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剣刃乱舞・その3

「突然のお便りコーナー!」


「本当に突然だな」


「PN『シャルちゃん世界一カワイイ』さんから。性悪狂犬に質問です!何でもいいので秘密を教えてくださいな!、だってさ」


「それ自分で書いただろお前」


「いいからほらほら、早く答えて。尺が、尺が!」


「秘密って言われてもなあ…」


「何かあるでしょ、人に隠してる事の1個や700個ぐらい」


「ふり幅広っ。まあ、じゃあ1つ」


「ほうほう?」


「最近密かに自家製ヨーグルトを作り始めた」


「どうでもいいよぉ!でも今度食べたい!」

 「いや~、食べた食べた~」


テーブルの上に並んでいた料理もほとんど無くなり、満腹になったお腹をさすりながらついそんな言葉が漏れてしまう。中華料理って良いよねぇ。ピリッと辛い味付けが食欲を促進させたり全体的に油分が多い筈なのについついこうして沢山食べちゃったよ。…若干カロリーが気になるけど、胸に付け。胸に付けぃ。

 忍も時々作ってくれるけど、やっぱりこうしてたまには他所の料理を食べるのも新鮮だね。


 「沢山食べましたね、シャルさん」


 「チャイナタウンって一度行ってみたかったんだよねぇ。思わぬところでヨコハマ地区の本格中華を楽しめたよ。ありがとねセンリ」


 「シャル、神姫(ティアマト)様に対してそのような言葉遣いはどうかと…」


 丸テーブルで隣に座っていたセンリにそう答えると逆隣のウリから肘で突かれながら小言が飛んで来た。ウリはそのままセンリに向かって苦笑いしながら小さく頭を下げる。何さ、あんたは私のお袋さんかー。


 「いえ、お気になさらず。むしろフレンドリーに接して頂けるほうが嬉しいので」


 「だってさ、ほら本人のお墨付きだよ」


 センリ自身が良いって言ってるんだから気にしないでいいのに…呆れた風に頭を抱えるウリに今度は『団長(パラディン)』、ミカさんがクスクスと笑いながら助け舟を出してきた。


 「センリ様はお立場上、このように他の者と接する機会が極々限られておりますので。仲良くしてもらえれば我々としても有難いのですが」


 「そ、そうですか…ですがシャル。くれぐれも調子に乗ってはいけませんよ」


 「ウリは私のお母さんか」


 センリとミカさんのお墨付きだっていうのにウリは真面目だなぁ。もう少し砕けてもいいと思うのに。真面目なところがウリの良いところだけど真面目すぎるところがウリの悪いところだよね。寝起きは30分ぐらい一人で着替えも出来ないぐらいボケボケになる癖に。って本人に言っても全然信じないんだけどね?


 「結局忍もモプシーもマキナさんもまだ残るんだ?」


 「久しぶりに会えた訳ですし、『族長(グランチーフ)』さんモプシーさんのこと全然放そうとしませんからね。モプシーさんは今日はひとまずこちらに泊まって頂くことになりました」


 「それ、多分だけどモプシーの意志は無視されてるよね」


 強引だったもんなぁ、、『族長(グランチーフ)』、ツキノさん。未だにあんな美人さんがウルス教官の奥さんだなんて信じられないよ…。


 「で、忍はまだお話中?」


 はい、と小さく頷いてからセンリは申し訳なさそうに小首を傾げて…って、その可愛い仕草もしかして癖なの?撫でちゃうよ?私意外と馴れ馴れしいんだからね?


 「なにやらギルド絡みでお仕事の依頼をしたいそうなので…聞いたところ、おおがみさんはあの『星界の皇女(エンプレシア)』のサブマスターだと。凄い方だったんですね。びっくりしてしまいました」


 「元、らしいけどね。私も聞いてはいたけど8割疑ってたんだけど…本当だったんだね」


 忍が食事会の最中出て行った扉のほうを何となく眺めながら、ふと今更ながらこんな疑問を浮かべてしまう。


 (オルド随一の大手ギルドNo2なんて立場を、忍はどうして手放したんだろ…?)






