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第280話 何度でも立ち上がる

 幾人かの天使と、太郎達を残して、洞窟に繋がる穴を降りたミカエル達は、そのまま洞窟組と合流し、一気呵成に攻めている。敵をなぎ倒し、扉を塞ぐ兵士達を吹き飛ばし、進入路となる出入口を確保した時、不思議な事が起こった。


「な、なに・・・倒した兵士が立ち上がった?!」

「今のは回復魔法だ、どこかに魔法使いがいるぞ、探せ!」


 ミカエルの的確な指示で直ぐに魔法使いは見つけたが、どう見ても回復魔法を使っている様子はない。他を見ても、魔法の使用者はそれなりに居るが、そのほとんどが攻撃魔法を放ってくる。


「今度はしっかり倒せ!」


 ミカエルの檄が飛び、攻撃に込める力が増した。純粋な戦闘力では天使達が圧倒しているが、扉の奥に潜む兵士達には優秀な指揮官がいるようだった。何度攻めても効率よく盾兵を配置し、防ぎ切った後に魔法と弓が飛んでくる。

 再び周囲がが仄かに光った。


「後ろに気を付けろ!」


 腕に剣が突き刺さる。肩に深く斧が刺さる。純白の翼が赤くなり、血飛沫が通路を赤く染めた。


「倒した奴らが立ち上がってきます!」


 折角確保した出入口を追いやられ、洞窟に戻されると、そこには倒したはずの兵士達が立ちあがって待ち構えていた。


「どうなってるいるのだ?!」


 ミカエルの混乱に気が付いた太郎達は洞窟に飛び込んで加勢する。もっとも早く飛び降りたのがナナハルだったのは、グリフォンの活躍に触発された結果だった。着地したついでに周りの数人を吹き飛ばした。


「味方だけ回復しているとはなかなかの魔力コントロールじゃのう。」

「こっちも回復してあげたら?」

「敵を避けて回復するとか面倒だわ。」


 マナと太郎も降りて、戦況を見る。すでにナナハルが敵中に飛び込んで戦っていた。素手だが強い。一人一発で盾で防いでも関係なく吹き飛ばす。

 トヒラがいない。


「ここで待機してまーす!」


 上から声が聞こえたが見上げない。確かに一人くらい残っていた方が良いかもしれないと思ったのは一瞬で、直ぐに行動する。


「怪我人を俺の後ろに!」


 太郎の声は混乱を収め、希望を与える。天使達は前後に挟まれたが、ナナハルが兵士達を軽く吹き飛ばしてくれたので、太郎に駆け寄る事が出来た。集まった天使達をリファエルが回復する。


「で、なんで聖女が俺の肩に座ってるの?」

「見易いから。」

「落ちないでよ?」

「私の場所よ!」


 マナは何を言っているのかな?


「何度倒してもすぐに立ち上がる・・・。」

「殺してしまっていいか?」


 ミカエルの問いは太郎に突き刺さる。

 出来る限り殺したくはないが、村の被害を考えると、殺したのなら死ぬぐらいの覚悟があって当然だった。殺された者達が殺して欲しいと願う訳ではないが、仲間を殺された者達の気持ちを抑えるのは難しい。


「太郎殿。」


 オリビアの声で我に返る。


「大丈夫。戦争は経験してるから・・・。」


 ザイールの町で大規模な戦争を初めて体験した。コルドーでは小規模ながらも人を殺す経験をした。ハンハルトではドラゴンと戦った。通常の冒険者で短期間にこれほど戦いを経験する者はそれほど多くない。

