第253話 とにかくデカいモノ
お披露目が始まる前、夜も明けきらぬ早朝に、聖女はいつものように満足して寝ていた。横にはお気に入りの男が全裸で寝ていて、抱き枕のようにしている。
寝ていても魔力感知は発動し、特別警戒に値するモノではなくとも、不確定要素な何かが近づくと目が覚めてしまう。
だが、この時感じた何かは不確定を超えて、寒気を感じた。
「おかしいわね、寒いはずなんて無いのだけど・・・。」
寝ている男の乳首を抓って目覚めさせると、直ぐに支度をさせる。
大きな窓の外を睨みつけ、朝日によって浮かび上がるように現れた森を見下ろした。
「何か隠しているのよね・・・なんだかさっぱりわからないのだけど。」
着替えが終わるのを待ち、自分はローブ一枚を羽織る。
「よしよし、今日も良い男ね。これで強さもあれば言うこと無しなんだけどねぇ。」
頭ではなく、胸を撫でている。
誰に見せ付ける訳でもなく、意味がある訳でもなく、朝日を浴びてじっくりキスをしていると、何かが近づいてくるのが音でも分かった。
「ソレ様、起きていらっしゃいますか?」
楽しみを中断されるのは好きではない。しばらく無視をしていると、ノックの後に戸が開かれる。
「お、お楽しみでしたか?」
レースのカーテンの影を通して顔が重なっているのが分かる。開かれた時に身支度は終わっていて、起こされるのを知っているかのようだった。
「お披露目は今日なんでしょ?」
「はい。ですがその前に一緒に来ていただきたい場所がありまして。」
「まさか森の中じゃないわよね?」
本当に知っているのでは?
と、疑ってしまう。
「・・・ご存知でしたか?」
「知らないわね。でも、あの森は魔物も多いでしょう?」
「理由は解りませんが凄く大人しいです。いまなら駆け出しの冒険者でも森を歩けるでしょう。」
駆け出しがどの程度なのか、個人差が有る事を承知しているが、それでも弱いと思われる者でも安心して歩けるという意味で言っているくらいは理解できる。
ただ、納得はしない。
「めんどくさいんだけど。」
「それでしたら足もご用意いたしますので、ご自身で歩かれる必要はありません。」
招かれるままに連れ出されると、玄関を出てすぐに兵士達が護衛する馬車に乗り込んだ。移動には数日かかる筈の距離なのだが、いつもは揺れる馬車が揺れない。馬はいるのだが足は動いておらず、まるで浮いているようだった。
「本当に浮いてるじゃない・・・なにこれ?」
馬車は木々の上を飛び、周囲に居た筈の護衛の兵士達もいない。
コルドー5世の乗る馬車が先頭を進んでいるのが確認できるぐらいで、馬車の小さな窓では良く分からない。それでも景色の流れる速さが異常なのは理解できた。
揺れる事も無く静かに止まると、そのまま垂直に着地する。
馬車の戸を開いて聖女を支えるように下車させると、その声には自信がたっぷり含まれていた。
「古代文明による移動手段で、元々は荷物を運ぶのに使っていたようです。」
「私はお荷物って訳ね。」
「い、いえ。大切なお身体です。」
「まあいいわ、私が知らない事なんて世の中には沢山有るモノね。」
そう言いながらもグレッグの腰に手を回す。
恐怖は無かったとしても不安はあるようだった。
5世の後ろを付いていくと、半球形の木造のような建物に扉が付いているだけの、本当に不思議な形をした建物だ。屋根らしきものも窓らしきものもない。
「こちらが入口になります。」
開かれた扉の中は明るく、そして何もないのも解る。
「この部屋はなに?」
「ただの待機部屋です。」
中に入ると、うっすらと木と鉄が混じった様な匂いを感じる。ただそれだけでは無い違和感もあったが、影響が小さすぎて分かりにくい。
「あんまり良い匂いじゃないわね。」
「木製なのに腐っていないのが不思議なくらいです。」
「そう言われると、鉄も錆びている感じはしないわね。」
「理由はまだ不明ですが古代文明の凄さを感じますな。」
ご機嫌のコルドー5世である。
「そんな事より、もう陽も上がって、お披露目に間に合うの?」
「問題ありません、小一時間で到着いたします。」
「ふ~ん・・・。」
「もうすぐ迎えが来ますので、同乗していただきます。」
「同乗って、これ?」
「はい。まだ奥に部屋がございますので。」
待つ事も殆ど無く、奥の扉から人が現れる。
「お待ちしておりました、こちらに。」
案内されるがままに奥へ進むと、衣装の並べられた部屋があり、どれも豪華絢爛な物ばかりだ。
「凄い・・・流石にこれは・・・ただの宝石なんてもんじゃないわ。」
並べられた衣装のどれに袖を通すのかはすでに決められていて、メイド達が待っている為、直ぐに着替える事となった。
暫くして、激しい振動に驚きながらも、窓の全く無い、照明だけで明るい部屋は、その揺れに崩れたり倒れたりすることはなかったが、人の方はよろめいて倒れていた。既に乗り込んでいた兵士達も、着替えを手伝った者達も、同じ様に驚いている。
