第210話 巨大な影
コルドーでの滞在は三日ほどで終わり、ハンハルトの部隊は国境の砦を目指す。ここからは魔物の出現が確認される地域で、なかなか手強い魔物が昼夜問わず現れる。それらを駆逐しながら移動を続け、砦に到着した時には、100名ほどの負傷者を出していた。精鋭部隊というのも恥ずかしい戦果で、負傷者を収容しきれずに、砦では余計な日数を経過させてしまっている。
「こんな状態であの村までたどり着くのか?」
グレッグの心配は当然のことで、グレッグ達以外の部隊は負傷者を出し、最低でも一人以上の負傷者を抱える事に成っているのだ。50名もの負傷者を出してしまったために行動にも制限が出てしまった部隊は、混成部隊としての統一性の無さを露呈している。
「あちこちで他人の所為にしていて、話がまとまらない。」
各部隊でのリーダー格が階級としては同じ者がいる所為で、言い合いはヒートアップするばかりだ。殴り合いの喧嘩にならないのはケガ人が居るからで、救護班の責任者が怪我をしてももう治さないと宣言した事もある。
そしてこの部隊を率いている指揮官は、負傷して救護室に居る。
「マリア様が俺に期待するトコロはココじゃないだろうから・・・。」
グレッグは考える。
仲間は自分を含めて24名だが、他のどの部隊よりも強い自信はある。しかし、強さだけでこの難局を乗り切るのであれば、どう考えてもあの村のメンバーに勝てる筈もない。と、すれば。勝つのが目的では無いと言う事は分かり切っている。自分に課せられた任務はいかにしてあの村の・・・あの村の・・・?
「どうすればいいんだ?」
ボヤくようにつぶやいた言葉は部下達の耳に入り、不思議そうな視線を向けられた。我らは調査団の、その一部の、小集団以下に過ぎない。なにが出来るというのだろうか?
敵を知っていて、その強さを一番正しく知っているのはグレッグしかいない。他の誰もが全く知らないのだ。
不安しかない先行きに、疲労感だけが積み上げられていく。
コルドーでは魔女がいなくなった後、スズキタロウについて調べた追加の調査結果を待っている。あの村の中心人物であるのは間違いなく、エルフ達も、魔王軍の兵士達も、あの男には一定の敬意を払っている事は報告にある。
「ハンハルトは今が取り入るチャンスなのだが・・・ドラゴンが現れたのは予想もしなかったしな。」
一人でブツブツと呟き、無駄に高級すぎる優雅なソファーに腰を下ろして考え込んでいる。彼ら・・・というか、彼の計画は本来持っていた筈の先代の意思はそこにない。いかに武器を使わない侵略戦争を完成させるか、魂を奪うのではなく、心を奪えば、容易に支配できると考えていて、今のコルドー自体がその体制で動いているのだから、間違ってはいないと思っている。
この国を創った理由など、今となってはどうでも良い事だった。
マリア(マチルダ)の傀儡として育てられていた彼は、無能という名に太鼓判を押されているくらいに役立たずで、魔法もたいして使えない。それでも回復魔法はなんとか使える程度で、彼がこの国の頂点で立っていられるのは、魔女のおかけなのだ。
それでも欲望や野望は有るので、この国をもっと大きくしようと考える事もある。もちろん彼の部下達に止められるので即座に侵略行為が始まる事は無いのだ。
だがその部下達も積極的に注目せざるを得ない事が起きてしまっていて、あの村の出現は魔王国、ガーデンブルク、ハンハルトの三ヶ国のバランスを壊してしまうのではないかと危惧している。
コルドー神教国は救われなかった人々の心を救うべく創られた。創った当時はそういう考えが他の何よりも優先されていた。季節は流れ、時代が変わると、建国の精神はどんどん薄れていき、それは魔女にとっては予定通りだが、彼らにとっては新しい歴史と、新しい信仰の対象である神が必要になっていた。
順調に、魔女から見ても予定通りに国は成長をしていて、今は緩やかに下降気味だが、それは各地で発生した戦争の所為であってコルドーの所為ではない。そんな彼らの前に現れたのがあの村だったのだ。前回の調査では不十分だとして、今回は共同で、それでいて兵は出し惜しみ、ガーデンブルクに小さな危機感を持たせつつ、恩を着せる為に行動に出たのだ。
「猊下。」
「どうした、入っていいぞ。」
「失礼します。」
入って来たのは8人の大司教で、この国ではトップに一番近い存在だ。入室すると彼らは総大主教の前まで来ると、その場に膝をついて頭を低くする。
「結果は?」
「ケルベロスは周辺で確認できていません。グリフォンもどこへ消えたのか不明のままです。あの化け物を意のままに操る事が可能とは思えません。」
グリフォンは鈴木太郎と同じ村に住んでいて、服従してはいるが、悪意の有るような使われ方もしていないし、無理矢理も強制も無い。彼らはグリフォンの事も鈴木太郎の事も何一つ知らないのだ。調べれば名前くらいは分かるが。