 魔物との戦いとは違う、人と人との血なまぐさい殺し合いだ。

 殺してしまえば回復魔法では戻らない。

 蘇生魔法がポンポン使える者などこの世界に殆どいないのだ。


「行こう。」


 オリビアとミカエルが、太郎の表情を見て頬を赤くした。ナナハルは微笑んだ。スーやポチが見たら喜んだかもしれない。久しぶりに見る、太郎の覚悟だった。





 兵士が定時連絡にやってきた部屋は、誰もいない。不思議に思って周囲を見ると、机の上に四角い箱が有った。


「定時連絡ですか?」

「箱から声が・・・?」

「安心してください、猊下もいらっしゃいます。」

「は、はぁ・・・。」


 少し躊躇っているとまた箱から声がする。


「報告しろ。」


 猊下の声だったので思わず箱に敬礼する。


「報告します。不思議な光で傷付いた者が回復し、戦闘を継続しております。死者数は正確には分かりませんが不明ですが少数。」

「その光はこちらで制御している。安心して戦うがよい。」


 感激して再敬礼する。


「ありがとうございます、神の奇跡に預かり光栄です!」


 その姿は一方的に見えていて、現代で言うモニターのようなモノが配置されていた。ゴリテア内には何ヵ所かモニターが設置されている部屋があって、窓のように見えていたモノも実はモニターによって映し出されていたのだが、気が付いたのは研究員のワーグ・ジモスキーくらいのモノである。


「何度も使えるモノではありませんので注意してください。」

「はっ!では失礼いたします。」


 兵士が部屋を出て行くのを確認すると、通信機のスイッチをオフにした。


「その、残念ですが、あと何回使えるか分からないのです。」

「回復魔法が、か?」

「はい・・・魔力が足りません。外壁を覆う防御魔法も再構成できていません。」

「まずいのではないか?」

「正直言いますと・・・逃げたいです。」


 その、正直すぎる言葉にコルドーの表情から余裕が消え、脱出を考えるようになっていた。ただ、逃げるにしても少し手間のかかる場所で、逆に言えば侵入される危険も少ない場所に居る事が、直ぐに逃げるという判断を鈍らせていた。




 天使達の突撃が勢いを増していく。後方に太郎達が控えている事が心強く、それはミカエルも認めざるを得ない事実だった。ナナハルやリファエルも居るし、聖女もマナも居る。ここまで来て手を借りるというのはプライドが許さないのと、太郎に認めさせるという理由もある。

 すでに手を借りているようなものだが・・・。


「急に強くなったぞ?!」

「我々は元々強い!」


 一進一退だった攻防は天使達が再び圧し始めた。守りをかためて通路奥にまで逃げていく兵士達は、ぎりぎりで耐えているトコロにまたうっすらと光を浴びる。


「今だ、押し返せ!」

「またくるぞ?!」


 天使と兵士が流した血だまりが綺麗に消えていて、立ち上がる兵士もいたが、半数は立ち上がらなかった。


「奴ら本気だ・・・。」


 伏したまま動かない兵士の傷は癒えても、生命活動が止まっていれば、二度と立ち上がる事は無い。それは少しずつ兵士達の心を蝕み、士気と気力を減退させていく。別に行動しているスー達は最初から殺すつもりであったので、殺しきれなかった兵士が立ち上がった事に驚いたが、今度は丁寧に心臓を剣で突き、立ち上がらせない。


「やべぇ、後ろから天使が来るぞ!」

「へー、そっちに居るんですねー。」

「ぐっ?!」


 次々と倒されていく兵士に、部屋の奥に追い詰められた者の一部は武器を投げ棄て降伏を始めた。一人が諦めればそれは連鎖する。負の連鎖は止まらない。


「後退だ!」


 その声に反応して付いてきた兵士は予定の半分以下で、来なかった者の半数は武器を捨て降伏し、残りは自分の血の海に沈んでいる。指揮官はもちろん一人だけではなく10人ほどは居た筈なのだが、気が付けば自分と残り二人しかいない。


「猊下はどうなさるおつもりだ?」

「ここからでは猊下の部屋に行けないぞ。」

「もう逃げたのでは?」

「そんな、俺達を置いてか?」

「あの変な猫に吹き込まれているかもしれん。」


 猫獣人のワーグ・ジモスキーは、兵士達からはあまり好かれていない。


「それにしたって被害がデカすぎる。封印の謎が解ければ楽に戦えると言っていたではないのか?」

「あの村を破壊したのは外に向かってだ。内部にあんなもの使われたら俺達だって命が危ない。」

「では、どうする?」


 そして会話はピタリと止んだ。唸り声だけを響かせて。




 ジェームス組は殆ど苦戦する事なく、どんどん侵入していたのだが、完全に迷子になっていた。先頭をフレアリスにしていると何度も同じ所へ行こうとするので、ジェームスとグレッグに止められ、結局マギと一緒に後ろに下がり、男二人で相談しつつ兵士が現れる方向へと進んだ。

