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第213話 貧乏人の気持ち

 マチルダはいつものマリアに戻り、帰還してきたグレッグ達を労い、休暇を与えたが、誰一人として兵舎から何処かへ行った者はいない。数人が実家へ帰ったそうだが翌朝の訓練の時には一緒に並んでいたのだから、この部隊が好きなのか軍人教育の賜物なのか、マチルダとしては答えを計りかねている。


「また・・・しばらくは日常ね。」

「それが一番です。」


 グレッグが紅茶とケーキを出しながらそう言うと、諦めたように呟いた。


「ご苦労様ね。」




 そんな事とは関係なく、太郎達の村は今日もいつも通りで、じわじわと住人が増えていること以外は、特に変化はない。

 雄殺しが太郎の住んでいる家に出入りしている事は村人の全員が知っている事だが、新しく来た住人はその限りではなく、太郎の知らない所で小さな誤解は多発していた。


「ケ、ケルベロスだ! 退治してくれ――――!!」


 と、叫ぶのはどうしても住む場所が無くて困るという人達が村に住むようになってからの話である。キラービーを見て兵士に退治しろと命令したり、カラー達を見て捕まえようとする。とにかく態度が悪い。


「まー・・・なんというか、多分これが普通の反応ですから。」

「そうなんだろうけど、オリビアさん達からも苦情が来てるからなあ。」

「それは承知しています。」


 エルフと住みたくないと言い出して勝手に帰った者もいるのだが、その人達がどうなったかというと、今もこの村に住んでいる。

 街道の整備も進み、巡回も定期的に行っている事から、かなり安心して歩ける道ではあるが、それでも夜は魔物が出るのだから、一般人では荷物を抱えて移動するなど不可能だ。特別に許可を貰って住んでいるという勘違いもあって、何故か態度もデカいのだ。


「太郎殿の不興を買ったら・・・まあ、その時が来れば分かる事ですが。」

「残念というか、まだ外からの住人には会った事が無いんだよね。」

「村の出入り口に近い方にはエルフが住んでいますからね。」


 オリビアさん達が対応しているらしい。


「住みたくない人を無理やり住まわせるのもどうかと思うけど、村を出ていく宛が無いと言われるとなあ。」

「本来なら太郎殿の気にする事ではないのですが。」

「それは分かってるけど、追い出すって言うのになんか抵抗感がある。」

「損な性分ですな。」

「う・・・うーん。多分俺がこの世界で生きると決めたからそういう性格になったんだと思うけどね。」

「なるほど、つまり帰る場所が無いと。」

「故郷は遠くにありて思うモノ・・・とはよく言ったもので、帰れないと思って思い出すと、あの頃の感覚をもう一度って・・・考えちゃうからね。まぁ、戻りたい理由は無いから、直ぐに治まるけど。」

「複雑なモノがありますなあ。」

「まあ色々あって貧乏生活の所為でも有るんだけど。」

「貧乏なさっていたので?」

「そりゃー・・・ね。」


 生活力が無かったころの太郎の記憶であり、カールには全く分からない。今の太郎は金に困ったという事は無く、本当に困っている人を見かけてしまうと、お金を出しても構わないと思ってしまう。

 その所為で幾つかのトラブルに発展している訳だが・・・。


「この世界に来てよかったと思うのは、お金が無くても生きていけるって方法が確認できた事かな。」

「我々は給料を貰っていますが使い道がないので貯まったままなんですよ。」

「この村じゃ使わないもんね。」

「村内でも何らかの店が有っても良い頃だとは思いますが。」

「カールさんってタマには帰らないの?」

「もうしばらくで休暇が貰える予定になっています。」

「ちょっと理由が無いと行きにくくてさ、付き合ってもらって良い?」

「なんでしょう?」




 数日後、太郎とマナとカールは、フーリンの家の庭に居た。


「・・・こんなのズルでは?」


 太郎の質問に答えただけなので、悪気はない。往復でかなりの日数を消費する予定もなくなり、カールは太郎に敬礼してから城に向かって歩き出した。本当は城に行くつもりだったが、簡単な事は慣れると碌な事が無いという理由で、少しでも歩く事にしたのだ。太郎も理由には納得したので、フーリンの家の中庭に瞬間移動したのだ。


「ふーりーん?」


 バタバタとした音の後に、フーリンが現れた。髪の毛がボサボサなのは目を瞑る。


「何で目を両手で覆ってるの?」

「見たらダメかなって。」


 太郎の態度で気が付いたフーリンが恥ずかしそうに言う。


「あ、あらごめんなさい。」


 数分後に戻ってきたフーリンはいつも通りになっていたのだが、なんかそういう魔法でも有るのか、早過ぎで謎だ。


「急にどうかしましたか?」

「タマには会いたいって太郎がね。」


 ほんのり赤くなるフーリン。


「そうなんですよ、店も出来たし確認はしておこうかなって。」

「あぁ、あの子ね。」

「理由も無いと行き難くて。」

「太郎君がオーナーみたいなものなんだから、気にする必要ないのに。」

「そうなんですけどねー。」


 今度はほんのり太郎の頬が赤い。

 それを不思議そうに見ていたマナは、直ぐに飽きて自分の分身を見に行った。その分身はたいして成長していないが、葉は多く付いていて、毟って食べると元の木との変化はないようだ。


「やっぱりこんなモノよねぇ。」

「変化なし?」

「うん。」


 いくつかの確認と、せっかく来たのだからと、フーリンと軽い食事をする。それほど朝早く来たつもりはなかったのだが、慌てて現れた時の姿を見れば分かる。フーリンはこれが朝食なのだと。

