第156話 緊急ではないが重要な会議
食堂の一番角のテーブルを囲んで座る。
隊長のカール。将軍トヒラ。銀髪の志士オリビア。鍛冶師のグル。ダンダイルにフーリン。グリフォン、エカテリーナ、ポチ、スー、マナと太郎。そして何故か居るうどん。
まずは報告という事で、会議の口火はカールから切る事となった。
「我々の任務は駐屯ですが、決まった任務はまだ存在しません。協力という形で周辺の魔物を退治するくらいです。その他は警備などですが、暇な者は材木の運搬や街道の整備にも従事しています。この村の範囲が不明なので、村から離れない程度に範囲を決めていますが、魔物の出現は減りつつあります。」
「暫くは現状のままだ。警備任務といえばそんなもんだろう。」
「暇すぎませんか?」
「贅沢な話だな・・・。こっちは忙しかったというのに。」
ダンダイルが腕を組んで大きく息を鼻からはいた。魔物の討伐以外で敵対している者は今のところない。他国が攻め込んでくる理由も無い筈なので、戦争も無い。ある日突然ドラゴンが攻め込んで来るという可能性が無い事も無いが、その場合は兵士程度では対抗できない。今ここに駐屯している理由は安定と繋がりの持続の為だ。
「そうおっしゃられましても。」
「トヒラの手伝いをさせるか?」
「内容が違い過ぎて役に立ちませんよ。」
「それもそうか。」
「我々は一度城に帰還して作戦を練り直します。」
「足取りは?」
「迷いの森のどこかに居るのは間違いない・・・としか。」
トヒラが申し訳なさそうに俯く。
「相手が相手だ、奴らが森の中をある程度把握しているとしたら、あれほど隠れやすい場所もないだろう。」
「ガーデンブルクに逃げられたら我々では手が出せなくなりますが・・・。」
「それはそれで居場所が分かって良いだろう。あの国でワンゴを扱えるとも思えん。」
「ワンゴよりも魔女の方を警戒したいですが。」
「それも贅沢な話だ。魔女を相手にするとなると人員も人材も足りない。今は満足するしかあるまい。」
軍人達の話はいつまで続くのかと思っていたら、ダンダイルが太郎に視線を向けた。
「済まない、こちらの都合で話をしてしまったな。」
「いえいえ、必要でしたらどうぞ。」
「この村に必要かどうかはまだ解らないが、重要な事にならないとも言えない、なんとも面倒な事でね。」
「ワンゴに魔女、ハンハルトからも人が来るかもしれませんし、コルドーからまた来るかもしれませんし。」
「ほう。コルドーから。詳しくお聞かせ願いたいですな。」
ダンダイルの目がギラリと光り、カールがそっぽを向いた。
「コルドーの兵士がここに来たという事は蜜月の関係が証明できますね。」
「そうだな。やはりガーデンブルクとコルドーは・・・。」
トヒラとダンダイルが考え込んでしまった。おかげで太郎が詳しく説明をする必要は無くなったが、それは必要が無くなったというだけで、重要な意味は健在だ。
「街道も無いだろうに強行して来たのだから、この村の存在と世界樹の事は確実に知られているだろう。整備を急がんといかんなア。この村を繋ぐ街道はどうなっている?」
「街道の整備はほとんど進んでいません。こちら側と魔王国側からの両方から作業を進めてもかなりの日数が必要です。馬車が通れないと困るのでそれだけはなんとかしましたが、人員不足も有り、まだまだ先の話になります。」
「その人員は魔王国から出せるな。魔王様に話は通しておこう。」
「元々人が使っていた道でしょうが、馬車で通るにはなかなか骨が折れます。」
これはオリビアの発言だ。
「これからはもっと往来が増えるだろうからそれだけでも道が出来る。中間付近にしっかりとした休息地も欲しい所だな。あぁ、それとだ、太郎君。」
「はい?」
「この村の名称は?」
「名前ですか・・・考えてませんが。」
「便宜上無いと困る。このままだとタロウ村かスズキタ村になってしまう。」
「全力で勘弁してください。」
「そんなに嫌かね?」
「太郎殿は自分の名が付く事に名誉を感じないのですか?」
「恥しか感じません。自己顕示欲が無いとは言いませんけど、そんな事で悪目立ちしたくは無いです。」
あまりにも口調が強いので、トヒラは少し驚いている。ダンダイルは「やはり太郎君だな。」と、心の中で呟いた。
「悪い話でも無いと思うが、太郎殿の考えは少し理解を超えますね。」
カールが遠慮がちに言うが、理解を超えるというところでは多くが同意していた。
「そのおかげで我々はここに居られるのだ。太郎殿には感謝したくともしきれない。」
「オリビアさんまでヘンな事を言わないで下さいよー?」
「タローは我が従う気にさせた男なんだから、もっと誇って良いぞ。」
なんで俺を褒めゴロすの?
