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第143話 始まらない会議

 早朝。


「いくら美人でも手を出すなよ?」

「笑えない冗談だな。」


 と、物理的ではなく言葉で殴り合っている二人を部下達が引き離し、 オリビアはルカとその部下達に見送られ、カールと共に旅立った。当然の事ながら、二人の目的地はオリビアの住んでいた小さな村だ。往復で一ヶ月以上かかる予定で、カールは魔王国側での案内人の役目を負っている。


「本当はもっと人数を集める予定だったんたが、結局俺だけになってしまった。」

「貴方が気にする事ではないだろう。それに一人でも居てもらえれば十分だ。」

「まぁ、敵と戦う訳では無いからな。魔物は出るかもしれんが・・・。」


 元々冒険者の少ない地域で、太郎達が通過した時も他の冒険者とすれ違う事は無かった。魔物とは何度も出会っているが。


「ザイールで必要な物は揃える予定だが、問題ないよな?」

「問題ない。」


 事務的な会話が終われば、後は歩くだけだ。

 通り過ぎる人々はオリビアの美しさに見惚れる者もいたが、隣の男を見れば目を逸らしてしまう。カールはまだまだ有名な元冒険者で、顔も知られているのだから。




 二人を見送った後のルカはダンダイルの執務室に向かい、任務が終わったことを報告すると、事務的で形式的な事は終わった。そうなると査問会議の話へと移る。トヒラは情報収集が得意だが、対外的なのが目的であって、内部事情を調査する組織に属するルカとしては、実は得意分野である。


「新しい情報はあるかね?」

「今のところはなにも・・・。ただ、相手側にも新しい情報は無いようです。」

「それもそうだろう。」

「ただ・・・一つだけ気になると言えば、有る事は有るのですが、その・・・そのための証拠が無いのです。」


 怪訝そうな視線を向けられたルカは姿勢を整え直して慎重に答えた。


「ダンダイル様の事や、その周囲に至るまでの調査費用は何処から捻出されているのか?という事です。」

「証拠を見付け出さなければ無駄使いであることに変わりは無いからな。」

「はい。証拠を見付け出すにしろ、調べるにしろ、人員が必要です。その調査が必要な事であったか、それは結果で示す事が可能でしょう。」


 情報操作やその情報の扱いに少しは自信のあったダンダイルも、情報そのものの取得手段にまで考えが至らなかった。それはダンダイルが独断専行していたからで、許可は基本的に後付であったことから、後付けを求めて独断専行するのは所謂ギャンブルなのである。ダンダイルには魔王の後ろ盾が有った事で後付けを作れたが、彼らには結果を以って後付けを作るしかないのだ。


「結果を得られないという事は無駄使いと言われても仕方の無い事。見事な逆手法だな。こんな事に気が付かなかったとは自分も情けない。基本的に隠し事をしているつもりは無かったが、相手側は隠して調査をせねばならないという訳か。」

「公明正大な事は良い事だと思います。」

「・・・公明正大かと言われると肯定できんな。」


 ルカはそれについて何も答えられなかった。


 


 会議は昼間から始まる訳では無く、夕食を終わらせて、小一時間ゆったりと待たされた挙句、多くの者達が眠りにつく時間帯に始められた。

 始められたと言っても円卓会議場に将軍級が集まっただけで、実際にはまだ何も始まっていない。


「すまない、私用で遅くなってしまいました。」


 応じるのはガンガルドで、査問会議の提案者で主催者である。他の将軍はガンガルドに発言を譲っていて、査問側の参加者の中にはトヒラも勿論いるが、発言は許されている筈なのに、許されていないという、まだまだ微妙な立場である。


「深夜にもかかわらず御足労頂きありがとうございます。」


 深夜にはまだ早いだろう。


「ではさっそく会議を始めたいが、少々小腹も空く時間帯であろう。」


 何故かガリバーの部下が部屋の外に集まっていて、その横には魔王直属の兵士が何やら運んでいる。


「なんであんた達の部下が外にいるの?」


 冷たい視線を向けるトヒラの発言である。


「報告書を持ってこさせているだけだ。」

「一人いれば十分でしょ?」

「後で解る。」

「ふ~ん。」


 被告人であるダンダイルはまだ何も喋っていない。

 カートに載せられて運ばれているモノは蓋がしてあってまだ解らないが、ガリバーの部下達が邪魔なのは良く分かったので、部屋の外では少々揉めていて、ドーゴルが睨んだのでガリバーの部下達が引き下がった。

 そのドーゴルが部下達に用意させたのはパンケーキと紅茶だった。次々と円卓に載せられると、作りたてで湯気を立ち昇らせている。


「え・・・これってまさか?」


 甘いものを用意する理由といえば、甘党がいるとか、純粋に食べたいとか、いろいろ考えられるが、少なくともパンケーキと紅茶が出て喜びそうなのは一人しかいない。


「深夜に甘いものはちょっと・・・。」


 と、ぼやく者もいたが、魔王の耳には届かなかった。

 最後に小さなミルクポットが一人に一つ配られ、その中身を確認したトヒラが吃驚している。まさかこんな使い方をするとは思っていなかったのだが、望外の幸運でもある。あの蜂蜜を食べられるのだから!

