第209話 マリアとグレッグ (6)
緊急招集の指示を受けたのは、朝日が昇り切る前の薄暗い青空が見える頃だった。マチルダは、こちらではマリアと名乗っており、どこに行ってもあの村以外ではマリアと呼ばれる方が普通だ。
ドアがノックされて、声が聞こえる。
不在を確認するとそのまま出て行ったようにも思えるが、普通は寝ていると思うのではないかと、そちらの方を気にしてもらいたい時刻である。
「なんなのよ・・・。」
少々不機嫌にマチルダは執務室へ行くと、デスクの上に封筒がある事に気が付いた。
当然のように中身を確認して、驚く声が音とならないほど驚いた。
「どうしてこんな事が?」
読み終えた命令書を丸めてからゴミ箱に投げ棄てると、考えながらも軍服を着るのは久しぶりのような気もする。
袖を通して身なりを整えると、朝礼の時刻にはまだ少し時間がある。ギルドに足早で向かい、まだ人の少ないカウンターで簡単な手続きをする。
彼女は瞬間移動で確認すればすぐに済む話だが、そんな事をしては魔力が枯渇して動けなくなってしまう。面倒でもまだまだギルドは利用価値が有るのだ。
「キンダースに情報が有ればいいのだけど・・・。」
商人にとって情報も商品と同価値を持つ。それは戦争だったり、犯罪者の情報だったり、人捜し、財宝の噂、などなど、多岐にわたる。だが、今回の件はいきなりの事だった所為もあり、情報が少ない。
コルドーが自分を裏切るとも思えない事から、どこから出兵の話が湧いて出たのか、その起因となる事柄を知りたいのだ。
部下達との朝礼を終えたマチルダは、再びギルドを訪れている。一番欲しいのはコルドーの情報だが、直接赴けば簡単に手に入るであろう情報も、ガーデンブルク内では手に入れる事が出来ない。
「お待たせいたしました、こちらが返信です。」
ギルド員から受け取った紙を見ると、キンダースの署名がある。余程慌てたのだろうか、字体が崩れていた。
[コルドー内で鈴木太郎に対する恨みアリ]
それだけしか書かれていない。
この情報を基に推察するのなら、コルドーからガーデンブルクに対して兵を出すように依頼が出されたという事になる。国境の兵士達は確かに恨みも有るだろうし、直接戦って死んだ者もいる。
「私に報せず勝手にやるくらいだから・・・。」
マチルダは自分の力が及ばなくなった時のコルドーをどうするか、建国の手伝いはしたが、いつもあの国に居た訳では無いから、知らない者の方が多いし、建国の頃に見知った者達の約半数以上は寿命で死んでいる。生きていても老人ばかりだ。
「そうだわ・・・私は行けなくてもグレッグなら良いわね。」
グレッグが勇者なのは秘密としている。知っている者達も少しいるが、ガーデンブルク迄その声は届かない。そして、鍛えただけの成長も見込めるから、イザという時は・・・。
思考を進めて重い溜息を吐く。
「なんで私がこんな事を考えなきゃいけないのかしら。」
そのグレッグはメンバーの選出に自分を入れておらず、自分はマリアと共にいるべきだと考えていた。むしろその方が自然なのであり、秘書でもあり、副官でもあるグレッグの立場は、まだ地歩を固めようとする段階なのだ。強さは有っても実績が無く、マリアの一存でその立場にいるだけなのだから。
急ぎ足で帰ってきたマチルダが執務室に入ると、グレッグはメンバーの選出を済ませていて、作成された書類はデスクに置いてある。
「早いわね。」
書類を手に取るなり、一枚を破り捨てて新たに紙を手渡す。
「ダメでしたか?」
「あなたの名前が無いから一人外したのよ。」
「しかし、マリア様のお役に立つ為ならここにいた方が・・・。」
「それはそうかもしれないわね、でもあなたはあの村を知っているでしょう?」
無言でうなずく。
「だからこそ、アナタじゃないと頼めないのよ。」
「そう言うことでしたら。」
今度はマチルダが頷く。
「早速だけど装備品は私が用意するわ。」
「軍指定の装備ではなく?」
「インナーの方よ。こんな安装備じゃあの村に着く前にボロボロになるわ。」
執務室を言いながら出ていくのでグレッグが後ろを付いていく。むかったのは装備品保管庫で、マリア部隊専用のアイテムが置いてある。
「外見を良い物に替えてしまうと、他の部隊より目立つから、出来る限り細かいところをね。」
「なるほど。」
部屋の奥に隠すように置かれた箱の中から見た事の無いモノが出てくる。これらはマチルダが集めはしたが使えなかったり不要だったりするモノで、魔力を帯びた特殊アイテムも含まれている。
「これって高級品なのでは?」
「使わなければガラクタと一緒よ。」
そう言って人数分の防具を用意する。一人で持つには無理が有るので、選出した部下達に来てもらい、配る事にした。配られた兵士達は望外の幸運を得たようなモノで、感激しているのだが、マチルダはそこまでの高級品を渡したつもりはない。
「喜ぶのは良いけど、大切にし過ぎないでちゃんと着るのよ?」
兵士達は狭い部屋で整列して敬礼した。
出発の日。
総勢1024名の精鋭部隊が合流した。