 スーがいたら口うるさく言われただろうが、今日はいないのでのんびりと食事を楽しめたようだ。ポチが来なかった理由は村の周辺に魔物が現れた報告があって、退治しに行ったからだった。


「真面目に働くいい子なのはそうなんだけど・・・。」

「何か問題が?」

「問題と言えば問題なんだけど、問題じゃないと言えば問題じゃないわ。」

「なにそれ?」

「実際に見てもらった方が早いわ。私は分かったところで止めるのも気が引けたから・・・。」

「う・・・ぅん?」




 あの話の後、こっそりと店に近づくと、周囲と比べて活気のある人だかりができていて、心配するような事はなく、問題なく経営できているようだった。


「問題は売り切れって事か。」


 それは作る側の問題であって、売る方に責任はない。


「でもこれだとフーリンの言っていた意味がちょっと分からないわね。」

「そーなんだよなあ。」


 人だかりが収まるのを待って、しばらく眺めていたが、みすぼらしい服装の子供達が、店の裏手に回って走っていくのが見えた。ただそれだけなら何の問題も無いが、戻って来た子供達は手にパンを一つずつ持っていた。買うのならばわざわざ裏手に回る必要はない。買った後も走って去っていくのはそれなりに理由が有るだろう。


「そーゆことかぁ・・・。」


 だが、まだ確定した訳では無い。気に成った太郎が明日も見に行くことにして、その日はメリッサに会う事も無く村へ帰った。夜の食事の時に少し子供に甘い態度を取っていたら、気付いたのかナナハルが隣に来て肩に手を乗せて耳元で囁いた。


「向こうの店を見に行ったと聞いておったが、その態度からすると何かあったな?」

「・・・まぁね。」

「様子からして悩んでおるじゃろ。」

「・・・まぁね。」

「理由は知らぬが話せるのなら話してみるが良い。わらわの方が経験は有るのじゃぞ。」

「・・・確かに!」


 納得した太郎がナナハルの新居・・・神社のような家に連行されると、久しぶりにたっぷりと絞られてからベットでは無い布団の上で話をした。


「なるほどの。貧困を知っているからこそ、同世代の貧困は見て見ぬ振りが出来なかっという訳じゃな。」

「明日確かめる事だけどね。」

「売り上げを誤魔化せばバレるのは分かっておるじゃろうから・・・。」

「定期的に報告に来るオリビアが何も言ってこないから、そうだろうね。」

「だーがー、どうせ太郎には対処できぬ話じゃ。」


 太郎は返答できずにいる。


「明日はわらわも行こう。」

「・・・まだ父親になって一年生の俺には難しいもんなあ。」

「いちねん・・・せい?」

「未熟者って意味だよ。」

「ああ、そうじゃ。一年生だから教えてもらって当たり前という事じゃ。」




 昨日とほぼ同じ時刻。フーリンの家には行かず、時間に合わせて直接店の屋根に現れた。屋根を壊さなくて済んだのはナナハルの魔法では無いからだ。


「ああ、丁度いい時間だったみたい。」

「どれどれ。」


 まさか上から見られているとは思わない子供達が裏戸を叩くと、メリッサが出てきた。店内での仕事は終わっていない筈だから、母親が一人で対応しているのだろう。


「ちょーだい!!」


 子供達の中で一番大きいであろう男の子がそう言うと、バスケットに乗せられたパンを差し出す。子供達が一つずつ取っていく中、その男の子だけが二個とった。


「生意気な子ね~。」


 マナがそう言うとナナハルと太郎は同時に肯いた。そして、案の定お金を渡している雰囲気はない。メリッサの困った表情が全てを物語っているのだ。


「あれじゃ泥棒と同じだけど、泥棒より質が悪いし、それ以上に分かっててやってるんだろうなあ。」

「理由は簡単じゃな。あの娘っ子が急に金持ちになったから僻んでるんじゃろ。」

「友達がいる感じはしなかったけど、多分貧乏過ぎて他の子友達も相手にしなかったんだろうな。」

「金の無い子供達が悪さをするのは沢山見て来たからの。慌てて逃げ出す者、泣いて謝る者、逆に怒り出す者もおったでの。」


 子供達全員にパンがいき渡ると、申し訳なさそうにかじる者もいれば、既に食べ終えている者もいる。賛同はしないが背に腹はかえられなかったんだろう。

 

「明日も来るからな!」

「明日はないけど・・・。」

「しるか!」

「・・・。」


 困っているのがメリッサだから見逃したくない訳じゃなく、あの男の子の態度が気に入らないというのは俺だけの感覚なんだろうか?

 少なくとも、毎日来ているのだろうが、パンの販売がない日はどうにか断っていたんだろう。

 それが・・・。


「貧乏になったのは金持ちのセイだからな、セキニンはとってもらうからな!」


 完全に親の受け売りだろう。

 これにカチンと来たのは太郎だけではなかったようだ。


「少し厳しさを教えてくる。」


 言うが早いか、ナナハルは既に子供達の後ろに立っていて、気が付いたメリッサが顔色を青くしていた。その異変に気が付いた子供達が後ろを見ると、仁王立ちをしている恐い姿に逃げようとするが、その場から走ろうとしても走れない。マナが何かした訳では無く、ナナハルが薄くて弱い障壁魔法で退路を断ったのだ。

 逃げれない事が解って怒られると思った子供達のうち、女の子5人が泣き叫び、残りの男の子達7人は、2人が抵抗して、4人はそれぞれの女の子に寄り添った。

 兄弟と思われる。


「見捨てて逃げようとした愚かな2人はココでこってり絞ってやろうのう。」

「ウルサイくそババア!」


 そして、男の子にはタンコブが出来た。






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