに、敵対しかねないという考えが有るのは困りますね。」
「しかし、可能性として・・・。」
「天使、エルフ、ケルベロス、キラービー。そして彼に好意を抱く仲間達が全て敵になるのです。」
流石にドラゴンは数に入れない。この部屋に集まった幹部達にフーリンの存在は知られているが、敵対などとんでもない。
「正直、あの村に住む兵士達の殆どは太郎くn・・・鈴木太郎の味方に付くでしょうな。」
ダンダイルの言葉は多方面において重くのしかかる。忠誠心の問題も有れば、人心掌握で魔王が負けている事にもなる。領土の一部が乗っ取られていると考えてもあながち間違っていない事にもなる。
元々放棄地なので問題は無いのだが。
「それで、報告書だと壊滅したとあるが?」
頷いてから応じる。
「あの村の生き残りの大部分がやって来て混乱になるだけでなく、解散した勇者と、コルドーに向かった旅人の帰還・・・。」
「聖女は行方不明とあるが、本当に知らないのか?」
トヒラが周囲に悟られないように目だけを動かしてダンダイルに視線を向ける。悩んでいる様子はない。
「聖女は生きている。」
将軍として一番付き合いの長い男が、元魔王相手に怒鳴る寸前の声で問う。
「何故、報告書に書かなかったのだ?」
「聖女が二人居てな、まだどうして良いのか分からない。」
「二人だと?!」
「一人は召喚された聖女、もう一人は現代に存在する聖女なのだが・・・。」
ダンダイルは口頭にて詳しく説明を続け、記載するには情報が足りない、と、最後に付け加えた。
「トヒラ将軍としてはどうなのだ?」
「立場的に言うのでしたら・・・行方不明にしておくのが適切かと思います。」
「引き込めないのか?」
「無理です。」
ハッキリと、きっぱり言い切った。
「ゴルルー将軍自ら交渉しても構わないのですが?」
「話が通じる相手か?」
ダンダイルとトヒラが互いを見ただけで確認が取れると、ほぼ同時に言った。
「通じません。」
「通じないな。」
何かを指摘しようとして口を開いたが、何も言わずに閉じてしまった。
「あの村が危険という訳ではない事を理解していくしかないですね。」
「村に危険は有りません。」
「あの村にはな。」
駐屯地として秘かな人気がある村は未だに正式名称が無い。
「報告は以上で宜しいですか?」
「質問を宜しいですか?」
エスト将軍が手を上げたので、魔王が頷いた。
「復興は可能ですか?」
「普通なら諦める被害だ。」
「復興を期待するよりも大変な事が待っていますけど。」
聖女を求めて旅立った者達が、目標を失って帰ってくる。Xデーは必ずやってくるのだ。その混乱は既に予想しているから、対策について話し合うだけで済む。報告書にも予想がたてられている。
「聖女については私が直接見に行きたいと思いますが、反対は有りますか?」
珍しくドーゴルが魔王としての行動に許可を求めてきた。それは公式に行動するという意味で、お忍びではない。
反対者は無く、賛成者もない。消極的だが許可は得られた。
と、魔王は解釈した。
将軍達は魔王があまり目立つ行動をする事を快く思っていないのだ。
次回はある程度自由な行動ができることに魔王が満足し、会議が終わって議会が閉じられると、魔王が退室した後にリスミル、エスト、ゴルルーの各将軍が残り、トヒラとダンダイルを引き留めた。
「リスミルとエストが残るのは解るが、ゴルルーはなんだ?」
「あの村がこのまま消えるとしたらどうなると考えているのか、確認したくてな。」
確かに、普通なら消滅するほどの被害で、元々地図上に記されていない村ではあるが、魔王国領であり、世界樹が存在しているのは周知の事実となりつつある。その中でまだ鈴木太郎の存在は薄いが、広まらないように努力しているのはトヒラの隠れた功績であった。
「世界樹が在るから消える事は無いだろうな。」
「それなら今後も狙われる可能性は有り続ける。そういう事だな?」
「あの村の生産力と資金力を大事にすることで魔王国にも有益かと思いますが。」
「エストは一度会っただろう?」
交渉するつもりで臨んで挑んだが、交渉力という問題より、立場で負けていたので、評価もしにくい。
「芯の強い人だとは思いました。」
「まあ、あれだけの大物が揃っていて自分の意見を言えるぐらいだからな。」
「意外なほどにお金がかからない村ですし、もう少し出しても良いと思います。」
リスミルとエストの意見で、まだ議論されていない内容であるが、使用される資金よりも、回収される資金の方が多い。投資をすると言う意味では影響力は地方都市よりも大きい。今でも一番大きい地方都市は鉱山の有るダリスの町だが、ハンハルトの影響力が小さくなった事で強くなり、聖女の出現で一時的に人が離れたが、直ぐに戻るだろうと予想している。
「将来性は期待しない方がいい。」
「どうしてですか?」
「太郎君が困る。」
その言葉は今後の太郎を救うのだが、今はまだ影響しなかった。
残った者達も席を立ち、とりあえずの解散となったのだが、最後の最後でトヒラが気が付く。
「事後処理案って詰めましたっけ?」




