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第109話 準備期間

 窓を開けていないのに風が吹いて書類が舞った。不思議に思って見ていると、目の前に小さなつむじ風が発生している。

 ワンピースを身に付けているが身体そのものが半透明で、ゆらゆらと揺れているように見える。何者かと訊ねる必要はない。


「ダンダイルさん聞こえますか?」

「太郎君?」

「そうです。シルバに頼んで声を届けてもらっています。」


 あの精霊であるシルヴァニードを敬称も付けず、まるで道具の様に使っている様子の方が気になってしまい、本当はもっと気にしなければならない事を忘れた。


「隊長も俺達も元気です。」

「そ、そうか。」

「ですが、少し滞在期間が長くなりそうなので、隊長と数人だけ一度帰還するそうです。」

「問題があったのかね?」

「食糧問題は解決しそうなのですが、建築技術が無いので家が建てられません。」

「それはそういうメンバーを集めていなかったからな。道中の魔物が強いと到達できない可能性も有ったのだから・・・建材の方は問題ないのかね?」

「そちらは問題ありません。トレントの居た森は質の良い樹木が育つようで、その森に魔物も棲みますが、その他の草食動物もそれなりに棲息しているそうです。」

「あれから500年も経っているのだ、色々と環境が変化していても不思議はない。困っている事が有れば必要な物を揃えておく。」

「ありがとうございます。でも、あまり大きな物は運べないのでは?」

「その通りだ。こちらで手伝える事は限られてくる。だから正確に言えば物と言うよりも人だな。私の可能な範囲なら送っても構わない。」


 返事を待っていたダンダイルは、目の前で揺らめく美女を眺めていたが、意外なほど待たされていて、目の前のコーヒーカップが空になってしまった。


「・・・済みません、お待たせしました。」

「気にしなくて良い、決まったかね?」

「優秀な鍛冶職人が欲しいそうです。」

「そこに住むつもりなら確かに必要だな。建築も優秀な奴を送ろう。」

「ありがとうございます。フーリンさんにも問題ないとお伝えください。」

「伝えておこう。」

「では失礼しま―――あ、隊長達が戻るのは一か月後だそうです。では改めて失礼します。」


 太郎の言葉が途切れると目の前の美女も消えた。元から存在などしていなかったように跡形も無く。勢い良く立ち上がったダンダイルは、書類を放り投げて太郎の要望に応えるべく行動に移った。






「何者じゃ・・・?」


 目の前に現れた者に敵意はない。風に流れるようにゆらゆらと揺れているだけだ。


「ナナハルさん聞こえますか?」

「その声は太郎じゃな!」


 嬉しさと驚きで声が裏返った。


「少しお願いしたい事が有りまして。」

「わらわに頼み事とはわかっておるの。」


 どういう意味か考えたが答えは出なかったので、話を続けた。


「トレントを分けてもらいたいんです。」

「トレントを?」

「苗木でも良いですし、圧縮魔法で何本かそのまま移植しても良いですし。」

「それならもう一度世界樹の許に行きたいと言っていたやつがおるでそいつを連れて行こう。」

「ありがとうございます。」

「場所は世界樹が元々あった場所です。」

「ほう・・・なかなか酔狂な。」

「あと、種をいくつかいただきたいのですが。」

「なんか妙に丁寧に喋るの。」

「昔の癖なんで気にしないで下さい。」

「昔の・・・?」

「えぇ・・・で、出来れば稲作もやりたいので。」

「そうか、やりたいか。」

「米の味が忘れられないんですよ。」

「わかった。わらわに任せておけ、数日後にはそちらへ行く。」

「そんなに早く来れるんですか?!」

「困るのか?」

「いや、有り難いです。」

「そうかそうか。そちらが頼みごとをするのであれば、こちらからも頼みごとをするぞ。良いな?」

「構わないですけど何も用意できないですよ?」

「物が欲しいわけではない。太郎は欲しいがの。」

「・・・。」

「・・・。」

「・・・頼み事って何ですか?」

「こちらではあれ以降問題が起きておってな。」


 ナナハルの説明によると、コルドーの兵士達が何度か近くまでやって来たそうだ。そこをグリフォンが見つけてしまい追い払ったところ、大々的にグリフォン討伐隊が組織され、執拗な攻撃に苦しめられて逃げているという。