 鼻歌まじりにポットの中身をケーキにかける。周りの視線を全く気にせず、ナイフとフォークを巧みに使って一切れ口に含む。

 鼻歌はピタリと止んで、涙を流している。


「何で泣いているのだ???」


 他の将達がトヒラの姿をなんとも言えない表情で眺めている。


「食べれば判りますよ。」


 魔王が言えば、他の者達もポットの中身をケーキにかける。それだけで違和感を持つ者もいたが、食べると驚愕へと変わる。


「酒の方を好む者がいるのはわかっていたが、さすがにこの時間ですから。」


 そして気が付いた者が言う。


「まさかと思うがキラービーの蜂蜜ではないよな・・・。」


 間髪入れずに魔王が応じる。


「そうです。」


 ざわつく声が部屋を支配する。


「今後も取引できるという事ですが、これほどの高級品です。秘密裏に行動せねば狙われる危険もあるでしょう。」


 目の前にある小さなポットに入っている蜂蜜だけで小さくは無い家が建つレベルだ。それほどの高級品が今後も定期的に手に入ると言われれば、秘密にしていても不思議ではない。コレを生産するなり手に入れられるルートなり、広まってしまえば危険地帯になりかねず、そうすれば個人としても危険に晒されかねない。


「今後・・・と、言う事はあの村に駐屯する理由が・・・むしろこちらから交渉してでも警備せねばなりませんな。」


 兵部省軍の将軍ニック・ゾルが重要性を理解して口にすると、工運省軍のリスミルが素直に頷き、大蔵省軍のガリバーが消極的に頷く。ガリバーにしてみれば資金を回収する予定が有るのなら文句も言いにくいのだ。減るのは困るが増えるのは大歓迎である。

 こんな隠し玉が有ったのなら教えてくれれば・・・素直に資金回収の準備に全力を注げただろうに。

 食べて感動したのち、歯ぎしりしている者がいる。


「これほど大量の蜂蜜を手に入れるのにどれほどの苦労をするのか・・・。」

「街道さえ出来てしまえばもっと安全に運べるだろう。」

「毎度キラービーと戦闘などやってられんぞ?」

「誰も戦うとは言っておらんが?」

「キラービーを倒さねば手に入らんのだろう?」

「そんな事をしたら定期的に手に入らないではないか。」

「力でねじ伏せて鹵獲するのではないのか?」

「ちゃんと調べたのだろう?」


 そう言われると情報不足を認めざるを得ない。彼が、彼らが注目していたのはダンダイルの動向であって、ダンダイルの目的ではなかったのだ。


「魔王様の許可が頂ければ他の者があの村へ向かっても良いが、行きたい者はいるかね?」


 ここで今一番暇な部署の将軍は食べるのに夢中で、すっかり忘れている。


「誰かいますか?」


 改めて魔王が言うと、恐る恐る手を挙げる。


「わ、わたくしで宜しければ・・・。」


 唯一の女性が緊張した表情で周囲を見渡す。特に否定されるような視線は無かったが、一部からは冷たい視線も向けられた。


「一番暇な部署というのを自ら証明するのもどうかと思うぞ。」

「私が忙しいというのもかなり問題だと思いますよ。」


 全くその通りだ。

 と、ダンダイルが深く頷いている。


「さて、私の事は詳しく調べたのだよな?」


 突然ダンダイルの声に黒さが籠る。

 言われた相手はさも当然かのように無言で肯く。


「何故調べたのだ?」

「私的流用の疑いが有ったからだ。今回の会議でその事をじっくりと証明させていただく。」

「この蜂蜜が手に入らなかったとしたら私的流用だったのかね?」

「・・・どういう意味だ。」

「証拠もないのに私の事を勝手に調べたのだろう。許可も得ずに。」

「・・・なっ・・・。」


 私的流用を調べる行為こそが越権行為なうえに、許可が無ければただの私的流用である。そして、証拠が無ければ無為に兵士を動かした事にもなる。


「私はちゃんと許可を得て必要な行動をとったのだぞ。蜂蜜を手に入れるのに細心の注意を払ってな。」


 これはダンダイルの嘘である。

 実際は太郎からタダで貰っただけなのだけで、あの時のスーの表情を思い出して、ダンダイルは僅かに笑った。


「こんな御大層な会議など開かなくとも、いずれ報告したのだが?」

「ぐっ・・・。」

「このまま続けるかね?」

「これではただの御茶会になってしまいますね。」


 トヒラが皮肉たっぷりに言うと、数名の頭が垂れる。

 事情を詳しく知らない者にとっては、本当にただの御茶会だ。


「夜も遅いですし、後日改めて開催としますか?」


 魔王の提案は、いずれ開催する予定である事で主催者の面目を保つつもりだが、ハッキリ言って無意味な気遣いである。

 ただ、ダンダイルとトヒラ以外の将達が互いの顔を見て相談しているようである。結果は直ぐに出た。


「では、解散という事で。」


 その部屋には蜂蜜の甘すぎる匂いだけが残った。






 

 


解散後・・・。 

 

ダンダイル「それにしても、泣くほどか?」


トヒラ「泣くほどですよ~、感激です!魔王様も黙々と食べてますよ?」


ドーゴル「もぐもぐ・・・ど、どうしました?」


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