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第250話 ツクモと国王

 誰の許可も得ず、城の中庭に降り立つと、その姿を見た兵士が厳しい表情で接近して来たが、その姿が視認できると態度を軟らかくする。


「ツ、ツクモ様じゃないですか。」


 敬称が付いているとはいえ、気軽に話しかけている兵士は、中庭警備担当という、暇で用のあまり無い部署の責任者だった。

 そして、もうすぐ退役予定の老人である。

 笑顔と、僅かに涙も零れたが乾燥した皮膚のおかげで気が付かれなかった。


「おお、まだおったか。」

「もうすぐお役目も終わるんで10年ぶりくらいですかね。外は色々と大変みたいですがここは平和でいいですよ。」


 中庭に咲く花の手入れもこの人が行っていて、いつも色々な花を綺麗に咲かせている。ツクモにとってはこの城で一番のお気に入りの場所だった。

 昼寝をするといつも起こしに来るのもこの男の仕事なのだ。


「国王陛下が、そろそろ来ないか、そろそろ来ないか、と寂しがっておりました。」

「あ奴は生きておるのか?」


 今のツクモの喋り方は姉に似ている。


「ご健在です。」

「そうか、なら話は早い、今回はちと頼まれごとがあってな。」

「遊ばれて行かないのですか?」

「のんびりするのはまた今度じゃ。」


 それが何時になるかは分からないが、再び来るという約束をしてくれたことで安心する。


「今は公務の時間にございまして、しばらくお待ちいただく事になります。」

「そうか、では行くとしよう。」


 相手の都合よりも今は自分の都合であった。

 公務をしているのならば居場所は分かるので、案内をさせずに一人で歩きだす。先ほどの老兵士が案内をしたかったと思っているだろうが、面倒な頼まれごとは早く済ませたかった。


「ちよっと、いまは・・・!」


 公務の間に入ろうとするのを止めようとした兵士は、丁寧に払い除けられ、大きな扉を軽々と開く。


「何者だ、今は出ていけ!」

「そんな口がきけるとは、偉くなったものだ。」

「あ、こ、こっれは、ツクモ様!」


 国王の横には男が居て、同じ様にこちらを見たが、怯えた様にツクモには見えた。

 国王が椅子を蹴って寄って来ると、深々と頭を下げる。


「多忙な時期ですが必ず時間を作りますのでお待ちください。」

「多忙の原因はそこの男か?」


 ツクモに睨まれた男が怯えた声を出す。


「コルドーの遣いならこの場から立ち去れ。」


 男は台に置かれた丸めた紙を持って逃げるように出て行こうとしたが、ツクモに腕を掴まれる。


「紙を置いていくか、命を置いていくか選べ。」


 強い眼力で睨むと男は腰を抜かし、紙を落して這いずって逃げていく。兵士も国王も何も出来ずに見守っていると、扉の淵を掴んで立ち上がると国王に向かって言った。


「どうなっても知らないからな!」


 言い終えると男は苦しみもがいて、その場に倒れた。

 ツクモが殺したのだ。


「ツクモ様、どうしてこのような事を?!」


 驚きを隠せない国王と、ざわつく周囲の者達を意に介さず、たまたま傍に居た兵士に亡骸を片付けるよう命じてから、ツクモは頼まれた書簡を差し出した。


「コルドーに味方をすれば、今は良いが未来は無いぞ。」


 コルドーの使者を殺した理由を詳しく説明する事は無く、恐怖心が和らぐまで待っている。

 国王が受け取った書簡の筒は、間違いなく魔王国の刻印であった。


「こ、これは・・・?」

「今回は本当にただの遣いなのだ。だが、中身を見れば納得するだろう。」


 ツクモはコルドーの遣いが落とした書簡を拾いあげ、一通り目を通してから懐にしまった。国王の方は魔王国ドーゴルの名で記された書簡を手を震わせて何度も読み直していたので、ツクモの行動には全く気が付いていない。

 