 「俺が『剣舞祭』に?」


 フウからの突拍子も無い話につい無意味だと解っていながら聞き返してしまう。案の定フウは相も変らぬ胡散臭さを煮詰めて漉してまた煮込んだような笑みを浮かべている。ちゃんとこっちを見えているのかもわからないような細目無理やりこじ開けてやろうか、おい。


 「言葉通りだヨ。いいじゃないか。剣術はセンパイの得意分野だっただろう?」


 「そういう問題じゃねえよ。そもそも『剣舞祭』は企業や商店の宣伝目的ってのが大半のイベントだろうが」


 そう、『剣舞祭』とはほとんど名ばかりで出場者はそれぞれ所属する団体や企業、店のPR半分に大衆が集まるスタジアムで見世物バトルを行うショーのようなものだ。

 もちろん優勝者とその所属団体には相応の報奨が出るが、それ以上にオルド中で中継までされるこのイベントは出場するだけで大きな宣伝効果がある。お陰で大企業に到っては金で当日だけ腕利きの選手を雇うなんて事も当たり前のように行われる。


 「俺がそれに出て何の得があるんだよ。俺にも、お前らにも」


 まず俺が出場するメリット。それは全く思い当たらない。悪目立ちする趣味も見世物になる気も無いぞ。

続いてフウのメリット。これも今の時点では特に考えられない。ギルドの宣伝、とは言え『星界の皇女(エンプレシア)』は既にオルド中に名を轟かせているトップギルドだ。むしろそんなギルドから出場した選手なら優勝して当たり前、と言われそうなぐらいだ。


 「ああ、勘違いしないで欲しいんダ。別に『星界の皇女(ウチ)』の代表として、なんて言ってる訳じゃないヨ」


 俺の思考を見透かしたようにフウは幅広の裾で口元を隠しながらコロコロと笑う。おい、目が笑ってないぞ?


 「センパイは既にウチのギルドとは無関係の人間だしネ。部外者にそんな厚かましい頼みをする気は無いヨ」


 「なら、どういう腹積もりだよ。とっとと白状しやがれ剥製にするぞ腹黒虎」


 「腹黒なんてセンパイにだけは言われたく無いけどネ。…なぁに、何なら『モフモフ』の代表として出場すればいいヨ。店の宣伝はしたいだろウ?」


 「『モフモフ』はギルドが立ち上げた店だろうが。団員じゃない俺が代表なんてやれるかよ」


 「やれやれお堅いネ。元々はセンパイが提案して創設した店だっていうのニ」


 「…で?何を企んでるんだよ。『局長(ワイズマン)』まで巻き込んで今度はどんな悪巧みだ?」


 俺のその言葉にフウはチラリと『局長(ワイズマン)』を一瞥し、それを合図とばかりに今度は『局長(ワイズマン)』が事の説明を引き継ぐ。


 「ここ最近『剣舞祭』の出場登録者が襲撃される事件が相次いでおるのな。騎士団に通達し通り魔にあった被害者達の共通点はまだ伏せてはいるが、のな」


 「それはまた…随分露骨な手を使うやつがいたもんだな」


 「そうだネ。お世辞にも頭のいい手口とは言えないよネ」


 『剣舞祭』の優勝を狙っての犯行なんだろうが、そんな事をやらかせば犯人は無事に出場した者の中にいるというのは子供でも分かるだろ。尤も、裏で別の魂胆があるのかもしれないが」


 「被害者の中にはセンパイの知り合いもいるヨ。『村雨堂』当主の村雨霧斗氏。彼も出場登録していたけど昨夜、路地裏で何者かに襲撃を受けて現在入院中だってサ」


 村雨堂の…。ああ、あの眼つきの悪いチンピラみたいな店主か。佇まいから本人も刀剣に関してそれなりの心得がありそうなのは思っていたが、『剣舞祭』に出るほどの自信があったとはな。


