第111話 やって来た
あれから、夕食の片付けを終えて、一緒に風呂に入るまでエカテリーナと一緒に居たフーリンは、一人でベッドに寝る姿を見届けた後、太郎とマナ、スーとポチに見送られて、夜の空を飛んで行ったのだが・・・何故か俺の前ではドラゴンの姿に成らない。
いつもの姿のままスーっと身体を浮き上がらせ、夜空に紛れて見えなくなるまで見詰めていた太郎は、少し首が痛くなった。
「あの様子だとまた直ぐに来るかもね。」
「もしかしたら住むんじゃないですかー?」
「長く居る事は有るけど、住むことは無いと思うわ。」
「・・・俺は苦手だからその方が助かる。」
ポチが本音を漏らしている。
「ポチは鍛えてもらった時はどうだったんだ?」
「あの時は必死だったからなあ・・・。」
遠くを見るように目を細めたが、気が抜けたのか大きな欠伸をした。その欠伸に釣られてスーと太郎も欠伸をする。マナは・・・そんな俺達を見て真似をした。
翌朝は多くの兵士達がスッキリとした表情で朝食を食べ、お代わりまでして、元気に出掛けて・・・幾人かが戻ってきた?
「太郎殿、我々は一旦帰還します。」
「なんでスーも準備してるの?」
「私に食糧とポーションを持って欲しいと、カールに頼まれたんですよー。」
「済みませんがお借りします。」
魔法の袋をそのまま貸せば良いと思うのだが、貴重品だからなあ。
「私がいなくても太郎さんなら・・・!?」
何かを感じ取り、一斉にその場の者達が空を睨んだ。太郎もすぐに気が付いて空を睨むと、何かが近づいて来る。大きいんだけど・・・まだ遠いからちっさいな。
「なんだ・・・あれは?」
カールの疑問に答えたのはスーだ。
「グリフォンですねー。」
何か危険なモノが近づいて来た訳でない事に気が付いたスーが、胸を撫でおろしている。当然だがカール達に安心する要素はない。
「お、おい。大丈夫なのか?」
「私に訊くんですか?太郎さんとマナ様を見たら解ると思いますよー。」
太郎はまだ姿が良く見えないのか、遠くを見るような姿勢で両手を帽子のつばの様にし、光を抑えている。
「だからなんであんなに遠いのに見えるんだ?」
「私も見えてるよ。」
「マナは気配で解らなかったの?」
「気配かどうかわからないけど、魔力は感じないわね。」
「そう言えば数日後に来るって言ってたけど、フーリンさんがいない日に来てくれてよかった。」
「太郎さんの愛人が増えますもんねー。」
「愛人?!」
「ちょっ・・・ややこしくなる事言わないでよ。」
だんだんその姿が大きくなると、周りの兵士達がどよめく。何しろグリフォンの姿のままだとドラゴンよりも大きい・・・らしい。あの姿があんな巨乳ロリになるなんてみんな信じられないよなぁ。
「タローーーー!!」
「太郎ーーーー!!」
二人の声が重なる。降下して来るグリフォンが人の姿に成ったと同時に、今までグリフォンの大きさで隠れていたもう一人の姿も現れ・・・あれ?
「ちちうえさまーー!!」
なんかちっこいのがいっぱい居る・・・。
「子供が10人いますねー。」
「11人じゃないの?」
「グリフォンはナナハルさんの子供じゃないですよ。」
「・・・。」
太郎はその光景を見て身体が固まっていて、子供を両腕に抱きかかえるナナハルが落下速度を低下させ、ゆっくりと着地したのだが、グリフォンはそのままの落下速度で太郎の胸に飛び込んだ。
「・・・うゎっ!」
衝突は直前で回避された。マナが身体をはって止めたのだ。グリフォンの方も直撃するつもりはなかったので、マナとも衝突していない。ピタリと止まって見詰め合う二人。スッとマナを横にずらして、改めて太郎に抱き付いた。胸の圧迫が凄い。
「これからずっとここに居るからヨロシクねっ!」
凄い笑顔だったので何も言わずに頭を撫でておく。ずっとと言われても俺の方が先に寿命がくるのでは?
