第254話 奪回とは?
ミカエルがやって来て、村に滞在する人々が聖女の事を一時的に忘れるかと思ったが、そうでもなく、派手に光を放ちながら地上に降り立った割には、関心度が低い。
今回は着地してからフーリンに叩かれたので、落下ダメージは無いようだ。
「なんで天使ってみんなどこか残念な人が多いんだろう?」
「何処に行っても貢物をされるくらいの人気は有るらしいケドねぇ。」
「マナも色々と貰ったんじゃないの?」
「貰っても価値が分からないから。」
とは当時のマナであって、今のマナは知識も増えているから価値は解る。ただし、貢ぐ者はいない。
「なんであの二人は喧嘩しておるんじゃ・・・。」
「お腹が空いてるんじゃない?」
「ツクモじゃあるまいしそれは無いと信じたいの。」
妹を知る姉の発言に反論はない。
太郎の家の広い部屋に集合し、トヒラからの報告を待ってから作戦会議が始まる筈だったのだが、ダンダイルが寝坊をするという事態に、みんなに心配されてしまってなかなか進まなかった。
「ここは居心地が良すぎて、ツイな。」
今日はエカテリーナがおらず、メリッサの母親であるミューが給仕をしていて、経験が少ない所為か、メリッサよりも時間が掛かっていた。そんな事で怒るような人などいないのだが、ミューにしてみれば、魔王国で将軍級の人が気を使っているような相手ばかりが居る中、緊張しない方が無理というモノであろう。
「それにしても今日は肌寒くないかね?」
寒くもない日にダンダイルがそう感じた原因をマリアが説明すると、コーヒーを飲み込むのを一瞬ためらった。
「書簡は嘘ではなかったというのは良いんだが、内容が内容だからな。嘘の方が良かったな。」
「それは同意するが、知っている者など殆どおらぬ代物じゃぞ。」
そう応じながらその場の違和感に視線を向ける。
違和感とされた対象は平然とコーヒーを飲んでいた。
そして零していた。
熱いから気を付けてね。
「ところで・・・。」
躊躇ったコーヒーを飲み干してから一同を見回す。
「本当にゴリテアが現れたのなら、もっと驚くんじゃないのかね?」
ダンダイルの質問は凄く当り前の事に聞こえるのだが、違和感を持って迎えられている。何しろ実物を見たといってもかなり遠く、太郎には遺跡っぽい何か、ぐらいしか分からない。城なのか寺院なのか、丸いのか四角いのかさえはっきりしない。太郎が遺跡と発言したのは周囲の発言も影響している。
他の者達は見えていたようだが。
ただし、見えなくても音は聞こえる。
遠くの方から響く崩落音の後に地面が僅かに揺れた。テーブルの上に置かれたコーヒーがこぼれるほどの強さはないが、経験の殆ど無いミューが悲鳴を上げて太郎に抱き付いた。怖さも驚きもたいしてない太郎は、ミューの悲鳴の方が耳をつんざいていて辛い。
「・・・もう、揺れてませんよ。」
力いっぱい抱き付いた所為で衣服が乱れ、太郎の顔は胸の谷間に押し付けられている。頭を少し揺すって逃げようとすると、それが揺れていると勘違いして、また悲鳴を上げた。スーが剥がさなかったらもう少し続いていたかもしれない。部屋の中は太郎とミューとスーとマナの4人だけで、他の者達は外に出て音のした方向を眺めていた。
「なんだったのじゃ・・・?」
「何か光ったような気がしたんですけど。」
「ひかり?」
「僅かながら魔力の残滓も感じるが、ちょっと遠いな。」
部屋の中でもう一度悲鳴が飛んだが、それは揺れた所為ではなく、自分の胸が露わになっていた事による、恥ずかしさからくる悲鳴だった。ミューは暫く太郎の顔がまともに直視できなくなるというトラウマが残る事になるが、うどんのように自分から押し付けてくる人もいるので、直ぐにトラウマからは解放されるだろう。
「何か分かりましたか?」
「何も分からない事が分かった。」
太郎の質問に応じたのはダンダイルで、腕を組んで崩れた山を睨み付けるように見ている。あの山が一撃で崩落する、威力のある何かが放たれたのは間違いないが、それを放ったのがゴリテアかどうかを、まだ確認していない。
なんでミカエルが悔しがっているのか、ちょっと理解したくない。
しばらく、情報が来るのを待っていると、トヒラが上から降ってきた。
「どうだ?」
「はい。山体が崩壊した原因が、直接ゴリテアから放たれたモノかという確認は取れていませんが、何かが光った事と山が崩れたのを見たという証言を複数得ました。」
「ゴリテアであるかどうかは分からないのだな?」
「ココからではゴリテアが見えないものでして。」
太郎達にゴリテアが見えたのは世界樹の頂きまで昇ったからであって、地上から見える筈もなく、判ったのは、光と山崩れと、それに続く音と地面の揺れである。
突然太郎の首筋を舐めるように風が吹いた。
「わかった?」
「・・・結界があるらしく接近できませんでした。」
「シルバで近付けないってこと?」
「バレてしまっても良いのであれば行けます。」
太郎がダンダイルに視線を向けると、同じように腕を組んで悩んでいるようだった。
「じゃあ、情報的には同じだよね?」
「もう一つ分かった事があります。」
視線を元の位置に戻すと、うどんが抱き付いてきたが、とりあえず無視する。
