第263話 被害
太郎が目を覚ました時、目の前にはマナの顔しかなかった。一番心配したのは誰なのかというと、それぞれがそれぞれの心配の仕方をしていて、誰が一番という差は解らない。それでも、子供達が心配そうに見てくるので、背もたれになっているポチの頭を撫でながら、その一言を待っているような気がした。
「おはよう。」
すでに日没。
焚火が有っても真っ暗な森の中で、皆はに3か所に分かれている。
太郎達とマナとスー、そしてナナハルと子供達。
ダンダイルとトヒラとその部下達。
魔女の二人とフーリンとミカエル。
焚火をしているのはダンダイル達で、部下達の非常食を食べていた。
「暢気なもんじゃの。」
「おとーさん、大丈夫?」
「もう大丈夫。」
頭を撫でるとにっこりする。
「なら済まんが、あっちを頼まれてくれんかね?」
「あっち?」
目を覚ました太郎に近寄って来たのはダンダイルで、示した方向にはマリアが横たわっていた。
「ああ、それなら・・・。」
袋から取り出したのは先ほど太郎に使った高級ポーションと同じモノで、惜しげもなくダンダイルに渡す。スーの視線が少し冷たいが気にしない。
ダンダイルから受け取ったマチルダが身体に振りかけると、ヘンな咳をした後、目を覚ました。
「どーやら逃げれたわね・・・。」
「何があったんですか?」
「・・・聖女を直接見に行ってね~。」
その言葉に驚いたのはダンダイルだ。
「ほ、本当かね?!」
「大失敗だったわ~。」
魔女が回復したところで、気になる二人の存在がある。
「あの、マギとグレッグはどうしました?」
「二人か、その二人は封印してある。」
「封印?あぁ、結界で閉じ込めてるんだっけ。」
「そうじゃ、器用なモノよの。」
それをやったのはマチルダで、結界に守られているために回復もしないが聖女の影響も受けない。これだけ離れても聖女の影響は出るので結界を解く事が出来ずに困っているのだった。
「根本をどうにかしないと無理か。」
「太郎ちゃんが領域を支配し続ければ元に戻ると思うけど・・・。」
「このバカ女はなに言ってるの!」
珍しくマナが怒っている。
普段、怒らない訳では無いが、これほど怒っているのも珍しい。
「魔力が枯渇してボロボロなのよ、どうしたら同じ事させようって思えるの!」
マナの頭を三回撫でると、背に手を回して抱き寄せる。
その太郎の行動にスーが目をそらし、ナナハルは表情には出さずに奥歯を噛みしめた。太郎が誰を一番愛しているのかがはっきりとわかる行動だからだ。
あの世界樹様が大人しくなるのも凄い事だと、フーリンは思うし、ミカエルは太郎の存在価値をさらに複雑にしている。
「方法が他に無ければそうなるんだろうけど。」
「今はまだ無理です。」
「無茶よ。」
精霊二人が止めに入るが、太郎もすぐに実行する気はない。
「大きい被害が出てないと、いいんだケドなあ・・・。」
「家屋は沢山破壊しておいたわ。」
腕を組んで自慢するようにフレアリスは言う。
「瀕死になったというのに、敵の心配をするとは。」
感心しているとも少し違う感想をミカエルが呟くと、何故かこちらも腕を組んで自慢するように言った。
「それが太郎さんなんですよー。」
騒動が落ち着いた後、聞きたくもないが立場上受けねばならない報告を受けている。正直言えば部下に任せたいが、そうするにしても被害が大き過ぎた。
「建築中のモノも含めまして新区域の家屋は全滅です。」
「・・・なんだと?!」
あの短時間で区域が丸ごと崩壊するとは信じられない。だが、部下がウソをついているとも思えない。空から確認すればわかる事なので、今夜はあの空に浮かぶゴリテアの中で寝るつもりだ。
だが、その前に会わねばならない人物がいる。
「再建にどのくらいかかる?」
「元々が七日ほどかかる程度のモノですので、人数さえ増やせば短縮は可能です。」
「民間施設を破壊するとは思わなかったが、それほど大規模に攻めてきたのか?」
実はそこが一番気になる。聖女が居る限り裏切り者が出るとは考えていないので、外部から敵が来たとしか思えない。
「20名はいなかったとの報告ですが、正確な人数は解りません。」
