第110話 やっちまった。
周囲の地形の所為か、虫の鳴き声など全く聞こえない夜。満天の星空の下では夜勤警備の兵士がペンションの周囲をうろついている。まだ守るべき範囲は小さく、夜間の魔物の出現も今までになかったことから、兵士達は暢気に欠伸をしていた。
太郎が窓際のベットで星空を眺めながら横になっていると、静かに扉が開いて、静かに閉まる。椅子を持ち上げて、ベッドの横に置くと、そこに座る黒い影。
「どうしたの?」
椅子がガタっと音を立てた。
「・・・起きてたんですか。」
「今日はなんか眠れなくて、夜空を眺めてたんだけど。」
「月明かりが・・・今日は無いですね。」
「ついさっきね、見えなくなったよ。」
暫く無言になると、少女の方から声を出す。
「今日は何故か寂しそうにしているって、スーさんが言っていたので。」
「ちょっとね。」
「いつもはぐっすり寝ていましたのに。」
「いつも・・・?」
実はほぼ毎日、太郎の寝ている時にエカテリーナはこっそりとやって来て、太郎の顔を覗き込んでいた。マナは知っていて黙っていて、スーは理解して黙っていた。
もちろん、その事については何も言わない。
「私はいつでも呼んでもらいたかったんですけど。」
「俺の居た世界じゃ・・・子供に手を出したら犯罪なんだよ。」
「ハンザイ・・・?」
「そう、牢屋に入れられちゃうんだ。」
「もしかして、それを心配して・・・。」
太郎は声を出さずに笑っている。初めて見る不思議な感じがした。
「でも、それは俺の世界の話。この世界では俺が犯罪だと思う事も、犯罪だと教えられてきた事も、合法だったりするから良く分からないけど・・・。でもね、それは俺が逃げている理由に過ぎない事も理解してるんだ。」
エカテリーナは言葉の意味を理解して頷いている訳では無い。その言葉に続くもっとも欲しい言葉を期待していての、無意識の頷きだ。
「・・・おいで。」
鼓動が高鳴る。
爆発するかと思ったくらい急激に振動する。
太郎は言葉を続ける事なく、黙って待っていた。
「好きな人に言われるのってこんなに嬉しいドキドキなんですね。」
「そう言われるとテレるな。」
ベッドに乗り、太郎の身体に手を添えて、その胸に頬を乗せると、鼓動は落ち着きを取り戻し、身体の力が自然と抜ける。
「こうしてると凄く心地いいです。」
「スーにも同じ事を言われたな。」
太郎の言葉で、ずっと見詰めていた視線が少し外れた。小さい顔の、小さい頬が、小さく膨れる。
「他の人の名前は言わないで下さい。今は私が一番ですよね?」
こんなに自分に都合よくその日の一番を変えてもいいモノか・・・寂しさを感じる夜に甘えたくなる相手が・・・エカテリーナで良いモノなのか・・・。
――いいんですよ――
男の自制心なんて、こんなところで強く働くわけも無く、良いって言われてるんだから良いに決まっている。もう、止まらない。
やらないで後悔するより、ヤッて後悔する。
抱き寄せて顔を近づけると、頬が桃色に染まる。
唇を重ねると、耳がぴくぴく動く。
されるがままに受け入れるエカテリーナの心と身体を満足させるまで、たっぷりと愛し合った。
同日の深夜。
ぐっすりと寝ているエカテリーナは、当然の事だが全裸だ。
その横に居る太郎も全裸で、窓にはカーテンも無く、星空が見えていた―――
(バサッ・・・ドスン・・・)
空が見えなくなった。
黒い影が窓を・・・何だこの凄い威圧感は・・・。
「敵だ――――?!」
隊長の叫ぶ声に、驚いて起き上がる。しかし、この威圧は何度か感じた事の有るモノで、太郎は視線の先に見える影に違和感ではなく、懐かしさを感じた。
「フーリンさん?!」
鍵の無い窓が外側から開かれる。もし掛かっていたとしても壊れただろう。
「たーろーくーーんんっんっ?!」
太郎はベッドの上で何故か正座をした。投げ棄ててベッドの角にある服を着る事も無く。
