番外 脱・冒険者
番外編がちょっと続きます
長い・・・かも?
「元冒険者ってあんなに強いのか?」
それは戦闘訓練場に参加した者達の中で圧倒的な強さを持った犬獣人が現れた事に始まる。元冒険者が引き抜かれて軍人になるのは珍しい話ではないが、一般募集で軍人になる者はとても珍しいからだ。
運も才能も実力も無い冒険者の最後の仕事
忌避されるだけの理由も勿論ある。それはただ戦うだけの職業軍人は冒険者のように自分で戦いを選べないからだ。最悪の場合は民衆に刃を向ける事が有るのは歴史が証明している。
冒険者は、仲間を増やし、敵を減らし、自由な立場と自由な権利を行使する。ただし、実力が必要なのは当然だ。
そんな世界で順調に生き抜いてきた男が、ある日の兵員募集にひょっこり現れて、模擬戦で自分以外の参加者を全員ボコボコにしたのだから、一躍有名になったのは当然の事だろう。
その当時、ダンダイルは正規の軍人ではなく、本来なら権限はない。しかし、当代の魔王から厚い信頼を受けていて、対勇者作戦の一端を担っていた。そんな彼の耳にも入り、素性を調べ上げた後に面談となった。
「カール・チャライドンだな。」
「はい。」
形式的な事から会話は始まり、何故軍人になりたいと思ったのかを訊く。
「ちょっと冒険者に疲れましてね。助けたい相手がいても助けられなかった事は一度や二度ではありません。行きたい場所が有っても行けなかった事も良く有る話です。かなり長い間魔王国のギルドで働いてきましたが、これなら軍人と変わらないと思いまして。」
「・・・女癖が悪いそうだが、逃げて来た訳では無いのだな?」
「女とは美しいモノです。美味しい蜜が有れば求めるのは自然な事です。」
「変なモノを持ち込まれても困るぞ。」
「しっかり切ってきました。」
「本当か?」
「はい。」
ダンダイルは手に持つ分厚い報告書をテーブルに置いた。そこにはカール・チャライドンの事が書かれていて、女性関係を切った事も記されている。ワザとらしく確認したのは、本人の意志と覚悟を再確認しているだけだ。
「特殊採用して部下にしたいところだが、お前のような強い兵士を求めている部署があってな。最初はそこへ行ってもらう。しかし・・・本当にそれで良いのか?」
「かまいません。特別扱いするのは好きですが、されるのはあまり好きではないので正当な評価を貰いたいのです。」
「・・・分かった。」
暫くして、カールが向かったのは、貴族が管理保有していて、10年以上も安定した採掘量を誇る優秀な鉄鉱山に地中蜘蛛が大量発生したという、ギルドに出せない緊急の調査だった。
100近い兵士が集められ、部隊長は兵士達の中では剛腕で知られる大尉の男で、カールにはただの筋肉バカにしか見えなかったが、戦闘能力は優秀らしい。今回の調査隊に自ら名乗りを上げていて、何人かの候補の中から十分な実績によって選ばれた。
ギルドに出せない事案が意外にも多い事を知ったのは、貴族が秘密にしたい事が有り過ぎるからで、簡単なモンスター退治がギルドに沢山出回っている理由も理解してしまった。
「なあ、隊長が自分からやりたがったと言う話を聞いたんだが、地中蜘蛛って知ってるか?」
指示を待っているだけで暇な時間に同僚の兵士に訊ねる。
「暗闇に強いというのは知ってるが、あの隊長の戦闘能力は本物だぞ。」
「そうか、知っているのか。」
カールは心配している事が有った。地中蜘蛛は戦闘能力こそ高くは無いが繁殖力が強く、雑食で、そこそこ大型の魔物も数の暴力で襲いかかり、骨も残さず食べ尽くし、2メートルを超えるほどの大きさにも成長する。
「蜘蛛ってのは地上と地中では全く違う能力を持っているが・・・知ってるなら良いか。」
地中蜘蛛に糸で巣を作るという能力は無い。その代わりに狭い穴にみっちりと身を寄せて潜んでいる。そして近づく者に一気に襲い掛かるのだ。ちなみにその穴は在るモノを利用する場合も有るが、自ら掘って隠れる事も有る。要するにとても発見しにくいのだ。