揺れが収まると何故か視線が聖女に集まる。
「外はどうなっているの?」
「さ、さあ・・・私達も何も説明されずにここに来ましたのです。」
「隣の部屋に行っても良いわよね?」
「ダメとは言われていませんので、問題はないでしょう。」
「・・・なんで確認なんかしたのかしら・・・勝手にさせてもらうわ。」
少し重い衣装ではあるが、それを全く感じさせない軽い足取りで隣の部屋に入る。そこには大きな窓があり、青空と雲しか見えない。
興味と好奇心で後を追って来た者達も、その光景に驚かそれた。
「私達・・・空に居るの?」
中からでは分からないその外観は、巨大な、それでいて壁面は流線形だが凸凹としていて、楕円形で芋のような形をしているの。地面と接着する底の部分は平らになっていて、、それを初めて見た者が形容するに値する言葉を見つけられなかったのだ。
人によっては山が動いていると言うだろうし、要塞が浮いていると言うだろうし、茶色い塊が浮いていると言うかもしれない。
「町の中心で待機させておけ。浮いているだけの魔素残量は十分だな?」
「はい、この棒がこちら側にありますので・・・。」
分かりやすく言えばメーターなのだが、彼らは技術者ではなかったので知らなかった。蒸気機関の技術は過去に存在していたが、今では一部に残っている程度で知ろうとする者も少ない。
「まるで雲にでもなった気分ですな。」
「古文書では雲よりも上まで行けるそうだ。昼間なのに真っ暗になるという事が書かれているが・・・。」
古文書ではなくただの取扱説明書なのだが、彼らにとっては古い文字で書かれた書物は古文書なのである。そして、その膨大な資料からこの乗り物の操作方法を探して、やっと動かせるようになったのである。
その中には機器の説明や名称も載っているが、関係ない事を調べる余裕はない。
ただ、今までほとんどの人が知らず、僅か数人で調査していたうえに、グリフォンの邪魔が入って研究が進まなくなっていたのだが、やっと再開できた時に、操作する方法が書かれた書物を発見したのである。
「物語を読むのは暇な時だ。これで隠さず調査を進められる。」
「聖女のお披露目でゴリテアにも注目が集まりそうです。」
「天使やドラゴンもいきなり手を出す事もあるまい。それに対策手段もある。」
「私としましてはその対策手段の方が気になります。」
「主砲で電磁波を放つと書いてあったが・・・とりあえず撃てればいいだろう。」
「試射いたしませんので?」
「ふむ・・・。」
到着までにはもう少し時間が有るので、一度兵士を集め説明書を読みながら兵士達に説明する。集まった場所はゴリテア中心部の上層階にある中央指揮指令所で、大きな窓もあって外が良く見える。
そこにはいくつもの椅子とその椅子の前に配置された何かを操作するレバーやスイッチがあり、照明もあちこちに設置されていた。
「こんな場所が有ったのならココに連れてきてもらえる?」
「予定ではなかったもので。」
「それで、なんだか良く分からない説明の後に何をスルつもり?」
乗員の全員が指令所に集まっていて、その理由が、良く分からない部屋に一人残されるのがイヤだという理由である。
乗り込んだ者達の総数が80名ほどしかいないので、指令所でも十分余裕がある。と、いうよりこの指令所が広すぎる。
「このゴリテアにはおおよそ4000名が乗り込めて、1ヶ月は生活する物資を保管する倉庫と、下層部には居住区と畑もあり、水は魔法陣によって無限に湧き続けます。」
「その説明は何なの?」
自慢気に話すので態度と言葉遣いを窘めたが反応は薄い。
「それで、この乗り物には主砲と呼ばれるものがあり、魔力操作ではなく、内蔵されている魔法陣によって誰にでも操作を可能としているところです。ただ、常に魔力を吸われ続けますが、微量なので気にする事もありません。」
「違和感の正体はそれだったのね。」
「この微量に魔力を集める技術は魔法陣を描いた紙を箱に設置するだけで、その箱の中に魔力が集まり魔石化するというもので、同じモノが教会の地下にも有ります。」
その魔法陣によって魔力が微量に集められるのだが、魔石化する事で凝縮されるために感知しにくく、人が多ければ多いほど効率よく集まるのだ。
聖女によって人が多く集まるようになって魔力が異常なほどにまで集まったおかげで、ゴリテアを動かす事も可能になったのだった。
「・・・主砲?」
「おい、説明通りにやってみろ。」
聖女をないがしろにしたつもりはないが、主砲に気を取られたのは間違いなく、気を悪くさせた事に気が付いていない。
「1番ヨシ!」
「2番ヨシ!」
スイッチとレバーを操作すると、メーターが動く。
「照準は・・・?」
「あの山で良い。」
「照準ヨシ!」
なにが良いのか全く分からないまま進められ、示された山に注目する。
「撃て。」
最後の操作の直後、全体が僅かに振動したかと思うと、遠く離れた山に向かって何かが発射された。
