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星になった君に  作者: キリシマアキラ
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向こう側の君に

 上がりの時間が少し過ぎた。篠井朝臣しのいあさおみはロッカーを閉める。直ぐに、通信アプリの音が鳴った。

 朝臣はデニムのポケットからそれを取り出して見る。

 「あいつ、出てるよ」

 高校時代からの友人の園田雅也からである。

 朝臣は立ったまま、物なれた動作でリモコンを取る。アルバイト先であるコンビニエンスストアの狭い休憩室で、雑多な物に囲まれたモニタを見詰めた。

 樫木夕生かしきゆうせいだ。

 その姿は堂々たるものだ。中性的な容姿に似合わず、物怖じしない態度は高校時代から変わりない。物怖じせず、器用。きっと芸能人という今の職業は夕生にとって天職なのではないかと朝臣は思う。

 とはいえ夕生の芸能生活はまだ浅い。モデルを経て、とある映画の端役で一瞬だけ出演したことを、以前から存在していたファンがSNSで騒ぎ拡散されたのを、朝臣は覚えている。その後、少しづつ活動が広がり深夜帯の学園ドラマの脇役に決まった。

 トーク番組では司会者が「緊張とか全然感じられませんね。していないでしょう」と声をかけている。

 夕生は答える。「そんなことないですよ。していますよ! でも、良く言われちゃうんですよね。あまりそういうの表に出ないみたいで……」

 司会者が言う。「表に出ないタイプなんですね。ところで、話は変わりますが、これは高校生の頃の写真ですか」

「そう……ですね」

 夕生は姿勢を変えて司会者の方にあるボードを見る。画面に映しだされた画像には、確かに剣道部の時のものが写っている。隣に写っている朝臣の顔にボカシ加工がされている。このご時世、そういう対応なのかもしれない。

「これは剣道部の時の写真でしょう? この時からモテたんじゃないんですか?」

 司会者は続けた。

「モテませんね。剣道部はマイナーですからね……ああ、こんな事言ったら怒られちゃうかな」

「どうして剣道部に?」

「何となくカッコいいかなと思って、特に顔がよく見えないのがいいかなって、気楽に思えたんです」

 夕生のその答えは、朝臣も聞いたことがあるような気がした。

「ええ? 顔が見えない方がいいなんて。こんなにねえ、綺麗な顔しているのに」

「そんなことありません。今はやっと少し自分の顔を肯定しつつありますけど、俺はもっとこう男らしい顔の人が好きなので」

「えーっと、打ち合わせでは、剣道部に男らしい容姿の人が居て、その人と友達になりたかったってあったんですけれど……」

「ああ、すみません。それもそう、事実です」

「その人とは友達になれたんですか?」

「はい。でも、微妙……ですね。あまり、高校に通えなくなったので、正直、高校時代の記憶そのものが怪しい感じになっちゃって」

「それは忙しくてですか?」

「そう、ですね……」

 朝臣はそこでリモコンのスイッチを押して、画面を消した。「帰ろう」そう独りごちる。すれ違った店長と次のシフトの田中信雄に適当に挨拶をして店を出た。夜の冷たい風が頬にあたる。

 テレビの中の夕生を思い浮かべた。話していた言葉を断片的に思い出した。

 ――微妙か。

 そうか。そうかもしれないな……最後に、連絡を取ったのはいつだろう?

 朝臣はポケットからスマートフォンを取り出した。

「正直。高校時代の記憶そのものが怪しい感じになっちゃって」

 また、思い浮かんだ。

 どこが正直なんだ。記憶が怪しいなんて誤魔化しやがって。

 朝臣は苛立つ。だが、あの表現に留まる理由については身に覚えはある。

 結論として、忘れることにしたってことなのだろうか。

 確かに、夕生は俺のことは忘れてくれと言っていたことはある。だけど、それは夕生がこっちに頼んで来たことである。それも感情的な一瞬の後悔から来たものだ。朝臣はそれを宥めた。