 「見舞いぐらいは行ったらどうだイ?今キミが使っている刀を打ってくれた人だろウ?」


 「お前そんなことまで調べてあるのかよ、何?ストーカーか?」


 「首輪もついていない狂犬の動向に目を光らせておくのは当然だロ?」


 「…まさかとは思うが、俺を出場させて、その通り魔のエサにしようって事じゃないだろうな」


 「さぁて。でもセンパイなら通り魔程度どうってことないだロ?ボクとしてはむしろ通り魔を応援するヨ」


 やれやれ、フウの憎まれ口に構っていたらキリがない。コイツの事は後でたっぷりのカツオ出汁で煮込んでやるとして、本題を聞かせろ、と『局長(ワイズマン)』に視線を向ける。


 「既にその通り魔に7人もの被害者が出ているのな。中には現役の騎士団員もいるのでな。参加者の大半はPR目的のギルド関係者なのでな、私に御鉢が回ってきた、ということのな」


 「だが、そこまで被害者が出てるなら怪しいヤツの目星はついてるだろ?」


 「無論のな。目下の最有力容疑者は『スザク興行』。主に建築業を営む会社と謳ってはいるものの、中身はほぼヤクザのな」


 ならさっさと捕まえちまえよ、と言いたいところだがここまで話を聞くと嫌でもこの件の面倒臭さを察してしまう。つまり、そこまで分かっていながら騎士団やギルド局が捜査に着手しない理由があるって事だ。


 ついでに言えば、今フウ達はその面倒極まりない事柄を俺に押し付けようとしている。


 「んで、結局その話に俺のメリットがあるのかよ」


 「そうだネ…正確にはセンパイはおそらくは引き受けざるを得ない事になると思うヨ」


 俺がこの男、フウを気に入らない理由の一つにこのいちいち回りくどい言い回しをする悪癖と、ほぼそれと同時に見せる胡散臭い作り笑いがある。

 そして、そういうときに限ってこいつの口から出てくるのは大概俺がウンザリするセリフばっかりだというのは今までの経験上嫌というほど分かっている。


 「今の話はあくまでボクや『局長(ワイズマン)』からの「頼み」であって、当然センパイに強制する権限もつもりも無いヨ。ただ、多分これから学園に帰った後で別の相手から同じ話を持ちかけられると思うけどネ」


 「…何が言いたい?」


 無駄だろうが、いちいち人の癇に障る物言いしかしない元同僚を睨み付けるが、当の本人は小さく肩をすくめるだけでそれ以上は何も言わない。ホント、ギルドにいた頃からちっとも変わらないなこの男は。

 …一度本気でシメないといけないな。







 「えっ、忍帰るの?」


 食後まったりお茶を飲みながらセンリと雑談していた私達に戻ってくるなり忍が帰ると言い出してきた。

こっちはセンリから「もしご都合がよろしければこのまま泊まっていきませんか?」と誘われたのですっかりその気だったんだけど。


 「『王都』の塔に部外者が気安く宿泊するなよ…」


 「別にいいじゃん。向こうから誘ってくれたんだし。ある意味オルド1警備体制がシッカリしてる場所だよ?」


 「そこに核弾頭みたいなポンコツ娘を泊めるのかよ…万一お前が暴れたりして、ここにいる警備兵で止められんのか」


 失礼だなぁ、人のことを何だと思ってるのさ、このチンピラは。…とは実際聞かないけどさ。だって聞いたら絶対想像してた言葉の4段階ぐらい上の罵詈雑言が飛んできそうだし。


 「ご安心を。流石に場所が場所故、魔力制御処置は取らせて頂きますが」


 「無礼なマネしたら電流が流れる首輪とか無いのか?」


 「ふむ、流石にそこまでは出来ませんな。姫様の大事なご友人です故」


 もしもし忍さん瀬葉さん、物騒な相談しないでください。あと瀬葉さん。電流流れる首輪が「無い」とは言わないのはどういうことなんですか?どういうことなんですか?