「グリフォンが苦しめられるって相当な事じゃないですか。」

「その通りじゃ。わらわもちと忙しくてな、あまり構ってやっておられん。」


 声は届くが姿は見えない。お互いの姿が見えていたら太郎は驚いて会話など出来なかっただろう。シルバには見えているが事情も情事も知らないので何も言わなかった。


「なのでな、グリフォンをそちらに住まわせてやってくれ。」


 あの巨乳幼女がやってくる。困っているのなら助けるのは問題ない。問題は無いが・・・。

 エカテリーナが不思議そうな表情で太郎を見ている。

 まぁ、可哀想だしな。


「分かりました。」

「そうか、ではグリフォンと共にそちらへ行く。わらわはこの土地から離れるつもりはないので帰るが、必要ならまた呼んでくれればそちらへ行く。」

「その時はお願いします。」

「うむ。」

「ではお待ちしていますので、また。」

「ではの。」


 会話が途切れると、太郎はこれから発生するであろう問題を想起して・・・頭痛がしてきたが、その前にその問題を解決してしまえばいいとも考えた。それは・・・俺が覚悟を決めればいいだけの話だ。

 そう、何よりも覚悟が足りないのだから。






 太郎は畑を広げる為に朝早くから活動していた。スーと隊長は周辺の森で魔物退治と食糧確保の狩りへ外出している。

 建築資材の確保も同時に行われていて、木を何本も切り倒しているが、資材として使えるようにするには太郎の持つ道具でしか出来なかった。同じ太さ、同じ長さ、同じ強度の木材を作るのに太郎は忙しかった。

 忙しかったがここのところ毎日調子がいい。夜もこまごまとした道具作りに励んでいて、棚やクローゼット、テーブルや椅子など、配置する場所は無く、既にペンション一軒だけでは限界が来ていた。


「とりあえず屋根と窓と扉が有ればいいですよね?」

「あぁ、贅沢は言わない。ベッドだって有るし、食べ物にも困っていない。これで家も有れば最高だ。」

「うーん・・・伝統の豆腐ハウスで良いか。」

「トーフハウスとは?」

「ただの四角い家です。」

「トーフとは四角いのか?」

「まぁ、そんなもんです。」

「・・・なんだかわからんが手間がかからないならそれでいい。」


 しかし、しっかりと手間はかかる。神様から貰った道具で楽に木材を加工出来るが、作業するのは太郎一人ダケなのだから。太郎の周りには兵士達が3人で手伝っている。自分達の家になるのだから、手伝う兵士達も全力だ。


「太郎殿の道具は恐ろしいですな。」


 カットが一回ですっぱり切れるのだから、少しズレれば身体も真っ二つだ。


「道具の力だからね。」


 そう言いながら、スパスパと木材を資材へと変えていく。


「それにしても・・・あっという間に山積みになりましたね。」

「厚みも有るし、ガチガチで頑丈ですね。」

「これだけ有れば簡単な家ぐらい建てられそうかな。」

「十分だと思いますよ。」


 気が付くと俺の後ろにはずらーーっと建築資材が並んでいる。普通は数日乾燥させたりする必要が有るのだが、隊長が言うにはこのまま使っても問題ないそうだ。


「釘はないけど、どうにかうまく組み合わせよう。」

「クギって何ですか?」

「ああ、先の尖った鉄芯だよ。てか、普通に有るよね?」

「有りますけどこんなに細いのは無いですよ。」

「そう言えば探したけど売ってなかったな・・・同じモノを見せたけど渋い顔をされたのはそう言う事か。」

「鍛冶職人が来てくれたら頼んでみましょう。」

「そうだね、そうしよう。」


 狩りに行ったみんなが帰ってきて、昼食を終えるとすぐに建築作業となった。


「太郎殿は朝早くから畑を作っていたのにまだ疲れないのですか?」

「気にしなくて良いよ。まだいける。」

「太郎殿の体力は無尽蔵ですね・・・。」

「ははは・・・。」


 柱をしっかりと立てる為に都合の良い黒ずんた土。土なのに石より硬いから、足場を固めるのにこれほど良いモノは無かった。屋根や壁に出来てしまった隙間は木材から剥がした皮を使い、強度も考えて二重にした。