 朝臣は、夕生に告白された時のことを思い出す。

 呆気に取られていた朝臣に対して、夕生は取り乱して、忘れろだの。俺は消えたい、居なくなりたいだの言い出した時だ。

 朝臣は言った。

「冷静になってくれ。それじゃあ、今までの友達関係はどうなるんだ? 俺はそっちは手放したくない。想いには答えられないけど、だからって全て忘れるとか壊すとかは嫌だね。俺の言うことは綺麗事か? それとも残酷……か?」

「そうか。俺はお前に拒否されて、拒絶される事ばかり想像していた」

「そんなことしねえよ。拒絶か成就でもなく、その中間を俺は取りたい。だって、お前面白いしなあ。これでお前と切れるなんてそれはそれで俺も傷つく。好意で切れるなんて、おかしいと思うんだ」

 こう朝臣なりに結論を出した。夕生だってその時は喜んでいたように見えた。何と言っても「一生忘れないと思う」と言っていたのである。

 それがこうやって、テレビ番組という電波を使って突きつけてくるとは思わなかった。向こうにとってはそれが普通でも一般人であるこっちは、衝撃的なものになる。

 朝臣は園田雅也にアプリでメッセージを送った。「あいつ、記憶喪失なんだな」

 するとこう返ってきた。

「こっちに気を使っているだけじゃね? 所詮テレビだし」

「そうか」

 その一言で、朝臣は冷静になりはじめていた。

「拗ねてるのか?」

「いや」

 否定はしたが、さっきまでは確かに拗ねていた。それも、身勝手に。

 朝臣の中でいつの間にか出来上がっていた掟はこうだ。

 俺が夕生を忘れるのはいいが、夕生が俺、もしくは俺たちを忘れることは許さない。

 そんな支配者じみた感情が、苛立ちが体中を巡ったのである。

 朝臣はこんな風に思うなら、直接連絡を取り合う方がいいのかも知れないと思った。だが、指は直接の通話のボタンを押すことはなかった。

 自宅アパートへ帰宅すると、ノートパソコンの電源を入れSNSを眺めた。若手に成る程芸能人とは色んな種類のSNSのアカウントを持っている。仕事の宣伝と合間の日常を一部取り出して公開している。ズラズラと現れた芸能人のアカウントの中に夕生を見つけた。こうなると夕生も大勢いる駆け出しの、未熟な若い男だなと思う。

 クリックして見てみれば、更新は一ヶ月程前で止まっていた。ものはついでだ。朝臣は一通りのSNSをチェックした。全て同じように、更新が一ヶ月程前で止まっていた。では、他の共演者のものには登場していないのだろうか?と思ったが、少々ストーカーじみてる事に気づいてやめた。

 あいつはあいつ。俺は俺で生きているのだから、それでいい。

 それとなく画面をスクロールしてみると、ファンかアンチかわからない書き込みが目に入った。

「喋りたくないお話なら、それならそうと。学生時代の話はしないとか、そういうふうに打ち合わせておけばいいのに。何がしたいんだかわかりませんね」

 次の日の講義は早かった。夜更かしはこの辺にして、朝臣は床についた。


 翌朝。地下鉄に乗車すると、近くに高校生の男女が座席に座って居た。二人共スマートフォンを手にしている。その女の方が夕生について話しはじめた。

「昨日、かしきゆうせいがテレビ出てて変なのって思ったんだよね」

「何が?」

「だって、カッコイイ人が居たから部活? 剣道部だかなんだかに入ったのに、その人と友達になったかどうか忘れた的なこと言ってて、えー? そんなの忘れるかなって思って、わたし思ったんだけどさあ。かしきゆうせいって高校ほとんど行ってないのかなあって思った。思い出が全部嘘くさかった」

 全くの第三者の声に朝臣は聞き入った。その女子高生の推測は間違いだ。高校にはきちんと通って来ていた。しかし、あの放送で忘れたという部分から綻び、そういう疑いの目を持って見たのは確かだろう。やはり不可解だった。

