第205話 敵は遠くにあり
太郎達はそのまま城に招かれたのではなく、一旦、城の近くにある迎賓館に泊めてもらう事になった。
フレアリスとマギとジェームスは自分の家が有るので来ていないが、太郎達一行は魔女も含めて広いロビーのソファーでゆったりとしている。
何もしていなくても、お菓子やら飲み物やら、次々とウエイターが持ってくるので、子供達とマナがはしゃいでいる。遠慮しているように見えるエカテリーナに、子供達の面倒を頼むと伝えると、嬉しそうに子供達に付き合い、一緒にお菓子を食べている。
村では特別しっかりしていると言われているエカテリーナも、まだまだ子供なのだ。
「ポチは何もしていなかったのに疲れた顔をしてるね?」
「ずっと引っ付かれる身にもなってくれ・・・。」
「太郎さんは私とずっと引っ付きたいですよねー?」
「え、あ、うん。」
スーは偶に脈絡も躊躇いも無く誘惑して来るんだけど、溜まってるのかな?
「溜まってますよー?」
心を読まれた?!
「表情に出過ぎですよー?」
「ま、まぁ・・・美人に抱き付かれたら嫌な事は無いけどね。」
「ですよねー、ですよねー。」
とても嬉しそうだ。
「そういや、ナナハルは?」
「ここにおるぞ。」
声だけ聞こえる。
「自慢だが、一部では神に匹敵するとまで言われ、信仰の対象にもなった事がある。それがウロウロとしていると面倒な事があるんでな。」
自慢なんだ・・・。
「まあ、この世界って言うか、この星には神様は一人だけみたいだけどね。」
「ほし?」
「空も大地も海も、全てを含めたモノがこの星なんだけど・・・そうか、意外と説明しにくいなあ。」
太郎が天井を見上げて悩み始めると、兵士を引き連れた男が現れた。
さっきの国王様だ。
「またせたな。」
「いえいえ。」
兵士達にじろっと睨まれた。
言葉使いかな?
いちいち面倒な言葉使いたくないんだけどなあ。
「お前の事はジェームスから聞いている。何かとんでもない男という事もな。」
「いや、それほどでもないですけど。」
「それほどもあるわよ!」
いつの間にかマナが頭の上に居る。
子供達も集まって来た。
「中が見えるからせめて肩に乗ってくれないかな。」
「しょうがないわねぇ。」
渋々太郎の肩に座ると、国王に向かって言い放った。
「頼み事をするつもりならよく考えてからにしてね。」
「なんだ、この子娘は・・・?!」
と言った男がその場に崩れるように倒れた。
他の兵士が助け起こすが口から泡を吹いている。
「死んでないわよ。」
「今回のマナは過激だね?」
「戦争なんてバカが考える事だから、太郎を巻き込むなら覚悟してもらわないと。」
「うーん、それを言われると巻き込んだのは俺達の方が先だったからなあ・・・。」
太郎とマナの会話に、いつまでも国王を無視しているような態度にしびれを切らした他の兵士が叫ぶ。
「貴様等、国王の前で何を暢気にしているか!」
「えぇ・・・呼ばれたから来ただけなんだけど。無礼だと思うなら追い出してくれて構わないよ。」
太郎の返事に気を悪くするでもなく、国王が兵士を止めた。
「やめろ。」
「し、しかし・・・。」
「いいからやめろ、お前達が束になっても勝てない相手だぞ。その、小娘と言う相手は特にな。」
何故か少し頬が赤くなるマナ。
「小娘って言われるとちょっと照れるのよね。」
「なんでだ。」
「なんか、小娘って可愛らしくない?」
「どこでそんな歪んだ知識を・・・俺の所為じゃないよな?」
「太郎の持ってた本の所為よ。」
「・・・。」
国王が困った顔で二人を見るので、気が付いた太郎が向きを戻す。
「あ、いえいえ、なんでも無いです。それで、ご用件は何でしょう?」
その態度にも兵士達は不満のようだが、あえて無視する。
「単刀直入に言う。我々には戦う力が無い。兵器も兵士も少ない。準備はしているが今戦えば確実に負ける。」
フレアリスの家でも話していた事なので知っている。
「ジェームスによると、とんでもない魔法を使うと聞いているが、どうなんだ?」
