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第三章 家出少女に叱責と強がりな誓いを 5

 *

「なんか飲みもん買って来ようか?」


 七日と二人になり、――――片岡統南は言う。それはただ七日から逃げるために言っただけなのかもしれない。


 統南は美春の計らいから七日の話を聞いて、自分の目の前に居る少女がどれだけ苦しい気持ちで居たのかを自覚させられた。最初から分かっていたのに。最初からそのくらい知っていてあえて統南は無視していた。


自分が七日を大切に思いたくないだとか、過去の出来事の罪滅ぼしの道具だとか訳の分からない事を言って七日を助けようなんて考えなかった。七日の幸せを願うだけで自分から動こうとはしなかった。


 自分では何も出来ないと自分を見下して。


 統南は自分が酷く情けなくなり、何よりムカついた。自分自身にこれでもかという程ムカついた。このままに七日の顔を見ていたら、何かが変わってしまいそうになる。その変化が怖くて統南は七日から逃げたいなどと思ってしまう。


 しかし七日はそれを許す事も、許さない事さえしなかった。


「あたしは要らない。統南の好きにしていいよ」


 ただ選択を迫るだけだった。


「……」


 統南はその選択から何も答えず、動く事が出来なかった。逃げようとしたが、同時に今の七日を一人になどしたくないとも思っている自分も居る。


 結局統南は七日の傍に居ることにした。


「ねえ、統南」


 七日も統南の意思が分かったのか統南に話しかける。


「何?」


 統南も七日の話を聞くことにする。


「あたしと統南が初めて会った場所って確か山だったよね」


「そうだったな」


「そこであたしは死のうとしていたのを統南はそれを見つけて止めてくれたんだよね」


「……ああ」


 あまり触れたくないはずの出来事なのに、七日はさばさばとした口調で語る。まるでふっ切れたかのように。


「どう思った?」


「どういう事?」


「あたしが死のうとしていた所を見て、統南はどう思った?」


 七日は聞く。まるで明日は何して遊ぼうかと問うように軽い口調で。


「そうだな。ムカついたし、やっぱ慌てるよ」


「他には?」


「他にはって……。……さっきも言ったけど、あん時は慌ててなんとか説得するために一杯一杯だったよ」


 言った通り、あの時統南は七日を子供だと思わず、背丈だけで大人だと思い込む程慌てており、気付けば七日と口論になっていたのだから。他の事を考える余裕などなかった。


「そっか……。そうだよね。じゃあさ、聞き方変えるけどさぁ、統南がもし自殺するとしたらどうやって死ぬ?」


「俺はそんな事しないよ」


 統南はすぐに答える。例えどんなに苦しくても自分から死ぬ事はしてはならないと統南は思っている。そう思わないと自分を保っていられない。


「もしもの話だって言ってるでしょ。もしもの話」


 七日はもしもという言葉を強調し、統南の答えを求めるかのように訪ねてくる。


「……もしも死ぬなら俺はなるべく人に迷惑かけないで死にたい。それこそ人目の少ない山とか」


 統南は渋々答えるが、その時何か違和感を覚える。


「そっか」


 七日は納得するように声を上げて、そのまま話題を変える。


「統南は姉さんと二人になった時、あたしが家出した理由を聞いたの?」


「……うん、聞いた」


 正直に答える。この事に嘘をついても仕方が無いから。


「やっぱり聞いてたよね。それでさっき美春さんとの話も聞かれちゃってたんだよね。なんかもうアンタはデリカシーがないわよ。バーカ」


 七日は軽い口調で笑いながら言うものの、その顔はすぐに不安気になる。


「感想は?」


 七日は自分が家出した理由について感想を求めてくる。統南は自分の思った事を嘘も遠慮も交えずに答える。


「……酷い話だと思った。俺も家出とかしたけど、それは俺が悪いんであって、親が悪いとかじゃない。でもお前は俺とは違う。俺は両親に無視された事もないし、兄弟も居ないから七日の気持は想像でしか考える事しか出来ないけど、たぶん凄く辛かったと思う」


 少なくとも統南なら七日と同じように家を出るか、家族に反抗するかのどちらかを選んでいただろう。でも一つまだ七日に言わないといけない事がある。もしかしたらその事は統南の全くの見当違いかもしれない。七日を傷つけてしまうだけかもしれない。それでもさっきの話で感じた違和感と今言おうとしている事は結びついている様な気がした。