外では兵士が集まってきたが、だれ一人近づけない。そのおかげで太郎とエカテリーナが全裸であることに気が付く者はいなかった。
「心配だからこっそり来てみたら、手を出すなんて!」
「・・・。」
エカテリーナが飛び上がるように起き上がって、身体を震わせながら俺に抱き付いた。掴む手に力が籠る。
「こ、恐いです。」
「だ、大丈夫だかr」
「大丈夫じゃありません!スーちゃんや世界樹様なら仕方がないと思っていましたけど、まさか子供に手を出すとは思ってなかったわ。」
怒ってはいるが、怒り切れない理由も理解している。しかし、エカテリーナの事を考えれば、まだまだ早すぎる事だ。奴隷の時に植え付けられた思考回路が抜けきっていない内に手を出して欲しくなかったのだから。
「スーちゃんも止めなかったなんて・・・もぅ・・・どうなってるの。」
隊長は相手の正体を理解した時、素早く兵士達を解散させた。なにをしているのかは分からないが、あの人の邪魔が出来るほどの勇気も度胸も無い。弾き出された正解は・・・関わらないのが一番。
「赦してくれ、太郎殿。」
小さく呟いて兵士達と共に持ち場へ戻る。
こうして、フーリンは誰にも邪魔される事なく、小一時間太郎を説教した後、「今夜は泊まらせてね。」と、断る必要など無い事を態々言って、エカテリーナに服を着せて部屋から連れ出した。
ちなみに、スーもポチも寝たふりをしてやり過ごしたが、身体がガタガタ震えていたのは隠せない。ちなみにマナは平然としていて、スーを人差し指でつついて遊んでいた。
翌朝のエカテリーナは、邪魔は入ったものの、目的は達成したあとなので十分に満足していた。鼻歌まじりで作業している姿がそれを証明している。
「フーリン様は怒ると怖いけど、普段はとっても優しくてイロイロ教えてくれる頼りになるお姉さんですよ。」
と、エカテリーナが言っていた事が有る。恐いのを省けば、面倒見が良いのは間違いない。
朝食で同席したのは太郎とマナだけで、スーとポチは既に済ませていた。エカテリーナはみんなが食べ終えたら食べるのだが、既に習慣化していて、本人が望んでやっている事だ。
食事を終えたフーリンが周囲を見回しながら誰となく話し始める。
「ここでは太郎君の水で料理してるのね。」
「はい。太郎様のおかげでいっつも美味しいです。それに、お水は溜め池にもたくさんありますし、お風呂は毎日入れますし。」
「溜め池?」
「今はうどんさんが管理しています。」
「うどんさん?」
夜は太郎の事で頭がいっぱいだったので、色々なところを見落としている。昼間になって辺りを見渡せば、すくすくと育っている世界樹、マンドラゴラの畑、大きな溜め池とそこそこ育ったトレント。
・・・何かしらこのボロ小屋?
そして自分の寝泊まりした建物を見る。
「こっちはちゃんと出来てるのに、あっちはなんであんなにボロボロなの?」
太郎が応じる。
「設計図が無いとあんなもんです。」
そのボロ小屋から兵士達がぞろぞろ出てきた。風呂は共同で使っているし、食事もペンションの方で食べるので、兵士達が集まってくる・・・のだが、カールを先頭にみんな入るのを躊躇っている。
「あの子達は何をしてるの?」
「フーリンさんが怖くて入れないんです。」
「何かした子達なの?」
「ダンダイルさんから何も聞いていないんですか?」
「心配するなって言われたけど・・・そう言われると余計心配になるじゃない。ね、世界樹様?」
「それはお節介って言うのよ。」
「せ、世界樹様・・・。」
「お節介楽しいもんね!」
「はい!」
マジで止めてくれないかな。
「ほら、フーリンさんは怖くないよー。」
「私を魔物みたいに言うのは止めて欲しいわね。」
「多分あの人達は魔物の方がマシだと思います。」
「そ、それは、確かに。」
否定できない事実が有り、そこらの魔物程度の方が恐ろしいと言われては竜としてのプライドが傷ついてしまう。
竜人族に勝てると思う程の勇気と実力を持った人は世界でも数人いるか・・・な?
