突発放送スマイルラジオ
ラジオの収録ブースは血に沈んでいた。床にはついさっきまで番組を担当していたDJが笑顔のまま窒息死していて、壁には放送局の女性職員の脳みそがぶちまけられている。顎から上が無い彼女の死体から信じられない量の血が溢れ出し、床に赤黒い血溜まりを作っている。
収録ブースの机にはスマイルが座っていて、誰か職員の首をぬいぐるみのように抱きかかえながらマイクに向かっている。収録ブースとガラス一枚隔てた編集ブースでは、彼女の『パパ』が、慣れない手つきで機材をいじっていた。
「ねぇパパ、これちゃんとみんなに聞こえてるの?」
スマイルの声に、パパは両手で大きく丸を作った。ガラス越しにそれを見たスマイルは安心したようにうなずき、喉の調子を整えて再びマイクを引き寄せる。
「この星のみなさん、こんばんわ! いきなりこんな放送になって、びっくりしてると思います。だけどぜひ最後まで聞いてほしいな! だって私たちはみんなに笑顔を届けにきたんだから!」
スマイルはひとりでパチパチと拍手した。
「本題に入る前に、みなさんにクイズです。ででん! みなさんと私が住むこの星――廃棄惑星の成り立ちはみなさんご存知ですか? ご存知の方で、この放送を聞いてる人は、ぜひ周りのみなさんに教えてあげてくださいね! とっても重要なことだから」
そこまで言うと、彼女は不満げにパパを見た。
「ねー、パパ。これ思ったより楽しくないね、ひとりごとみたいで」
パパは無言で肩をすくめ、どうしようもないと言いたげなポーズをする。
「うーん、でもしょうがない、頑張ろう……はい、みなさん答え合わせです!
正解は『巨大宇宙船の重力炉が暴走し、その引力にたくさんのスペースデブリが集まってできた』のでしたー! この惑星を包む強力な電磁パルスの層もこの影響らしいですよ。そのせいでこの星にいちど下りたが最後、他の惑星との通信もできないし、新たに宇宙船を組んで脱出することもできない……みなさんは、とくに他の星からなんらかの事情でやってきた人たちは痛いほど知ってますよね」
少女の声はいつもの明るい調子から、落ち着いた真剣なものへと変わった。彼女の瞳には深い慈しみに似た光があった。
「私たちはこの地獄のような惑星に囚われています。どこまで行っても変化のない、屑鉄と死体の大地。マスクなしでは自由に歩くこともできないし、鉄錆の悪臭はつねにまとわりついている。酸性の雨は肌を焼いて、身を切るような寒さに凍えそうになった昼は数えきれない。銃声におびえて眠れない夜は日常……みんな、慣れちゃってるからわからないかもしれない。だけど気づいて! この世界は地獄なんだよ!」
スマイルは声を張り上げた。ブース内が静まりかえり、パパが腕を組んで神妙な面持ちをしている。
「だけど私は、地獄から脱出する方法を見つけた。最初に話した、この惑星の核になっている巨大宇宙船。あれはまだ生きています。重力炉は制御できます。私は長年の調査の果てにそれを確信しました!」
少女はそこで一息おき、目の前を見すえて言い放つ。
「私はこの町からその宇宙船『グランドコア』に到達し、この惑星自体を船として発進させます。この惑星から脱出したい人は協力してください。みんなの笑顔のために、お願いします!」
「俺からもおねがいする」
いつの間にかパパがスマイルの横に立っていて、机に手をついてマイクに言った。
「俺は賞金稼ぎのホークアイ……『ミンチメイカー』というあだ名で通っている。俺が保証する。俺たちに協力してくれれば、この星を脱出させてやる。そしてみんな、温かい太陽とうまい空気のあふれる地球や火星に戻ろう。俺たちの人生がこんなクソッタレな場所で終わってたまるか! みんな、この星に嫌気がさした人間は全員、この町に集まってくれ!」
「みんなー! 待ってるからねー!」
スマイルが手を振った。放送は終わった。
「『ミンチメイカー』……まさか奴がスマイルと一緒にいるとは」
放送が終わってから、アングレカムとユリシーズはしばらく無言でいたが、やがて考えがまとまったようにアングレカムが口を開いた。
「有名なの?」
「賞金稼ぎでその名を知らなきゃモグリだ。ギルド史上、一番多くの賞金首を殺した男……まず関わっちゃいけない相手としてな。だからミンチメイカーと呼ばれている」
「さっきの放送、本気かな」
「さぁな」
アングレカムはベッドに腰かける。
「だが本当にこの星を巨大な宇宙船として動かすなら、表面の大地は全部吹き飛ぶだろう。助かるのは核になっている宇宙船内にいる人間だけだ」
「そんなことができるのかな」
「この惑星の直径は約12000キロメートル……果たして核がどれくらいの大きさかはわからないな。地質学者なんて、この惑星に下りた瞬間殺される」
「……やっぱりむりだよ。地球で一番低いマリアナ海溝の底だって10キロメートルだ」
「それは地球の話だろう。ここは廃棄惑星だ。地球と同様に核が球形だとは限らない。銀河帝国の軍艦を見ろ、一番大きなエグゼキューター級スター・デストロイヤーなら全長19000キロメートルだ。そこまではいかないにしろ、艦橋や船体の一部が地表付近まで迫っている可能性は充分にありうる」
「どうする、アンジィ?」
「決まっている」
アングレカムはベッドに横になった。
「寝る。あの口ぶりなら、スマイルはあの町から動かないだろう。ここはじっくり準備を整えてから出発だ」
その言葉に、ユリシーズは嬉しそうにはにかんだ。
「いつものアンジィだ」
「余計なお世話だ。ユーリィも寝ろ。明日は朝食を食べてから行く」
「うん!」
ユリシーズは部屋を出た。薄暗い廊下を歩きながら、彼は静かに闘志を燃やす。
(奴がなにをしようが、僕には関係ない……とうとう捕まえたぞ!)
彼の拳が白んだ。その夜は最後に見た妹の顔が思い出され、ユリシーズはなかなか眠れなかった。