「それでもそれは死のうとする程の事じゃないと俺は思う。辛いってのは分かるけど、家族から逃げればいい話だし、そこまで深く考えても仕方がない事だと思う」


 統南はそのまま先程の違和感に触れて行く。


「まず七日は自殺しようとしてるなら、俺みたいに山って考えるのは分かるけど、なんでもっと山奥でやろうとしなかったんだ? あんな山道の近くじゃ誰かに見つかって止められるのに。まるで誰かに止めて欲しいみたいに。実際に俺にお前は止められた」


 統南が言い終えると、七日は僅かに笑みを浮かべた。


「うん、そうだよ。あたしは本当は最初から死ぬ気なんてなかった。そんな事怖くてとてもじゃないけど出来ないよ。ただ死のうとする振りをしてただけ」


 あっさりと簡単に七日は言う。統南も別に驚きはしなかった。なんとなくだが、分かっていたのかもしれない。七日という少女はまだ全てを諦めた人間とは違い、まるで何かに抗っているかのように見えたのだ。そしてこれもまたなんとなくだが七日がなぜそんな馬鹿げた行動をしようとしたのかも統南は分かる気がする。


 ただそれは例え七日の気持ちが分かろうが分からなかろうが、怒らない理由にはならない。何せ七日は本当に『馬鹿げた』行動をしたのだから。


 気付けば統南は七日の頬を叩いていた。


「死ぬ気もないのに死のうとすんな!」


 声を荒げて、さっきまで七日から逃げようとしていたのを自分でも忘れてしまう程、統南は怒っていた。


 怒る理由などただ一つ。


「死んだらどうすんだよ!」


 これ以外にはない。


「例え、死ぬ気がなくてもな、間違って自分から死ぬ事なんてあるんだぞ! お前さっき言ってたよな。希望くらい持ってもいいじゃないかって! また家族と仲直りしたいんだよな? なのになんでそんな事しやがったんだよ!」


 統南はずっと七日に言いたかった。遠慮して言えなかったが、もうそんな事はどうでもいい。今はただ七日に伝えたい。自分の気持ちを。自分の罪悪感を。


「悲しいんだぞ! 後悔すんだぞ! ずっと傍に居る奴に死なれたら悲しくて意味がないのに後悔して、罪悪感で一杯になってこっちまで死にたくなるんだぞ! 本当に死にたくて堪らなくなるんだぞ! このバカ女!」


 統南はもう自分が七日を保護している事も、七日より歳が上な大人だという事も全部忘れて、ただめちゃくちゃでまるでまとまっていない言葉を七日にぶつける。


「何が希望を持ってもいいじゃないかだ! お前が死んじまったらどうにもならねえんだよ! 悲しいだけだろうが!」


「分かってるよ。……そんな事」


 統南が勝手に話して行く内に七日はさっきまで止まっていた涙をまた浮かべ、泣くのを一生懸命に堪えている。まだ中学生の子供がだ。


「間違ってるだなんて分かってる! でも…………でも! もうどうしたらいいか分からなくて、どうしたらみんなが仲直り出来るのか考えが浮かばなくて、それでもしかしたらあたしが家出して、それで……ハァ、ハァ」


 七日は喋れなくなる程、今にも苦しそうに息を荒げながらも、まだ泣かずに話して行く。


「……っ。それでみんながあたしを心配して、あたしを探し出してくれて、そしたらさぁ、あたしが死のうとしている所を見つけたら、みんな必死にあたしを止めてくれるかなって思って」


 七日が言うみんなとは家族の事だろう。だが、現実は上手く行かない。七日の死のうとする所を見つけてしまったのは何しろ統南なのだから。


「そんでさ、あたしがみんなの説得で死のうとするのを止めた後にね、みんなで家に帰るの。でもみんなお腹が空いてたから、ファミレスとかに寄って、ご飯食べて、それであたしがみんなにごめんって謝って……それから……それからっ」


 もう喋るのも辛そうな七日はそれでも語るのを止めはしない。


「…………また昔みたいにさ、兄さんはあたしの勉強見てくれて、姉さんといっぱい話をして、お父さんと一緒に釣りとか行って、お母さんと一緒に誕生日とか晩ご飯のおかずとか買い物するのに……。なのに統南があたしを止めたりするから」