 逃げる者を追うとまた同じ所へ行ってしまうので、途中から血を辿って進んでいたのだが、突然消えてしまって再び迷子になっていた。


「倒した奴は立ち上がるし、血だまりは綺麗に消えるし、どうなってんだココは?」

「魔力の流れが異様なのは解るが・・・。」

「あっちから声は聞こえるけど?」

「・・・聞こえるな。」


 顔を見て頷いたのはジェームスで、マギとフレアリスは見ていない。


「うわわあああああ?!」


 逃げてきた兵士がグレッグと鉢合わせ、驚いて武器を落としてしまった。そしてガクガクと震えて座り込む。

 その頭が吹き飛んだ。


「新手か?!」


 そう言って現れたのは天使で、敵からも味方からも、間違われる事の無い存在だ。


「味方だ味方!」


 首が飛んで転がった兵士の後ろから天使達がぞろぞろと現れる。その中に見慣れた姿もあった。


「合流しちゃいましたねー。」

「血なまぐさい匂いが消えるのは良いんだが、辿る匂いも消えて外が分からない。」

「ちょっと待て、お前達も迷子なのか?」

「残念ながらそうなんですよー。」


 今は前後にしか延びていない通路だが、スーが現れた方向へ進むと少し広い空間があり、傷付いた天使達が壁を背に座っていて、回復魔法による治療を受けている。怪我は治っても疲労は取れないので、立ち上がるにもグッと奥歯を噛みしめている。

 兵士達の死体は邪魔なので中央に寄せてある。


「ここから6方向に通路が分かれてるんですよー。」


 それぞれの通路を眺めると、自分達は下って来たというのが解る。更に下へ続く通路が有るが、スーとポチはその通路を進んで天使達と出会ったそうだ。その通路から急ぐでもなく、肩に少女を乗せて歩いて来る者がいる。


「太郎さん?!」


 ポチを見付けると手招きし、その背に乗ったのはマナである。

 ちょっと不満そうな理由をポチは理解できる。


「何で聖女が太郎の肩に乗ってるんだ?」

「居心地が良いから。」


 ジェームスは太郎に訊いたのだが、答えたのは聖女の方だ。


「ところでこっちで良いの?」

「そう、そっちから聖女の気配がするわ。」

「ほら、ポチ行くわよ。」ペシペシ

「お、おう。」


 先に進もうとする太郎達の後に、のそのそと歩いて最後尾から現れたのはオリビアとリファエルとナナハルだった。何故か優雅に歩いているように見える不思議な歩き方だ。


「ミカエルは仲間の治療で後から来るそうじゃ。」

「じゃー、行っちゃっていいですよねー?」

「その前に誰か魔女と出会ったか?」


 その場にいる全員が知らなかった。




 逃げる兵士を追い詰めるような事はせず、ワザと一進一退のように見せているのは、ゴリテア内で調査を進める為だった。各所で負傷者は出ているが、ミカエルとリファエルの回復魔法で現状維持には困らない。ただ、戦闘続きで疲労しているのと、敵の方が数が多いのが問題で、殺す事に難色を示す太郎をできる限り配慮している。

