第249話 交渉
新任の将軍がやってきた村は、予想していた以上に異様だった。
巨大な木である世界樹。
自由に暮らすエルフ達。
頻繁に稼働するトロッコ鉄道。
そして―――
「ここまで混乱しているとはな。」
「これはひどい。」
世界樹の枝に立ち、二人が見下ろした村は人で溢れていた。
「はじめまして、わたくし、大蔵省将軍リン・クー・エストと申します。以後お見知りおきを。」
丁寧に頭を下げたのはダンダイルの立場を考えての事だが、正直言えばここまで丁寧にされる理由が太郎には無い。
「すまんな、太郎君。」
「ダンダイルさんの頼みだから断れないですよ。」
「そう言ってもらえると助かる。」
ダンダイルの頼みでなければ断るという事だ。
この時の将軍はそう思って、それは正しかった。
なにしろ食糧問題が悪化していて、無法者が近隣の住居を荒らしまわる事件が発生したばかりなのだ。
駐屯地の隊長であるカールの責任は重いモノとなる筈であったが、この状況でならうまくやっている方である。軍施設や鉱山の方にまで影響が出ていないのは、カールの手柄にも思えるのだが、実は、キラービー達の功績であった。
数の増えた通称『雄殺し』の名は今も健在で、身長は人の頭ほどであるが、それなりの冒険者なら絶対に逃げる相手なのだ。
「迷いの森のケルベロスにも頼もうかなア・・・。」
などと太郎が呟くくらいだから、事態が深刻なのは誰もが理解している所である。グリフォンやポチ達も、エルフと協力して不眠不休の状態になっていて、軍としての機能は半分死んでいる。
「それで何の用なんですか?」
「単刀直入に言いますと、食糧を大量に購入したいのです。」
「この状況を見てそれを言うって・・・。」
「村を支えるにしては畑と生産量が釣り合わなさ過ぎるので、生産は可能なのでは。と考えています。」
ダンダイルは腕を組んで将軍の後ろに控えていて、瞼は開いていない。
「不可能じゃないでしょうけど、期待には応じられないかな。」
太郎がそう答えると、ダンダイルはまるで知っていたかのように頷いた。
「どうしてですか?」
「どうしてって言われても、収穫は自力なんですよ?」
今でも収穫となれば家族総出で行い、それでも大変なのでエルフ達に助けてもらっている。鶏や牛を旅人達から守っているのもそろそろ限界が近く、狙われているのも知っているので一時的に避難させている。
肉を欲する者は多いので、理解はできるが納得できるはずがない。
「しかも収穫しているところから奪いにくるから、それだけでも大迷惑なんですよ・・・。」
「必要でしたら人員は用意します。」
「これ以上人が増えても困るんですけど。」
運ぶのは魔法袋が有るので問題はない。魔法袋があると大量の物資を楽に持ち運べるという、世界のバランスすら崩壊させてしまう究極のアイテムなのだが、所持している人は殆どいない。持っているだけで狙われるので国宝級なのだが、この村には所有者が三人いるだけじゃなく、制作者もいる。
「それに、この状況で出来る。と、本当に思ってるんですか?」
村は人が溢れていて宿は施設も不足している。
着の身着のままで来た人。
村に到着した時点で資金が尽きた人。
焚火をして路上生活をする人。
公園が無いので、人が集まれる施設もない。
太郎は来る人達に生産物を売り渡していたが、金は払えない、欠食児童が増える、そして旅人同士で争いが起きる。
「またバカ達が争ってたわよ。」
スーが疲れた顔で現れ、言ったのはスーの頭に座っているマナだ。
「無い食糧を巡って争うならまだわかるんですけどー・・・。」
スーが疲れた声でつぶやく。
「子供達が孤児院で食べてるのを見て入ってくるんですよー。」
「マジかぁ・・・。」
「ちゃんと叩き出して牢屋にぶち込みましたけどねー。」
「スーが一人で30人をボコボコにしてたわ。」
「それはお疲れさま。」
「今はオリビアさんとカールで入村の制限をしているんですけど、勝手に入ってくるのを止めきれなくて、グリフォンが放り出してますー。」
「勝手に・・・?」
「この人は誰ですかー?」
「将軍のエストです。」
相手は太郎ではないので挨拶を簡潔にしたが、スーはびっくりして太郎の背中にくっついた。
「な、なんでそんな人がココにいるんですかー?」
「食糧を提供して欲しいんだって。」
スーとマナが同じ表情をした。
「なんですか、その表情は。」
エストは気分を害したようだが、ダンダイルからしてみれば当然の反応である。
「農民も大半が出て行ってしまって、畑は荒れ放題なんです。」
「そっちこそ大切にしたらいいのでは?」
「道具は有っても技術が無いんですよ・・・。」
確かに畑作業をする兵士の姿は想像が出来ない。この村でも鍬を持つ兵士は殆どいないし、収穫の時も運んではくれるが収穫自体は下手だったりする。
更に、次の種植えの事も考慮な入れなければならないとなれば、専門知識が必要になるのだ。なお、この村では必要のない知識である。
「手に入りさえすればこの村で収穫する必要はないですよね?」
「え?えぇ・・・それはもちろんです。」
「収穫やら加工やらの労力はそちらでやってください。」
「どういう事でしょう?」
今まで黙って見ていたダンダイルがやっと口を挟んだ。
「つまり、畑の作物を収穫直前の状態にする・・・と?」
「この村でやろうとすると弊害が多過ぎるんで。」
「しかし、種は植えなければならないだろう?」
「根が残っていて枯れてなければ、同じ根から何度でも収穫できますよ。」
「・・・世界樹様の能力か。」
