第214話 貧乏と裕福の壁
泣いている子供達はマナが一人ずつ丁寧に頭を撫でると泣き止んだ。これはマナの木としての能力ではなく、頭を撫でられたから大人しくなっただけだった。
男の子7人と女の子5人の中で、抵抗もしないし、逃げようともしないし、手に持つパンを食べずに大事に持っている男の子が一人だけいる。
冷静に見ているのではなく、奪われたくないという思いなのだろうか・・・。
タンコブを作っている、一番偉そうな態度の男の子にナナハルは言った。
「どうせ、盗んではいない、貰っただけとか言うのであろう?」
言い訳をさせる事を許さない。
「メリッサよ、答えよ。」
「は・・・はぃ・・・。」
「どうして渡さねばならないと思ったのだ?」
「そ、それは・・・。」
言い淀むメリッサに、偉そうに言い放つ。
「俺がくれと言えば渡すしかないんdったい!」
タンコブが増えた。
どういうつもりなのか分からないが、とにかく態度が大きいという子供は俺の時にもいて・・・アレは会社の上司だったなあ。
太郎がメリッサを見ながら考えている。
少なくともメリッサにはそう見えた。
「さあ、メリッサ・・・答えよ。」
「あ、あの・・・その・・・その子の・・・お母さんが病気で・・・可哀想だと思って余ったパンを上げたんです。でも、それが・・・。」
「そいつにだけ渡すなんてフコーヘーだろ!」
今度は頬をひっぱたいた。
容赦はしているが態度が怖い。
「なんで俺ばっかり叩くんだよ!」
「黙れ。」
ピタッと黙った。
ついでに硬直して動かなくなった。
「その気持ちは間違っていない。困っておるモノを見て助けようとするのも良い事じゃ。だが、まあ、後は聞かなくても分かった。今度は一人にだけタダで上げるなんてズルいとか言ったんであろう?」
女の子の一人が口を開いた。
「ず、ずるくはないけど羨ましいです。」
女の子には和らいだ優しい目を向ける。
「それがどうしてこの人数で貰いに来る事に成ったのか?」
「良いんです。私が許したのです。」
メリッサの後ろから声がする。立っているのはメリッサの母親だ。
「ウソじゃな。お主は今知ったのだろうな。別にメリッサをどうにかする事は無い・・・。」
ナナハルはそう言って太郎を見る。
太郎は黙って肯いた。
「母親として娘を守りたい気持ちは分かるが、今はその時ではない。下がれ。」
僅かに半歩下がったが、どうにか留まった。身体の震えは止まらないが。
「では黙って見ておれ。」
未だ逃げる事を諦めない男の子が、隙を見て逃げだした。むろん、わざと逃げられるようにしたのだ。するとその子供は暫く走っていたが、ワザと足を止めて振り返り言い放った。
「ばーか!」
なんとも思わないナナハルは、子供達に視線を向けて質問する。
「あの小僧は何故あんなに威張っておる?」
抵抗を止めて諦めて座り込んだ男の子が返事をした。
「あいつのとーちゃん軍人で、俺のとーちゃんよりも偉いんだ。」
「では金に困っている筈なかろう。」
「お城とカジノを往復するだけで家に帰ってこないんだ。俺のとーちゃんも付き合わされてて、かーちゃんはお金が無くて・・・。」
「俺のかーちゃんは病気なんだ、早く帰らないと、パン食べないと死んじゃう!」
強く握り過ぎていてパンが少し凹んでいるが、その子供は目で強く訴えてきた。他の子供達が頷くところを見ると嘘ではないようだ。
「あいつを許したんなら俺も早く帰らせて!」
「許してはおらんぞ、あの小僧はバカだから泳いで巣に帰らせたのじゃ。」
子供達には理解が出来ないが太郎とマナはそれで理解した。
「パンを食べないと死ぬというのなら病気は何じゃ?」
「わかんない・・・わかんないけど、死んじゃうんだ。」
メリッサが悲しい表情をする。少し前までは同じ境遇だったのだから、同情してしまうのも無理はない。
「医者に見せればよい。」
「ヤブイシャのセイで高い薬を買ったのに治らなかったんだ。」
