真夜中の訪問者
家に戻ったユリシーズは持ち帰った料理をアングレカムと食べながら、酒場であったことを話した。彼女はひどく驚いた表情をしつつも黙って彼の話を聞いていたが、ユリシーズがあわや拳銃を抜きそうになってミンチメイカーに押さえられたくだりになると、いきなり髪を逆立たせ、顔を真っ赤にして怒鳴った。
「このっ馬鹿ァ!」
アングレカムの前で、ユリシーズは萎縮し、目を丸くした。アングレカムは何度か肩で息をして呼吸を落ち着かせると、とたんに顔をくしゃくしゃにして、今にも泣き出しそうな顔をする。彼女のそんな顔を見るのは初めてだったので、ユリシーズは驚くよりもショックだった。
「そんなことしてっ……死んだらどうするっ!? いつ殺されてもおかしくなかったんだ……!」
「あー、うん……ごめん」
ばつが悪そうに頭をかくユリシーズを見、アングレカムはハンカチで鼻を拭う。
「おまえがいなくなったら……! 私は……、私は……」
「ごめん、アンジィ。僕の考えが足りなかった」
ユリシーズは頭を下げながらそう言ったが、アングレカムは顔を背けて席をたつ。彼女は顔を隠して自分の寝室へのドアに手をかけた。
「少し……少し、ひとりにしてくれ」
ユリシーズの返事も待たず、彼女は部屋の中へと消えた。ユリシーズはテーブルについたまま様々な感情を頭の中で整理していたが、そのうちふと気がつく。
(……返しそびれた)
出かけるときに借りた拳銃を手のひらに乗せる。約700グラムしかないはずのプラスチックと金属の凶器は、数値以上にずっしりと重く感じられた。
ユリシーズは椅子の背もたれに身を預け、じっくりとそれを眺めた。昔、アングレカムに銃の撃ち方と簡単なメンテナンス方法を教えてもらったとき以来だった。
少年の手にやや余る銃は曲線の少ないデザインをしている。細長い箱のような見た目は大量輸送と効率的な梱包のために選択されたものだ。凹凸の少ないスライドはとっさのときに衣服に引っかかる可能性を無くすため。フレームがプラスチック勢なのはこの星の寒さで皮膚が貼り付くのを防ぐため。トリガーと二重構造になっている安全装置は弾丸を込めたまま持ち歩きやすいようにするため。この拳銃を構成するすべての要素が、鉄屑の荒野で生き残るために選択されている。
アングレカムにそっくりだった。
(それなのに、あんな……)
ユリシーズはスライドを半分だけ引いて、排莢口の向こうに見える弾丸を見た。9ミリパラベラム・バレット。『汝平和を欲さば戦への備えをせよ』という意味の名を持つ弾丸が、すぐにでも発射できる状態でおさまっている。発射されない限り、平和は銃を持つものの手にある。
(戦いの備え……僕の戦い……彼女の戦い……戦い……)
「……もしかしたら、僕は彼女の足手まといなのかもしれない……」
口に出して、ユリシーズは強く頭を振った。
(そんなことは分かっていたはずだ。僕は彼女に守られている……でもそれで、本当に戦っていると言えるのか? 僕はあの酒場で、ミンチメイカーの制止を無視して奴を撃つべきだったんじゃあないのか? もしかして僕は、この旅で一度も傷ついたことが――)
「――やめよう。泥沼だ」
つよくひとりごちて少年は立ち上がる。シャワーを浴びて眠ることにした。
子供部屋のベッドに横になり、拳銃を枕の横に置いて目を瞑ると、頭の中でドロドロと渦巻く様々な想いがかえってはっきりと感じられる。ユリシーズは両手の指を腹の上で組み、自分の呼吸だけに意識を集中させた。ひとつ呼吸をするたびに、頭の中の雑念が落ち着いて、自分が暗闇に溶け出していく。
静かに息を吸うと、冷たい暗闇が体の中に流れ込む。長く息を吐くと、自分が暗闇へと流れ出していく。次第に、闇と自分の境界線が消えていく。
無音だった。眠りに落ちる直前、ユリシーズは(死ぬときってこんな感じかなぁ……)とぼんやり思った。
唐突に覚醒した。眠ったことが嘘のような目覚めだった。
ユリシーズはすぐに違和感に気がついた。いつのまにか、仰向けで手足を大きく広げた体勢になっている。落ち着かないので体を横にしたかったが、そうして身じろぎしたとたん、両手両足が自由に動かせないことに青ざめた。目は慣れていたので顎を上げて手首を見ると、そこにはロープが絡まって、ベッドを取り囲む低い柵に結び付けられている。反対側の手も同様で、よく見えないが、両足も同様に拘束されているらしかった。
大声をあげようとして、少年はベッドのすぐ脇に誰かが立ってこちらを見下ろしているのに気がついた。らんらんと輝く瞳と目があって、ユリシーズは肺臓が潰れたかのような声が出た。
その影は暗闇のなか、あまりにも無邪気な笑顔を浮かべた。
「やぁ、ユーリィ。来ちゃった!」
スマイルがそこにいた。