「まーねー。」
マナのドヤ顔って可愛いなあ。
違う、今はそういう時じゃない。
「荒れた畑の収穫って今は誰がやっているんですか?」
「兵士を集めてやってますが、作業効率が悪くて。」
「指導者が要るわね。」
「オリビアさんに言って10人程借りようか。」
「そうですねー・・・。」
太郎はマナとスーと相談し、その場で決める。ウロウロしているうどんとオリビアをシルバに連れてきてもらうと、話は決まった。
「そのくらいなら構わない。収穫のマニュアルを作ってあるから、教えるだけなら可能だ。」
何故か少し俯く。
「何か問題でも?」
「いや、紙を大量に使用してしまったのでな、いま思うと、そこまでする必要があったかどうか・・・。」
「記録するのは悪いことじゃないし、必要になる可能性があるのなら使ってかまわないよ。道具の設計図とか、使い方とかにも必要でしょ?」
「うむ。」
「そのマニュアルって何冊あるの?」
「1冊に纏めてある。」
「じゃあ、それを原本として同じモノを5冊作ろう。」
「紙が足りない。」
「ギルドにあるでしょ?」
「勝手に使っていいのか?」
「どうせ機能していないから構わん。」
ダンダイルがそう言うと、ギルドに向かって歩き出した。もちろん紙を取りに行くダケなのだが、責任を取る人が居ないとギルド側も渡さないだろう。
「どのくらいで出来そう?」
「三日後には。」
太郎が頷きかけた時、後ろから声が掛けられた。
「その書き写し、私達に任せてください。」
「モンsブヘッ?!」
エストの驚いた声の直後にマナに叩かれた。
「なにを?!」
「私達の仲間をモンスター扱いするなら、なかった事にしてもいいんだけど?」
「仲mっ?!」ブヘッ
もう一度叩かれているが誰も止めない。
「太郎様の役に立つ仕事があれば受けてくるように言われていまして、書き写しは得意なんです。」
あの国の図書館で働いている人達にとっては朝飯前なのだ。
「どのくらいで出来る?」
「明日には。」
「ok、任せた。」
オリビアが部下に持ってこさせたマニュアル本と、ダンダイルが持ってきた紙をポニスの荷台に乗せると、ファリスは気合を入れた表情で帰って行く。
彼女たちは旅人が多いので活動は出来ないが、太郎の家の近くまでは来ていて、旅人に見つかっても首が取れなければそれほど気が付かれはしない。
エストが気が付いたのは流石だが、その能力は活かされる必要はなかったのである。
「何か異質な魔力を感じたのですが・・・。」
「良い勘をしていると褒めたいところじゃな。」
今度はふわっと空から降りてきたナナハルと子供達だ。
「あ、おかえり。」
「「「ただいまー!」」」
子供達の元気な声は良いものだ。
「明日、マナとうどんを連れて街に行って来るよ。」
「ふむ。」
事情を察しているかのような返事である。
「飛びながら聞いておったでの。理由も解るが、なんとも間の悪い連中よの。」
「それは申し訳なく・・・。」
「まあ、原因が原因だからなあ。」
「他人の所為にすれば済むという話でもあるまい。」
「それは、そう。」
エスト将軍はもっと難しい交渉などをするつもりであったが、意外にも話がどんどん進む事に少し戸惑っていた。この村には何でもあるし、有り過ぎて自分の持っていた交渉カードが通用しない事にも気が付き始めている。
ダンダイルが太郎に向かって言った。
「明日には戻る事になるなら、その前に話したい事がある。」
「コルドーの事ですね。」
「その前にアレが来たようじゃな。」
「アレ?」
「あーアレね。」
「ドラゴンの姿のまま来るぞ。」
「あ、フーリンも来たわ。」
「え?」
「あー、殴られてる。」
どういう目をしてるんだ、何も見えないぞ。
暫くすると、フーリンに首根っこを掴まれて大人しくしているピュールが現れた。
「これ、どういう状況なの?」
「太郎君、ちょっとコイツに説教して来るわね。」
「あ、うん。」
フーリンが太郎の家に入って行くのをそのまま見送ると、太郎の視界には別の姿が入ってきた。
「話をする前にこっちも少し処理しないとダメかな。」
「ふむ・・・手伝おう。」
「僕たちに任せて!」
「ちゃんと手加減しような。」
「うん!」
「なんとも頼もしいお子さんたちだ。」
ダンダイルは自分の配下では無い兵隊を見て落胆している。
そして、やってきた村人以外の人達にはもっとガッカリしていた。
「食糧を分けろよ!」
「お前たち腹いっぱい食ってるんだろ!」
「この畑は俺達のモノじゃない、勝手に入るな!」
兵士と旅人がグループを組んで争いになっているが、当然兵士達が・・・負けた?!
「あいつら、ただの旅人じゃないな。」
「私が倒してきますねー。」
ボコボコにされて防戦一方になっている兵士を助けるように割り込むと、流れるように一撃で倒していく。
「素手で一撃なのか・・・。」
「太郎はやらないの?」
「今割り込むとスーの活躍を無駄にしちゃうから。」
「ふーん。」
スーが全員を倒すと、救援に来た他の兵士が連行していく。
「まあ、役割ってあるからね。」
「そうじゃな。それでは我々がやるべきことをしようかの。」
マリアとマチルダ、ジェームスとフレアリス、オリビアやフーリン達も加わって、コルドーに対しての話し合いが始まる。
実際にどうするのか、直接的な検討もする事になるのだが、本来このような事をするのは国の重鎮が行うべき事だと、太郎は思っている。関わらなくて済むとは思っていなかったが、少し関わり過ぎのような気がして、一度は萎んでいた小さな不安が、再び膨らみ始めていた。