 「…ま、モプシーも結局ツキノさんに掴まって放してもらえないままだし、泊まりたいなら好きにしな」


 「忍はどうするの?一緒しない?」


 「流石に遠慮する。外で適当に一晩過ごすさ」


 何故かセンリの方を小さく一瞥して忍が断ると、追従するようにマキナさんと、更におずおずとゆっくりウリが手を上げた。


 「マスターが行くノでしタらワタシもご一緒いたシマす」


 「申し訳ありません。私も明日は早くから学園の定例会がありますので…」


 ウリはそう言いながらずっとセンリやミカさんに申し訳なさそうにしてた。忍たちが居なくなると今度は入れ替わるようにツキノさんと、ツキノさんに抱きかかえられたままのモプシーがやってきた。


 「なんや、半分帰ったんか」


 「あぅ…ひ、酷いです…あ、挨拶もしてないです…」


 「まあ、モプシーはずっと掴まってたもんねえ」


 「せやな、久しぶりに会うたんや。今までの分モフモフしとかんと」


 「じゃあ私もモフッとこっと」


 「やっ、ちょっ、だ、駄目です…わ、わたしぬいぐるみじゃないです…」


 ツキノさんに抱きかかえられっぱなしで宙ぶらりん状態のモプシーに手を伸ばしてモニモニしてみる。うっわ、やっぱいつ触ってもモフモフだぁ…。特にこの垂れ耳のモコモコ具合は時間を忘れちゃう。

 まあ、気をつけないとこの耳がピンと立ち上がってヒャッハアーモードになっちゃうけどね。







 厳重な警戒態勢の『王都』から離れ、ようやく堅苦しい空間から脱する事が出来たのでとりあえず両手を伸ばして体を解す。うん、ボキボキ音がするわ。

 


 「…では、私は学園に戻ります」


 『王都』を出ると今度はウリと別れることに。まあ、別に行動を共にする理由も無いしな。


 「お疲れさん。随分緊張してたみたいだな生徒会長サンともあろうモンが」


 「…相手を考えてください。この世界の最高権力者達を前に普段通りの軽口を叩ける貴方が特異なんですよ」


 「そコがマスターの凄イとこロでス」


 「…どうしてマキナさんが自慢げなのでしょう」


 何故か誇らしげに胸を張るマキナはさておき、俺はこれからどうするか…。一応、心外かつ不本意な事に立場上あのポンコツ娘の側から遠く離れることは好ましくないからな…。今夜は適当にネカフェかファミレスで過ごすか?

 …まあ、それは歩きながら考えるとしよう。ついでにフウの野郎が言ってた事も気掛かりだしな。


 「マスター?」


 「何でもねぇよ。ほら生徒会長様。ついでだからロータリーまで送ってってやるよ」


 「珍しいですね、大上さんがそんな紳士的な事を」


 「失礼な。俺はいつだって紳士的な振る舞いを心掛けてるぞ」


 「オルド1分かりやすい嘘付かないで下さい」


 実に心外な言葉がウリからかけられるが、まぁ無視しよう。学園行きのバスが来るロータリーへと勝手に歩き始めると数歩遅れてウリが、それからマキナが後からついてくる。


 「それにしても、シャル1人にして本当に大丈夫でしょうか…」


 「モプシーもいるし平気だろ」


 「ですが、あの娘は人見知りな割りに慣れるととても人懐っこいと言いますか…すぐ自分の中で勝手に友達として認識して遠慮が無くなる傾向があるといいますか…」


 「ああ、なんとなく分かるわ」


 何せ知り合って間もないモプシーやシレーナ、それに神姫様を危険も顧みずほぼ他人にも関わらず首突っ込んで助けようとするぐらいだ。

 口には出さないでおくが正直な話、あいつのそういう所は前々から危険だとは思っていたし、何より「異常」とすら感じる時だってある。


 (かと言って、そこまで俺が首を突っ込む気は無いけどな)


 「幸いあのお姫様も馴れ馴れしいポンコツとそこそこ意気投合してたみたいだし、ツキノさんもあんなノリで遠慮なんてするだけ無駄なタイプだ。あんまり気にしなくていいと思うぞ」


 「そうですかね…」


 「過保護も過ぎると為にならないぞ、保護者さん」


 「マスターはモう少シ構っテあげタ方が良イのでは?例エばワタシとか、ワタシとか…アと、ワタシとか!」


 マキナが片手を高々と上げて存在をアピールしつつ、もう片方の手で自分の顔を指差し妄言を吐いているが、無視する。反応を返して貰えないので今度は両手をパタパタ振り始めたが、無視しとく。