「ちょっとー、後から来たんだから順序ってモノを考えなさい!」
「早い者勝ちだもんねっ。」
子供が増えた気がする。
いや、実際に増えているのだが。
「これこれ、あんまり太郎を困らすでない。」
グリフォンはナナハルの言葉には素直に従って、太郎から離れた。そして、その周りには10人の子供が集まる。
「ちちうえさま!」
その言葉に太郎の目が大きく、丸く、そして硬直する。
「・・・いやいや、いくらなんでも早くない?」
「お主の子じゃよ。産んだわらわが言うんだから間違いないぞ。」
「そ、そうなんだー。」
カール達はその光景をただ黙って見ている。割り込める隙間というモノがない。そして、身体が震えて何も言えない。
「我が子を全員置いていく訳では無いぞ、半分はわらわが育てる。半分は太郎が責任を持って育てるのじゃ。」
「半分?」
「わらわにも守るべき土地があるでの。この子らにも一人前になるまではしっかりと学ばなければならん事も有る。」
「育てる自信が・・・。」
「そんなもの、わらわとて無いぞ。」
「あ、う、うーん。」
子供を育てることが嫌ではないし、もちろん責任と言うのも理解している。しかし、いきなり子供がこんなにいっぺんに来るとは想像もしてなかった太郎は、突然の事過ぎて戸惑っていた。
「ちちうえさまー?」
子供達が俺の顔を見上げるように覗き込んでくる。身長が100㎝にも満たない子供達に囲まれて、困惑はするが、決心もしていた。
子供の目の高さに視線を合わせるようにしゃがむと、一斉に抱き付いてきた。五つの尻尾が激しく動く。残りの5人の子供達はナナハルに吸い込まれるように離れた。
「名前は決まってるの?」
一人ずつ頭を撫でながら問う。撫でると子供の顔がクシャっと笑顔になった。
「わらわが名付けの親になるつもりじゃったが、まだ付けなくて良かったのう。」
「名前って産まれた時に決めるんじゃないの?」
「どうせ幼名だからの、成人すれば変わるのじゃ。」
「なんか昔の戦国武将みたいだな。」
「センゴクブショウ?」
「あ、いやいや、何でもない。でも、名前が無いと困らない?」
「乳飲み子を卒業してまだ数日じゃ、困っておらん。」
「成長早いね。」
「九尾は一年程度で見た目は大人と変わらん程に成長するのじゃ。」
「見た目は大人、頭脳は子供?」
「ある意味そうじゃな。」
カール達が会話を聞いて驚いている。恐いとか言うレベルを通り越しているのは、興味が上回った事も有るが、太郎が普通に接しているところを見て安心もしているのだ。しかし、九尾と言えばドラゴン程ではないが、それに準ずるくらいの戦闘能力が有ると言われていて、その子供が目の前に10人。しかも、太郎殿の子供らしいのだから、驚き過ぎて疲れたというのも有るかもしれない。
知識として知っている隊長と兵士達が出発する事も忘れて、その光景を眺めていた。
「九尾とグリフォンが目の前に居て生きてるって言うのは、凄い体験かもしれませんね。」
「それはそうだが、グリフォンがここに居るという事よりも太郎殿と親しいという方が驚きだ。かなり凶悪な魔物だと聞いていたのだが。」
「凶悪なのは凶悪でしたねー。」
「スーは戦ったのか?」
「私は居ただけと言った方が正しいですねー。」
「少なくとも負けてはいないのだから・・・とんでもない事だぞ?」
「私はとうの昔に一般常識を棄てましたから。太郎さんと一緒に居るといつの間にかこっちの方が常識になってしまいますよー。」
「俺も常識に囚われない方だったハズなんだがな。」
「多分ですけど、殆どの冒険者はそう言うと思いますよー。」
「だよなぁ・・・。」
そんな時、今更ながら周りの視線に気が付いたグリフォンが、スケスケの服と、大き過ぎる胸を揺らしながら太郎に訊ねた。
「あいつらは何だ?敵ならコロ・・・いや、吹き飛ばすが?」
殺すと言わなかったのは太郎の事を知っているからで、実際のところはどっちでも良いと思っている。
「俺の護衛の為に来てくれてるんだから、変な事言わないで。」
「タローよりも弱いのに護衛なのか?」
「弱くはないよ。」
「ふーん。」
ナナハルが少し強めのゲンコツをグリフォンの頭に叩き込んだ。
「なにを?!」
「余計な問題を起こすでない。お主は太郎の世話に成る身じゃぞ。」
「争いは好まない。解ってる。」
ここに来るまでに何かを決めているような二人だったが、それについて説明される事は無く、グリフォンは兵士達を軽く睨んで、すぐにやめた。
「まぁ、こんな土地にドラゴンが攻めてくる事は当分ないでしょうし、今のアンタはただのごくつぶしだからね。」
マナは偶にまともな事を言うから困る。いや、困らないけど。
「我は迷惑にならぬようにするぞ。タローが言うならちゃんと狩りもする。」
「俺が言わないとダメなのか。」
「・・・戦う以外は知らない。」
「それはこれから覚えて行こう。この土地の事は知ってるでしょ。」
「ドラゴンに焼かれて不毛の・・・マンドラゴラの畑が?」
「おぉ、そうじゃそうじゃ。太郎の希望のモノを持ってきたぞ。」
「じゃあ、うどん・・・いや、あのトレントの横に良いかな?」
「大きな溜め池じゃな。」
「排水先が無いから広げるしかなくて・・・。」
「若いトレント・・・いや、あれはずいぶん古いトレントじゃの。その横でよいのじゃな?」
「うん。」
ナナハルが子供を背中にしがみ付かせたまま、裾の内側から小さな木を取り出す。それが表に出たかと思うと、一気に巨大化した。
「あっ、マナ様だー。」
野太い声が響く。あの時、木の実をくれたトレントかな?