「もう一つって?」
「あの土地に近付くと魔力を吸われるという事です。」
当時の太郎もマナも感じなかった事で、コルドーへは行っているが、スーやポチだってそんな事を感じた覚えはない。
「日常レベルでも気が付かない程度の吸収力なのですが、人の数が多いので急速に集まっていると思います。」
「ああ、個体に対して魔力を吸収する量が僅かだけど、僅かずつを全体から集めてるのか・・・。なんか、以前にそんな方法でパワーを集める方法があったな。」
「あるんですか?!」
シルバの知らない事をまるで知っているかのように話したが、それは太郎の世界での漫画やゲームの設定である。
「あー、なんか太郎が子供の頃に熱心に見てたヤツね。」
「そうそう・・・まあ、俺には出来ないし、現実の話じゃないから・・・、まさか、マナなら可能?」
「オラに元気を――!」
「出来ちゃうんだ?」
「風と土の魔力なら集められるわね、時間は掛かるけど。」
「火と水は無理なんだね。」
「火は無理ね。水は太郎の力を借りれは可能だけど。」
「へー・・・。」
その会話を聞いてトヒラは自分の無能さを嘆き落ち込んでいて、ダンダイルに慰められている。能力で言えばトヒラとシルバを比べるのはおかしいことなのだが、役に立てなかった事の方が悔しいのだ。
「そういう事で、私は今回お役に立てません。」
「聖女にバレるか・・・。」
「一般人であれば気付かれないと思います。」
「俺が行ってもアウトって事?」
太郎の魔力量は世界一位だという事を、シルバは知っているし、ウンダンヌも知っているが、本人にその自覚を感じられない。
「そう・・・なりますね。」
「じゃあ潜入が出来ないとなると、マギとグレッグの救出はどうしよう?」
「バレてもいい状態であれば問題はないだろう。」
「たしかに・・・、そういえばゴリテアがムー一族のなんとかって言ってたけど、あんな大きなものが動いていてもバレちゃうもんなの?」
「あの乗り物については、存在は知っていますが特に関わったことが無いので、詳しい事となると全く分かりません。特に興味も無かったので調べようとも思いませんでしたし。」
シルバにとっては風魔法の強い者に依存する生き方をしていたので、その者が興味を示さなければシルバも関わらないだろうし、そういうモノが存在しないと能力も著しく低下し、兎獣人から信仰を貰って細々と生活していたんだろうと思う。
細々っていうのが適切かどうかは知らないが。
「では私が教えてやろう。」
ミカエルがふんぞり返って現れたのでフーリンが叩こうとするのをナナハルとダンダイルが二人がかりで止めた。本気ではないので止められるのだが、フーリンが本気で殴りかかろうとしたら太郎かマナくらいじゃないと止められない。
「ムーとはギンギールの貴族だった男だ。名をアリアトリア・コンネルジュ・イワタニ・カンタレア・コッパスト・エンテール・エンタール・トルストス・ハン・ハルト・ゲイニーと言う。」
長すぎるので忘れる事を決意した太郎だった。
トヒラは復唱しながらメモしているようだが。
「・・・たぶん、そんな名だ。その男がムーと言われるのは解るな?」
「素晴らしい冒険者とか偉大な探検者とか言いますねー。」
「うむ。」
なるほど理解できた。
ギンギール語って短い単語多いのかな?
「当時、前人未到だった大陸を発見し、ムーと言う称号を得て、ムー大陸と呼ばれるようになったわけだが、その者達がその大陸を探索して発見したのがゴリテアだ。」
「建造に関わってたんじゃないの?」
「ムー一族は建造はしていない。所有していただけで、まともに動かす事も出来なかった。」
「そうじゃなくて、一部に力を貸したって。」
「それは我々の祖先の話だ。」
「ああ、そう言えばそうだったね。」
「お前は天使を何だと思っているんだ・・・。」
翼の生えた人・・・とは言わずに黙った。
「それでも何か教えられたりしなかったの?」
「我々は伝聞が普通だからな。」
「つまり忘れたのか。」
「う、うるさい。」
「忘れるって事はたいした内容じゃないんだから良いんじゃない?」
「そんなはずはない・・・。」
「そんな大切な事を忘れたら、ちょっとヤバいよ?」
太郎に言われた言葉は相当突き刺さったらしく、ミカエルは声を出さなくなった。
「そ、そうだよな。たいした事じゃなかったんだ・・・。」
フーリンがくすくす笑っているが、ミカエルの耳には全く届いていなくて良かったと思う。
「建造の一部に関わっているってどの辺りかは分かるの?」
「ああ、浮力に関する事だと聞いている。」
「浮力・・・なるほどね。」
天使は翼があるのに翼を用いて飛んでいる様子はない。飛ぶときに翼を動かしているが、浮力を得るほどの風が発生しないのだ。なので俺と同じように魔法で飛んでいるが、その魔法の使い方が上手いから低消費でいつまでも浮いていられるという事なんだろう。
「じゃあ、あれ壊しちゃっても良いよね?」
「え~、壊しちゃうの~?!」
この声はハルオだ。タイチもいるが、何故かハルオに遠慮があるようで、その理由は何となく理解しているつもりだ。
しかし、いつの間に来たんだろう?
