第204話 緊急事態?
フレアリスの家で、採ってきた海藻と蟹を調理する為にキッチンで作業する。以前と比べると綺麗になっていて、更に少し拡張している。鍋釜も新しいのが置いてあるが、何故か柄が曲がっている。
「使い難くない?これ・・・。」
「ああ、ちょっと手加減が難しくてつい力が入ってしまうのよ。それでさっきあの娘から聞いたんだけど、鍋釜売ってるんだって?」
「あー、今も持ってますよ、予備も袋に入れてあるんで。」
「頑丈?」
「少し重くても良いんならガッチリとした中華鍋が良いカモ。」
「チューカナベ?」
「これです。」
太郎が袋から出したのは、エカテリーナでは片手では扱えないほど大きな中華鍋で、当然だがこの世界に中華なんて言葉は存在しない。
「良いわね、それ。」
受け取ったフレアリスは軽々と持ち上げているが、ハッキリ言うと金属製の大楯より少し軽いぐらいだ。
「暢気なもんだな、ハンハルトが戦地になるかもしれないって時に。」
ジェームスが不機嫌なのは当然だろう。
「腹が減っていると良い考えも出ませんよ。」
「死んだら二度と腹が減らなくなるぞ?」
苛立ちを覚えるジェームスにマチルダが流すように言う。
「そんなに心配しなくても、国王には報告してあるわ。」
「は?」
「キンダース商会に城から内密で依頼が来てたって話は知ってる?」
「あ、ああ。」
「へー、アナタ将軍でもないのに機密を知ってるって凄いわね?」
「そんなくだらん事で俺を試さなくていい、結果を教えてくれ。」
マチルダとマリアが同時にくすっと笑う。
やっぱりこいつらは魔女なんだ。
眉間に無駄な力が入ってしまうジェームスは、この中で一番の常識人だろう。
「・・・まぁ、いいわ。簡潔に言えばいつでも攻めてこれる状態のようね。」
「なんだよ・・・ヤバいとか言うどころじゃないじゃないか!」
「そのようね。」
「お前らなんでそんなに余裕なんだ?!」
「だって、現実的にココへ上陸するまでに何日かかると思ってるの?」
冷静に考えればジェームスなら理解できる。
「快速船でも十日は必要だから・・・天候を考えれば・・・確かに慌てる必要も無い訳か。」
「・・・そうね。」
ジェームスは少し落ち着きを取り戻したようだ。
「それに、自分達の国民を危険に晒して反感を買うような事はしない筈だから、今の商船が岐路に立つ時が出撃日になるんじゃない?」
「それは何となく解るが、そんなに急ぐ必要なのは、一体何なんだ?」
「ハンハルトが今一番弱っていて、一番沢山の商品を抱えていて、一番兵士が動き辛い時期だからでしょ。」
「開港に合わせて向こうは着々と準備していた訳か。」
「シードラゴンが居なくなるのをずっと待っていたんでしょうね。」
「なるほどなあ・・・。」
魔女とジェームスが会話している間に、太郎とスーとエカテリーナが料理をしていて、使い道の分からない海藻については、太郎が処理している。なんとも見事なスープが出来たのだが、味見をする子供達がゴクゴクと飲んでいて、無くなりそうになったのは内緒だ。
「二度手間になったなあ。」
「たろうちゃ~ん?」
「なんです?」
「さっきの・・・貝から聞いたって話、教えてくれる~?」
「あー・・・シードラゴンが子育てしてたってところから話した方が良いのかな?」
「シードラゴンの子供って見た事ないわ。」
「ないわね~。」
「有る訳ないだろ。」
「そうね。」
「むしろ、貝って喋れたの?」
「ワルジャウ語は理解できるみたいなんだけど、喋る事は出来ないかも。独自の言語が有るみたいで、その言葉を話してました。」
「甲殻類の言葉って有ったのね・・・。」
魔女も吃驚の事実だったらしい。
「加護の所為でどんな言葉なのか分からないのも不便なのよね。」
「分かったら解読できるんです?」
「むーりー。」
「無理だから言語加護の研究もしたかったんだけどね・・・。」
「言語加護にもいろいろあってねー。」
「加護なんてどうでも良いから、その貝の話を聞かせてくれ。」
ジェームスは少しセッカチになっている。
「あ、はい。戦争が始まるって、他の仲間から聞いたと言っていたんで、確証はないんですけど、それが理由で小島の方に逃げるって言ってましたね。」
「小島ってどこ・・・あぁ、あの漁村か。」
「殆ど漁はしてないんじゃなかったの?」
もう一人知っている様子のフレアリスが問う。
「海の危険が多過ぎるから近海で済ましてるって話くらいしか知らないな。俺も一度しか行った事は無いし、周囲には何もない海の孤島だからな。」
「へー・・・。」
もしかして、そんな所が有るんなら最初にこの世界に来た時にそういう土地に飛ばされた可能性もあるのか・・・な?