魔法が異常発達した世界では薬は必ずしも高い効果をもたらさない。魔法に頼るようになるからだ。だが、魔法では治らないモノも薬なら治せる。
俯く姿に影響されて、他の子供達も俯いてしまう。
「お主ら、言いたい事は無いのか?」
このような時に、強い心を持っているのはいつでも女性のようだ。そしてナナハル以外で最年長の女性と言えば、メリッサの母親であるミューだけだ。貧乏で生活に苦しんでいるのを知っていても、何も出来ずに自分の娘に苦労をさせていた経験から、子供達が貧乏で苦しんでいる事を知ってしまうと見逃せないのだろう。
そういう意味ではメリッサの母親らしいとも言える。
「子供に罪は無いと思います。」
「そんな事は知っておる。今わらわが知りたいのは、子供達がどのくらい苦しめられているかという事じゃ。」
この言葉は少し説明が足りない。
「子供を見れば親の程度が知れるというモノじゃ。恥ずかしい親には恥ずかしい子供しか育てられぬ。」
「分かりました、私では解決できないという事ですね。」
メリッサが母親を、マナが太郎を見て、説明を求めているようだ。
「育った環境や教育方針で子供はいくらでも変わるってことだよ。」
「じゃあ、私は太郎に育てられてるから変わったのかな?」
「んー・・・それはこれから何百年も経過しないと分からないからなあ。」
「・・・あなたはそんな事無いから。」
「太郎様たちの会話はちょっと違い過ぎます。」
「そうね。」
ナナハルが腕を組んで一同を見渡していて、恐さと優しさが半分ずつ見え隠れしているように感じた。それは太郎だけの感覚かもしれないが、メリッサの母親からは感じないので、多分、間違っていないだろう。
「僕たちのおとーさんも軍人だから、直ぐには来ないけど誰か来るかも・・・。」
それは期待まじりの発言だったが、期待が報われるように誰かの父親が現れる。
「おとーさん、こっち!」
子供に引っ張られて現れたのは、珍しく大当たりして気分良く帰宅してきた先ほどの子供の父親とその部下だった。もちろん子供達の反応を見たそう思っただけであるが。
二人の父親はナナハルを見たとたんに、恐怖で足が止まった。
「なにしてんの!」
「お主がこの子の親か?」
「そ、そうだが子供相手に何をやってるんだ?」
完全に圧力に負けたような声だったが、子供達もそこに現れた軍人も知り合いの様で、全て説明させた。子供達の境遇と、何をしたのかという事を。
説明していくうちに恥ずかしさと怒りが込み上げて来たのか、部下から軍曹と呼ばれた父親がパンを金を払わずに持って行った事を知ってナナハルに怒鳴った。
「払えばいいのだろう?!」
最悪の返答で、ナナハルに限らず、太郎とメリッサの母親も同じ気分になっただろう。そして、その感想を隠さずに言ったのがナナハルだ。
「そういう問題ではない事ぐらいわからんのか?」
「子供のした事だぞ、毎日やってるわけでもないし。」
「では改める事は無い。という事じゃな。」
「・・・生意気な事を言うな。」
「生意気じゃと?生意気というからには、お主はわらわの事を格下とでも思っているのか?」
「この場に関係ないだろう?」
「そうか、では生意気と言った覚悟は誰に教えればよいかの?」
「とーちゃんに逆らうと牢屋行きだzるっ!」
ナナハルが間髪を入れずに拳骨を入れる。
「生意気などと発言する輩は、自分が生意気でありたいからじゃ、その子も、お主のような馬鹿親もな。」
「息子に何を!」
流石に武器を持つほどでは無いと思ったのだろう。頭をおさえる子供の前に出て、胸ぐらを掴もうとした時、子供と同じように拳骨を入れられた。
もちろん手加減はしている。
と、思う。
衝撃音に驚いたメリッサと母親と、その場の女の子達が手で目を覆った。
「軍曹?!」
男が女性からの一撃で動けなくなるほどの衝撃に驚いた部下は、上司を放って子供達に駆け寄った。