「とんでもないかどうかは知りませんが、城を水没させるぐらいの水は出せるかな・・・?」
後ろの兵士達が驚いている。本当にそんな事が出来るのなら魔女クラスだという声まで聞こえた。当然のようにホラだと言う者もいる。
「それが可能ならば、直接戦う必要はない。相手の船を出港できないようにしてくれればいい。」
「あー、それは俺も考えたんだけど、出来るのかな・・・。」
太郎は頭の中で考える。
船が出れない状況と言えば天候が荒れる事だ。
だが、それだと天候が改善すれば出港するだろう。
それに、寄港中の船にもダメージが出る可能性がある。
それならば直接軍艦だけを破壊してしまう方法もある。
ピンポイントで攻撃するにはそれなりに接近しなければならないが、とりあえず見える範囲なら攻撃は可能かもしれない。
太郎が使用する魔法の有効範囲がどのくらいなのか、試した事は無いが・・・。
「やるからには人に被害は出したくはないしなあ。」
「死傷者が出るのは普通だろう。」
「目の前で人が死ぬのは、ある意味トラウマなんですよ。」
「ほう、直接人を殺した経験があrっイテ!」
国王が喋っている途中で強制的に中断させられたが、それがどこから邪魔されたのか分からない。周りの兵士も戸惑っているだけで何も出来ないようだ。
誰が叩いたのか、確認する必要も無い太郎は重い溜息を吐いた。
「戦争だから仕方が無いですけどね・・・。」
戦争を止める為にも争わなくてはならない。
そもそも、話し合いで解決するという事はしないのだろうか?
「交渉の余地はないんですか?」
「元々貿易相手であり戦争もしていたから、関係としては無茶苦茶だな。」
「戦争相手と貿易するって言う意味が分からないですが。」
「貿易の申し出は向こうからだ。」
「もっと何を考えているか分からない国だなぁ。」
「昔から変な国だったんだ。それだけに今回攻めて来る理由がまるで分らない。とは言っても、特に休戦協定を結んでいる訳でもない。」
「・・・そっか、シードラゴン。」
「それも理由の一つだろう。」
「他に何か?」
「最近戦争が出来なかったから憂さ晴らしじゃないかな。」
国王としてその発言で良いのだろうか?
「もっとも、今までも本気で滅亡させようとした事は無い。勝つことが目的と言うより、自分達は強いという証明をしたいだけなんだろう。」
「それで国として保っていられるのも凄いですね。」
「なんというか、結束力は凄いんだ。犬獣人というのも有るんだろうが、皇帝にしても強さは並の冒険者とは格が違う。」
「強さを保持するという意味では太郎さんも見習ってほしい所ですねー。」
「戦って勝つ事だけが強さじゃないから。」
そう言った太郎の言葉は、特に誰かに聞かせたかった訳でもなく、言われたから言い返した程度の事だったが、国王はそうではなかった。
「なるほどな、ジェームスが高く評価する理由はそういうところか。」
「え?」
「強さにも色々あるという事は知っているが、それを実践できた事は無い。むしろ武器にもならない言葉の攻撃など殴られて終わるだけだ。それでもそう言える何かが有るんだよな?」
「戦わなくても強い事が証明できる状態なら、それで良いんじゃないですか。」
「それが出来たら苦労はせん。」
それはその通りだと太郎も同意する。
「強くなくても戦いは回避したい。強さの証明など、どうでもいい。」
「国王様、そこまで言わなくても。」
兵士の一人が口を挟んできたので、今まで温厚だった国王が振り向いてその兵士を睨む。弱い訳でもなく、強い訳でもない国王の睨みで引き下がるのは、それが国王とその部下という立場だからで、これがお手本となるような、睨むだけで戦争を終わらせたいものである。
「返事はいつでもいいが、敵が攻めてくる前には欲しいところだ。あと、食事とベッドも用意してある。好きなだけ食べて、好きなだけ休むと良い。」
「わーい、ありがとっ!」
マナが一番喜んでいる理由は、寝室のベッドがすごく巨大で、綺麗で、フカフカで、村とは全然違ったところに感動しているのだ。