 七日は統南に非難の言葉をぶつけ出す。


「統南があたしを止めなきゃ今頃みんなと仲直り出来てたんだよ。今あたしが辛いのも苦しいのも全部統南のせいよ。統南が変なお節介なんかしなければよかったのに。統南が結婚しようだなんてバカみたいな事言って、あたしなんか構わないでほっといてくれればぜん……ぶ……、全部今頃こんな……気持ちに」


 そして七日は大きな声で泣き出す。小さな子供の様に背の高い女の子は泣き出してしまう。


「…………」


 統南はそんな七日の泣き声を聞きながら、わずかに一瞬だけ考えて、小さく笑う。


(はあー面倒くさい。俺も七日も全部面倒くさいよ、ほんっと)


 統南は考えるのを止める。どうせ無駄なのだ。関係ないのだからもう全部。七日を大切に思う事を怖がる事も、その七日に汚い感情をぶつけるのを嫌な事も、そんなの全部自分自身が我慢すればいい。なんで自分がこんな目の前で大泣きしている子供のために我慢しないといけないんだと思うが、それはまあしょうがないという便利な言葉がある。


 だってもう七日はとっくに義隆たちと同じ様に大切な人たちに入っていたのだから。そうじゃないと七日が泣いているのを見て、こんなに心が傷んでいる理由も、なぜか微笑ましくなる理由も考え付かない。というか今さら七日が大切に入らない理由を考える方が面倒くさい。


 だから統南はもう『偽善』を一旦止める事にする。なぜなら今自分がやりたい事は偽善でもなければ、善人みたいな行動でも、ましてや悪人みたいな事をしたい訳でもない。ただ単にこの目の前に居る無力な少女の力になりたいのだ。


 つくづく統南は自分も七日も面倒くさい人間だと思う。


「はあー」


 実際に大きなため息をつき、統南は七日の頭に触れる。前から思っていたのだが、背丈は自分の方が大きいがそれでも充分に背の高いこの少女の髪はとても柔らかいんだなと。


「泣くなよ。ごめんな叩いちゃって」


 統南はさっき七日の頬を叩いた事を謝りながら、そのまま言葉を続ける。


「俺が悪かった。お前の馬鹿げた計画が失敗したのは俺のせいだな。俺が止めたせいだ。悪かった。でもさ、もう泣くな」


 統南は観念して言葉を続ける。


「あとは俺がなんとかしてやるから。俺に任せろ。絶対に七日とお前の家族を仲直りさせてやるから。だから七日はとりあえずいつもみたいにバカみたいに笑えよ」


「……なんで。なんで他人のあたしなんかに美春さんたちも統南もあたしにこんな事してくれるのよ。おかしいよ。アンタたちおかしすぎるわよ」


 七日は少し落ち着いたのかそんな憎まれ口を叩くが、こんな弱々しい口調で言われても痛くも痒くもない。大体自分の事さえ未だによく分からないのに美春や義隆たちの事など分かるものかと統南は思うのだ。


 だから言う。


「さあな。知らないよそんな事。義隆さんたちの事なんて俺に聞くなよ。でもさ、とりあえずはさ、俺一応大人だから。もうガキのまんまじゃ居られないんだよ。いつまでも家出少年じゃ居られない。大人の役目はいつだって一つだよ」


 まるで漫画の中に出てくる主人公になったかの様に統南はカッコつけながら言ってみせる。


「大人ってのはガキを守る義務があんだよ」


 最後にこう付け加えて。


「しかも大切な子ならなおさらだ」


 やっとその言葉を口にする。


 統南は一度口にしたからには自分が物語の主人公みたいに七日の事を救うと言った事を守らないといけない。面倒くさい事だ。考えただけでも疲れそうだ。仕事も休む訳にはいかないし。まあただ後悔はしてはいない。さっきも言った通り七日は大切な子なんだし、彼女の力になりたい。何より七日の笑った顔が見たいのだ。


