4-21 伝説っぽくなっちゃいました。……そして(済)
最終話
その男は地方のとある街に生まれた。
産まれた時、その側に何故か【契約の粗品】のように、知らない外国の“粉洗剤”が置いてあり不思議がられたが、それ以外はごく普通に成長した。
幼い頃から家族愛に人一倍敏感な子供だった。
子供の頃から、気がつくと“誰か”を捜していた。
どこかへ帰りたかった……。それが“何処”か知る術もなく彼は大学を卒業し、就職して一人暮らしを始めた頃、彼は“彼女”に出会った。
その女性は結婚直前に夫となるはずの人物を亡くしたらしい。
彼女は親元に帰らず“夫”と暮らすはずだったアパートに住み、帰らない夫を想いながら一人暮らしていた。
男は彼女に見惚れた。飛び切りの美人という訳でもなかったが、彼女を見た瞬間に涙が止まらなくなり、気づいた時には声を掛けていた。
当たり前だが、最初男は彼女に拒絶された。
それでも男は諦める気は無かった。彼女こそ生まれてから捜していた人であり、帰るべき場所を見つけたのだと思った。
三年の時を掛けて、少しずつ彼女の悲しみを癒し、彼女も男の持つ“雰囲気”を懐かしそうに思い、徐々に心の氷を溶かしていった。
そして幼い頃から感じていた、心の中にある【黒い鎖】に急き立てられるように男は決意する。
ポケットにあるのは給料三ヶ月分を注ぎ込んだ婚約指輪。
これを握りしめ気合いを入れると、どこかで彼を応援するように『ニャ』とネコが鳴いていた。
***
【聖王国の聖女】と呼ばれる少女が突入して数ヶ月後に【黒い渦】は消滅した。
結局それが何だったのか誰にも分からず、少女はそこから戻ることはなかった。
人々は【聖女】様が自分の身を犠牲にして邪悪を封じ、世界を救ったと口々に噂して少女が無事に帰ってくることを神に祈った。
魔族と人間が和解することはなかった。
ただ生き残った魔王軍は【聖女】の慈悲に触れ、争うことなく魔王領へと戻り、その後、魔王ヘブラードの名の下に、人間国家との不可侵の宣言だけが成された。
人間国家も恐ろしい魔物の森や、荒れた土地しかない魔王領を争ってまで奪うことは考えず、不可侵を認め、魔王領との道を封鎖した。
その後、わずかに伝わってきた話によると、魔王は世にも美しいドワーフの姫を娶り得体の知れぬ海藻料理の創作に精を出していたと言う。
「……ウホ」
「そうだな。その娘もまた会いに来るさ」
「ウホーッ」
「ははは、それは良いな。娘が来たら、その言葉を伝えてやるといい」
人々は聖女様が帰られないことを悲しみながらも、少女を良く知る者達は悲観していなかった。
少女が黒い渦に突入した後、一度だけ彼女の従者が戻り、一人の記憶喪失の少女を連れ出すと同時に一つの伝言を持ち帰っていた。
『少々厄介な場所に入ってしまいましたので、適当に一~二年したら帰ります。お父様お母様、ご心配をお掛けしますが、お姉様をお願いします』
丁寧だが彼女らしい適当な文面に、関係者は皆同様に微妙な顔をした。
でもたったそれだけで重い空気が軽くなったのは、彼女の“人徳”のおかげだろう。
救出された記憶喪失少女の仲間達はすでに居なくなっており、剣士とエルフの女性はコルコポの街で憲兵に逮捕されたらしく、彼女は生まれ故郷であるタリテルドに送られることになった。
そして、記憶喪失の少女は……。
「アタリーちゃん、私のことはお母様と呼んでね」
「………は…ぃ…」
アタリーヌは王都のヴェルセニア公爵の別邸で、公爵フォルトと公爵夫人リアステアの庇護の元に暮らしていた。
記憶を失い、ほとんどの感情もなくしてしまった女の子。
身の回りの最低限のことは出来るが、子供の様になってしまった女の子。
リアステアはそれを不憫に思い、実の娘のように世話を焼いていたが、半年が過ぎても回復する様子はほとんど見られなかった。