食事をする必要のないマナはポチを連れてさっさと寝室に行ってしまうが、去り際に太郎へのウインクはしっかり残していく。
「・・・なんか、お前って違うところで大変なんだな。」
「間違った理解を示されても、誤解と言われる事は思い出してください。」
「あ、あぁ・・・変わった事を言う奴だ。」
国王は兵士達を連れて帰ろうとしたが、国王を含む兵士達全員が何故か一度ずつ転んだのは、この会話の一部始終を聞いて少しイライラした者の仕業だ。
背中を見送って、国王達の姿が見えなくなると、真横に現れる。
「面倒な連中じゃの。」
「その連中を一人残らず転ばせるのも面倒じゃないの?」
「同じ相談をわらわに直接持ってきておったら全員吹飛ばしているところじゃ。」
「そっか、吹き飛ばすか・・・。」
「なんか思い付いたのか?」
「うーん、魔法って便利過ぎるなあってね。」
「便利も何も、楽をする為に考えられたのが魔法じゃぞ。」
「科学も魔法学も変わらないってことね。」
「それだけの魔法が使えて楽をしないのも太郎の良いところだと思うが・・・。」
「俺の場合は使えないだけだよ。」
「魔法も勉強するのじゃ。」
「えー・・・。」
その後の太郎は少しだけ魔法の話をナナハルとし、少しだけ剣術の話をスーとしただけで、子供達と広い建物の中でかくれんぼをして遊んだ。
本気で隠れる子供達を本気で見付けだす太郎の動きに、スーとナナハルは感心していたが、これが剣術と魔法の修業の代わりにしているだろうという予想は当たっていた。
子供達が疲れて寝た後に、太郎が複数人に襲われたのは言うまでもない。
早朝に広い謁見の間で行われている御前会議は、会議という形式ではあるが、皇帝の演説の場でもあった。
「時は来たり。海の向こうの国に、いつまでものほほんと暮らせているのは誰のおかげなのかを示し、もって我が国の強さを多くの国民に再認識してもらう良い機会だ。シードラゴンがいなくなった後にドラゴンが現れるなどという事件も有ったが、我々もドラゴンとの関係は悪くない。」
事実が少し曲がって伝えられている事は知らない。
ドラゴンとハンハルトの関係はゼロに近く、城の一部が崩壊した事も、たいした事は無いという事になっている。
「全ては戦って勝つ事で解決する。」
鬼人国との戦いが休戦状態となって50年以上経過している。戦えなくなった事で国民の不満が募っていて、軍人も訓練ばかりでは飽きてしまう。
戦う事の準備は商人達に任せ、勝つ事で利益を上げるという、野蛮を通り越したような国であるのに、国としての体裁は保ち、国として維持しているのは、元々の国民精神が戦闘好きなのである。
「我が国は負けた事が無い。負けを認めないのではなく、勝ち続けているからだ。」
勿論嘘である。
休戦状態になるまで戦って、負けなければ引き分けというのだが、引き分けとは言わず休戦と言っている。
この国がいつまでも戦っていられるのは膨大な資源と、優秀な商人達のおかげで、商人達が貿易を行っている時は、商人達が戦っているのだという。
そしてそれ以上に、勝てない戦いはしないのだ。
「ハンハルトが敵になる日は近い。」
常に敵ではなく、戦っている時だけ敵という認識も、この国の特徴だろう。
「各自準備は怠るなよ!」
謁見の間に集まった200人程の兵士達が、皇帝の声に応じ、全員が手を挙げて声を上げた。
彼らにとっての、心と身体の充足感を得るための戦いは始まったのだ。
狙われたハンハルトにとってはただ単に迷惑なだけだった。
久しぶりの追加情報
■:ジョニス・ド・ハンハルト
犬獣人で4つ耳
ハンハルトの現国王で、直系とは親戚関係
前国王の兄が死んだ為に、その場しのぎに似たような条件で国王に成った
若い頃から身分を偽ってギルド近くの酒場に行く癖が有り、そこでジェームスと知り合っている
国王としての能力は中の下くらい
鬼人族のフレアリスの事はあまり好きではない
■:アーサー・ルー・ド・ボルドルト
狼獣人
六代目のボルドルト皇帝
初代から戦争をして生き抜いてきた国
狼獣人が多い国で国民も血の気が多い者が多い