既に鉱夫が20名ほど襲われていて、半数以上が骨も残らず喰われている。
「よーし、お前らイクゾー!」
やっと来たかと思えば直ぐに出発だ。自己紹介も無いのか。この部隊の約半数は今回が初めてだろうに。
俺も含めてな。
「あの人は出世したくて仕方がないんだよ。」
「それでこんな面倒な任務をなぁ・・・。」
移動しながら一列に並んで進む。坑道は意外と広く、魔法石を使った魔道具による灯りが幾つも設置されていた。
「こんなにマナ石を使ってるのか。凄いな。」
列の中間ぐらいを歩く。先頭は隊長が部下の案内を受けているようだ。何かを話しているが俺の耳には届かない。
「うわぁぁぁぁあ!?」
悲鳴が響いた。先頭の兵士達が襲われているがここからでは何もできない。一列の隊列は一気に崩れ、戦闘の兵士達が俺の横をすり抜けて出口に向かって逃げていく。
「何やってんだ・・・逃げ足は速いな。」
呟いていると先頭が良く見えるようになった。隊長と数人の部下が戦っている。飛び付いてくる蜘蛛が体中に纏わりついていて、顔よりも大きい蜘蛛が隊長の腕にくっついていた。
「あのバカ!」
兵士の一人が火の魔法で蜘蛛を焼いた。奇妙な鉄を擦り合わせるような音は蜘蛛の鳴き声なのは分かるが、炎は周辺を巻き込んで燃え広がった。
蜘蛛が穴に逃げ込む。その場に残された隊長達は魔物を退けたが、同時に進めなくなってしまった。理由は解り切っている。
「火を使うバカは貴様か!」
俺の声が届いたとは思わない。洞窟内で火の魔法を使うのは厳禁とされている。それは息苦しくなり易い中で、更に呼吸が困難になる事は洞窟で活動する者にとっては常識だ。殴られた兵士は可哀想だが、これは怒られても仕方がない。
と、いうか・・・。
「そのくらい事前に教えておけよ・・・。」
あまりにもいい加減な扱いにため息が出る。
蜘蛛は視界から消えたが、兵士達の殆どは俺の後ろにいる。
まるで俺が隊長に見えるな。
「アンタ平気なのか?」
「こっちまで来てもいないぞ。」
「地中蜘蛛ってあんなにデカいのか?」
「見た事が無いのか?」
「坑道内で戦うのは初めてだからな。」
「まじか。」
「殆どが未経験だぞ、穴に潜った事は無いからな。」
「隊長はどうやってこの人数を率いて戦うつもりだったんだ・・・?」
「しらん。だいたいは隊長が全部倒してしまうからな。」
先行している隊長がこちらに来た。
「お前少しはマシに見えるな。ついて来い。」
返事など必要ないらしい。
「どこまで進むのですか?」
相手は上官だ。一応、言葉使いには気を付ける。
「・・・この奥に鉱夫が造った居住区がある。」
「こんな地中にですか。」
「水が流れているようでな。そこなら火を使えるとの事だ。」
「なるほど・・・ところで他の兵士達はどうするんで?」
「付いて来れる者だけ来れればいい。だから100人規模で来たというのに・・・俺を含めてたった6人しかいないとはな。」
それはお前のやり方が悪いからだ。
とは言えない。
「その居住区まではあとどれくらいですか?」
「そこに案内板があるだr・・・焼けてるな。」
「そうですね。」
「まぁ、それほど遠いとは思えん。」
穴の中でそんなに遠くまで掘れるわけが無いのだから当たり前だ。
とも言えない。
「道も狭いし、面倒だな。」
身長が2メートル近い隊長には狭いだろう。横幅も俺よりデカい。後ろから見ると熊と見間違えても不思議はないな。
と、心の中でボヤく。
「来ないやつはほっとけばいい。帰還ルートの確保だけは忘れるなよ。」
少しはまともな部分があるな。
いや、自分が帰れなくなると困るってだけの発想かもしれんな。
「ワカリマシター!」
少し離れたところで敬礼する兵士達。
あいつら進まない気満々じゃないか。
何で兵士になったんだ・・・。