 






 〔悪いニュースがあるけど、聞くかい?〕


 あの男、フウ・マエカドからの連絡で良い話があった試しなど1度たりともあったことはありません。

どうせ聞く必要のある話なのでしょう、とこちらが答えるよりも前に、勝手に彼は話始めました。


 〔大上忍、『孤狼(ベオウルフ)』が剣舞祭に参加しそうダ。どうすル?正面からやりあって勝てるかい?〕


 「…望む所です。相手にとって不足はありません」


 〔勝てる、とは言わないんだネ。まぁ無理も無いカ。アレは実際正真正銘のバケモノだからネ〕


 「…それでも、剣舞祭に参戦するというのなら、倒さねばならないでしょう」


 〔やり方はお任せするヨ。大衆の前で正々堂々と刃を交えるのも良し。大会前に今までどおりに、というのも良し。その当たりはボクらの関与する所ではないからネ〕


 「…ええ、分かっていますとも」


 〔結構。『狼』の現在地を送るよ。ご武運を〕


 言いたい事を好き勝手に言って通話を切るフウ。それから言葉通りに1分も立たずに携帯に『ターゲット』の現在地が添付されたメールが届く。


 (…『星界の皇女(エンプレシア)』の元No2(サブマスター)、『孤狼(ベオウルフ)』…)


 剣の道に、武の道に携わる者ならば一度は耳にしたことのある名前。彼自身の名前までは知らずともその二つ名はギルドを抜けた現在まで伝説のように伝わり続けている。


 魔術を使わず単純かつ純粋な体術のみでどんな種族をも叩き伏せる、種族特有の先天的な身体能力や魔力を一切抜きにした純粋な「技巧」の達人。

 素手で重厚な機械族を宙に舞い上げ、俊敏な獣人さえ刹那の間に打ちのめす。

その戦闘技能でも特筆されるのが剣術。流派までは定かになっていないけど、かの有名な『雪の惨劇』にて様々な勢力が入り乱れる前代未聞の大乱戦の中、誰よりも多くの敵を斬った逸話は未だにギルドのみならずあちこちに残っている。


 (出来る事ならば、日の当たる試合場で刃を交えたい…。例え叶わずとも、自分の技を、この流派の剣を、あの伝説の獣相手に何処まで届くか試してみたい…)


 それがどれだけ自分勝手な、都合のいい願いなのかは分かっているつもりでも、どうしてもそんな甘い夢を見ずにはいられない。


 (…今更、ですね。…兎に角まずは『孤狼(ベオウルフ)』の所在を確認しておきましょう。仕掛けるかどうかは、それから考えればいいですし)


 フウから送られた情報を元に、人目につかないように雑居ビルに上り、屋上を移動しながら地上を覗き込み目標の姿を探す。『孤狼(ベオウルフ)』を実際見た事が無いため、送られてきた外見的特徴や服装に当てはまる人物を探していると、人通りの激しい大通りを横道に入っていく3人組の姿が目に付いた。

 着物姿の女性に、赤い学生服姿の女の子。そして、何処と無く燕尾服のようにも見える黒い服の、黒髪の青年。


 (黒の制服に跳ねのある黒髪。情報通りなら、彼が『孤狼(ベオウルフ)』…)


 随分若い方だったのですね。外見どおりの年齢ならばこちらとあまり変わらない年頃かもしれません。

だとすれば尚更驚嘆です。何せ自分とほぼ同じ歳でギルド中に名が知れ渡るほどの人物だという事ですから。


 (どんどん入り組んだ横道に入っていきますね…近道のつもりでしょうか。もしくは…)


 彼らがどこに向かっているのかは知りませんが、どんどん人気の無い、狭い道に進んでいくので流石に不審に思い始めます。不意打ちを仕掛けるならば絶好の場所ですが、連れの方がいる上に、これは完全に「誘われて」いるのでしょう。


 (狙われていることを知ったか、こちらの気配に気づかれたか…)


 とは言えこちらは向こうからは姿の見えない建物の上。1人になるのを待って仕掛けるか、それともリスクを承知で今ここで行くか…。どちらにせよ迎え撃つ気なのでしょうが、あちらは。不意を付くという優位性(アベレージ)は無いと考えたほうがよさそうです。


 そうして仕掛けるか否か、迷っている隙に下方の目標の連れが1名、姿を消していることに今更気がつきました。


 (…っ!いつの間に、一体どこに…!?)


