第128話 ちょっとした出来事
とても寒い日の夕方。
農作業は収穫がほとんど終わり、あの日以降定期的にやって来るキラービー達が、いつも通り鳥達と言い合いをしていた。
言い合いをしているのは理由として分かるが、そろそろ許してやってくれないもんかね?
それを伝えると鳥達が不満を漏らしていたのだが、届けられた蜂蜜を食べたとたんに手の平をくるっくるに返すのだから、こいつらの調子の良さと言ったら、お調子者と言う分を超えている。まあ、鳥の手がくるくると返るのもある意味不気味なのだが・・・。
それにしても、なんでキラービー達の言葉が解るの、この鳥達。ワルジャウ語を話すのは女王蜂だけで他は話せなかったのだから、鳥達が理解しているという事になるのだ。
俺は会話をしているのを直接聞いた事が無いので、何の事で言い合っているのかその内容を知らない。何にしてもグリフォンが来ると双方とも言い合いをピタリと止めるので、言い合いをしていると言うのも兵士やマナが教えてくれなければ俺が気が付く事は無かったかもしれない。
『お届けでーす。』
そう言いながら俺のところに飛んでくるキラービーは見た目が妖精の様な蜂だ。見たまんま蜂の方は、周辺の警備で別の方面を見廻っているらしい。それは何かあったらすぐに守ってもらう為に必要な事らしく、竜血樹と言う貴重な植物を奪われたくないからだ。
「びびびび・・・。」
「そんな、音だけ真似ても伝わらないよ?」
「私もタロウ様みたいに言葉でちゃんと伝えたいです。」
受け取る時に少し残念そうに言った言葉に反応して、エカテリーナの肩に座った。もちろん蜂蜜の量が多いので一匹で運んできたのではなく、十匹が五匹ずつに分かれて両肩に座ったのだ。
「気持ちは伝わってるってさ。」
「そうなんですけど。」
キラービーと呼ばれて恐れられている蜂にとって、エカテリーナのように接してくれる存在は今までに居なかった。見た目がどんなに可愛いと思っても、一刺しで人が死ぬほどの猛毒を持っていると恐れられているからだ。
だが、それは誤解で、現在は雄殺しと呼ばれている事の方が広まっている。そして、それも正確に言えば間違いであって、安心して生活できる環境であれば、戦うような事は無いし、雄が死ぬ事も無い。子を産むのに精子が必要になる。ただそれだけなのだ。
「こんな美味しい蜂蜜が毎日飲めるって凄いことなんですよっ!」
『なんて言ってるんですか?』
『蜂蜜が美味しいってさ。』
『トレントの花の蜜はもっと美味しいから期待して下さいとお伝えください。』
そう言って肩から飛び立つと、綺麗な編隊を組んで迷いの森の方へ飛んで行く。途中旋回してエカテリーナに向けて手を振ると、エカテリーナは慌てて返す。キラービー達は再び旋回して飛んで行った。
「何か言ってました?」
「トレントの花の蜜はもっと美味しいって。」
「今の蜂蜜だけでもかなり美味しいですよ。スーさんなんか食べられないとか言って樽に保管してますし。」
それは理由が違う気がする。
「今はパンが無くなったから出来ないけど、小麦粉が有るからそのうちパンに付けて食べよう。」
「蜂蜜酒が作れたらお祭りになりそうですね。」
「酒はなあ・・・作り方を知らないんだよな。酵母とか発酵とか、俺にはちょっと分からない。まぁ、取寄せた酒に混ぜるだけでも違うんだろうけど。」
蜂蜜酒はハンハルトで飲んだお酒で、マナやスーもまた呑みたいと言うほど美味しいモノだが、取寄せる手段もない。普通のワインなどの酒類なら魔王国にも有るが、運ぶのに手間がかかるし、その為だけに危険を冒して往復する気にも成れない。
魔王国とこの集落を繋ぐルートは確立されているが、まだ危険な箇所も多く、馬車に荷物を積んで運ぶにも大変な労力だろう。
そのルートを安定して移動できるように作業をするのも兵士達の仕事の一つになっているようで、周辺警備の他に街道の整備も新たに増やして、道中の安全性や馬車が通り易くする為に作業を開始したばかりだ。
狩りについては寒くなった所為で確保が難しくなっていて、動物等はほとんど見かけないようだ。
・・・蜂って冬に活動しないよな?
キラービーって一年中活動しているのかな?