隊長を先頭にしばらく進むと、水の流れる音が聞こえる。
椅子にテーブル、壁沿いが斜め掘られていて水が流れるように作られている。
水くらい飲んでも構わないよな・・・いや鉱山毒があるかもしれないからやめておくか。
と思ったら隣の兵士が水を手で掬って飲んでいた。
「お前は飲まなくて平気なのか?」
「・・・飲みます。」
水は思いのほか美味かった。水筒に淹れた水を棄てて淹れなおす。
居住区と言うだけあって、竈が有り、鍋も置きっぱなしだ。汚く汚れたベッドも有るが流石にここで寝る気はない。
何故か、どこからか冷たい風が吹いてくる。
流石に気に成って口を出してしまう。
「地中蜘蛛を処理するのが今回の任務なんですよね?」
「そうだ。」
「発生した原因とかは聞かされていないのですか?」
「斃せば終りだ。」
これはヤバいな。
「斃し切れると思っているので?」
「数はそれほど多くないと聞いている。」
「それは発見した鉱夫の話ですよね?」
「いちいちうるさい奴だな、それがどうした。」
ここで隊長を怒らせることよりも、自分の命の方が大事だよな。
「・・・俺も根性無しなのでここで待機しています。」
隊長以外の兵士が俺を見る。
何で助けを乞う目をしているんだ。
「好きにしろ。」
隊長は俺を見捨てるように先へと進んだ。だが一人が俺に近寄る。
「あんた、元冒険者だろ。何か知ってるんだろ?」
「・・・死にたくないなら進まない方が良いぞ。地中蜘蛛は何処から現れたと思ってるんだ?」
「何処から・・・?」
「風が吹いている。どこかに穴が開いてるんだ。」
オイ、入口の方を見るな。
「地中蜘蛛は自分が隠れる程度の穴は掘るが、多くは元々空いている穴を利用する。」
「風が吹いていて、地中蜘蛛は何処からか別の穴からやって来た・・・?」
「そう言う事だな。」
更に奥へと進んた兵士の声が響いて聞こえる。
大声出すなよ。
「蜘蛛が大量に?!」
カールの表情が歪んだ。そんなに多くの蜘蛛が入って来たという事はかなりデカい穴がどこかで空いている事になる。
声のする方向を見ると、隊長の背中が見えた。剣を構えつつ後ろ歩きで戻ってきた。
「火の魔法は使うな!水か風で対処しろっ!」
「だ、だれか・・・。」
怯える声は隊長ではない。
「俺に任せろ!」
カールは隊長の横の狭い場所をすり抜け、先頭に躍り出る。先の通路には灯りが無く、真っ暗な空間に僅かな光が差し込んでいた。目の前には真っ黒な地中蜘蛛が・・・いなかった。
「とにかく吹き飛ばす。」
剣を抜かずに両手の平を前にかざすと、水を混ぜて渦を巻く小さな竜巻を発生させて蜘蛛達を圧し込んだ。掌より小さな蜘蛛は手足を斬り刻まれて動かなくなったが、顔より大きな蜘蛛が後退していく。
「アレは地中蜘蛛じゃないぞ、どこか別の穴から来た土蜘蛛だ。それにしてもデカいな。」
奥には大きな空洞でもあるのだろうか、隊長の腕よりも太い蜘蛛の足がぼんやりと見える。
「お前、火の魔法得意だったな?」
「あ、あぁ。」
「あそこの向きに思いっきり放て。」
「え、いいのか?」
「さっさとやってくれ。」
隊長の指示を待ったり、報告したりという無駄な時間は使わない。言われた兵士も何故かその命令を忠実に実行した。
「貴様ら何を勝手な事を!」
後ろから怒鳴る隊長を無視して前方を睨む。火を放った兵士とカールには確かに見えた。
気持ち悪いほど巨大な姿が。
腰を抜かして座り込んだ兵士の襟首を掴んで、引き摺りながら後退する。
「あぐあぐがぐ・・・。」
「ビビるな、あの蜘蛛はデカ過ぎてこっちに来れない。」
「オイ、お前は何をしている!」
怒鳴るしか能の無い隊長に報告する。
「この先に大きな空洞が有ります。そこに居るのは巨大化した土蜘蛛で、足だけで隊長の腕よりも太いですが、隊長が進むのでしたら邪魔はしませんのでどうぞ。」
上司を相手にする言葉使いなど気にしていられない。
