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傷痕

「あれがミンチメイカーさん……」

 銃撃戦のあった場所から離れた建物の屋上で、双眼鏡で一部始終を眺めていたユリシーズはポツリとつぶやいた。となりではアングレカムが臨戦態勢で座り込んでいる。

「なんか、イメージと違ったかな」

「どんな男だった?」

 女の問いかけに、少年は少し考える。

「意外と話が通じそうというか、まともな人っていう印象かな。なんであんな人が奴と一緒にいるんだろう」

「そんなことはどうでもいい。動きはどんな感じだった?」

「有名だけあって、やっぱりすごいね。アクション映画でも見たことないくらい正確で素早い射撃だったよ。使っていたのは散弾銃だけで、見た限りでは、動けなくなった敵に無用な追撃とかはしていなかった」

「さすがにこの程度では手の内を見せないか」

 舌打ち。

「どうする? アンジィ」

 ユリシーズは双眼鏡から目を離し、彼女を見た。

「ミンチメイカーはともかく、奴――スマイルがどこにいるかわからない。だが発案者が最後まで姿を現さないなんてことはないはず」

「ということは、しばらく潜伏だね」

「ああ。町の宿はもう埋まっているが、もうこの町は完全にスマイル派のものだ。適当に話を合わせておけばどこかの民家くらい貸してもらえるだろう。あとは労働者にまぎれて機会を窺おう……どうした?」

 ユリシーズが考え込むような表情をしているので、アングレカムは訝しんだ。

「あのミンチメイカーっていう人、どこかで見たような気がするんだよね」

「どこかの町で見かけたか?」

「いや、そういうのじゃなくて、もっと前……僕がこの星に漂着する前に……うーん、思い出せない」

「あとでゆっくり思い出せ」

 アングレカムは立ち上がった。ユリシーズも双眼鏡をしまって続く。

 町はこの星を脱出したい人々の勝利の熱気に浮かれていた。町のそこかしこに反対派の死体が放置されているが、今はそんなこと誰も気にかけていない。アングレカムとユリシーズも死体を踏みつけて歩き、脱出派を装って、なるべく愛想よく勝利を喜んだ。そのおかげで、ふたりは町の一角にある民家を貸してもらえることになった。しかも隻眼鬼の名前を知っている人間が多かったのと、子供連れの女ということもあって、一軒家をまるごと使えることになったのだった。

 立派な家だった。壁や床は鉄板やトタンを溶接したもので、内側に断熱材がむき出しになっている。リビングダイニングのほかにキッチンと寝室がふたつもあって、汲み取り式のトイレとタンク式のシャワールームもついていた。

「なかなかいい家だ」

 アングレカムは玄関をくぐると、さっそく万一のための脱出経路を確認しはじめる。ユリシーズは、リビングのテーブルの上に食べかけのパンが乾いているのを見て切なくなった。

「この家のもとの持ち主、追い出されちゃったんだね」

「そうだな。もう死んでるかもしれない」

 アングレカムが家中のカーテンを閉め、ランタンの明かりを点けていく。

「どんな人だったんだろう……」

「夫婦だ。それと子供がひとり」

「なんでわかるの?」

「片方の寝室にはベッドがふたつ、もうひとつの寝室は床におもちゃが転がっていた」

「そんな……」

 ユリシーズは暗い表情をしかけたが、頭を振って顔をあげた。

「いや、関係ない。今は彼らに感謝しよう」

「ユーリィもだいぶ染まってきたな」

 アングレカムがリビングのテーブルに腰かけてニヤッと笑った。ユリシーズは荷物を床に下ろした。

「自分に抱えられない荷物を抱えようとして潰れる人を、たくさん見てきたから」

「いい教訓だ……ところでユーリィ」

 アングレカムはテーブルの乾いたパンをモフモフ食べつつ言う。

「なんでもいいから、夕飯になるものを買ってきてくれないか?」

「え? ……いいけど、僕ひとりで? アンジィはどうするの?」

 困惑するユリシーズに、アングレカムは妖しく目を細める。

「女にはひとりになりたいときがあるのさ。ほら、カネと銃だ」

 彼女は金貨の詰まった袋と拳銃を、テーブルの上を滑らせた。ユリシーズはしぶしぶそれらをふところに納める。

「べつにいいけどさ……今はみんな浮かれてるから、下手うたないかぎりトラブルもなさそうだし」

「頼んだ」

「わかったよ」

 ユリシーズは少しあきれた様子を見せながら家を出ていった。アングレカムは彼の背中を見送って、部屋が静かになると、やっと安心したように息を吐いた。

 彼女は椅子から立ち上がって寝室に入る。そこで彼女はマントを脱ぎ、装備をひとつずつ外しはじめる。肩、腰、腕、足のナイフをベッドに並べ、脇、腰の後ろの拳銃を抜き、ナイフの横に並べる。最後に、右太もものレバーアクションライフルを抜いて、彼女はそれをランタンの火にかざした。

 アングレカムはひとつしかない金色の瞳で、しばらくそのライフルを愛おしげに見つめていたが、やがて強く胸に抱いた。

「もうすぐ……もうすぐだよ……もうすぐ奴を殺してやれる……」

 彼女はライフルに軽くキスをし、いったんそれを置いて服を脱いだ。揺らめく明かりに照らし出された彼女の肌には、無数の傷痕が刻まれている。傷痕は単純な切り傷や銃創のあとのほかにも、刃物で生皮を剥がされた跡や、焼きごてを当てられた跡もあった。拷問の跡だった。

 アングレカムは拳銃を一丁拾い上げると、下着姿のままシャワールームへと消えた。

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