第248話 ピュールの戦い
村が人で溢れる頃、いつものようにフラッと立ち寄るつもりであった男は、しばらく眺めると、そのまま引き返していった。
「聖女か。・・・面倒なもんが現れたな。」
その姿を確認した者はおらず、誰にも気付かれる事無くコルドーに向かうと、上空から街を見下ろす。彼の眼には太郎の村以上に混雑する人々と、そこへ向かう長蛇の列が何本も伸びていて、異様さがダケが目立つ。
「これが、たった一人が起こせる能力なのか・・・。」
どちらかと言えば悔しがるような口調で、羨ましくも思い、あの勇者達が一人の女に群がっている事で、驚きを超えて恐怖を感じ取った。
「天使もドラゴンも何もしないのか・・・?」
彼には情報が殆ど無く、危機感は感じ取れても、それを誰かに伝える方法もない。唯一の情報源だった魔女は何処にいるのか知らない。あの村に居ると知っていれば質問攻めにしただろう。
「なんか・・・どうしていいのかもわからないが、どれが正解とも言えないんだろうな。」
彼の中での回答を探してはいるが、どの計算式も結果が悪い。諦めるのも嫌なのだが、無視するのはもっと嫌なのかもしれない。
決断を鈍っていると、彼は視線を感じた。
もう逃げられないと思ったが、逃げるつもりはなかった。
聖女の部屋とされている部屋にはグレッグがいた。
もちろん聖女もいるが、二人はベッドの上で一糸纏わぬ姿のまま寝ている。
誰に呼ばれるわけでもなく、誰に邪魔されるわけでもなく、一晩の疲れを癒している。しかし、ココで癒されているのは聖女の方だった。
「・・・。」
目を覚ますと抱き寄せて頭を撫でる。自分の胸に顔を押し付けて撫でていると目を覚ました。
「溢れてくる魔力が凄いわ。ずっとここに居たいくらいだけど、無理なのよねぇ。」
彼女はこの世界に呼び出された理由を納得しておらず、元の世界に戻る事を考えていて、このままこの世界に長居するつもりはなかったし、骨を埋めるという考えもない。
しかし、自分が呼び出されたのなら他の姉妹もこの時代に現れるのではないかと考えていて、急ぐ必要もあり、誰にも説明せず、魔力を集めていた。
ドアのノック音の後に、確認も無く開かれる。入室したのはコルドー5世だ。
「聖女様、多くの人々が集まっています。準備もあと数日で整います。」
「ホントにやるの・・・?」
「是非にも、お願いいたします。」
気乗りはしない聖女だが、多くの人の目に触れる事で魔力が効率よく集められるのは間違いない。近くに寄って来るだけでも相手の魔力を僅かながら吸収できるし、集まった人々の数が膨大なので、魔力も膨大になるだろう。
入国管理している人達が数え切れなくなって諦めているくらいだから、生活も、治安も、かなり悪くなっている。それでも彼らは聖女を求めていて、その一途で一心な気持ちだけで自我を保っている。
ただし、人が多ければ活気に満ちているので、商売人にとっては何でも売れる代わりに仕入れが困難と言う窮地に立たされていて、隣国のガーデンブルクからは大量の食糧が連日どころか数時間おきに運び込まれている。
もはや、これで聖女が現れなければ国内は大混乱に陥るだろう。
「・・・その前に来客みたいね。」
「は?そのご予定はありませんが?」
「予定になんかあるの・・・?かなり強そうに感じるんだけど。」
そのとき、聖女に反応して、街中のあちこちにいた勇者達が一斉に上空を見た。
「な、なんだ・・・?!」
異様な視線を浴びて身体が震える。
周囲の人達も気が付いて、ふわりと浮かび上がる勇者達を指さして騒ぎ始めた。勇者の一人が腰の剣を抜いた事で、双方が敵意を痛覚する。
「雑魚に用は無いっ!」
突風で接近してくる勇者達を吹き飛ばしたが、次々と浮き上がってくる。一人一人吹飛ばしていてはキリが無い。
「オマエノカー・・・。」
途中で止めたのは発動しない事に気が付いたからで、急速接近してくる者に対して炎を吐いた。回避できずに身体を燃やし、力を失って落下していく。地上では落ちてきた勇者を手近にあったシートを広げて受け止めると、水をかけて消火する。
死ねば復活するが、瀕死ならそのままだ。死ななければ良いというのは知っているからこその手加減である。
「・・・!」
背後からの攻撃は、ドラゴンであるが故に耐えられた。だが、接近されていた事に気が付かなかったのはまだ未熟だからである。力はあっても上手く使えていない事を証明するのだ。
「このっ!」
傷は何も残っていないが、服は切れている。切った男はより強力な肘打ちで脳天を突かれ、上昇した速度の3倍以上の速さで落下し、地面と周囲の人を巻き込んで即死した。
死んだ勇者は姿を消し、自然復活すると、聖女の傍に現れる。
「一撃?」
「そのようです。」