日がな一日、呆然としていることも珍しくなく、彼女の被害を受けたことがある侍女達は最初こそ疎ましそうにしていたが、今では率先して話しかけたりもしている。
アタリーヌは少しずつ言葉を覚えるように会話もしているが、その感情はほとんど戻らなかった。
ただ一つだけ……。
「アタリーヌ様、お客様がいらっしゃいましたよ」
聖王国の【聖戦士】と呼ばれる少年が偶に彼女を見舞いに来る。
少年も親戚で幼なじみでもあるアタリーヌを説得できなかったことを悔やんでおり、数日に一度顔を見せるようになっていた。
彼女の母と同じく年下の王子に恋をして素直になれなかった女の子は、その時だけ微かに笑顔を浮かべるのだ。
少女の友人達は悲しさよりも寂しさを感じていた。
少女が無事であることは信じていたが、早く逢えない事への寂しさと憤りを堪えながら暮らしている。
「ユ、ユルは何で早く帰ってこないのかしらっ」
「なんでだろうねぇ、心配だねぇ」
王城にある“カイル宮庭園”で何故か焦るように憤るベルティーユに、ティモテがその肩を抱きながら、のんびりとした口調で答える。
何がどうしてこうなったのか。当のベティーも良く分かっていないが、学院の生活で少女の友人として関わるうちに彼に気に入られたらしく、もうすぐ14歳になる彼女は『王太孫婚約者筆頭』……つまりティモテの許嫁になってしまったらしい。
未来の王妃がこの『見た目だけ黒髪清楚の残念娘』でいいのか疑問は残るが、ふわふわ暢気なティモテと意外と馬が合うようだ。……不安は残るが。
聖王国の勇者は魔王軍を退けた功績により、13歳の若さで【伯爵位】を得た。
これには色々と打算やら思惑が絡んでいるが、それはともかく、魔法の適性がありながら魔術学院に通っていなかったノエルは、貴族としての人脈と教養を無理矢理叩き込む為に、現在王都の魔術学院に通っている。
だが彼には、そこに思いも寄らぬ【強敵】の存在が待ち受けていた。
「ノエル様、何処に行くんですかっ! ユル様を探しに行くんですかっ!?」
「シェルリンドさん、僕に付いてこないで下さいっ」
ノエルは隙を見て何度も学院を抜け出し、聖女である少女を探しに行っていた。
だがいかに【勇者】と言えども次元の向こうまで探しに行けるはずもなく、見つからない苛立ちのせいで学園では若干距離を置かれるような存在になっていた。
入学当初は数多くの女生徒に囲まれていたが、今では文字通り遠巻きに見つめているだけで直接話しかける女生徒は居ない。
だが、ノエルが少女を探しに行っていると聞きつけたシェリーが、ことある毎に纏わり付き、ノエルに探索に連れて行けと言うようになった。
「今日は何処にも行きませんっ。それに僕が行くところは危険なんですよ? シェルリンドさんのような女の子が……」
「大丈夫ですわっ! ユル様の親衛騎士様達に武器の使い方を習っておりますからっ、ほら、見て下さいっ。……えいっ」
シェリーは木の枝を拾い、虫も殺せないような速さでへろへろと振ってみせる。
「…………はぁ~…」
連れて行けば確実に自分が守らなくてはいけないと思い、ノエルは溜息をつく。
シェリーの想いも努力も知っている。それを知る度に強く拒絶出来なくなりつつある自分に気付き、ノエルはまた大きく溜息をついた。
彼女を知る全員が【聖女】である少女――ユールシアの無事を信じつつも心配して、彼女が早く帰ってくるのを待ち望んでいた。
少女は人々の幸せを願い、その慈悲は魔族との争いを止め、その慈愛の深さは悪しき魔獣でさえ悔い改めさせた。
人々は彼女こそ真の【伝説の聖女】であると讃え、その物語を子供達が眠る時に枕元でお話しするようになった。
そのユールシアは今、何をしているのだろうか……。
***
『…………………』
高位悪魔が消滅する時の『バターとシロップをたっぷりと掛けたパンケーキにバニラアイスをてんこ盛り』したような怨嗟を吸収しながら、私はようやく息をつく。
「……ぁあ~しんどかった」
まったく何日掛かったんだろ…?
