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重力炉外殻・グランドコア

 アングレカムが先導して穴を下り、ユリシーズがついていく。穴は長かったが、底には意外とすぐにたどり着いた。底には金属の壁があり、溶断された高さ2メートルほどの穴が空いている。

「グランドコアだ」

 ユリシーズは、自分の声が少しだけ興奮に震えているのがわかった。

「明るいな」

 アングレカムがつぶやいたとおり、穴の向こうは明るかった。驚くべきことに照明が生きているらしい。ふたりは罠の有無をたしかめてから穴をくぐった。

 ふたりが出たのは狭い廊下だったが、やや埃っぽい以外はまるで現役の宇宙船の内部に見えた。壁も床も劣化はほとんど見られなかった。

「すごい……何百年も前の宇宙船のはずなのに」

「これなら本当に動かせそうだ」

 素直に驚きながら歩を進めていく。少し姿勢を低くすると、床にうっすら積もったチリと埃が不自然に綺麗になっている道があるのが、光の反射でわかる。ふたりはそれを追った。

 やがて広いエレベーターホールに出た。ホールには数百年前のソファやテーブルが放置されていたが、それらもまるで時間が止まってしまったかのように綺麗だった。

 ミンチメイカーの足あとはエレベーター前で途切れていた。

「すごいな、エレベーターまで生きているのか」

「奴らはこれで核に向かって下ったんだ」

 エレベーターに乗り込む。箱の中も広くて明るい。ユリシーズは一番下、動力エリアと書かれたボタンを押した。するとエレベーター内にアナウンスが響いた。

「警告メッセージ。指定されたフロアでは重力炉の影響によるA級時間遅延現象が発生します。このフロアを利用できるのは船長以上の承認を得た人間に限ります。承認を証明するには証明書を操作パネルに――」

 アングレカムの蹴りがパネルを踏み砕いた。するとエレベーターは動き出した。

「この手に限る」

 ユリシーズは少し呆れ気味に笑う。

 エレベーターは下っていく。そのスピードは速かったが、それでも目的のフロアまではしばらくかかりそうだった。ユリシーズとアングレカムは並んで壁に寄りかかった。

「ねぇ、時間遅延現象って、やっぱりアレかな。いわゆるウラシマ効果みたいなやつ」

「そうだろうな、これから先は重力炉の影響が強くなる。重力炉内部のブラックホールの影響で時間の流れが遅くなるんだ」

「案内メッセージ。これより時間遅延エリアに侵入します」

 アナウンスが響いて、エレベーター内の照明が赤くなった。

「現在の遅延度はエレベーター内の1秒あたり地上0.001秒……0.004秒……0.016秒……」

 ふたりは黙り込む。静かに、かつ高速でエレベーターは沈んでいく。

「……26秒……1秒あたり1分の遅延……5分の遅延……20分の遅延……」

 ユリシーズはぼんやりと考えた。今、エレベーターは1秒あたり1時間の遅延をアナウンスした。それは地下での1秒が地上での1時間であることを示す。地下の24秒で地上の1日が経過している。

「どこまでいくのかな……」

「……さぁな」

「1秒あたり12時間の遅延……15時間……20時間……1秒あたり24時間。重力炉フロアへ到着しました」

 エレベーターのドアが開いた。ふたりは飛び出す。現在、このフロアでの1秒は地上での1日と同じなのだ。ぐずぐずしていられなかった。

「ここは……!?」

 ふたりが目の当たりにしたのは壁のない、明るく広大な空間だった。屋内に地平線が見えた。

 ふたりが立っているのは硬質な金属の床で、ときどきその一部が幾何学的にせり上がり、また戻る。まるで呼吸するような動きに、無機質な空間が生き物であるかのようにユリシーズには感じられた。

「ここは重力炉の外殻、マイクロブラックホールのエルゴ球の外、静止限界を包む外側だ。やはり来たな」

 男の声が響いて、ふたりはそっちを見た。

 ミンチメイカーが銃を携えて立っていた。彼の隣には床が盛り上がって形成された巨大なコンソールがあり、その前の座席には半裸のスマイルが座っている。彼女の息はまだ荒かったが、意識はしっかりしているようだった。

 いきなり銃声が響いた。アングレカムの素早い抜き撃ちだった。だが銃弾は弾かれた。一瞬にして床が盛り上がって、スマイルを守る壁が形成されたのだった。

「なに!?」

「空間の設定を変えた。隻眼鬼、キミの相手は私だ」

 ミンチメイカーが一歩前に出た。

「時間が惜しい、はやく始めよう」

「その前に! ひとつだけ訊かせてください!」

 叫んだのはユリシーズだった。

「ホークアイ教授、あなたのような立派な方が、なぜスマイルと一緒にいるのか、その理由だけでも!」

 ミンチメイカーは目を細め、アングレカムとユリシーズをそれぞれ一瞥した。彼はスマイルをふりかえる。スマイルは彼に向かって微笑みをかえす。ミンチメイカーは少し悲しげな顔で口を開いた。

「彼女の本名はドナテッラ・ホークアイ。私の妻だ」

「妻だって?」

「重力機械工学の博士だよ。美しく、明るく、そして難病におかされていた」

「もしかして、あなたはそのために……?」

「そのとおりだ」

 ミンチメイカーは語りはじめた。

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