恐いよ。
「皆さん狙ってますねー。でも太郎さんはマナ様にぞっこんなので無駄だと思いますよー。」
「スーは余計な事言わないでくれ。たのむから!」
「知らんぷりしますー。」
これはスーも狙っているという事を宣言しているのだが、話の腰が複雑骨折してしまった。マナがニヤニヤとしながら太郎を見ていて、フーリンが少し冷めた目で太郎を見る。これを戻すのは更に骨を折りそうだ。
「それだけ人が増えている事なので食糧も調味料もすぐ無くなってしまうんですよ?」
エカテリーナは良い子だ。すぐ話にノろう。
「そう言えばどんだけ増えたの?」
「相当数としか。今度ちゃんと調査しますか?今後も増えるでしょうし。」
「まだ増えるんですか?」
その質問に答えるべきは、トヒラよりもダンダイルだ。
「運搬の人員も別に確保するようになれば今の倍以上に増えるだろう。一時的な宿も必要になる。あぁ、全員をタダで食わせる必要はない。太郎君がどこまで考えているかは知らないが、現状はこの村の住人だけに絞ってもらえばいい。兵士達の飯はこちらで用意する。・・・なんだ、なぜそんなに苦渋の表情になるんだ?」
「ダンダイル様はこの村の食事を知っていますでしょう?」
「あ・・・あぁ・・・お前たちはそんなにこの村の料理が好きか。」
「料理も有りますけど、食材からして違い過ぎます。」
「では、購入しよう。食材が同じであれば不服は無いのだな?」
トヒラとカールが視線を合わせて頷いた。階級や立場の違いは有っても、美味しいご飯の魅力を前にして共同戦線を張る事になったようだ。
「購入でお願いします。」
これでエカテリーナの負担がかなり軽減される。兵士達が村の部外者として扱われるようになれば、料理を作る量も食材の消費量も減るのだから。しかし、兵士達はこっそりという訳でもなく、思ったよりも堂々と今後もエカテリーナの作る料理を食べに来る事となるのだが、それは別の話になる。
「予想以上に大事になってしまうんですね。」
「太郎はもっとコジンマリとした処にしたかったの?」
「人が集まり過ぎるとロクな事が無いから。」
「手厳しいな、太郎君。」
「実際そうですからね。」
「ふむ。確かに否定はできない。だが、少ないからと言って必ず成功する。という訳でもないだろう。」
「被害は少なくて済みます。」
その言葉にダンダイルだけではなく、トヒラもカールも吃驚して太郎を見る。
「失敗は前提の事なのか。」
「成功を目指すのは当然ですけど、失敗した時のダメージは大きい程比例するのも当然ですから。」
「太郎殿はどこまで考えてるんです?」
トヒラの疑問は太郎の計画を知りたいという純粋な気持ちだ。
「正直に言うと特に決まった未来は見据えてません。でも、失敗してもリカバリーできる要素は残しておきたいんです。俺が死んだ後の事も考えないと。」
「普人は長生きしても百年程度と考えれば、それも当然の事か。」
「もっと細々として生活するつもりだったなんて、あの頃の自分は純粋だっという事なんだよなあ。」
マナがウンウンと頷いている。
「私はそれなりに色々と頼るつもりだったんだけど、このくらいならまだ少ない感じかなー。ホントは別の場所に根を下ろしても良かったんだけど、結局ココに落ち着いたのよねぇ。」
「世界樹の木を増やしたのは何の理由なのかしら?」
「それこそマナ一人というか、マナの木一本だけじゃまた悲劇が繰り返されるかもしれません。」
「ドラゴン達はどうして世界樹を燃やしたのか本当の理由は私も知らないのよ。」
「フーリンは私の味方だからしょうがないじゃない。」
「そうなんですけど・・・今になっても、誰も教えてくれないんです。」
「ドラゴンの矜持に関わるとしたら言わないだろうな。」
「ダンダイルちゃんもそう思う?」
「思いますとも。」
世界樹は狙われている。
それは何故か?
