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第252話 盛大な催し

 出国者が商人達以外に殆どいないコルドーでは、公園内に人が溢れ、路上にも人が溢れていた。生活用水が殆ど無く、深刻な水不足になるかと思われたが、聖女の指示した地面を掘ると水が噴き出た。


「おお・・・やはり奇跡だ。」


 人々の感謝が崇拝に変わり、真っ白なローブに身を包んだだけの、その見た目の美しさからも、勝手に神々しさを感じていた。

 もちろんそれだけではない。先日の空中戦は多くの人々が目撃し、最強の種族と言われるドラゴンを退けただけでも奇跡と同等の功績であった。多少の苦難など吹飛ばすだけの高揚感に包まれていて、事情を知らない人が見れば、異様とお思えるほど笑顔に包まれていた。


「世界最高峰の笑顔と倖せの町」


 まるでキャッチコピーの様に広まったこの言葉は、コルドーに来れば不安を忘れ、倖せだけを感じていけると、本気で信じ始めていて、水不足に続く食糧難は、お互いが持ち合わせている食糧を分け与えたり交換したりして、解決していった。商人達が運び込む食糧の殆どが一度は国庫に入るので、購入しているのはコルドーとなるのだが、ココまでに溜めこんだ資金は魔女も知らないほど溢れていて、末端に届くまでに多少の時間を必要としたが、届かないという事は無かった。

 食糧が行き届くという事が、どれだけ国民の心を安定させているか、コルドー5世は知っていて、無能が故に、選択を誤る事無く、「空腹に勝る敵は無し」と、幹部達にも言い聞かせている。

 これは本人が食べ物で苦労していた時期があり、無能を理由に国政からも聖職者としても末端に置き去りにされていた事で、現状を知ったからである。

 魔法の才能は無くても食べ物に困っている者を食べさせるくらいは出来たので、国庫から少しずつ持ち出しては、貧困と飢えに苦しむ子供達に配っていた。

 ただし、コルドー5世として君臨した直後から顔を隠すというより国民の前に姿を出す事は殆ど無くなったので、それらの善い行いはすっかり忘れられていたのである。


「それにしても、これほど集まるとは思いませんでしたな。」


 彼の手下の一人がそう評した。

 彼らのを含めた国民の中で数人しか知らない計画が着々と進められていて、それは聖女を呼び出しす事に成功する事が前提だった。


「どんなに小さな子供でも魔力を持っている。その者達から僅かな魔力でも集めれば聖女様を召喚できるのだからな。」


 食糧の分配で自分までも質素になってしまった食事でも文句も言わずに食べるコルドー5世は、少し火を通しただけの硬い肉をかじり、よく噛んでから飲み込み、水を勢い良く飲み込んでから言葉を続ける。