応えたのは衣服を整えて、準備を終えたグレッグで、まだくつろぐように寝ているベッドの横で待機している。
「集まった勇者の中であなたが一番潜在能力が有るのは間違いないのだけど、強さで言うとまだまだなのよね。残念だけど勝てないわ。」
僅かに眉が動いた。
「悔しい気持ちはあるのね。」
眉間が動く。
「良いわ、行きなさい。受け入れてあげる。」
グレッグは駆け出すと、開いたままの窓から飛び出して浮き上がった。
そして、そのまま上空に向かっていく勇者の一人として参戦すると、迫り来る者達を次々と蹴り飛ばしている男に真下から剣を突き上げて行く。
「おまえはっ?!」
寸前で躱した攻撃の後に顔を見ると、見覚えのある男だった。だが、異様な魔力に包まれているのを感じて、別人に見えた。
問答は続かず、繰り出されるのは剣撃だった。
連続攻撃を何度か避けた後に隙を見て反撃する。
たったそれだけでグレッグは敗北した。
「ぐっ・・・。」
聖女の力がグレッグに注がれると、落下が止まり、姿勢を立て直す。
「なっ?!」
グレッグの動きに視線を向けていると、ズラッと周囲を塞がれ、正面から攻撃を受けた。回避不能の直後に、今度こそ真下から剣を突き上げられ、剣先が腹を突く。
そのまま上空に打ち上げられると、反撃に手間取った隙を突かれ、魔法攻撃を集中された。グレッグに中るか中らないかギリギリの間隔で横切り、命中すると、小爆発が起きた。
「おおー!やったぞー!」
意味も分からず歓声を上げる群衆は、当然の様に聖女に集う勇者たちの味方だ。
「ふざけんなっ!」
服がボロボロになり上半身が露わになると、怒りが増幅し、人の姿を捨てた。
その姿に悲鳴が上がる。
群衆の一部が思い出したのは、ハンハルトの事件である。
「なに・・・あれ?」
バルコニーで戦いを見物しようとした聖女には、見覚えのない姿に困惑している。
「ドラゴンですぞ。」
「ドラゴン?あれって存在してたの?」
「世界各地で普通に存在していますが?」
「へー・・・御伽噺だと思っていたわ。」
初めて見た姿に珍しく高揚感が有り、好奇心が湧く。
「捕獲してみたいわ。」
地上からさらに多くの勇者が浮かび上がると、ドラゴンに向かっていく。
だが口から吐き出された炎が多数の勇者を焼き尽くした。
即座に聖女の回復魔法が注がれると、全裸で剣と盾だけを身に着けた男女が宙に浮いている異様な光景となった。
「あんなに強いの?」
「ドラゴンは格が違い過ぎます!」
空に手を伸ばして勇者たちに何かを呟くと、剣と盾を捨て、ドラゴンの周りを囲む。
大きく息を吸い込んで炎を吐きだそうとしたその時、聖女の目が怪しく光った。
吐き出された炎は勇者に届かず、手前で跳ね返され、消滅した。
「これは・・・組手魔法?!」
「組手?そんなふうに言う魔法なの?」
聖女の力で統率の取れた均一で綺麗な組手魔法が完成し、一瞬にして大ピンチになった。
「良いわ、そのまま押し込めて・・・。」
聖女の呟きが聞こえたかのように、組手魔法が迫ってくる。焦りで何度も火の玉を吐き出しても効果が表れず、最後は直接体当たりをすると、少し揺らいだ。魔力を均一にした所為で、全体的に弱くなった。今度は何度も体当たりをぶちかますと、組手魔法が破れた。
「あら、なかなかやるわね。」
一部が崩れると全体に広がり、組手魔法の効果が消えた。吹き飛ばされた勇者が落下すると、先ほど捨てられた剣と盾の横に落ちて血を吐く。
全裸の少女が身体を痙攣させていたが、次の瞬間には起き上がると、何事もなかったかのように浮き上がった。だがその時にはドラゴンは全力で穴を突き破り、彼方へと飛び去った。
「ドラゴンが逃げるとは・・・やはり聖女様はお強い!」
感動と衝撃とに同時に襲われ、コルドー5世はまだ空を眺めている。見えなくなったドラゴンよりも、今は勇者たちの衣服を用意する方を優先し、慌てて部屋を出ていく。
勇者がいつまでも裸なのは、宗教上の理由で宜しくなかったからだ。
暫くすると街はドラゴンが現れた事と、追い返した奇跡で盛り上がり、活気が熱気に変わってゆく。
「なんか凄い歓声ね・・・。」
予想もしなかった事態に、少しの戸惑いを覚えたが、喜びに包まれた声を浴びるのは気持ちがいい。彼らは聖女が居るであろう方向を見ているが、バルコニーに立つ聖女を直接視界に収める事が出来ず、既に部屋に戻っていた聖女は、少し考えを改めていた。
「ドラゴンの方が勇者よりも効率がいいのかしらね?」
ドラゴンの炎によって衣服を焼かれ、裸にされた者達にはすぐに代わりの服を用意し、普段通りの活動に戻って行く。グレッグは悔しさを表情に出すことなく聖女の傍に帰って来ると、椅子に座って腕を組んだ。悔しさは無いが、凄く難しい表情をしていて、それが聖女の所為なのか、ドラゴンに敗北したからなのか、聖女にも解らなかった。