 いつの間に、か裏道に入ったところからか『孤狼(ベオウルフ)』の横にはいつからか2人いた筈の女性の姿が1人しか確認できません。



 「どこノどちラ様カは存じ上げませんが」


 油断していた自分自身を痛烈に戒めている所に、背後からどこかのんびりとした女性の声。慌てて振り返ればそこに立っていたのはついさっきまで上からその姿を追い続けていた1人…。


 「マスターに御用なラば、代わりにワタシがお聞キしますヨ?」


 どこか調子の狂う独特のイントネーション。鮮やかな桜色の着物と、ビルの屋上に吹く風になびく同色の艶やかな長髪。こんな状況ではなく、ごく普通に街中で出会っていたなら、その鮮やかな容姿にしばらく見惚れていたかもしれません。けど…。


「…シッ!」


 反射的に腰に挿していた刀を抜き、柄を半回転させて峰を向けてすかさず真っ向から突進。

月並みな言い方だけど、見られたからには忘れてもらいます!

 おっとりとした様子の着物美人のすぐ横をすり抜け、背後に回りこんで回転しながら刀の峰をその細い首元に…。


 だけど、次の瞬間こちらの体は遥か宙に、音も無く舞い上がっていました。


 「…っ!?」


 間一髪、我に返り空中で一旦一回転し体制を整え、ビル屋上の手すりの上に着地。もう少し遅かったらこのままここから落ちていたところでしたね…。流石に冷や汗が出ました。


 「あラら、いキなリ物騒デスねぇ」


 着物の女性はゆっくりとこちらを振り返り、緊張感の無い様子は変わらずに呑気な声を上げている。


 自分が投げられたんだと、気付く事に遅れていたら今頃『孤狼(ベオウルフ)』の目の前に真っ逆さまに落下していた…。もちろん、そうなっていれば無事では済まなかったでしょうね。

 彼女を気絶させようと延髄を狙って当身を入れようとした瞬間、刀を持っていたこちらの手が掴まれ次の瞬間には放り投げられていた。


 唯でさえ、自慢ではないが身の速さには自身があったのに。事実彼女は背後をとられるまでこちらの動きに全くついていってなかった。

 それに投げられた際も掴まれた腕から特に何の力も込められてはいない。力任せにではなく、こちらのスピードをそのまま利用して放り投げられたのだ。こんな魔法のような技を使える人物を、私は自分の知る限り数人しか知らない。


「…そう、ですか。あなたがの噂の『狼の盾』ですか」


 彼女はようやくこちらが自分と、そしてマスターにとっての「敵」だと認識したのでしょう。少しだけ目を細め片足を半歩前に出し、幅広の袖口を翻して左右の手を正面に向け構え出す。


 「『星界の皇女(エンプレシア)』No2(サブマスター)、『孤狼(ベオウルフ)』の盾…。『鋼桜(アイゼンキルシュ)』マキナ。お目にかかれて光栄ですよ」


 「ワタシ、そのネーミング好キじャないンデすよ。…可愛クありマせん」


 徒手とは言え隙の無い構えを取りつつも子供のように頬を膨らませる彼女。…いいでしょう。『孤狼(ベオウルフ)』の前に貴女を相手にこの剣が何処まで通じるか、「木葉流」が狼に届くかどうか試させてもらいます。