 ミカエル達天使がわざわざそんな事をする理由は無いのだが、参加するオリビアが殺さずに痛めつけるだけで追い返しているので、それに倣っているのだ。


「太郎は、本当にココを全て破壊するつもりなのか?」

「多分壊せると思うけど、普通にやったら時間かかるだろうね。」


 太郎は壁に水魔法を放ち、高水圧の破壊力で壁に穴が開く。

 見ている者達には破壊しているように見えた。

 実際には壁が避けているのだが、最初に気が付くはずのマナは他の事に気が向いていて気が付かない。


「おん主はもうわけわからんのう。」


 溜息まじりに言葉を吐き出す。


「この辺り?」

「もうちょいそっち。」

「うんうん。」


 聖女とマナの指示で通路を無視して真っ直ぐ進む。それはコルドー5世が逃げ込んだ部屋にあるモニターで監視されていた。


「あいつらは何を・・・。」

「真っ直ぐこちらに向かってきているようなんですが、何故分かるのでしょう?」

「そんな事は知らん、それより砦からの応援はまだ来ないのか?」


 砦というのは、以前太郎達が破壊した砦で、今は普段より多くの兵士が駐屯している。その為半数をゴリテアに向かわせるように連絡を入れてあるのだが、道無き森の中を進むとあって移動は難航し、未だ一人も到着していない。確認の為に外を映し出すモニターを見ると、森のあちこちで煙が上がっているのが見える。


「戦っているのですか・・・ね?」

「あいつらが来れば形勢は逆転する。」


 そう言って侍らせている美女の胸に顔を押し込んだ。まだ来ると思っている砦からの応援は、全て綺麗に片付けられた事にまだ気が付いていない。

 その原因となったのはトヒラの察知能力と、グリフォンの魔法攻撃力の高さであっという間に全滅させたのだ。少しは抵抗もあったが、移動だけでヘトヘトの兵士に戦う気力など無い。


「あー、すっきりしたー!」

「いやはや、なんという・・・。」


 自分一人では無理だと判断してグリフォンに応援を頼んだのは間違いではなかったが、森もある程度変わってしまった。燃えてはいないが破壊力が高すぎて兵士と一緒に木々も吹飛ばしたのだ。


「まあ、太郎殿はこれで少しは安心できるだろう。」

「少し疲れたから休んでいいか?」

「太郎殿が戻ってくるまで休んでいても大丈夫。」

「そか、天気も良いし昼寝する!」


 外での出来事を全く知らない太郎達は、指示通りの方向へ真っ直ぐと進み、途中に現れた兵士をなぎ倒し、到着したのは森という程ではないが林と呼ぶには大きい場所だった。川も流れていて、その向こうには畑も見える。


「え、外?」

「違うわ、これよ。」


 マナがポチから飛び降りて一番大きな木の前に立つ。確かにとてつもなく太い木が天井に向かって少し曲がるようにして伸びている。


「喋れるでしょ、黙ってないで何とか言ったら?」


 マナの言葉に周囲の木々が揺れる。それを見ている太郎達は黙って見詰めていると、ふわりと風が流れた。


「こ、これはシルヴァニード様?!」


 女の子のような声がどこからともなく聞こえる。いや、目の前の木から聞こえる。トレントというのは間違いないようだ。

 シルバの声だけで姿は見せない。


「ほら、喋れるじゃない。それだけの魔力があるんなら人型に成れるでしょ?」

「魔力を制御されていてムリです。」

「制御?」

「はい、身体の中に埋め込まれている魔法陣で魔力を制御されています。」

「身体って・・・ああ、幹の中ってことね。」

「はい。」


 ふわって風が流れて、やっぱり声だけのシルバだ。


「太郎様の魔力を注げばすぐに人型になりますよ。」

「じゃあ注ぐか。」


 太郎が木の根元に水を放出すると、水溜りになる前に吸い込まれていく。


「おいしぃぃぃ~~~~!」


 木の枝先の小さい葉まで、ウッスラと輝きを放つと、木が消えて、小さな少女・・・幼女が立っていた。もちろん全裸で。


「やっと抜けられたああああああ!!」


 満面の笑顔で太郎に飛び込んで・・・ベシッ


「ダベッ?!」

「ちゃんと服着なさい。」


 飛び付く前にマナに叩き落されたトレントは、暫くマナの小言に付き合わされることになった。なんだこれ。




 その一部始終を見ていたコルドーは、別の通路からゴリテアの外に向かってこっそりと移動した。今度こそ逃げる為に。何がどうして、こんなに失敗し続けたのか、理解できないのではなく、理解したくない。本物の聖女を擁し、ゴリテアを操り、世界を思いのままにする筈だったのに。

 今のコルドー5世は、ただ逃げる為に歩いている。ゴリテアを捨て、部下の兵士達を捨て、彼の寵愛を受けた女達を置き去りにして・・・。






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