「そっちは少しまともな思考が有りそうじゃな。」
「たかが子供の事でこんな事件にするつもりならこちらもそれなりに用意させてもらうぞ。」
「そうするがいい。恥をかくのはお主ではなくお主のもっと上の奴じゃろうがな。」
ここまで大事にする必要も無いと思った太郎が、ナナハルに視線を送ると、直ぐに気が付いた。調子に乗ってしまったような気恥しさで少し頬が赤くなる。
「まぁ、事情は理解できたし、本当に貧乏で困っておるのはこの場でもそちらの子達だけじゃ。あとは馬鹿親が原因じゃ。」
やっと太郎が口を挟んだ。言い方を変えれば、この場で唯一のまともな男性である。
「じゃあ、見逃しはしないけど、事情と態度を考慮するという事で良いよね?」
「まぁ・・・良しとしようか。本来なら教育的指導をしても良いのじゃが。」
「それをやったらダンダイルさんが困るからやめといてもらえる?」
「むぅ・・・太郎がそういうのなら仕方ないの。」
やっと立ち上がった軍曹は、顔が真っ赤になっていた。怒っているのか痛がっているのか、ちょっとよくわからない。
「貴様は軍人に手をあげておいてタダで済むと思うなよ!」
ナナハルは丁寧に全く同じ個所をおさえる手を払い除けた上で拳骨をサービスした。避ける事も出来ないのが不思議でならない部下が見たのは、その素早すぎる手捌きだ。それだけで只者ではない。
「軍曹が油断していたとはいえ、その手慣れた動き・・・あなたは強いな?」
「ほほう、部下の方が見込みがあるとは面白いモノよ。」
「なんだと・・・?」
「本当に貧乏が悪いと思わせる教育は感心せんがな。」
「・・・事情が有るんだ、人には人の避けられない運命が有るんだ。」
「その結果が子供に泥棒紛いの事をさせておる。貧乏になった原因が金持ちの所為だと教えるのもただの僻みじゃ。」
「う、うるさい・・・。」
「と、とーちゃん・・・もういいよ・・・。」
その時もう一度軍曹が立ち上がり、今度は手に剣を持って高い位置から振り下ろした。もちろん間合いから言えば絶対に当たらない位置で、威嚇の為だったが、ナナハルはわざと接近して素手で、しかも片手で受け止めてその剣を軽々と折った。
「完全に馬鹿じゃな。」
「さすがにこんな親にはなりたくないね。」
太郎の同意を得ると、三度拳骨を入れる。今度は地面に叩きつけられた。
「と、ととととーちゃん?!?!」
子供が父親の姿を見て泣き喚いた。絶望を通り越した時の感情で子供が出来る事はこれしかない。
「では太郎らしく一軒一軒回って解決しようとするかの。」
ナナハルは本来そのような事はしない。力で有無を言わさなければ良いだけであるが、それではこの場の解決にしかならないし、今後も同様の問題は起きるだろう。
「悪いけどこの人病院に連れてってあげて。」
太郎に言われて部下の男はやっと動いた。目の前の異常事態に何をすればよいのか分からず子供を抱き寄せていただけだ。
「わらわの経験などと偉そうなことを言ったが、わらわもただの生意気であったのう。少し自嘲しようか。」
「俺だともっと話がこじれたからナナハルで良かったと思うよ。」
「太郎にそう言ってもらえるなら満足じゃ。」
「まぁ、暇つぶしにはなったね。」
欠伸をしながら言うマナの感想は全く意味がなかった。
「じゃあ最初に病気の母親が居るって子の家に行こう。」
「え、でも・・・病気が・・・。」
「薬師に問題があると面倒なんだよなあ。」
「それは居ない事を祈ろうではないか。」
「誰に祈るの?」
ナナハルはそれには答えず、子供達に対しては姿勢を低くして一人ずつ丁寧に頭を撫でた。マナのように優しくは出来なかったが、子供達は受け入れてくれたようで、メリッサと母親に見送られて表へ向かって行く。
付いてこなかったのは、軍人の二人とその子供で、裏口の戸が閉じられたのを確認した後、軍曹の肩を持ち上げて引きずるように立ち去った。