数秒後にその山は視界から消えた。
崩壊し、周囲の森に土砂が流れ落ち、轟音も有ったのだろうが、ゴリテア内では聞こえなかったのだ。
そして、その場の全員が何も言えずに崩れた山をしばらく眺めていて、恐怖で身体を震わせる者も現れた。景色が変わっても、ゴリテアは移動を続け、皆が気が付かないまま、コルドーの中心部の上空にその姿を現した。
空が急に暗くなったので、雲でも現れたかと見上げた者達は、その姿を見て、目を擦ったり頬を抓ったりしている。
建物内に居て気付くのに遅れた者達も、何事かと思って外に出ると、一体なんであるのか予想も出来ない物体に目を奪われる。
「・・・到着したんじゃない?」
暫くの間、誰も喋らなかったので、周囲の景色が固定された事で今は移動していない事に聖女が気が付いた。
ゴリテアの下を直接見る事が出来たのなら、多くの人達が見上げる異様な光景が見れただろう。仕事の手を止め、ただ見上げている者も多数存在し、そこから聖女が出てくるまで、みんなの時間も止まっているのと同じであった。
マリアとマチルダがわざわざマナに許可を取ってから世界樹のてっぺんまで行くと伝えたことが発端だった。疲れて寝ているダンダイルは放置して、マナと太郎が二人を追いかけるように世界樹を昇っていこうとした時に、うどんに捕まった。
「何か凄い魔力を感知したんですけど。」
「気になるなら行く?」
しがみ付くのではなく、後ろから抱き付くと、マナは太郎の頭に座った。少し遅れたが、3人が世界樹の頂上に到着すると、そこには4人いて、二人がいがみ合っていたので、間に太郎が割って入る。
「フーリンさんと・・・ミカエル?」
「なんで私は呼び捨てなのよ。」
「敬称を付けて呼んだ事がないんだよなあ。実際に居るなんて思ってなかったし。」
「・・・何の話?」
「あんたはあっちじゃ空想上の人物なのよ。」
「・・・ぇ?」
太郎とマナしか理解できない説明で終わらせると、魔女の二人が注目する方向に視線を向ける。
「なにあれ?」
「あれが・・ゴリテア?」
マリアもマチルダも目を奪われていて動かない。フーリンが近寄ってきて話しかけられたと思ったら、相手はうどんだった。
「何かわかるの?」
「何もわからないですけど、なにかあります。」
「あれは天使族が長年探し求めていた空の大地と呼ばれるモノ。」
「別にあなた達のモノではないでしょう?」
「それはそうだが、所有者であったムーの一族は滅亡したはず。」
新しいようで古い、懐かしい名称だ。
「ムー大陸って存在してたんだ?」
「知っているのか?!」
「知りませんけど。」
驚いて損をしたとも言いたげな表情になっている。
「俺が知っているムー大陸は伝説上のモノで、高度な文明が有ったという噂がありますけど、こっちでは何か有るんです?」
「特に高度な文明が有ったという事は無いな。それに、所有者であって、造った者達ではない。アレを建造したのは我々天使の・・・、天使がその一部に力を貸している。」
自分達の主張を隋分と引き下げたのだが、造ったというと色々と突っ込まれて面倒だからだろう。
「あれは魔法陣を使った何かというのは判るのよ。でも、私達以外に、私達よりさらに昔の時代に、あれほどの巨大な物質を浮上させたのなら、魔法陣での制御だけじゃなくて、相当量の魔力も必要な筈なのだけど。」
二人の魔女は自分達以外の魔女の存在も疑ったが、疑うにしては資料も記憶も不足している。
「空に浮かぶ遺跡みたいなもんか。」
「遺跡と言われればそうかもねぇ。」
大天使のミカエルが腕を組んで考えている。
何かを思い出したような表情になって首を横に振った。
何をやっているんだろう?
「一部に力を貸したのなら、何か知ってるんですか?」
「知らない。」
「知らないんだ?」
「私達の先祖の時代の話だぞ。」
「・・・先祖っているのか。そーか、それもそうか。」
「何を妙な感心しているのだ。」
「天使って言うから不死の存在かと思ってたんだけど、普通に翼の有る人なんだね。」
ミカエルは激怒・・・しなかった。
「私を見てそう言えるのはお前くらいなもんだ・・・。」
「こっちが驚くようなこと言わないでくれる~?」
マリアの口調が普段通りになったところで緊張感も解けた。
何故かうどんがミカエルを抱きしめてヨシヨシしているのだが、されるがままで抵抗もしない。それどころか顔を赤くしていた。
「包容力じゃ、うどんに勝てないわねぇ。」
「マナも負けるもんな。」
「うん。」
「それより、せっかく来たんなら手伝ってもらえる?」
「私が何を手伝うのだ?」
「あの国をどうするかの作戦会議。」
「・・・話だけでも聞いておこうか。」
打算もあってミカエルが参加する事になったのだが、フーリンは喜ばなかった。面倒な事が増えたかのように困り顔をしていて、ミカエルの後にヨシヨシされる事になった。