この世界の生態は謎が多い。
思い出したかのように連絡を取る。
相手はナナハルだ。
「・・・突然来るのもどうかと思うのじゃが?」
シルヴァニードのおかけで、遠くの相手にも声が届く。姿は見えないので相手が何をしているのか分からないが、少なくとも今は止めて欲しいとの事だった。
「またせたの。」
「忙しかったですか?」
「いや・・・そういう訳じゃ・・・ま、太郎が相手だから良いか。」
「?」
「厠におったのじゃ。」
「あ、あ~・・・。」
「まぁ、もうよい。」
何か水の音が聞こえるので手を洗っているのだろう。
「子供の名前を決めたので連絡しようと思って。」
「おぉ、そうかそうか。して、なんとしたのじゃ。」
一人ずつ子供を持ち上げて名前を呼んで返事をさせる。声しか届かないとしてもナナハルなら分かってくれるだろう。
「良い名じゃな。わらわも参考にさせてもらうとしよう。」
「文字も教えたいんだけど手段が無くて。」
「可能ですよ。」
どうするのかと思ったら、何か音がする。
「どうせ刻むのならこの板にしてくれんか。柱は困る。」
ガリガリ
「この文字・・・成るほどの。」
「読めますか?」
「名前を先に聞いておる。読むのに問題は無いのじゃ。」
向こうで何をやっているのかは分からないが、なにか悩んでいるのだろう。
「旧国文字と新国文字が混ざっておるのぅ・・・。しかし・・・これは・・・。」
「何か問題が?」
「いや、お主に言っても意味の無い事じゃ。当然ながら、わらわ達の歴史は知らぬであろうしの。」
詳しい歴史は聞いていないが、ヒミコと戦ったという話ならあの時に聞いている。
「まぁ、無理して漢字でなくても良いですし。」
「カンジ?」
言語加護頑張れ。
「この文字はカンジか。そうか・・・ふむ。」
「何か知っているんですか?」
「全く知らぬ。」
なんか思わせぶりに言うの。やめて貰えませんかね。
「わらわの方でも名を考えておく。お主の考え方に合わせたかったので待っておったのじゃ。」
そう言う事も先に言って下さい。もっと早く考えたのに。
「ところで、そちらの子供達は元気ですか?」
「元気じゃよ。」
「こっちも元気なんですけど、ナナハルではなくエカテリーナを母親と呼ぶようになってしまって・・・。」
「育ての親も親には違いない。」
「良いなら良いんだけど。」
「わらわに会えぬと言って泣くより良いではないか。」
「それもそうか・・・。」
僅かな沈黙と、ナナハルの方に居る子供達の声が聞こえる。
「そうじゃ、せっかく話が出来るのじゃ。伝えておくことがある。」
「なんでしょう?」
「わらわ達もそちらに住まわせて貰えんか。今すぐではない。暫く先の事じゃ・・・ただ、必ずそちらに行くと決まったわけではない。」
「何かあったんです?」
「わらわの妹が・・・の。」
ナナハルは8人兄弟の3番目で、7番目の妹がナナハルの造った土地に住み着くのだと言う。元々住んでいた土地が自然災害の後、人同士の戦争で破壊されてしまったらしく、復興に何年かかるか判らないという事でナナハルの所に来る予定らしい。
「それは災難ですね。」
「まぁ、人里の近くに住んで楽をしておったのが悪いのじゃ。全く、貢物をさせて過ごしておったと言うのだから、少し再教育もせねばならん。」
姉が妹を心配しつつも教育的指導・・・九尾の世界も甘くはないという事だろう。
「貢物って、統治でもしてたの?」
「しとらんよ。美貌で誑し込んでただけじゃ。」
「でも、九尾なんだからそれなりに強いんじゃないの?」
「それは無論じゃ。じゃが、強いからと言ってむやみやたらにその力で人を殺すわけでもない。ついでに言うと九尾の子じゃが九尾の力は持っておらぬ。」
「へ?」
「必ず九尾に成れるのであったら我ら種族はもっと増えておるじゃろう。」
相手の表情が解らないので、とても困った顔になっているであろうナナハルを想像する。子供も育てているのに妹の面倒もみなければ成らないのは確かに負担だろう。
「じゃあ、いずれはその妹に土地ごと家も譲るんだ?」
「そうなるの。」
せっかく育てた土地なのに妹に譲るというのも苦渋の選択なのだろう。声には少し力が無い。
「さっきも言ったが、必ずそうなると決まったわけではないでの。」
「決まったわけではないとしても、来てもらえると助かる事も多いんですよね。」
「頼り事か?」
「酒や味噌とか醤油とか・・・。」
「ふむ。」
「作り方を知らないから教えて貰うか作って貰えると助かりますね。」
「わらわ一人ならたくさん作る必要も無かったが子供もいるしのう。しかし、どちらにしても来年であろう。材料が足らんでは?」
「マナが育ててくれたのでそこそこあります。」
「育てた?」
「マナの能力で植物が急成長するんですよ。」
「それは・・・確かに便利じゃが・・・あまり頼ってはならぬ気がするのう。」
「俺もそんな気がします。ただ、ちょっと・・・今は人数が多いので仕方のない部分も有るんですよ。」
「ま、とりあえず・・・来年じゃな。」
「はい。」
そのあとも少しだけ雑談を続けていたが、双方の子供達が乱入してきた事で収拾がつかなくなりそうになったので、通話を終える事になった。
シルバがするするっと戻ってくると、既にもみくちゃにされている太郎の姿があり、子供を連れて風呂場に向かうところにマナとスーも付いていくる。ウルクもこっそりと入ってきて、その子供も付いてくる。
日常となるべきモデルの様な一日だったことに気が付く事は無かった。