「そんなもんじゃねえの、芸能人なんてさ。そうか。既読付かねえと思ったらそのテレビ見てたからかよ?」

 芸能人なんてさ。朝臣はその部分に乾きを感じる。夕生の芸能界入りは応援してきたつもりだった。連絡をあまり取らなくなったのはいつからだろう。

「気づいたら、寝落ちしてたし」

「なんだ。なんか俺やらかしたかと思った」

「なに、シカトしたとか思ったの?」

「まあそうだけど……でも、朝さっき会ったとき普通だったから安心した」

「ふうん。心配症なんだ」

 女子高生は勝ち誇ったように言った。丁度、地下鉄が止まった。波のように人が降りて、また入ってきた。朝臣の大学まではまだもう少しかかる。

 まさかとは、思う。しばらく連絡を絶っていたことに対する当て付けなのだろうか。

 あの頃、普通に友達を継続すると約束したのに。

 時間が経って疎遠になりつつある。

 時間のせいだろうか。

 その時間の中を共有出来なくなったのが本当なのかもしれない。

 これが大人になるということだと気を収めるには、まだ少し早い。地下鉄の中では尚更、実感する。

 でも、こっちからは連絡なんて取りにくい。勝手かも知れないが、そうなんだ。


 ◆ 


 授業も、周囲の仲間との会話も上の空になるほどに葛藤した。その後、朝臣は観念した。こんなに気になるのであれば、やはりコンタクトを取ってみるしかないのである。得体の知れぬ森に足を踏み入れるような気分だった。それは予感なのかも知れなかった。

 大学の構内のベンチに座ると、ポケットからスマートフォンを出す。

 やはり更新はされていない。これまで数回、会話したSNSで接触を図る。一年近く前の会話が目に入る。内容なんて無かった。

 今帰り。

 お疲れ。

 了解。

 大変だね。変わってあげようか。

 最後の一文は、バイトの休みが全くないことへの愚痴の返答だった。その次のメッセージに今送る文章を作った。

「元気か? 俺のことは忘れたのか」

 そう送ろうと思ったが、責めるような文章は良くないと思い気まぐれを装った。

「元気か?」

 表示されたゴシック体のフォントは、狙い通りに軽く浮かんだ。本来、朝臣が持っている気分とは全く違っていた。

 すると直ぐに返信が来た。想像よりずっと早い返信に驚く。

「はじめまして、担当マネージャーの剣崎です。あなたは篠井さんでしょうか? 樫木は今は返答出来ませんので、何か言伝などあれば承ります」

 元気か?に対して随分と仰々しいと朝臣は思った。それだけ、スターになってしまったのだろうかとも思う。つまり、距離を置きたいという意思表示に思えた。

「そうです篠井です。俺は夕生と会話するつもりだった。他に方法が無くて送りました。そっちが俺の方を忘れたと言うのなら、それで構いません」

 棘を含んだ文章になってしまったが、正直な気持ちだった。これで、しばらく返信が来なければそれで良いのである。

「あの放送を見て気分を害したのでしたら、申し訳ありませんでした」

「あれをあんたが謝るってことは、事務所の意向とかそういうのですか? 本人の意向ってんなら仕方ない」

 事務所の意向と文字を連ねながら、どこがまずいのかと思う。

「あなたの気持ちが仕方ないで済むのでしょうか?」

 ここで、なんだかおかしいなと朝臣は思った。

「済まねえけど、そう思うしかないなら」

「大人になったね。朝臣」

「は?」

 朝臣は声にも出していた。

 どうやら夕生、本人からのいたずららしかった。元々、いたずら好きな奴ではあった。でも、あまり洒落になってはいない。

「元気なら、いいよ。ムカついた」

 そう朝臣は送った。

「ごめん、ごめん。あんまり元気じゃないんだよね。だから、あの放送に賭けてみたわけ」

「何なんだよ。こっちは一般人なんだからさ」

「一般人への配慮としては正しいじゃん。あれじゃあ、朝臣に注目は行かない」

「賭けたってのは何なんだ?」

 夕生なりに理由があるのだろうが、こっちからすると何だ。と思うことだろうと朝臣は予想する。

 辺りは暗くなっていた。さすがに寒くなった。スマートフォンをポケットに入れると、自宅アパートに帰る為に地下鉄を目指して歩いた。どこか安堵した朝臣はアパートの部屋に戻るまで一度もスマートフォンを見なかった。