精鋭とは言っているが、特に強い兵士達だけが集められたという訳では無い。各部隊の中では強い部類に入る、といった具合で、平均すると強さはバラバラだ。
これがこの国の現状を表していると言っても過言ではなく、マチルダが率いている部隊はかなり強いが、最精鋭と言われる近衛兵からは一人もきていない。
指揮官に選ばれたのも、将官ではなく、その副官と言われる立場の者だ。この遠征に一体何の意味があるのか、小一時間、問い詰めたくなる。
「マリア様、行ってきます。」
グレッグがマリアの傍から離れるのは初めてのことではないが、遠征から帰還までの予定期間は二か月ほど。コルドーに寄ってから国境の砦に向かい、そこから森と山を通過して村に向かう。
これはコルドーの兵士達が作成した地図を基に決められたルートで、遠征する切っ掛けを作ったモノでもある。そのコルドーまでは徒歩で向かうので、歩くだけで暇な兵士達は噂話が絶える事無く続く。
「あんた達が新部隊か。」
「そうだが、何か用か?」
「副官のアンタも若いが、アンタんとこの司令官は美人で若い。あーゆーのが上司なら俺達もやる気が出るんだけどなあ。」
「あー、一番年寄りの司令官だったか?」
「そーだよ、あんな爺のトコロで働いてて毎日訓練ばかりだ。やる気なんて、なにもかもなくなるぞ。」
「まあ、気持ちは分からんでもないが、どうにもならん事だろ。」
「そりゃーな。先頭を歩いてる部隊の所は400人も出してきたのに、俺達んトコロは64人だ。」
「という事は、あの部隊が今回の作戦指揮をするのか?」
「そうだと思うが、今回の遠征は村に居る魔王軍の討伐が目的らしいって話だ。」
「ホントか?」
「ホントかって言われると、俺も他の奴から聞いただけだしな。」
その話をもう少し前の方で聞いていたらしい男が、隊列を崩してゆっくりと近付いてきた。それも、進行方向に向かって歩きながら歩調を緩めて。
「その話、俺も聞いたが、魔王軍がコルドーに攻め込む準備をしているという話と関係ありそうだな。」
グレッグはそんな話を知らない。勿論あの村に関してそんな情報も無ければ、攻めようとしている雰囲気どころか、あの村から攻めるのは逆に大変ではないかと思う。
「コルドーの調査隊が全滅寸前になったらしいしな。」
それは不十分な装備で遠征を行った所為で、村に責任は無いが、そんな事を彼らは知らないし、知ろうという努力もしない。噂話に尾びれと背びれが付いて、おもしろく、おかしく、そして深刻になり過ぎなければそれでいい。
「魔王軍が別ルートでの侵攻を可能にしたら、俺達の国は守り切れるのかな?」
「コルドーが手伝ってくれるだろ。あいつらは神聖な場所を守る為なら惜しむ事は無いという変人揃いだからな。」
「それはそれは・・・、だがこれで俺達が向かう事に成ったというなら、片道切符を渡されたのと変わらないじゃないか。」
「コルドーから強くお願いされたという話はうちの司令官がぼやいていたぞ。」
また別の部隊の兵士が近寄ってきた。
隊列が崩れるので周囲を確認して位置を入れ替える。見た目だけ綺麗に並んで歩けば、上官の目も誤魔化せる。どうせ目の届かない後方の位置に居るのだから。
その後も真偽不明の話は続き、道中での噂話と野営を繰り返し、隣国の領地に入るまで続いた。
「さて、理由は教えてもらえるかしら?」
神域と呼ばれる、特定の人物以外は固く入室を禁じている場所に二人はいる。
「それはマリア様の為でもあります。」
「私の為?」
「はい、あの村に調査に行った者の報告では、村は確かに在ったが魔物に襲われたと。それは少しおかしいと思いまして調べました。」
「あなたが?」
「いえ、調べさせました。これでも魔王国にスパイがいますので。」
「それで?」
「あの村に多くの兵士が関わっている事が解りまして、商人のフリをしてあの村に入ったそうです。」
今度は睨んだまま続きを待っている。
いつも以上に厳しい表情なので、コルドー5世の額に汗が溜まる。
「結果は大変な事でした。エルフが滞在しているという事で、あの村はもう一度正面から見る必要があると感じたのです。」
一部のエルフが魔王国内に入ったというニュースは知っている。それを表面だけ見れば、エルフと魔王国が結託する可能性も否定できない。そして、それは一般人が想像するレベルの低俗な内容であり、今でも魔王国内では噂として残っている。噂は噂で終わるのが普通であるが・・・。
「まあ、否定はしないわ。でも、あの村に手を出すのは無駄よ。」
「今回はガーデンブルクにも要請を出しています。」
「なるほどね。」
理由は分かったとしても、もう止められない所まで来ている。もうすぐやっくるハンハルトの精鋭部隊が、コルドーに一時的に滞在する。そして、その中に居るグレッグに期待するところ大だ。
今回は直接手を下すワケにはいかず、マリアとしての立場も、あの村でのマチルダとしての立場も決断力と決定打に問題があり過ぎる。
コルドーには少し自嘲させることにして、これからどうするかをマチルダはぼんやりと考えるのだった。
「一つお聞きしたいのですが。」
「なにかしら?」
「スズキタロウとは何者ですか?」
「さて、誰かしらね?」