「これは・・・確かに安易に契約を交わさなくて良かった・・・。」

「実はな、その内容は知らんのだ、何と書いてあった?」


 再び国王が驚くと、ツクモはその顔を見て高らかに笑った。

 もしここに遣わされたのがナナハルであったら殺しはしなかっただろうが、ツクモはその辺りが適当なので、自分を強く魅せる事に重きを置いている。

 殺しても殺さなくても、結果は変わらない。魔王国と契約し味方すれば、コルドーから何らかのアクションが有るのは明白で、コルドーに対して中立を保つ事は出来ない。

 選択肢は既に無く、たくさんの勇者が集結しているコルドーを敵に回すのも恐怖であるが、目の前の九尾を敵に回すのも恐怖なのだ。


「さて、うまい飯でも食いながら話でもしようか。」


 すぐに食事は用意された。




 満足するには少し何かが足りない食事を終えて、飲み干した紅茶も葉は良いのだが、水があまり良くない。美味いものをあの村で食べ過ぎたのか、舌が肥えてしまった。

 片付けるメイドの後姿を眺めていると、同席した国王が心配そうな声を出す。


「お気に召しませんでしたか?」

「いや、十分じゃ。ただ、ちょっとな。」

「ツクモ様に満足いただけると思いましたが・・・。」

「最近美味い飯を作る村があってな・・・。」

「ああ、話には聞いています。相当なバケモノばかりが住んでいると。」


 そのバケモノの中にツクモは含まれるのだろうか?


「世界樹のある村じゃぞ?」

「存じてますが、上がってきた情報では脅威ではないと。」


 ツクモは少し考える。

 魔女が居る事が脅威ではないとは考えにくい。

 では、脅威ではないと伝えたのは誰か?


「そういえば、優秀な部隊があると聞いたが?」

「なんと、そんな事までご存知ですか。ただ優秀過ぎてその方が怖いと他の部下から陳情が来てましてな。」

「ふむ。ではその者から脅威ではないと?」

「報告自体が以前のモノですので変わっているかもしれませんが。」

「で、あろうな。」


 この国王は、他国にあまり興味を示さない。侵略も好きではない。

 だが、配下に戦争をさせているのは国として存続させる為であって、長い期間戦争をしないと戦力が落ちてしまうのである。

 ただし、軍に所属している兵士達には違う考えがあって、戦争がないと階級を上げるチャンスが無くなってしまうので、定期的に侵略なり魔物退治なり、大なり小なりの戦争を欲するのだった。

 勿論、筆記試験による昇進もあるし、長期配属による昇進もあるが、戦闘経験のない上官は部下に命令を聞いてもらえないという事例もある。


「例え本当に世界樹がそこに在ったとしても、私の国に影響は少ないでしょう。」


 世界樹と太郎が、一時的にとはいえガーデンブルクに滞在経験が有る事を知らない。資料としてどこかに残っているだろうが、国王に報告する内容でもないので、書類はどこかで眠っているだろう。


「それよりもコルドーの遣いを殺してしまった方が問題になると思うのですが。」

「殺さなくても断れば問題になる。」

「それはそうなのですが・・・。いや、それよりももっと気になる事があります。」

「わたしが魔王国の遣いとしてやってきた・・・という事だろう?」


 国王は恐る恐る頷いた。と、同時に固唾を飲む。


「ハッキリ言うと、あの村には元魔王どころか私の姉と対等に話す者がいる。」


 国王は目を大きく開いた。

 驚きの感情が飛び出しそうになって、顔が破裂すると思ったくらいである。


「そんな者が本当に・・・?!」

「姉の子も住んでいるのだ、これを聞いたらもう手は出せないであろう?」

「ツクモ様の姉君が住む場所をどうにかしようとする事なんてありえません。」

「うむ。だが、そうするとどちらにしてもお前ではコルドーと握手は出来ないのだ。」

「た、確かに・・・。」

「お主が私と仲が良い事を知る者はほとんどおらん。」


 仲が良いと言われると少し顔が赤くなる。


「それに戦闘も魔法もまるでダメだ。戦う意思が感じられん。」

「そういう才能に恵まれませんでしたから。」

「だが、良い庭を作る技術ならお主は優秀じゃ。初めて来た時の事を覚えておるか?」

「もちろんです。」

「この国を守るのは武力ではない。草花を作る優しい心だ。」


 花と緑が豊かに咲き誇るガーデンブルクは、大規模な戦争に巻き込まれてもすぐに復興している。それは兵士が少なく、土木事業に強いからだ。代々の国王も、他国への侵略は少なく、それでいて戦争は行わなければならないという矛盾とはいつも苦悩していた。