 半日で完成させられる筈も無く、数日かかるはずだったのだが、夜も篝火を使って作業は続けられた。夜明けを超えて昼過ぎに、床は無いが掘っ建て小屋よりは何倍もマシな家が完成した。ベッドやテーブルを設置すれば、この家だけで15人が寝泊まりできる。二軒目の建築については、太郎に資材は用意して貰うが、建築については全て兵士達で行う事になった。

 いくら元気に見えても、これ以上太郎を働かせるのは気が引けたのだ。





 ボロ小屋ではないが、家と呼ぶにはちょっと違う気がする。それでも兵士達にとっての仮の家は、ちゃんとした家が建設されるまでの我が家なのだ。そして、兵士達がペンションから離れた事で、太郎達の寝室は広くなった。

 兵士達がすし詰め状態なのは変わらないが、実はペンションに居た時よりもぐっすり寝ているのは、女性が見えなくなったからで、あれほどの美女が直ぐ近くでだらしがなく寝ているなんて、想像しただけでもモンモンとするのは純情だからではなく、女性が少なすぎる環境の責任だった。

 朝も昼も夜も、女性(エカテリーナ)の手料理が食べられるし、手は出せないが目の保養になる美女が狩りの手伝いをしてくれるし、暇でウロウロしている子供が、気が付くと頭の上に乗って作業を覗き込んでくる。


「交代でやる筈の洗濯だってしてもらえるんですから、我々の環境は他とは比べ物にならないですよ。」


 不満が無いか心配している太郎が訊ねた時の、兵士の返事がこれだった。


「風呂なんて十日に一度入れたらいい方なのに、ここでは毎日入れますしね。」


 水を無節操に使っている所為で溜め池も拡張して大きくなり、うどん(トレント)は水を入れた風船のように大きく膨らんでいる。世界樹も順調に成長しているのだが・・・何故か上に伸びるよりも横に広がっているような気がする。胴回りが一日どころか朝と夕方では太さが目で見て解るぐらい違う。


「なんで上に伸ばさないの?」

「だから私に言われても・・・。でも太郎がくれる泥水はかなりいい影響が出てるわ。」


 泥水を子供に飲ませる大人。

 普通にこの言葉の表面だけを聞いたら、いじめデモされているのではないかと心配するのだが。


「ガチガチに硬い物理防御の魔法か、ドロドロに蕩けた土しか出せないって、土魔法の才能が俺には無いのかな。」

「多分水のイメージが強過ぎるんじゃないかなーって思うんだけどね、それはそれでいいと思うのよ。」

「なんで?」

「私が嬉しいから!」


 笑顔で話すマナの頭を撫でる。根本的な解決にはなっていないが、戦う必要の無いこの場所ならこのままでも良いと思ってしまう。

 しかし、世界樹は燃やされてこの土地から逃げたのだ。悲しい過去があるこの土地でマナは何で平気なのだろう。


「マナは俺が居なくなったら悲しい?」


 突然の質問に驚く様子はない。


「悲しいは悲しいけど・・・スズキタ一族が何人産まれても、何人死んでも、それが日常になってたからねー。」

「長生きするってそういう事だもんね。」

「そう。だからフーリンくらいしかまともに話の合う相手がいないのよ。」

「ダンダイルさんは?」

「私から見たらまだ子供よ。」


 ここまで来ると感覚が分からん。

 俺は若くして貰ったとはいえ、今後50年も生きられるかどうかは分からない。俺の元居た世界でさえ100年も経てばほとんどの人が寿命で死んでいるからだ。

 そんな事を無意味に考えてしまう夜はなんとなく寂しくなり、兵士が傍に居なくなった事も有って、久しぶりにマナを抱きながら寝ようかと思っていたら、そんな日に限ってスーの抱き人形になっていた。しかも何故か俺の寝る部屋とは別のベッドで。

 マナの心地よい波動は傍に居るほど強く感じる為、あのドラゴンでさえ泣いてしまうくらいで、普段はそれほど求めたりしないのに、今日は何故か強く抱きしめたい相手を求めていた。






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― 新着の感想 ―
[一言] 凍らせてみようとしたらまた違うかもしれませんな(`・ω・´)
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