 「…いざ、参ります!」


 「ドうぞ、お構イナく」


 再び彼女に向かって足場の手摺を蹴り、今度は真っ向から突進。手加減の出来る相手では無いので、峰を向けていた刀身を再度返し、刃筋を向ける。

 次の瞬間、人気の無いビルの屋上に耳障りな金属音が響き、火花が散った…。






 「…マキナさん、急にどうしたのでしょうか?」


 マキナが「チョっと野暮用ガ出来マした」と言って何処かに行ってから少し経ってウリがそんな事を言い出した。


 「さぁ?厠じゃないか」


 「また古い言い方を…」


 「そんな不思議そうな顔する事でもないだろ」


 「いえ…だって、マキナさんが大上さんから自発的な離れるなんて珍しいじゃないですか?」


 お前さんはアレを何だと…いや、否定は出来ないな、困った。


 「さてな、その辺の建物の上に不審者でもいたんじゃないか?」


 「何ですか、その妙に具体的な例えは…」


 十中八九、備前局長とフウの阿呆が言ってた例の「通り魔」だろうな。マキナならそこいらのチンピラぐらいなら問題にならないだろうが、はてさてどうなる事やら。

 もちろん、別にマキナに丸投げしている訳じゃあない。こっちはこっちで別件があるんだよ。


 「…で、俺はこのままずっと無視してりゃいいのか?」


 別にウリに対して言ったんじゃないんだが、怪訝そうな顔でこっちを覗き込むウリはまあ、とりあえずスルーしてだ。俺の声に数秒してから、裏路地の物陰からゆっくりと人影が出てくる。


 薄暗い路地裏で逆光になっている上に頭から靴まで真っ黒ずくめの、1人の男。季節感をブチ壊す長いコートの裾を靡かせ、その度に腰の左側に下げられている物騒な長い刃物がちらつく。何だ?最近は通り魔がブームなのかこの界隈は。


 「見たことのある顔だな。何か用かい?」


 とりあえず極力フレンドリーに尋ねて見るが、相手は答えてくれない。そして男の左手が静かに腰の獲物に掛けられて…。


 「あの、大上さんあの人は…」


 「ウリ」


 「はい?」


 「退いてろ」


 「えっ…ひゃっ!」


 返事は待たない。ウリを横に突き飛ばすと、まるでそれを待っていたかのように相手があっという間に俺の目の前まで迫ってきた。

 印象に残る銀色の目が静かにこちらを見据え、腰から引き抜かれた刀が薙ぎ払われようとする。

そのまま黙ってぶった斬られる趣味も無いので手の平で3分の2ほど鞘から抜かれていた刀の柄を押さえ込み、もう片方の手で相手のコートの襟を掴む。


 「…チッ」


 かろうじて聞こえる程度の舌打ちが、周りにまったく人気が無いのでこちらの耳にも届く。掴んだばかりの襟はスルリとすり抜けてしまい相手は軽やかに宙を舞い、一回転してこちらの後ろに着地。掴んだせいで若干乱れた襟を軽く直し、抜刀を抑えらた刀が改めて引き抜かれていく。


 「『ファランクス財団』の用心棒さんがか弱い学生に何の用だよ。社長さんの命令かい?」


 ついこの前の『TNN号』で見かけたばかりの銀眼黒コートの男(20代半ば前後って感じか?)にいつもの調子で軽口を飛ばしてみる。どうにも無口な人らしいので返事はまったく期待していなかったが…。


 「個人的に、確かめたいことがあって、な」


 意外に返事が返って来た事にちょっぴり驚いたが聞き返す前に今度は薄く研がれた小さなナイフのような刃物が飛んできた。

 予備動作があまりに小さいせいで油断してたらサクッと眉間に刺さってたところだぞ。首を捻って避けると顔の横を通り過ぎるナイフの柄から糸のようなものが伸びている事に気づく。日光に反射し一瞬光ったそれはどうやらワイヤーのようで、避けたばかりのナイフはワイヤーを引くことで再度今度は背後からこちらに向かってくる。


 「…初見で避ける、か」


 「んで、確かめたいことってのはもう済んだか?」


 ワイヤーを引いて手元に戻ってきた投げナイフをキャッチして、無表情のまま小さく感嘆の声を上げる銀目の男。どうでもいいが、まさか通り魔が2人ってオチはないよな。


 「お、大上さん…!」


 「悪いウリ。ちょっと大人しくすっこんでてくれ」


 ウリは突き飛ばされたっきり、俺達からやや距離を取ってどうすればいいのかと逡巡している様子だが、そちらに気を利かせてやる余裕まではちょっと無さそうだ。


 「…後ろを確実に取ったつもりだったが、まるですり抜けるように避けたな」


 「そうかい?そっちが案外ヘタクソなだけかもしれないぜ」


 若干掠ったけどな。髪が数本持っていかれた。ギャグマンガじゃねぇんだ、あんなモン頭に刺さったら普通に死ぬぞ?