「それで、その話は終わりか?」
「そーです、パールを貰って逃がしました。食べられたくはないそうです。」
「そりゃぁ、な。しかし、戦争になるのを知って海の生物も逃げるんだな。」
「貝なんて殻が有るから平気そうなんですけどね。」
「殻が壊れたら危険だからだろうな。しかし、ここはなんとも気が抜ける。」
それは子供達がフレアリスと一緒に運んできたスープの香りに空腹が負けたからである。マナが近くに居ると落ち着くという特性が有るのだが、効果が無い者もいるので、それだけではない何かが有るのだろう。
特にこの場の雰囲気は独特で、空気も時間もゆったりとし過ぎていて、まるで平和そのものに感じてしまうからだ。
「蟹が具のスープなんて贅沢だな。」
「贅沢なんだ?」
海が近いから当たり前に食べるような気がしていた太郎である。
「だいたい蟹が強くて普通の漁師は獲りたがらないからな。」
「じゃあ、実は意外な高級品?」
「そうね。」
エカテリーナが、以前とは比べ物にならない綺麗なテーブルを囲んで食事の準備をし、子供達がワクワクしながら待っている。
さっきもあれだけ食べて飲んでまだ食べるつもりらしい。
「良い匂いね。」
「そうね~。」
食事となればそこに序列はない。唯一マナと太郎は最初の頃から完全に無視しているが、だんだんと浸透しているのか、殆どが太郎の前では気にする事なく食事をするようになっていた。
むしろそうでないと太郎が気になって仕方が無いのだ。
自分の為に目の前の食事を我慢しているなどと言われては気分のいいモノではない。
「まあ、気にしないでどんどん食べて。」
太郎が言うのだから問題はない。
子供達は遠慮なく食べ始め、いつも通りに配膳でバタバタするのはエカテリーナだ。エカテリーナの場合はそれが仕事ではなく使命だと思っているので、逆に邪魔してはいけない。そういう感覚がみんなに根付いているのだから。
「おーい、ジェームスはいるか?」
外から声がする。
「あー・・・酒場に行くつもりの時間だったの忘れてた。」
「誰が来たの?」
「国王だ。」
「は?!」
返事を待つ事も無く力強く扉が開かれたが、中に居る者達の姿を見て硬直していた。そして扉は招き入れられるより前に閉まってしまった。
「あの子は何しに来たのー?」
魔王だろうが国王だろうが、子供扱いなのは変わらない。
「面倒なヤツだな、入ってくればいいのに。」
椅子から立ち上がりドアを開くと、そこには呆然と立ち尽くした国王が立っていた。
「すまん、ちょっと長居しててな。」
「あ、ああ、あああ・・・。」
腕をゆっくり挙げ、真っ直ぐに伸びきらない指で、国王は室内を示す。
「ここは魔界か?」
「あのな、俺もいるんだぞ。」
「こ、恐くはないのか?」
「・・・太郎君が居るから大丈夫だ。」
「タロークン?」
国王は太郎と面識はない。
もちろん魔女達とも直接面識はないが、顔は知っている。
勇者であるマギもそこに居るし、フレアリスなんかは蟹を甲羅ごと食べていた。
それ美味しいの?
ナカナカ中に入ってこない事にしびれを切らして、ジェームスが腕を引っ張って、元々自分が座っていた椅子に座らせる。気を利かせたエカテリーナが、まだ十分に温かいスープを目の前に差し出す。
普通ならいきなり飲んだりはしないが、周囲の異常性の中に唯一の正常感に満ち溢れた飲物に心を奪われて、一気に飲み干すと、深過ぎる息を吐き出して一言。
「美味い。」
「お口に合って良かったです。」
エカテリーナがホッとしたように笑顔を見せると、いつの間にか移動したマナがテーブルの下から覗き込む。
「偉そうには見えないわね。」
「実力で国王に成った訳じゃないからね。」
マチルダが皮肉を込めて言うが、その皮肉は通じなかった。
むしろ、目の前に居る原因のおかげでもあるし、やりたいと思ったくせに、いざやってみたら辞めたいと思う始末だ。
「それより、これは、いったい、どういう状況なんだ?」
口の中に絡んではなれない海藻が、喋りにくくさせているようだ。
「特に理由もなく集まっただけなんですけど。」
「理由が無くて魔女が二人もいてたまるか!」
視線を落とすと、足元に居る女の子と目が合う。
「この子は?」
「世界樹様よ。」
世界樹という名前を知らない筈も無いし、その世界樹の所為でとんでもない目にあっている事は記憶から消す事は無いだろう。
「小物ね。」
「大物に成れないことぐらい知っている。」
「しょーがないわねー。」
テーブルの下から出てくると、ふわっと浮かび上がり、その国王の頭を撫でる。
「よーしよし。」
「俺は子供じゃ・・・。」
と、抵抗しようとしていたが、直ぐに止まった。
「・・・。」
「何やってるの?」
「世界樹様の包容力に包まれて何も出来ないのさ。」
「あら、そう。」
フレアリスは興味を再び蟹に向けた。
撫でられている国王の周りには子供達が興味深げに見ている。
こんな国王で大丈夫か?
