第106話 不足している
朝はエカテリーナが誰よりも早く起きて朝食の準備をする。
ただし、見張りをしている兵士は常にいるので、全員が寝ているという事はない。なにしろ、ここはまだまだ危険な土地なのだから。
「と、そういう事にしといてくれ。」
「まだ心配なんでもうちょっと・・・見てるだけなんで。」
「スーの気持ちもわかるけど、もう信じてもいいんじゃないかな?」
「そうなんですけど、あの子はちょっと頑張り過ぎなんですよー。」
「頑張りすぎ?」
「それはそうですよー。」
「え、なんで?」
「まだ抱いてないじゃないですかー。」
それはまだ、自分じゃ夜の相手をしてもらえないと思っているからで、太郎の役に立てていないと考えているのは間違いない。
それは太郎も分かっているけど、我慢している。
一応ね。
うん。
「みなさん朝ですよー!!」
エカテリーナが大声で叫びながら空の鍋をオタマで叩いている。起こすときは思いっきりやってくれと言う隊長からのお願いだ。
並べられた肉入りのスープと乾燥したパン。テーブルで食べるには狭すぎるので、各々皿とパンを持って外で食べている。家の中で食べているのは太郎達と隊長と夜勤明けの兵士達だけだ。
朝食が終われば兵士達は朝の訓練・・・なのだが遠征中なので中止している。畑を作るのと、今後に必要となる土地を作る為に黒ずんで硬くなった土を剥がしているのだが、剥がした土もだいぶ溜まってきた。
「訓練なんかしなくても少し森に入れば手頃な敵がゴロゴロいるからな。」
との隊長の言葉に兵士達は遠慮なく嫌な表情をしている。
「しかしのんびりもしていられないのも事実だ。」
「特にのんびりしている訳では無いですけど、何か理由があるんですか?」
「帰りの食糧はあるのか?」
「あー・・・確かにそろそろ帰らないとまずいですね。」
太郎が袋を持ってきて中を確認する。
「どのくらいだ?」
「安定して食べるのなら数日後には。」
「そうか。」
悪天候で遅れると思われた往路は、予定より早く到着していて、その分長く滞在できるが、家を建てたりトレントを探したり、畑を作ったりで、既に10日が過ぎていた。
「食糧を太郎殿一人で抱えているのも問題があるんじゃないのか。」
「そうですねぇ・・・。」
勿論この人数の食糧がたった一人で運べるという利点を理解した上で隊長は言っているのだ。
スーの袋も無制限に入るのだが、何しろ袋の口が小さいので、小さい物しか運べない。全ての荷物を袋から出したらログハウスの部屋程度では入りきらないのも分かっているが。
「少し狩りをして食糧を確保するにしても加工するのに日数がかかるしなぁ。」
「狩るって言うと、イノシシとかですか?」
「蛇でも蛙でも。草食の動物がいれば、肉食もいるのが当たり前だからな。」
「草食がいたんですか?」
「少し森に入らないと分からないが、遠くから見ている限りは少しいるような感じはするな。」
「やっぱ肉食よりも草食の方が肉は美味しいですよね?」
「その分逃げ足も速いからなかなか狩れないが、肉食の方は襲ってくるから、勝てるのなら楽だ。」
態々そう言うのは、魔物がこの黒い土地に入ってこないからだ。ここに来るまでは散々襲われたのだが、現在は空を飛ぶ鳥すら寄ってこない。
それにしても・・・。
「マナは何処へ行ったんだ?」
いつもなら傍に居るはずのマナは不在で、食べ終わった食器を回収しているエカテリーナが教えてくれた。
「あそこで木になってますよ。」
外を見ると、トレントを植えた場所とは別の場所にもう一本木が有った。あれ、結構遠いな。
「あそこの土剥がしてないけど、どうやって剥がしたんだろうな。」
「気が付いたら木に成ってたので分かりません。」
「あ、うん。」
エカテリーナは忙しく動き回りながらも太郎の質問に応じている。それを見ていると邪魔になりそうな感じがしたが、皿を洗う時には太郎が必要なので、チラチラとこちらを見ている。要約すると"もうちょっと待って"だな。
「太郎!」
「あれ?」
「あれって何よー?」
マナはいつの間にか横に居て、俺の腕を掴んでいる。
「どうせまたココに来るんでしょう?」
「うん?」
「もう動かないから。」
マナが珍しく真面目な表情をしている。うん。可愛いな。
「え?!」
「ここに住むのよ。やっぱ、色々あったけどココが好きなのよね、わたし。」
「でも一度戻るって約束も有るし・・・。」
「それならあいつらだけ帰れば良いじゃない。」
「そういう訳にもいかないんだよ。・・・ってどうした。なんかいつものマナらしくないぞ?」
食器の回収を終えたエカテリーナがやって来た。
ピッタリ。
「え?」
「え??」
マナにぴったりくっついている。
「どしたの?」
「私も動きません。」
決意表明かな。
「マナ様が居れば安心です。このままココに住みましょう!」
隠しているのだろうが、エカテリーナの意図は分かり易い。
隊長が二人を見て苦笑いしている。
「このままだと帰るのは苦労しそうだし、住む場所を安定させるには木材が足りないし。一度森に入って周辺の魔物の状況も調査したいが食糧も足りない。足りない尽くしだなあ。」
隊長が更に俺を困らせようとしているのだが、その意図は解らない。
「急にみんなどうしたんですか?」
「世界樹様はこの土地が好きなんだろ。」