「うわぁぁぁぁ?!」
俺が引っ張ってきた兵士が再び悲鳴を上げる。そいつの足元には爪よりも小さい蜘蛛がびっしりいた。
「なんでこんなところに砂蜘蛛の子供が?!」
兵士の足を登ってくる砂蜘蛛を風の魔法で吹き飛ばし、水の魔法で壁を作って、更に蜘蛛が近寄れないように防御壁を三重にした。
しかし、これでは俺のマナが尽きてしまう。
「アンタ、隊長なら魔法が使えないのか?」
冒険者時代の口調に戻ってしまう。
「上官になんて口の利き方だ。」
「使えないのか、なら用はないな。別の穴があった場合そこから蜘蛛が入り込んでいる可能性がある。確か地図を持っていたよな?」
スッと出されて、片手で受け取って確認する。
洞窟内でも灯りが確保されているが、今の周辺に灯りは無く、この地図を見るにはさっきの居住スペースに戻る必要が有る。
隊長の存在を完全に無視している男を一発殴ろうとしたが、軽く避けられた。
「壁は解除しました。殴りたいのでしたらどうぞ。」
壁が消えた直後、隊長の足元には大量の砂蜘蛛と、頭の周囲には土蜘蛛が現れた。素早くその場を離れ、カールがやった事と同じことを再現して見せた。だが、表情には余裕が全くない。
「隊長を見捨てるとはいい度胸だな、この任務が終わったら覚悟しろ。」
「覚悟するのはアンタだ。作戦は無く、兵士は置き去り、怯える兵士を助けもしない。しっかり報告させてもらうからな。」
「・・・。」
歯ぎしりが聞こえるからとどめを刺しておくか。
「俺は他の穴の調査をする。隊長なら一人でここを守れるだろうし、総数の分からない地中蜘蛛を全部退治してくれるそうだ。お前らはどうする?」
兵士達が隊長を見ない。なぜなら、今までの任務は殆ど隊長が一人で倒したと言われているくらいだから、戦闘に自信が無くなったのだろう。
「あー、わかったわかった。お前らがなんか言われたら俺の所為にすればいい。兵士も良いかなって思っていたがこんなバカとは御免だ。」
カールが地図を確認していると、ちゃんとした指示と命令書を受け取っていて、隊長に報告をさせて貰えなかった兵士がカールに全てを伝えた。
「落盤が発生していて、掘れなくなったという事で別の穴を掘っていたとの事です。」
「そんなに掘ってたのか。」
「なにしろ魔王国の鉄を支えていると言われてますから。」
「あ~、ここの事だったのか。しかし、これでは使えないぞ。」
「隊長は全部自分で進めて解決してしまうタイプなので、面倒な細かい話は聞いてくれないのです。」
「そんなのでよく任務を遂行できたな。」
「戦闘能力は凄いんです。」
「ふーん。」
隊長は既にこちらに興味も無く、蜘蛛の居る穴を睨んで防御壁を水魔法で張っている。しかし、それ以上のことは出来ない。あの巨大蜘蛛を倒しに行こうと思わないのだから、そこまでバカではないのだ。
「このもう一つの穴も怪しいな。」
「この地図は平面に書かれています。実際は更に地下に向かって掘られていますが・・・。」
「それなら余計に見ておかないとな。」
兵士が隊長を見る。やはりこのまま隊長を置いて移動するのは気が引けるようだ。
「・・・勝手にしろ。」
脳みそが筋肉で詰まっている分、危険なのは肌で理解しているらしい。しかし睨みが凄い。兵士達・・・いや、俺も兵士だが、他の兵士はその睨みに身体を震わせているが、あの程度でイキられてもなぁ。
「少し戻れば他の兵士もいるから手分けして調べたらここに戻ろう。」
「しらべる?」
「他に変な穴が開いていないか調べるだけだ。そうしたらこの鉱山は破棄するべきだろう。」
「それは許さん。」
「た、隊長?」
「俺は蜘蛛を排除すると言った。」
「・・・本気で?」
「当然だ。しかし、あの蜘蛛の数は異常過ぎる。坑道内に蜘蛛の存在が無くなれば達成される。」
「・・・なるほどね。」
隊長はその場から動くことなく、防御壁を張った穴の先の暗闇を睨み続けた。