諜報活動している者達が居たおかげで、僅かだが人数を誤魔化せている。把握されてしまうと困る連中も居るので、トヒラが裏で苦心して人数を把握されないようにしていたことが、ココで発揮されていた。残念な事に、効果が有った事にトヒラやその部下達は気が付いていない。
「そんな人数にあの勇者達が負けたのか?!」
「勇者達は殆ど傷付いていません、理由は不明ですが二名拉致されたとも報告を受けています。」
「勇者を連れ帰ったのか?」
「はい。」
「目的は?」
「不明です。」
流石に苛立ちが先行する。
「お前はさっきから不明ばかりではないか!」
テーブルに手を叩きつけ、乗っていたワイングラスが倒れる。
半分ほど減ったワインが床の一部を染め上げた。
「正確な人数は解らない、勇者は連行される、その上破壊された家屋の規模と比べてもこちら側に勝ったという結果が一つもない、いい報告が一つもないのか!」
「虐めちゃ可哀想よ。」
報告した男は気が付いていたが、叱責の途中だったので何も言えなかった。
突然コルドーの後ろに現れたのだ。
最初は全裸だったが、今は白いローブを身に着けている。
「ど、どうやってここに?!」
この場所は地下室で、ゴリテア用に魔力を供給する為の魔法陣がある場所を管理する部屋だった。本来なら聖女でも立ち入り禁止なのである。
「あなた達、隠し事が多いようだから調べさせてもらったわ。下手糞な魔法陣が沢山あったから、少し書き換えておいたわよ。」
あの魔法陣は一文字でも違えば効果を発揮しない。だが、問題なく供給されているのは確認済みなので、何をどう書き換えたのかが気に成るトコロだった。
「・・・。」
なんと言って良いのか分からず、黙ってしまったコルドーに対してもう一言を付け加える。
「聖女は辞めるから。」
衝撃の一言ではあるが、彼女からすれば当然の権利だ。
「ちょっ、そ、それは困ります!」
「大丈夫よ、わたしは困らないから。」
「我々が困ります。」
「あなたが困るんでしょ。それにあの変な浮いてる奴が在れば私なんて必要ないと思うのだけれど。」
「象徴として必要なだけじゃなく、その回復魔法と強大な魔力が無いと困るんです!」
統治者としての発言と説得力はとても低い。元々が用意されていない、計画に無い行動であるために、言葉を用意していないのだ。
「もっと良い場所見付けたから。」
「え、良い場所?」
「ええ、とっても良い所よ。」
そう言うと聖女はゆっくりと歩きだし、二人の間を通り抜けて、扉の目の前まで行く。その間、コルドーとその部下は一歩どころか指一つ動かせなかった。
「・・・。」
口も動かない。
「各地から集まる勇者からいろいろと教えてもらったし、何もしないでただ座っているだけの人形にでもなると思っていたのなら、自分の頭の悪さを呪うのね。・・・祝うべきかしら?」
聖女はその後、コルドーの目の前に現れる事は無かった。
国中を探しても見つけられなかったのである。
「太郎、大丈夫?」
「とりあえず、大丈夫。やっぱり自分の家が落ち着く。」
太郎達は瞬間移動によって村に帰って来ていた。最低限の目的は達しているし、あんな場所でいつまでも過ごす訳にはいかない。
トヒラの部下達はめまぐるしく変わる状況で、どうにか記録を付ける事を忘れていないのはトヒラの教育が良いからだろう。
ダンダイルの評価が少し上がったが、今は別の問題がある。
ただ、今はとにかく寝ることを優先させられて、太郎はマナを含む子供達と一緒に寝た。子供達と寝る前に遊ぶ事なく、ぐっすりと寝れたのは、みんな疲れていたからだ。
翌朝には先日の参加者の一部が太郎の家に集まっていて、ミューとメリッサの母娘がエカテリーナの作った料理を運んでいる。
ダンダイルとトヒラとその部下達はここにいない。必要な報告を済ませる為に、直ぐに城に戻っている。
いつも以上に食が進む太郎は、フーリンとミカエルも同じテーブルで食べている事に多少の違和感を覚えながらも、同席している魔女二人のマリアの方に質問する。
「あの二人には良い場所があるけど、どこが一番良い?」
それだけでマリアはすぐに気が付いた。
「やっぱり~、あの子達の所よね~。」
ファリス達デュラハーンの皆には騒ぎが収まる迄あんまり出てこないように言ってあるので、最近は姿を見せていない。
ただ、ファリスだけは一日に一度は必ずやってくる。
「おはようございます。」