「あんな大きな音がして、みんなが集まってるんだから気になるよ?」
「そりゃそうか。」
「鶏も牛もあっちこっちで暴れて大変だったんだから。」
今度はハルカだ。
何となく久しぶりに声を聴いた気がする。
これはちょっとダメ親父しているな。
反省しとこ。
「・・・?」
「ん?」
「パパどうしたの?」
「一般人レベル?」
「アウトレベルですね。」
「そっか~・・・。」
潜入するというより、子供達にお祭りを見せてあげたいと思う親心が働いた訳だが、子供達が行くとなればナナハルも行くだろうし、計画としては最初からアウトだ。
「とりあえず潜入は我々の方でお任せください。」
トヒラが少し元気になった。
役に立てる自信が付いたんだろう。
「ゴリテアの事が分かったら俺にも教えてもらって良い?」
ダンダイルが承知したのでトヒラが返事をする立場ではなくなる。無視した訳では無く、トヒラの立場は将軍であってもこの村でダンダイルよりもは低いし、もちろん太郎なんかと比べてはイケナイのだ。
「じゃあ、もう一度作戦を立てなおそっか。」
「それが良いだろう。」
「ちょっとまて、お前なんと言った?」
「作戦を立て直そう。」
「ちがう、その前にゴリテアを壊すとか言っていただろう?」
知ってて言わせるような質問はやめて欲しいと思うが、指摘はしない。
「あんなの存在してると碌に事に使われないから破壊した方が良いと思うよ。」
「我々の先祖が建造にだな・・・。」
「でも、所有者じゃないし、壊さないで奪うとなると天使だけじゃ無理じゃない?それに、元々の所有権も無かったんじゃないの?」
「なんでそんな事が分かる?」
「探していた空の大地なんでしょ?空に浮いていない事は知っていたんだったら、所有者なら何処に有るか発見するくらいの時間は有った筈。それなのに見付けられてないのは、建造に関わっただけでそのあとはムー一族の存在が消えたから探し始めただけじゃないの。」
ムー一族が発見した時も奪おうとしなかった謎は残るが、奪ったところで動かせないだろう。そのまま再び行方不明になった理由も解らない。
「お前は妙に勘が鋭い時が有るな・・・。」
「太郎君はタマに先の事を言い過ぎて、私も付いていけない時がある。」
「叡智の魔王って言われてたのにか?」
「その名はもう使ってない。魔王も廃業したからやめて欲しいところだな。」
魔王を廃業って言える人の方が凄いと思うけど、何かが違う。
「ダンダイルさんも破壊した方が良いと思わない?」
「破壊が可能なら賛成だ。可能ならな。」
そう言いつつ、太郎君なら可能では?
もしかして既に壊す方法を知っているのか・・・想像するだけで少し背筋が凍る。
「小さい的を狙撃するワケじゃないんだから、いくらでも方法はあると思うけどなア・・・。」
それは過去に洞窟を水没させるような攻略法であり、塔の最上階を目指す時に、塔そのものを破壊して頂上を目の前まで落とすくらいズルい発想だ。
ただし、ゲームのような制約はない訳だから、必要ならそういう方法もアリだと考えている。
「なんかこの人達・・・というか、あのおと・・・いや鈴木太郎って怖くない?」
「恐いわ~。」
「そ、そうよね。私の反応は普通よね?」
「安心しなさい、わたしも、あのミカエルも同じ反応をしているわ。」
フーリンの視線の先には、ダンダイルとミカエルを先に入るように促して、自分はその後ろを付いていくような腰の低い男を映し、明らかに怯えているのだ。
二人を救出する、奪回作戦と名付けられた内容は、何故か破壊内容も含まれていて、現地に居るトヒラの部下達から詳細な地図と情報が来るのを待って、何度か内容が変わっていった。
「なんでゴリテアを破壊する事になってるの・・・?」
当初の潜入作戦はいつの間にか消えていた。