 見返りなんてそんな金にもならなさそうな事で充分だ。それにそろそろガキから大人にも成長しないといけないのだから丁度いい機会だろう。


「ほ、本当に……。いいのあたしなんかのために」


 七日はそう訊ねるので統南は即答する。


「ああ、俺には七日みたいなクソ生意気なアホガキで充分さ」


 統南は七日が怒るかと思ったが、唐突に七日は抱き付いて来る。


「ちょ、おい。どうしたいきなり。こんなとこ誰かに見られたら誤解されるぞ」


「…………」


 しかし七日は統南の胸に顔を埋めて何も言わない。ただ肩を震わせて泣いているのだ。そしてしばらくして七日は縋るような口調で統南に言って来る。


「後悔するよ絶対」


 その声は泣いているせいかそれとも胸に埋もれているためかくぐもっていた。


「なんでさ?」


「だってさ、こんな優しい言葉をかけられて、それでもし統南が居なくなったらもうあたし今度こそ生きていけないよ」


「俺が居なくなったらね……」


 統南はそれは無理だと否定の口にする。


「……なんで」


 七日は抱きついたまま不安気な声で聞いてくる。


「言った通りさ。俺がずっとお前の目の前に居る事は無理だ。だってさ言っただろ。お前の家族と仲直りさせてやるって。家族が居る家に俺が帰してやるんだからずっとは居られない。まあせいぜいあと一、二週間くらいかな」


 自分でそう言いながらつくづく偉そうだなと思いながらもそのまま言葉を続ける。


「今はとりあえず『俺たち』の家に帰ろう」


「……うん」


 軽くだが、七日の背中に触れ、まるで雛鳥でも抱きしめるかのように僅かな力で統南は七日を抱きしめる。


 こうして二人は古臭くてボロボロな我が家に帰って行くのである。





「ねえ、統南」


 帰り道、ふと七日は話しかけてくる。


「んー。どうした?」


 統南は気の抜けた返事で聞く。


「ありがとうね」


「何がさ?」


「あたしの事大切だとかさ、任せろだなんてカッコつけた事言ってくれて」


「……それは遠まわしに俺を貶してるのか?」


 統南は夜道では分からないと思うが、少し顔を赤くして訊ねる。確かにさっき七日言った事はちょっとキザ過ぎたというか無駄に熱血だった様な気もしなくも無いが、別に今言わなくてもいいんじゃないのかと思う。


 しかし七日は統南の予想していたと答えとは違う回答を答える。


「ううん、違うわよ。たださー世の中こういういい人たちっていうかなんていうか向こう見ずのバカでさ、優しい人たちも居るんだなって。だからそれが嬉しくて、なんていうか統南にありがとうって言わなきゃなと思って」


 貶してはいないと言っておきながら、やはりバカにしているような言葉にしか聞こえないが、統南は怒る気にはなれない。だって七日は本当に感謝しているようだし、それに何よりさっきと違ってもう泣いてなどいない。だから今はいい。何も語らなくていい。何も考えなくていい。ただ自分も笑えばそれでいいのだ。


「そう思うなら、とりあえず感謝の印として統南さんって呼べよ」


 調子に乗って言ってみる。


「いやだからそれは無理だって」

 が、即座に拒否される。


「いいじゃん。なんつーかお前の親とかに会った時に中学生に呼び捨てってカッコつかないだろ」


「大丈夫だよ。統南は壊滅的にカッコよくないんだから何をしても今さら手遅れだよ」


「いやお前……感謝してるって言って実は全然してないんだろう。つーか見下してるだろ」


「まさかー。まあ見下してはないけど、統南を尊敬する事は無いかな永遠に」


「…………やっぱお前に協力するのをやめようかなー」


 統南は少しムッとしたので言い返してやろうとするが、逆に七日はニコッと笑い、こう言い返す。


「大丈夫。そんな時は義隆さんに統南に無理矢理汚いものを押し付けられたって言うから」


「やめて! 社会的に死ぬよ俺!?」


「もしくはおまわりさん」


「いやそれはもう逮捕されちゃうから! 新聞載るよ俺!?」


 統南は自分の両親の事を少し考える。もし家出してそのまま帰って来なかった息子の顔が中学生に性的暴行をして捕まったなどという記事で見つけたらそれこそ確実に死にたくなるくらいの恥であるはずだ。


「あはは、冗談だよ。……たぶん」


「断言しろよ。断言!」

 などと先程までのしんみりとした雰囲気も消え、七日とバカ話をしているとふと統南より先に前を歩いていた七日は自分たちの家の前で泊まる。


 何事かと思い、家の前を覗き込むと統南もさっそくかと気を引き締める事になった。


「……こんばんは。こんな遅い時間にすいません」


 統南たちの家の前には七日の姉、田中冬奈が立っていたからだ。


「姉さん……」


 七日はまた大好きな姉に再会した事に複雑そうな声を上げる。冬奈もチラリと七日を見て、軽く微笑み、その後すぐに統南に視線を移し、冬奈は統南に言う。


「統南さん、私も家出して来ました」


「え……?」


 また統南の目の前に新たな面倒事がやって来るのだった。




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