最後に“お食事”したから今はマシだけど、最終局面は魔力もすっからかん。ご飯も睡眠もいらない悪魔の身だけど、あれは“嗜好品”だから摂れないと苛つくのよね。
あの、ひ、ひら……平シャインは私よりも強かった。
感情が揺れると悪魔としての性質が強く出てくるから、思わず戦いになっちゃったけど、我ながらよく勝てたと思う。
まぁ、勝てたのは、新たな【称号】と持久力の差かな。
「ふぅ~…」
私は残っている床の破片に座り込んで、魂で味付けしたタコスルメを囓る。これのおかげでぎりぎり魔力が補充出来たんですよ。
いやはや、これが湧いてくる『海産物に呪われた装備』が無かったらやばかった。
戦いながらタコの足を囓っていたら、もの凄い目で見られたけど……。
強いお猿さん、君の名前は忘れない。……リンネが。
「……どうしようかな」
見渡す限り広がる亜空間に思わず溜息が漏れる。
最初は通路も部屋もあったのに、今では床も天井もほとんど残っていない。……要するに私がここまで通って来た道が完全に潰れていた。
そりゃ滅茶苦茶魔法使ったりして暴れたけど、次元が歪むほど壊れなくてもいいじゃない……。
「………」
とりあえず私は、ぼんやりして時間を潰すことにする。
魔力もほとんど回復してないし、それに私は待っていることもあった。
それにこんなぶっ壊れた亜空間から戻るためには【目印】が必要になるけど、それにはアテがあるのです。
向こうには私と魂が繋がっている【凜涅】がいる。それを辿っていけばいつかは帰れると思うけど……
……シュタ。
『追いついたぞ、ユールシア』
「………………………………」
いきなり黒猫モードのリンネが肩に降ってきた訳ですが、なんで『俺が来たからもう安心だ』みたいな顔してやがりますか、この肉球野郎。
ええい、思う存分モフモフしてやるっ。
ただいまモフり中。
『……お前なら負けるとは思っていなかったが、勝てるとも思っていなかった』
モフモフ。
「うん、色々要因があったけどね。戦闘中に戦い方を教えてくれた人がいたんだよ」
『こんな場所にか? ……何者だ?』
モフモフ。
「……自称“お兄ちゃん”かなぁ……」
『なんだそれは……』
モフモフ。
魔神と呼ばれるようになってから、知らないはずの事も出来るようになっていた。
魂の見分け方。神霊語の使い方。神聖魔法を組み合わせた魔神魔法……。
きっとあの人が教えてくれた。と言うよりも、あの人以外にそんなことを出来る知り合いなんて居ない。
知らない夢の中で、自分と私を『兄妹のようなもの』だと言ったあの青年。
数千年も次元を旅する、真の【魔神】……。
「それより戻る算段を立てないとね……」
『言っておくが、あの四体の気配を頼りに戻るのは無理だぞ。あいつらもユールシアの気配を追ってくるはずだ』
「……あの子達もか……。まぁいいか。最終手段は残っているから」
私は待っていた。
様々な次元と繋がるこの研究室。その壊れた亜空間の中で、“そこ”に繋がるのを。
「……来た」
パチッ……と小さな音がしてようやく繋がった。
ずっと【夢】だと思っていた。でも私は実在する【現実】だと認識した。
『……これは』
空間に亀裂が走り、高層ビル…電車…無数の自動車…果てしなく続く街並み……そこに“夢”にまで見た、【光の世界】が広がっていた。
だから私は、そこに帰るであろう【魂】を放流した。この【世界】を見つける為に。
沢山の人が居る。数え切れないくらい……。
食べきれないほどの、腐汁に塗れた素敵な【魂】がそこに在る。
悪魔と人の力を持つ【悪魔公女】の力が、そこへ至る道を示してくれる。
「さぁ行きましょう、リンネ。あそこで魂を補充して、お父様やお母様やみんなが居る家に帰るわよ」
懐かしい光溢れる世界。でもそこはもう私の故郷じゃない。私の帰る場所に戻るために少し立ち寄るだけ。
でも私の顔に浮かぶのは、堪えようもない愉悦の笑み……。
「ふふふ、初めまして、懐かしい世界さん。これから【悪魔】がお邪魔します」
読了ありがとうございました。『悪魔公女』第一部はこれにて終了いたします。
これも読んでくださり応援してくださった皆様のおかげです。
途中で延長しようか迷いましたがプロット通りに進めました。
奇妙な短編を一話、あげています。
第二部『悪魔公女Ⅱ ~ゆるふわアクマ旅情~【リメイク】』が
2016/03/13 /12:00より始まります。
どちらも、ご感想やご評価をお待ちしております。
修正完了しました。