「グリフォンがいなくなったのは良かったが、魔獣が増えて管理も難しくなったあの森もどうにかしなければな。」
「左様で。」
彼らは宗教の話はしない。なぜなら宗教には決まったスケジュールが完成されていて、明日に何をやるのか話し合う必要が無い。彼らが必要なのは現在の地位をいかにして守るか、ただそれだけである。
「エルフを手駒に出来る好機が有ったとは、世の中は狭いモノだ。」
村に住む銀髪の志士が率いるエルフ達の事だ。ただの普人に従うとは思えない事から、魔王国に住む事を許されなかった事が理由であの村に滞在していると考えるのが一番自然だ。ただし、そう考えると鈴木太郎に敬意を払う理由が分からない。
「危険人物なのか、重要人物なのか、もしくは本気であの場所に国を創るつもりなのか・・・。」
そんな意思など毛の先ほどにもない太郎が聞いたら、呆れてモノも言えなくなりそうな言葉を深刻に呟いている。
「今回はガーデンブルクの結果を待つとしよう。焦りは禁物だ。」
無能でも無能なりに考え、自分に与えられた立場を利用する事を考えている。成功して国を大きくするか、現状維持にするのか、失敗して潰してしまうのか・・・、今回の件はそこまで重く受け止める必要は無いと、彼も彼の部下達も、軽く考えていた。
一方、情報が大きく広がってしまうのを少しでも防ごうと考える者が居る。大国を相手にするには小さすぎる村で、コルドーに良い思いをさせるほど甘くも無い。あくまでも噂程度に広がっていき、あの世界樹がどこの国からでも見えるくらいに大きく成れば、手を出しにくくなるというモノである。一度は燃やされた大樹が、再び成長しているという事は、ドラゴン達の失敗を意味するのだ。
「我にタローに内緒で戦えと?」
「悪い話じゃないわ。」
「タローに言えばいいだろ。どうせ世界樹がやってきて纏めて片付ける。」
「それじゃあダメなのよ。」
「意味が分からないぞ。」
「あの村が有名になって困るのは誰?」
「・・・確かに嫌がるのは分かる。でも、タローに内緒というのが気に入らない。」
「村は守らなければならない。そして、アナタはコルドーに知られている存在。隠す必要はないでしょ?」
「村を隠したいというお前の真意の方が知りたいぞ。」
マチルダはグリフォンに背を向ける。
何故か頬が赤くなっていたのは知られたくない事実だ。
「・・・あの村が詳しく知られてしまうには早すぎるのよ。ダンダイルに報せれば戦争になる。太郎に報せれば、ドラゴンと世界樹がやってくる。姉に報せればコルドーが滅ぶかもしれない。」
この発言の半分は嘘である。
「我なら穏便に済ませられると。」
「むしろあなたが一番適役なの、分かるでしょ。」
しばらく考え込んだが、魔女に利用されるという気分は拭えず、それでも言っている事に間違いはなさそうな気もする。村が平和なのは知っている者が少ないからだ。天使と魔女と魔王とドラゴンがやってくる村が平和でいられるのは太郎のおかげだ。
「正直言うと姉さんにはもうバレている筈なんだけど、何もしないから・・・。」
「あいつ恐い。」
「違う理由で私も怖いわ。」
そして決断した。
「分かった。出来る限り大きく暴れつつも被害は小さく、だな?」
「それなら説明も受け入れてもらいやすいのよ、特にあの男はね。」
太郎の事をあの男呼ばわりする魔女に不快感は有るが、グリフォンにとっての魔女が嫌いなのと似ている。とにかく、初対面のイメージが悪いのだ。
「コルドーはホントに迷惑な奴らだ、お前でも滅ぼせるだろ?」
「あなただって出来たでしょ?」
「建国当時ならな。今は無理だ。」
こうしてマチルダの計画は進んだ。
調査団は数日の滞在を余儀なくされたが、それでも予定の変更はなく、砦を立ち深い森へ入った。そこからは不安でいっぱいの兵士達は、積み上げられた疲労と魔物との戦闘で予定通り進めずにいた。食料の備蓄が予定より早くなくなっている事も問題視され、調査団の内部調査をしようと決定した日に事件は起きた。
「なんだあの巨大な影は?!」
気が付いたのは一人だけではなく、ほぼ全員が見上げた所にその姿は突然現れた。
「あれは・・・グリフォン?!」
周囲の大地が揺れ、グリフォンが近づくと木々が音を立てて倒れる。ついにやってきた絶望に、兵士達は雲の子を散らすように逃げだした。もはや統制など何もなく、逃げ惑う者達をどうにかまとめようと奔走したのはグレッグ達だった。
声をかけ、腕を引っ張り、逃げ惑う者達を拾い集めつつ後退し、数百名ほどをどうにか集めたが、ここからは何も知らない同士の、何もわからない戦いが始まる。
それはグレッグとグリフォンの徒労しかない共同作業だった。