「世界樹だろうがドラゴンだろうが関係ない。この国が出来る以前より守られて来た土地が奪われたのは誤算だったが、いなくなってもアレほど困るとは思わなかった。」

「仕方がありません、我々の責任で奪われたわけではありませんし。」


 こちらは噛むのに苦労しながらも、何とか飲み込み、胃に落とす為に水をあおる。


「聖女様が来てからというもの、人は集まり、勇者も集まるし、この世界で最も魔力が集まっている良い時期だと思います。」

「浮上は可能か?」

「あと二日ほどは・・・。」

「確約できるか?」

「それは間違いなく。」

「では、二日後にお披露目だ。」

「承知いたしました。」


 慌てて入室してくる一人に気が付いたのは、食事も終わり、聖女でサキュバスのソレに報告に行く直前だった。


「たたた、たいへんだす!」


 慌てていて、走りながら喋った所為で舌を噛んでいる。


「何事だ。」


 立ち止まるコルドー5世の前に跪き、呼吸を整えて痛みを堪えて報告する。


「使者が殺されました。」

「なんだと?!」

「ギルドを通じての報告ですので、遺体が返還されるのは数日後になりますが、宛てた書簡の行方も不明との事です。」


 秘密を明かし、確約を得る為の作戦は失敗した。そしてその秘密が書かれた書簡が失われたという事は、相手に内容を知られたという事だ。

 しかし、一つ気になる事がある。


「書簡は奪われたのか?」

「いへ、ガーデンブルク側でも書簡を持っていないとの事です。」

「詳しく。」

「どうやら交渉を始めた途中で何者かが邪魔をしたようです。」

「国王と直接交渉をした筈であろう、誰が邪魔できるのだ?」

「詳しくは・・・ただ、かなり親しい者であるという事だけです。」

「当然だ、親しくなければ謁見の間に勝手に入るなどありえん。いや、親しい者なら余計に邪魔をしない。だとすれば、魔王国からの使者としか考えられんが・・・。」


 魔王国とガーデンブルクは最近も戦争をする程度の関係の悪さで、商人達は取引の為に国境を越えて往来しているが、使者を送ってまで交渉する者は存在しないはずである。

 ハンハルトは国力が低下していて対抗する力も無いから、最初の目標にするつもりだったのだが。


「もしも手を組んでるとすれば、ハンハルトは無理か・・・。」


 コルドー5世は予定を変更する必要性を迫られたが、お披露目の日を変更することはなく、予定通り行われる事となった。




 翌日の早朝。

 ダンダイルとジェームスは、ハンハルトに居た。


「こんな事が・・・。」


 ローブに身を包み、顔は見えないようにしているが、それが逆に異様な雰囲気を醸し出していて、周囲から変な目で見られる前に移動を始めた。


「たのむぞ。」

「あ、アンタに頼まれたら断れないな。」


 本当は名前を言いたかったが、どこで誰が聞いているか分からないので、あえて、アンタと呼んだが、やはりぎこちない。

 二人は城の通用門に向かい、ノックもせずに中に入ると、三人の驚きの声が響いた。責任者が駆け付けるとその男も驚き、慌てて走って行く。


「そんなに驚く事か?」

「お忍びと言う暇もなかったぞ・・・。」


 まもなくして、国王直属の近衛兵が現れた。ジェームスの顔は知られているので、そこに驚きはしないが、ダンダイルの顔はあまり知られていない。それでも、無視できる存在ではないので、中級以上の階級を持つ兵士なら知らないはずがない。


「だ、ダンダイル殿ですな?」


 分かっていても確認してしまうところに、隠しきれない驚きがある。


「突然の事で申し訳ない。他に方法が無く、事は急を要するのでな。」

「承知しましたが、聖女の事で宜しいので?」

「こちらでも問題になっているのなら話は早い。」

「ジェームスも行くのか?」

「俺はただの案内人だ。交渉はしない。」

「そうか、なら任せていいか?」


 ジェームスは近衛兵達にも信用されているので、問題なく城内を歩ける証明なのだが、将軍達からすると、あまり偉そうに歩かれるのを好まれてはいない。いつ自分の椅子がこの男に奪われるか分からないという心理も働いて、場内で出会っても、鄭重な無視をするぐらいだ。


「国王はもう待っているのか?」

「ああ。」


 二人直ぐに謁見の間へと向かった。




 謁見の間に入ろうとすると、衛兵に止められた。入室を禁じたのではなくその隣の部屋に案内されたのだ。隣の部屋は謁見をする前の待合室で、所持品検査をする場所なのだが、そこに国王が居たのだ。