「忘れたって言うのは、なんか朝臣怒りそうだって思ったし」

「死ねよ、バーカ」

「ああそうする。いい具合に、このあたりで、おれの命は終わりみたいだからな」

「何言ってんだこいつ」

 そう送った。呆れた奴だと朝臣は思う。

「もう夜も遅いからさ。またこのアカウントに送ってよ。いや、俺が送っちゃうから待っててね」

 まだ21時だった。結局は何もわからないままだ。けれど、追って必死に聞こうとは思わなかった。連絡は取れることがわかってしまったら、もういいと思った。



 消灯時間になっても寝付けるものでは無かった。樫木夕生は一応は傾けていたベッドを平坦にする為にボタンを押す。点滴が引っかからぬように、気をつけて横になる。

 ため息をついた。

 あの篠井朝臣が放送を見ていた。

 それだけでも充分だと思っていたのに、更に不服を持ったらしいことが嬉しかった。久しぶりに、樫木夕生は浮足立った気分になった。

 これまで何度も、終わった恋なのだと言い聞かせてきた。それなのに、場合によって朝臣は酷く思わせぶりに、感情を突きつけてくる。

 思わせぶりと感じてしまうのは、恋愛の対象が男だからそう思うのであって、朝臣にとってはごく普通の同性の友人に接しているのと同じなのだろう。このあたりの感覚のすれ違いに、これまで夕生は何度も傷ついて来た。

 だが今はその傷も愛おしい自分の一部だと悟る。だから、何も知らせていない朝臣に強い言葉で絡まれても良いのである。

 篠井朝臣という男は、度々余裕がない奴だと言われて来ていた。初めて見かけた時からそうだった。

 いつもどこか張り詰めている。それ故、好戦的なところもあって視線はいつも鋭く、動作は素早く時に投げやりだ。幼い時から習っていた剣道のおかげか、身体は逞しく鍛えられていた。その性格が出来上がったのは剣道のせいかと初めは思っていたが、少し事情が違うようでもある。

 剣道を習うに至った経緯について質問すると「俺が弱いとわかったから、強くなろうと思ったんだ」と答えた。

 この世には強い男もか弱い女も存在しないと聞くが、朝臣から発せられる雰囲気はとても強く、男としては相当な優位性を見ていた夕生は意外に思ったものだ。見た目で一目惚れしたが、知っていくに連れ自分よりずっと繊細な男だった。

 だから、告白に至ってしまったのだと思う。

 告白を通して朝臣も自分も肯定したかった。甘い目論見。おめでたい考え。でも、後悔はしていない。

 夕生は今まで、軽くて図太いと揶揄されて来た。雑。とも言われた。

 芸能界に入ってからは、見かけに反してざっくりしていると言われる。それと度胸があると言われた。根性座っているねと演出家に言われたこともある。

 そんな自分だから朝臣に惹かれたのかも知れない。そして諦め切れない。今のところは朝臣に彼女が出来た話も聞かない。言わないだけであるかも知れない。朝臣の幸せを考えると、言わないだけであって欲しい気もする。

 そんな結論に至っていても、自分に時間が無くても朝臣を想うだけでぼんやりと頭が熱くなってくる。少しの幸せが満ちてくる。



まだすべて書き終わっていません。

朝臣は簡単に言うと、俺様系の強気キャラです。夕生は基本的に一途ですが魔性系な感じです。

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