 「…なら、これはどうする?」


 今度は抜き身の刀を頭上に振り上げ、再び強く足を踏み込み間合いを詰めながら振り下ろしてくる。仕方ないのでこちらもついさっきまで『王都』で一旦預けられていた「相棒」を鞘ごと頭の上に掲げて受け止め…。


 「…っ、と…!」


 真っ向から振り下ろされていた筈の剣筋は、いつの間にか真下から切り上げる形に軌道が変わっていた。危ねっ…!今のは本当にヤバかったぞ。


 「『飛び霞』に『剣牙』まで初見で避けるか……いや、初めてではないな?」


 「ってことは、やっぱアンタ…「本家」の人間か。…確か刀(ブレード)って言ったか?」


 「ハーキュリー剣術、ディスフォード・ハーキュリー。…7代目当主を勤めさせてもらっている」


 やっぱな。開祖の直系の血縁の男子の証が、その他に例の無い「銀色の目」だ。だが、まさか現在のご当主サマが闇ギルドのお抱え用心棒ってのは驚いたな。


 「…やはりその剣、ハーキュリー流か。…それも裏式、「真影流」…か」


 「確かめたんだろ。じゃ、もういいか?」


 「…ああ、確認は済んだ」


 そういいながら再び刀を構えるブレード…もとい、ディスフォード。どっちで呼べばいいんだ?

全然まだまだやる気じゃねぇかよ…ウリが後ろでオロオロしているのが見なくても判るんだが。もうちょい大人しくしててくれ。良い子にしてたら後で飴ぐらいは買ってやるから。


 「その代わり、今度は1つ聞きたい事が出来た」


 「あっそ、何だよ一体……!」


 次の瞬間、畳み掛けるように無数の剣閃が降り注ぐ。こんな狭い裏路地で長刀をぶつける事も無くまぁ器用な事で…!

 鞘に納めたままの刀で相手の太刀筋を受ける。物凄い速度で繰り出される無数の斬撃が何度か制服の肩口や袖に触れる。結局5秒も経たずにやむなくこちらも抜刀。刀と鞘をそれぞれ左右の手で握り2刀流の要領で受け返し、弾く。


 「…その剣、一体『誰』に習った?」


 「…っ!さぁ、忘れたなぁ…!」


 やられっぱなしっていうのは気に入らないし柄じゃない。連撃を受け、いなしつつ段々こちらからも斬りかかり始める。次第に一方的だった手数が追いついていき、甲高い金属音を鳴り響かせ斬撃のぶつけ合いに変わっていく。

 ガキン、と一際大きな音を立てて刀と刀がぶつかり、一旦お互い後方に飛び退き間合いを取る。そして今度はおそらくお互いにより本気に、より全力の技を繰り出すべく、奇しくも同じタイミングで息をつき、踏み込み、刀を振るう。


 「…ハーキュリー流剣術…」


 「真影流…っ!」


 「「『無限斬刀』っ!!」」


 狭い路地の中で、大きく鳴り響く刀と刀のぶつかり合う音と衝撃が周囲の大気を、壁を激しく震わせた。

随分更新がご無沙汰になってしまいました…数ヶ月前から某サイトでSSとか書き始めて、それがまぁ割と楽しくて楽しくて…フヒヒッ


色々また裏で悪巧みしてる人たちがいますね、また残り話数で収まるのか既に怪しいです。そしてマキナ対謎の通り魔、大上対ブレード。それぞれ戦闘開始です。果たしてモプシーは無事帰してもらえるのか、ハラハラしますね。しませんか?



実は人気喫茶チェーン『モフモフ』のオーナーでもある大上さん。たまーに顔を出して経営方針や経理の手伝いをしているらしいですが古株メンバーはさておき、素性を知らない比較的新規のスタッフからは「この辺の組の人がショバ代要求に来た!?」と毎回ザワつくそうです。目付きって大事だね!

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