「まだ朝食前なんだ、服も整えて無くてな、あっちだと色々とうるさいからココでも良いだろう?」


 後ろに控えるダンダイルに視線を送ると、同意を得てから応じる。


「かまわんそうだ。」

「じゃあ気楽にしてくれ。」


 ダンダイルが入室すると、寝間着ではないが冒険者の様なラフな服装で、ぼろい木の椅子に座る国王がいる。当然だが二人は互いの顔を知っている程度の仲だ。


「早朝に申し訳ない。」

「ダンダイル殿は国王ではないのだろう?」


 当り前の事を確認された理由は判らなかったが、同意の頷きを示すと、苦笑いが帰ってきた。


「堅苦しいのは嫌いなんだ。直ぐに飲物を用意させるが、目的と交渉内容を訊いても良いかな?」


 本当に堅苦しさの欠片もない言葉に、少し戸惑いながらも、肩書を行使する事を嫌ったという意味と解釈し、ダンダイルの方でも言葉を崩した。


「では早速だが、ハンハルトに対して要求するのは一つだけだ。」

「・・・コルドーと手を結ぶなという事だな?」

「その通りだ。」

「敵対するだけの力もないけどな。」


 ドラゴンの事件は誰でも知っている大事件で、崩れた城はまだ完全には治っていないのだ。その後にも戦争になる危険が迫っていたところを鈴木太郎に助けられている。


「勇者が集まり過ぎていて、ドラゴン一匹程度ではもう止められんのだ。」

「ああ、あの情報は本当だったのか。」


 コルドー上空で行われた対ドラゴンに挑んだ勇者たちの事件の情報は、背びれも尾びれも付いて、ハンハルトに届けられていて、再びハンハルトに攻めてくるのではないかと危惧する者も現れ始めていた。

 その所為で出国者が相次ぎ、コルドーへ向かいたいが、ハンハルトからでは腕に覚えがないと難しいため、魔王国経由で旅立ちたいのだが、遠すぎるのと、旅にお金がかかる為、行きたくても諦めている者達が多い。


「正直財政がボロボロで、商人に借金をするという最悪な状況だ。これで国民が減ってしまっては何も出来なくなる。」

「資金が必要なら援助しても構わない。」

「・・・その話本当か?」

「もちろん、書簡もある。」


 懐から取り出しそのまま渡すと、直ぐに確認すると、タイミングよく飲物が届けられ、喉を潤しつつ、国王が読み終えるのを待つ。


「・・・こちらも書簡を用意するから朝食でも食べながら待っていてくれ。」


 軽く食べてきた二人だったが、ただ待たされるのも暇なので、朝食よりもさらに軽くすると注文を付けた。国王はすぐに将軍達を招集し、1時間ほどの会議の後、今度こそ謁見の間で財務を担当する将軍を同席させて話を進めた。本来はこんなに早く決めてしまうような内容ではないが、魔王国に対する協力とコルドーに対する警戒を怠らないようにするためには必要な処置であった。

 ジェームスとダンダイルがハンハルト国王の書簡を携えて太郎達の所に戻ってきたのは同日で、ダンダイルはすぐに魔王国へと移動した。瞬間移動の魔法が無ければこんな事は不可能だ。

 そこからさらに魔王国内でも協議を開始し、翌日には新たな書簡がハンハルトへ届けられている。

 ダンダイルは多忙を極めていて、疲労困憊で仕事を終わらせた後は、太郎の用意した風呂で3時間ほど寝て、食事後に12時間寝て、目が覚めたら夜が明けていた。

 ダンダイルとツクモのおかげで敵を増やす心配はかなり軽減されたのだが、公式には一切記録が残されておらず、代わりにその日の記録に、「巨大な何かが現れた」と、

刻まれた。




「お時間です。」


 純白のローブは陽の光を浴びるとわずかに透けて見え、下着を身に着けていない事が、近くに居る者にははっきりと見えた。聖女は全く気にすることなく、案内された部屋に入ると、不思議な感じがした。


「魔力が吸われている・・・?」


 周囲の者達も全員が微量な魔力の流れを作ってて、目に見えない線は彼の森へ向かっていた。


「あちらにお乗りください。」

「この部屋は・・・なに?」

「もうすぐ迎えが来ますので、それに同乗していただきます。」


 聖女のお披露目を最大限活用するこの日を待っていたコルドー5世は、気分も機嫌も上昇し続けていた。

 お披露目用に作られた会場に集まった人の数はおおよそ1万人。それ以上は詰め込み過ぎて会場に入れない者達がねドラゴンの時よりも驚いて上空を見上げている。巨大な何かに乗って現れた聖女は、まさに伝説の救世主に相応しい演出となり、地上からは大歓声で迎えられた。

 それは聖女の乗り物であると誤解させるのが目的で、コルドー5世の考えた演出ではなかった。






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