目は無い筈なのに視線を感じる。
「えーっと、タロー様でよろしいですか?」
「あ、うん。別に様はいらないけど、まあ好きに呼んで。」
「これからよろしくお願いします。」
そう言いながら根っこが地面に吸い込まれるように入り込んでいく。小さな地響きがおさまった時、枝葉が揺れると木の実が落ちてきた。ナナハルが地面に落ちる前に全てをキャッチすると、それをそのまま俺の前に持ってきた。
「土も水も美味しい。」
トレントが喜んでる。
「なるほどのう・・・良いイロとツヤじゃ。」
「太郎様から頂ける水と土は最高ですよ。」
うどんがそう言うと、大きい方のトレントが凄い喜んでる。気が付けば溜め池の水が3割ほど減った気がする。
「そんなに慌てなくても飲み放題ですよ。」
「つい癖で。」
「まぁ分かりますが、ちゃんと浄化してある程度は戻すのですよ。それが私達の、ここで与えられた使命です。」
「トレント同士で会話するとは珍しい事も有るのう。」
「もっとトレントが増えると我も棲みやすくなるな。」
グリフォンが安心して棲めるほどのトレントの森って、どのくらいの広さが必要なんだろう・・・?
急にナナハルがスッと近づいて俺の耳元で囁く。
「厠はどこかの?」
「あぁ、今はあっちかな?」
「なんじゃ、決まっておらんのか?」
「五日ほどで穴が一杯になるから、そのにたびにトイレが移動してるんだ。」
抱える木の実を一つずつ受け取って、エカテリーナの持つバスケットに入れる。重いけど大丈夫?
全てをバスケットに入れるとエカテリーナの力では持ち上がらなくったので、代わりに持ち上げる。なのでトイレの案内はエカテリーナに任せた。兵士達が早朝にトイレを移動させたという話だけは知っていたが、正確な場所はこれから教えて貰うつもりだったのだ。
流石に子供達を連れてトイレには入らないので、太郎の周りには10人の子供がいる。子供と言ってもしっかりとモフモフの尻尾と、ふさふさした耳、そして可愛らしさとは無縁の着物を着ている。顔はみんな可愛いんだが、俺の血は何処に?
「あれ?お前たちは耳が無いな。」
「こっちにあるよー。」
髪の毛もふさふさで耳が隠れて気が付かなかった。その髪を掻き上げると耳が出る。
「普人と同じ位置にありますねー。」
「九尾の血が濃ければこんな事には成らないという事か。」
「どうなんですかねぇ・・・混血種はどちらにしても珍しいですから。」
何と何が混血してお前たちは生まれたんだ???
「まぁ、出発前にちょっとした事件でしたが、後は太郎さんにお任せします。」
「あぁ、気を付けてな。」
「ちゃんと戻ってきますからエカテリーナで我慢してくださいよ?」
「え、あ、いいのかそれで・・・。」
「はい、お任せください!」
いつの間にか後ろに居たエカテリーナが任せてくれと言わんばかりに胸を叩く。
スーと太郎が驚いて、顔を見合わせた後、苦笑いをする。エカテリーナが少しむくれたりするから、余計に笑ってしまった。
「じゃあ、行ってきます。」
「イッテラャッシャイマセー!」
カール以下数名の兵士達の最後尾にスーが続き、その後姿をエカテリーナが背を一杯伸ばし、腕を大きく振って見送る。
はっきりとは言わなかったが、スーは太郎にこれ以上多くの女性が絡むことを望んではいない。今の状態なら、通常は不在のナナハル。自分より年下のエカテリーナ。子供を産めない世界樹。これなら、まだ自分の立場は安心だ。しかし、スーも太郎も忘れている。すでにやっちまった相手が、まだ他にもいた事を・・・。