「戦う事だけが勇気ではない。戦わない勇気も必要だが・・・今回は事情がかなり違ってな。」

「やはり、あの聖女は危ない存在であると?」

「とても危険だ。」


 ここで改めて書簡の中身を確認する。

 ツクモが知っても問題の無い内容かどうかではなく、ただの興味だ。


「鉱物の提供?なんだこれは?」

「わが国では常に不足しているのが鉄なんです。魔王国には良い鉱山がありますが、ガーデンブルクには有りません。過去に侵略していた理由もそれなのです。」

「ああ、建前の方か。」


 ツクモに隠し事は出来ない。


「はい。」

「戦う理由なんていつでも後付けできるものだし、そんなのはどうでもよい。この三者共同国家とは何だ?」

「三国で協調性を持って技術提供を行い富国に努める同意書を作ろうという事みたいです。我々は船の技術も有りませんのでありがたい事ですが、富国に努めるという事はより強大な敵も作りかねないので悩んでおります。」

「ハンハルトと魔王国以外に敵などおったのか?」

「強国となるとドラゴンなどに滅ぼされるという・・・最近もハンハルトで発生しておりますから、強過ぎず弱過ぎず、それでいて安定した国力となるとバランスも難しく・・・。」

「なるほどな。」


 ツクモは姉の前では妹になるが、ココでは教師にもなる。場所が違えば立場も違うので、妹のように振舞っていた期間が長すぎて、勘を取り戻すのに多少の時間を必要としていた。


「もしもハンハルトが崩壊した場合、海の向こうから攻め込まれる危険も増しますし、コルドーが壁となって守っていてもらえれば安泰だという考えもありましたが・・・。」

「コルドーは謎も多かったが、今はある程度理由も解るのだ。」

「理由ですか?」

「あの国の裏には魔女が付いておったのだ。滅びたと言われた魔女はまだ生きている。そして、今も普通に活動しておる。」

「では、私の部下に魔女が居るという噂は?」

「なんだ知っておったのか。」

「マリアと名乗る部下が戦争を自己資金で賄ったという話は事実だったのか。」

「まあ、無駄に金を持っておるからその程度どころか、国ぐらい興せるからの。」

「・・・そういう事でしたか・・・なるほど。」


 そして言葉に引っかかり尋ねる。


「付いていた。とおっしゃいましたが、今は?」

「敵じゃ。」

「魔女を敵に回しても問題ないという程、聖女の力が凄いという事ですか。」

「あんなの私も敵にしたくない。」

「それではどうやって戦うおつもりなんですか?」

「だからこうしてコルドーの味方になりそうなお前達を止めに来たのだ。」


 国王は納得した。


「既に全ての勇者は敵だ。このまま放置すればお前達の国民も敵になる。今は聖女の力に縋る者達が多過ぎて止められないが、お前なら無理にでも止められる。」

「ツクモ様の敵になるなんてとんでもない。」

「それはお前の意思であって、国の方針では無いからな。」

「確約を得るための遣いという事ですね。」

「うむ。返答は?」

「コルドーを敵にするとなると反対する者も多く出るでしょうし、今すぐに決定は出来ません。」

「では、魔王国の敵にはならないという事だな。」

「もちろんです。」

「よろしい、いい返事だ。」


 ツクモは、若かった国王になる前のコンラットと名乗った時のことを思い出し、その頭を撫でると、耳元に唇を寄せ、呟いた。


「次はもっと良い飯を用意しておけ。」


 そして姿を消した。

 村に帰る事を優先したのは、久しぶりに立ち居振る舞いを変えた事も有って凄く疲れたからで、妹気質は抜けなかったのである。

 いろいろと居て面倒な村ではあるが、あの村なら自分が一番である必要が無いので気が楽なのだった。







珍しく@あとがき



殺してしまえば裏切られただけで済むが

生かして返すと内情を報告される危険がある


・・・とまでツクモが考えたかどうかについては私も解りません\(^o^)/

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