「それは解りますよ。」
「その子は太郎殿と離れたくないんだろ。」
「それも解ります。」
「このまま帰らないと飢え死にしかねん。」
「それはその通りですけど・・・なんでそんなに余裕があるんです?」
「遠征って言うのは必ず予定通りになる訳では無いんだ。今回だって往復に6週間という予定だが、予定より早く到着したから余裕はあった。」
「そうですね。」
「これが予定通りに進まず、もしも現在もどこかを漂流するような生活だったらどうする?」
「諦めて帰ります。」
「その通りだが帰れなかった場合は?」
「え・・・どうなるんですか?」
隊長は不安を煽っているようで、実はそうではない事を最後に言った。
「捜索隊が編成されて俺達を探しに来るだろうな。まぁ、間違いなくフーリン様が来ると思うが。」
「森を破壊しながら来そうですね。」
「さすがにそこまでは・・・、しないと思うぞ。」
「もしかして最初から帰らない事も予想してたんですか?」
「それは普通に考えておくべきことだろう。」
しかし、他にも隠していた理由が有ったという。
それは・・・。
「閣下にな、太郎殿の実力をしっかり見てこいと言われていたんだ。」
「へ?」
「太郎殿は実力も有るし、周りはしっかりと見ているようだが、何故か拍子抜けするほど気が抜けている時があるから注意しろ、ってな。」
「それって、ダンダイルさんダケに言われて?」
「フーリン様にも言われた。お二方とも太郎殿の事を一番心配していたんだよ。実力も能力も申し分ないのに、何か不足している感じがして危ないってな。」
心当たりが有り過ぎて、スーにもポチにも注意された事が有る。強くなったからといって慢心しているつもりは全く無いし、強くなったという実感が沸いた事もあまりない。
「太郎殿は強いですよ。」
とは、兵士達に何度も言われたが、スーの基準からすると兵士達の方が弱すぎるらしい。なんか、その辺りの感覚が良く分からない。強さの基準値ってないのかな?
「それにしてもなんか急すぎます。」
「なにがだ?」
いつの間にかスーとポチも傍に居た。俺だけ知らなかったのか?
ケロっとした表情で説明してくれたのは隊長だ。
「元々、この遠征だって俺達の訓練を兼ねているが、何の問題も無ければこのまま居座っても良い事になっている。」
「そうですよー。一番足りないのは太郎さんの覚悟です。」
「俺は太郎の決める事について行くだけだ。」
ポチがいちばん優しく感じるのはなんでだ。
「特に急いでいる訳では無いですよね?」
「何時でも良いという事は、早ければ早いほど良いって事だ。」
隊長は少し口調を強めた。
俺に覚悟が無いと言われればそうかもしれないが、全く無いという訳でもなく、周りの事を考えながら・・・。
「あ~、そうか。」
何気なくポチの頭を撫でると耳がピクッとした。一呼吸置いてから、気が付いた事を呟く。
「俺はみんなに合わせた方が良いって思ってたけど、みんなは俺に合わせてたんだ。それに気が付かないからいつまでも進まなかったんだ・・・。」
「準備するのは良い事ですよー。」
「だが周到な準備をしても始まらなければなんの意味もない。」
「ハッキリ言うと皆は太郎が宣言するのを待ってるのよ。」
「宣言かぁ・・・。なんか俺ってそんなに重要人物だったのね。でも、エカテリーナはここに居ると危険だと思うけどなぁ。」
「それは事実ですけど、太郎さんが何とかするって言えば済む話ですよー。」
「・・・主人公補正なんかあったかなぁ?」
「それ、どういう意味ですかー?」
変な事を言ってしまったが、今の状況はみんな俺の為に準備して行動してくれたという事は理解した。よくよく考えれば、マナは育ちさえすれば問題はなく、俺が育つ方が重要だったという事だ。
「もっと早くわかってほしかったわね。」
「え、あ、うん。なんか、ごめん。」
「何にしても、太郎さん自身で気が付いてもらわないと意味の無い事ですからねー。」
もう一つ気が付いた事が。
「今回の遠征から全部計画されてたって事は・・・。」
「太郎殿がどう言ったのかは知らないな。俺は遠征するから準備しろって言うのと、困ってたら助け舟を出すように言われてな。」
「さっき居座るって言ってませんでした?」
「口出しはするが権限は無いって状態だ。」
オブザーバーって事か。
「帰れと言われれば我々は帰る。居座りたいのは俺の希望なだけだ。」
「もう軍人に飽きちゃったんですか~?」
スーがニヤニヤしている。冒険者って言うのは縛られるのを嫌うという話はどこかで聞いた事が有るから、実際そうなんだろうな。
あ、そっぽ向いた。兵士達が困り顔だ。実力は有るから隊長に任命されたんだろうけど、それならどうして軍人になったんだろう?
「隊長は今回の任務ノリノリでしたのに。」
「今だってノリノリだぞ。上司がいないなんてこれほど楽な事はない。」
「太郎が上司じゃないの?」
「俺なの?」
「ん~、確かに、太郎殿が上司になるかな。」
「タロウ様が一番偉いんですか?」
「そりゃ、太郎さんが責任者ですからねー。」
「う、うーん・・・。」
太郎の周囲にはマナ達を含めて兵士達も数人いて、その全員が太郎を見ている。見詰められた太郎は妙に恥ずかしくなり、痒くもない頭を掻いていると笑い声が上がった。