「あ、うん。・・・ゴホン!」
「だいぶ困っているようね~。」
「そんな事より、状況は聞いた。こんなトコロでのんびりして良い時じゃないぞ?」
「そうは言うが、船だってないだろ?」
「今急いで完成させている。」
「あと何日で完成するんだ?」
「7日で10隻だ。」
「砲門は?」
「岸壁にある防衛用の大砲を外して船に積む予定だ。」
「作業日数は?」
「運ぶだけで済むから1日あれば。」
魔女の二人はすまし顔でスープを飲んでいる。会話は誰にでも聞こえる程度の声量で、聞こえていてもつまらなさそうにしているフレアリスとは違う。
「ギリギリ出港に間に合うかどうかだな。商船が引き上げるのはいつだ?」
「商船か?・・・三日後にはすべて帰るが・・・なるほど、そういう事か。」
国王も気が付いたようだ。
「迎撃するまでには間に合いそうだが、兵士の練度が圧倒的に足りない。出れば必ず負けるが出ない訳にもいかない。こんなに結果が分かり切っているのにもかかわらず、戦う準備をし、兵士を送り出し、全滅させねばならんのか。」
「勝てる策はないのか?将軍がいるだろ。」
「魔法攻撃が届くほど接近が出来れば混戦によって好機は有るかもしれないが、相手の大砲を防ぐ手段はない。と言うのが将軍達の出した答えだ。」
「役に立たない将軍連中だな。」
「そう言うのならジェームスが何かやってくれないのか?」
「・・・。」
ジェームスに確実な作戦はない。しかし、海上をものともせず、常に宙に浮いていられて、長距離射程能力を持った魔法を使える者がココに居るのだ。
「・・・太郎君、何とかならないか?」
突然呼ばれて、スープを鼻から噴き出した。
咽て咳を何度か繰り返した後、スーから受け取ったマナの為に用意していた布を受け取って、口の周りを拭いてから応じた。
「何とかって・・・戦争はしたくないですけど?」
「なら戦争が始まる前に戦争を出来ないようにしてくれればいい。」
「あんた、太郎の魔法を利用するつもりでしょ?」
そう言いながら何故か国王の頭をペチペチと叩くのはマナ以外できない行動だ。
今まで存在をうまく消していたナナハルが、国王の頭を叩いているマナを持ち上げて太郎に手渡した。
「都合の良い事を言う連中だな。」
凄い威圧感でジェームスと国王を睨む。
もちろん太郎とマナの所為で威圧は殆ど効果は無いが、僅かに感じる異様な感覚に鳥肌が立つ。
「お、おい、なんだコイツは?!」
「・・・九尾だ。そしてここにいる子供達の母親だ。」
「というと、子供達の父親が・・・?」
「太郎君だ。」
九尾と言えばドラゴン程の恐ろしさは無く、対話にも取引にも応じてくれる、優しい存在だ。だが、それはドラゴンと比べれば・・・の話である。
「わ、分かった。ちゃんと話をしようではないか、このままだと国が危ないだけじゃなく、俺の身も危ない!」
「保身とは感心せんな。」
ナナハルがあんまりにも怖い顔をするから、流石に太郎が止めた。
少し表情が柔らかくなると、首を絞められた後のように深呼吸をする。
「ジェームス、少しは助けてくれ。」
「俺程度が勝てる相手では無いぞ。」
「う、わ、わ、分かった、ちゃんと席を設けるから城に来てくれ、それで何とか。」
「この国に財宝なんて有るのかえ?」
「ないわ。まあ、秘伝の品とか、古文書くらいは有りそうだけど。」
マチルダがバッサリと言い放った。
そして、どこにそんな根拠があると言い返そうとして止めた。
彼女は魔女なのだ。
キンダース商会の建物で崩落事故の報告が有り、そのキンダース商会と何らかの関係があるという事までは報告が来ていて、確証はないが、謎の方が多い人物なのである。
一触即発とまではいかないが、マナが居ても空気が澱むような雰囲気に、その場は太郎がナナハルとマチルダの二人を窘めて収めた。言葉だけで魔女と九尾を引き下がらせた鈴木太郎という人物に、国王は恐怖以外の何かを感じたのだった。