と、だいぶココになれたようで、太郎に近い関係者となら、仲良く会話するようになっていた。それでも一番仲が良いのはエカテリーナで、次にゴルギャン母娘である。ナナハルの子供達とも遊ぶ事があるようだ。
「丁度良い所にきたわね。」
ガシッとマナが腕を掴んで引っ張ってくる。
「えっ?えっ?」
「無理矢理引っ張ってこなくてもいいのに。」
「何か有ったんですか?」
「ちょっと頼みたい事があってね、引き受けてもらいたいんだ。」
事情を説明すると、頼られる事は本望なので直ぐに決定した。
確認は必要ないらしい。
「太郎様に頼まれたらすべて引き受けるように言われていますので!」
そう言って胸をトンと叩く。
ポニスの曳く荷台に二人は乗らないのでもう一人応援を呼んで来ると言ったが、そのまま一緒に行った方が早いので行く事になった。今回太郎は行かない。同行者は魔女が二人だけだ。
「そういえば、うどんさんは?」
ファリスはうどんに抱きしめてもらうのを少しだけ楽しみにしていた事もあり、いつも見かける人を見かける事無くここまで来たから訊ねただけだ。
問われた太郎は今まで見た事の無い優しい笑顔をファリスに向けた。
「ちょっと今はね。」
ファリスはその笑顔にうどんらしさを感じて、思わず抱き付いてしまったのだが、優しく頭を撫でると、慌てて離れた。
「す、すすみません・・・。」
「別にいいよ?」
「何故か分からないんですけど、うどんさんに見えてしまって。」
「今は太郎の中にうどんがいるからね。」
マナの説明は、まるでうどんを食べた後みたいなイメージしかわかない。
「まあ、気にしないで二人の事を頼むよ。」
「はい!」
寝かせるのではなくしゃがめて丸めさせて荷台に乗せる。魔女の浮遊魔法で楽に運べるのだが、それだとただの案内にもなれないので、そうして欲しいとのファリスの希望である。
「今は魔力の節約になるから助かるわ~。」
魔女であるからこそ、魔力の枯渇は生死にかかわるのだ。
太郎はファリス達を見送り、食事を終えると目的の場所に移動した。
「あれ~?タローから来るなんて珍しいな。」
「ここに居るて聞いたから。」
目的が自分ではない事に少し気を落したが、せっかく来たのだからと、グリフォンは太郎に甘えている。目的のベヒモスは寝ていて、マナにペチペチ叩かれている。
「おきろ~。」
「な、なんだ・・・イキナリ。」
「ちょっと力が必要でね。」
「役に立てるのか?」
「豊穣の神なんでしょ?」
「まぁな。」ドヤッ
太郎は懐からトレントの苗木を取り出す。
うどんだったその苗木は、枯れる様子もなく、キラキラと輝いて葉を開かせた。
「これがベヒモスの効果か。」
「俺より小さいのならある程度大きく出来る。」
太郎がベヒモスの頭を撫でると、グリフォンが拗ねた。
あー、よしよし。
なんでマナまで求めてくるの・・・。
「なんかぐんぐんと大きくなるんだけど・・・?」
「とりあえず植えようか。」
外に出てそのまま地面に植えると、太郎の背丈ほどに成長して、止まった。
「伸びなくなったね。」
「これ以上は無理だ。」
「しかし、凄い魔力を感じるな。」
グリフォンが子供には似合わない表情で睨む。
「うどんだからね。」
「へ?これが?」
「俺に魔力を預けて木が小さくなったんだ。」
「太郎の魔力と融合しているのなら注げばいいんじゃないのか?」
「とは言っても成長には時間がある程度必要だからなあ。」
「いや、大丈夫だ。」
ベヒモスがそう言うと、太郎の肩に乗って、耳元で囁く。
「魔力の譲渡は物質に変化させなくても渡せるのは知ってるな?」
「ああ。」
「戻って欲しい姿に強く念じて魔力を放出しつつ、吸収するのを感じたら、それに合わせて放出量を調整するんだ。」
太郎は言われるがままに実行すると、植えられた苗木がキラキラと輝いて、枝葉が増えていく。
「なんて魔力量だ・・・。」
肩ではなく頭にしがみ付いたベヒモスが怯えている。珍しくグリフォンの頭の上で大人しくしているマナは、見守る事しか出来ない。
「出し過ぎだ、へらせっ・・・!」
「わからん、調節が・・・。」
太郎の身体から何かが放出されると、目の前にうどんが現れた。あの時の、いなくなる前の優しい笑顔を向けている。それを確認して、太郎はまた倒れた。
魔力の枯渇ではなく、出し過ぎによる気力の喪失だった。