「世界樹様も元気みたいですし、すくすく育ってるのも確認できたから今夜には帰ります。」
今すぐ帰らないのは夜にこっそりと飛んで帰るからだ。
「暇だしちょっと見学しましょう。太郎君が案内してくれるわよね?」
「あ、はい。」
「・・・済まない太郎殿。」
フーリンがペンションから離れれば隊長達が安心して朝食を食べられる。そういう意味を理解して最初にトレントの所へ向かった。
太郎が近づくだけでうどんは少しウキウキした感じに見える。見えるだけで実際はどうなのか分からないが。
「フーリン様お久しぶりです!」
「あら、このトレント私の事を知ってるの?」
久しぶりにフーリンの肩に乗っているマナが、目の前の頭をペチペチと叩く。
「死にかけてたのをやっと見つけて育てたのよ。」
「これなら水の浄化も安心ですね。」
「水なら任せてください。」
そう言うと、うどんは水を噴水の様に吹き上げた。周囲に雨の様に降りそそぐかと思ったが、ちゃんと溜め池に落とした。何のパフォーマンスなんだろう・・・。
違った。水の方が勝手に動いた。
「あら~、珍しい生き物がいるわね。」
「え、うそ・・・なんでこんなところに?」
ウンダンヌの方が珍しい筈だが・・・珍しさならどっちが上なんだろう・・・。
「知り合いですか?」
「知り合いじゃないけど、精霊なんて普通は見えないのよ。」
「なんか俺の所為で見えるみたいです。シルバー!」
風がくるっと輪を作ると、ふわりと現れる。
「お呼びですか?」
「風の精霊?!」
声で気が付くと、声の主に挨拶をする。
「あら、久しぶりですね。」
「・・・太郎君、どういう事?」
俺が答える前にシルバが応えた。
「太郎様は私の力を超えた為に、従属する事にしましたので、今後もよろしくお願いしますね。」
フーリンさんが驚いて口をパクパクさせている。こんな姿は見たくなかったな。
「勝手に来て、勝手に従属しちゃったんですよ。」
「え、だって、風の賢者が居るはずでしょう?」
また新しいワードが・・・。
「3000年程度の修業で私を従属させられるとは思えませんが。」
数年で従属させて済みません。
「私が教えてた頃はまだ全然だったのに・・・むしろ水の魔法の方が得意だったでしょう?」
「空を飛ぶとなんかもの凄いマナが減るんですけど、最近は減った気がしなくて。」
「減る量は変わってないのよね?」
「効率良く使っていると思います。」
「以前よりダダ洩れですよ。」
「えっ・・・。」
「効率良く使うのではなく、効率よく飛ぶ方に意識されてますよね。」
「まぁ、誰かを抱えて飛んだりするから。」
「普通はそこまで飛べません。特に誰かを抱えるという事はバランスも難しくなりますが、それを効率良く飛ぶ事でカバーするのですから余計に燃費は悪くなります。」
そうだったんだ・・・。
「太郎様の場合は何の心配もありません。これからは私の能力も存分に利用なさってください。」
「もしかして100人くらい一緒に飛べる?」
「可能だと思いますが試すのはお勧めしません。」
100人乗ってもダイジョブって訳にはいかないか・・・まぁ、試すのは止めておこう。
「もしかしてその、水の精霊も?」
「私はまだダヨー。でも、いつしちゃってもいいかなって感じ~。」
「み、水の賢者は?」
「数百年前に寿命で死んだ後は存在してないわねぇ・・・。以前の主ちゃんも6000年前だし。」
単位がおかしいって。
「太郎君って逆の意味でかなり危ない存在になってるんじゃ・・・。」
「勿論その懸念も有りましたが・・・太郎様には人を殺戮するというイメージにとことん弱いようで、その心配は杞憂に終わりました。」
「もし殺戮のイメージが強く出来たら?」
「世界が崩壊します。」
「するかもネ。」
軽く言われた。
水が無制限に出たり、好き放題大地を吹き荒らしたらそうなるか。
イメージするというより、考えたくないな。
「太郎にそんな事出来ないわよ。」
「世界樹様のお墨付きですね。」
お墨付きって・・・気にしたら負けか。言語加護が気になるなぁ。
太鼓判とか言われても困るが。
「もう私が心配するほどじゃなくなってたわね。」
「フーリンは心配するの趣味じゃなかったの?」
「そんな趣味は有りません。」
なんで顔を赤くしてるんですか・・・。
マナがニコニコしながら追撃の一言。
「お節介好きだもんねー。」
「・・・好き、ですけど。」
それ、さっきも言ってたな。
マナも結構お節介好き・・・いや、そうでもないか。
んー・・・微妙なラインだ。
なんだかんだ言っても、マナは俺の事を心配してくれてるしなあ。
人と数えていいのか分かり難い5体が集まって話をしている。生きている年数が違い過ぎて会話の内容が全く分からない。迷いの森って・・・聞こえたんだが・・・。
魔素を吸収して巨大化した昆虫が、高い知能を持って人を襲うって、聞きたくないぞ。喋る小鳥達も居たそうだが、最後に会話したのは俺の居た世界に来る直前だそうだ。世界樹の成長速度が早い事も気に成ったようで、それについてはうどんが答えていた。
「土壌や環境では無く太郎様が一因かと思います。」
みんなで俺の顔を見詰めないでくれる?
「でもそれだけじゃ説明が付かないほど大きくなってるのよねー。」
「世界樹様が解らないのでしたら誰にも解りません。」
という事で決着。やっぱり解らないってさ。
シルヴァニードとフーリンさんが何やら話している。
フーリンさんが俺を見たが、何故かマナに頭をペチペチと叩かれている。
なんだろう?
昔話に花が咲いているのか、いつまでも和やかに会話をしていて、俺の出番は暫くなさそうだった。