考えても何も解らない。
世界を護る使命を受けたマナでさえ、放置しておけば世界が大変な事になるというくらいしか知らないのだ。
あの神さまは当然理由を知っているだろうが、次はいつ会えるのかも分からない人に期待も出来ない。
マナを安定させることにどれほどの意味があるのかという事も。
「ところで、世界樹の木が成長した場合はどうなるのでしょう?」
「庭に植えたんだっけ?」
「えぇ、あの時と同じ場所に。」
「放置しても枯れる事は無いから大丈夫だと思うけど、どのくらい成長するかはマナの吸収量次第かな。」
「成長し過ぎて家が壊れたりしませんよね?」
「ちゃんと避けて育つよ!」
世界樹の根の付近にある倉庫が壊れてはいないが、ある意味世界樹に飲み込まれている。
「あと、葉は研究に使っても?」
「フーリンなら私の事を大事にしてくれるでしょ。」
「は、はい、します。します、します。」
フーリンは何かに負けたようだ。
「まぁ、摘んでもすぐ生えるけどね。成長は遅くなるかもしれないけど。」
「もしかしたら場所によって効果が変わったりする可能性も有るのでしょうか。」
「流石に変わらないんじゃないかな。てかポーション作れる人っているの?」
スッと小さく手を挙げた者がいる。
「我々にも秘伝のレシピというモノがある。ポーション作りと言うのは国によって多少は違うのだろう?」
「あのー、太郎さんが忘れてるようなので言いますが、スズキタ一族の所で実物のポーションの他にもレシピがイロイロと有りましたけどねー。」
「あー、じゃあ作るのが得意な人って誰かな?」
一同がきょとんとした目で太郎を見詰める。
「ど、どうしたの?」
「それはここに居る人に秘伝のレシピで作らせるって事ですよね?」
「当然でしょ。共有しないと意味が無いんだから。」
「太郎君の考えは理解できるが、場合によっては国家機密レベルで貴重なモノでは?」
「そんなこと言ってるから、みんなが世界樹の葉に夢を持ったりするんじゃないの?そういう意味では魔女が世界に広めたワルジャウ語って凄い事だと思うよ。」
「・・・どういうことでしょうか?」
「だって、世界共通言語が有るから話し合いができるじゃん。特定の人が特定の言語を話すから、通訳をする人の価値は上がるけど、その所為で誤解も生まれやすいからね。」
「ふむ。」
ダンダイルが真面目に考え込んでいて、部下達が注目する。フーリンは自分なりの答えを持っているようだが、太郎の発言には驚いていた。
「共通の価値観・・・か。ポーションを量産する事が出来れば、多くの人の手に渡り、けがで死ぬことも減るでしょうな。ただし、国家間の問題をも引き起こしかねないが。」
太郎は理解した上で無視している。国の事まで考えると経済も考えなきゃならない。そんな事は自分が考えるべきではない。
「それに材料も足りませんですし。」
「材料になる薬草とかも載ってたよね?」
「もちろんですー。」
「じゃあ簡単にできるモノから探して、ここで育てればいいよ。マナもうどんもいるから、一気に作れると思うよ。」
「そんなに作っても容器は?」
「植物からガラスの原料ってとれたよね?」
「植物からガラスって作れるんですかー?」
「普通は砂から作ると思っていましたが。」
「ススキってある?」
久しぶり言語能力を発揮する。
「あー、ススキなんてそこら辺に生えてますよー。ここからだとちょっと離れてますけどススキのたくさん生えた場所が有りましたー。・・・ススキからガラスですか?」
「そうだよ。グルさんの方が詳しく知ってるんじゃない?」
「おめーは何でそんなこと知ってんだ。秘伝のレシピを超える特秘技術だぞ。」
「トクヒギジュツ・・・。」
トヒラの耳がぴくぴくと動いていたので思わず見詰めてしまった。
「私でも知らなかったのだが?」
ダンダイルの目が珍しく丸くなっている。
「そんなに驚かなくても・・・。」
「しっかし、おめー、それを俺にやらせるつもりか。」
「ダメですか?」
「専用の工房を作ってくれるのなら考えるが、俺にはガラスを作る技術は有っても加工する技術はねーぞ。」
「あー、強度とか問題ありますもんね。」
「分かってんならおめーがやっても良いんだぞ。」
「グルさんには申し訳ないんですが、知ってるってだけで作った事も加工した事も有りません。」
「ホントにおめーって変な奴だな。」
太郎は笑って誤魔化した。
その後は暫く建築や製造、輸送などの軍担当の話に成った事で太郎は暫く聞き役となった。聞いても解らないというより、聞いてもあまり関係の無い事だと思っている所為で、欠伸をしてしまい、みんなに笑われてしまった。
「そんなに眠いのでしたら村の名称を考えてみては?」
提案を素直に受け入れた太郎だった。




