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海上の異端者達・その5

「前回までのー」


「ざっくりとしたあらすじ」


「ざっくり?」


「船に乗ったらお姫様がいてゴタついてパーンしてドカーン」


「うわホントにざっくりだ!」

「…しっ!」


 ブレードさんが放ったテーブルナイフが自動人形(オートマトン)の眼球に突き刺さり、深々と突き刺さったナイフに回線が破壊された自動人形(オートマトン)がゆっくりと、背中から床の上に倒れました。


 「今のが最後みたいですね…、全く、いきなりこんなか弱いレディに機械兵器をけしかけるなんて、どこの誰でしょうかね」


 どうも、『クロス社』社長アーシア・ファランクスです。只今船内通路を彷徨っているところです。

リヴァイア産業のウルメ係長を無力化し、縛り上げてから適当な客室に放り込んでから改めてマヨル支部長を追っていたのですが、彼がどこに行ったのかなど知る由も無く、こうして宛も無くフラフラしている訳です。


 「まあ、そうしたらいきなり自動人形(オートマトン)に襲われたんですけどね」


 「…誰に向かって喋ってるんだ?」


 「お構いなく」


 「そうか…」


さて、片付いたようですね…。ずっと続いていた原因不明の倦怠感と頭痛も噓のように無くなってますし、一体何だったのでしょう?


 「何が起こっているか把握する必要がありますね…。ベストなのはマヨル支部長の身柄を確保出来る事ですが」


 そう考えるとさっき逃げられてしまったのが痛手でしたね…この際ですし、最低限でもコラットさん、もしくは孤狼(ベオウルフ)さんあたりと情報交換出来れば良いんですが…。

 恐らく、『学園』の御2人がこの船に来たのは私達とは別の目的…リヴイア産業が密かに進めていたある計画の方でしょう。神姫様が乗船していることは私達も知りませんでしたし。


 「…あ」


 「あらっ」


 当ても無くブレードさんと船内を歩いているところに、偶然見知ったお顔と遭遇しました。確か、先程コラットさん達と一緒にいた…。


 「具合は如何です?イクス・ブラーエさん」


 「…やっぱり、アタシの事も知ってたんだ?」


 パーティースタッフの制服姿のイクスさんは、若干覚束(おぼつか)無い足取りで通路の壁沿いにヨロヨロと歩いていたところでした。


 「それはもちろん。『あの村』に一番最初にちょっかいを出したのは我が社ですし。…それに、貴女に関してはお姉さまの件もありますし、ね」


 イクスさんの目つきが更に険しくなって、こちらを睨んで来ます。「お姉さん」の件で我々『財団』や『ロキ』を恨んでいるのも、当然と言えば当然なのでしょうけど。


 「よってたかって、あんな小さな田舎の村で戦争始めて…アンタ達のせいで、姉さんも村もあんな事になったんじゃない!」


 今にも飛び掛ってきそうな剣幕のイクスさん。流石に怖いので、ブレードさんの後ろにそっと回ります。…隠れる訳ではないですよ?


 「…その罪滅ぼし、と言う訳ではありませんが」


 咳払いを一つ、そしてこの船に乗船した目的の「半分」を切り出すことにします。


 「もうじきこの船で起きている騒動の全てが終着する頃合でしょう。…ですが、問題は「ここから」なんですよ、今回の一件は」


 イクスさんは、険しい表情でこちらを睨んだまま。それでも襲ってくる気配は無いので私はこのまま話を続けます。


 「今回の一件の本当の黒幕…言ってしまえばリヴァイア産業のマヨル支部長の背後(バック)にいた存在。私達はそちらを目当てにこの船に来たんですよ」


 「…それで、そんな話がアタシと何の関係が…」


 「関係があるのですよ、貴女は。ご自身の目で確かめたいと思うのなら、この一時だけで構いません。我々と共に来ませんか?」



 










 船の甲板に上がるとまずは何も見えない真っ暗闇ではどうする事も出来ない為、証明のスイッチを探す。甲板全体を照らすマスト上の大型ライトを点けたいところだったがスイッチの場所がわからないので近くにあったカフェテラス用らしき屋根部分につりつけられていた小型ライトを点ける。こちらはライトそのものにスイッチがついていたので簡単に明かりがついた。


 「夜中の海の真ん中だもんな…寒くないか?」


 ほんの数分前に、自分が長い間世話になっていた護衛係の裏切りを暴露された神姫(ティアマト)センリは返事の変わりに首を左右に軽く振ってこちらに応える。

 まあ、すぐ割り切れとは言わないが。泣き喚いたり駄々をこねないだけまだ偉い方だろ。


 「…ありがとう、ございました」


 突然、ポツリと風の音にすらかき消されそうな声量でセンリが呟く。かろうじて聞き取れたのは本当に偶然だったが。


 「何だよ、いきなり」


 「いえ、お礼をまだ言えていませんでしたから…。ここまで私を守って頂いて。ありがとうございます」


 「どうも。でもあんまり気にする必要は無いぞ。別に君の為って訳でもないしな」


 「…神姫(ティアマト)だから、ですか?」


 「ま、それが半分だな」


 俺達の足元を照らす照明は見繕えたので今度は救助が見つけやすいように、夜空に向けて他のライトを上方へ向けて点灯する。これで救助が空からでも海からでも、遠目にも分かりやすくなっただろ。


 「あと、一つお聞きしても宜しいですか?」


 「質問次第だが」


 手近にあったデッキテラスの椅子をセンリの方に1つ、ついでに自分用にもう1つ。センリは律儀にペコリと一礼し、裾を押さえながら腰を下ろして、質問を投げかけてくる。


 「先程の佐里江さんの言った事に、1つ気になったことがありまして…」


 佐里江、問題発言のオンパレードだったからどこが気になったのか心当たりがありすぎてわからん。


 「魔力を持たない…って、どういう事ですか?」


 「言葉通りだろ」


 「いくら私が世間知らずでも、魔力の無い人なんてありえない、という事ぐらい分かります」


 そう言われましても…無いものは無いんだから仕方ないだろ。こう言うと何か借金を払えずに開き直ってるみたいでちょっと嫌だな。


 「森羅万象、生命はおろか無機物にすら自然魔力(マナ)が存在する。今時保育園でも習う常識だな」


 まぁ、よくよく考えてみればある意味シャルより俺の方がずっとオルドにとっては珍しい存在なのかもしれないな。ただ魔力が無いと言う事実に利点が無いのでどぞの研究機関に連れ去られて実験材料にされたりする心配がないのは有難いが。


 「…おおがみさんは、もしかして魔力が無いのでは無く、感知出来ないだけなのではないですか?」


 センリの言いたいことは分かる。そういう仮説を思いつくのは他でもない、神姫(ティアマト)である自分自身がそういった存在だからだろう。

 そして、センリの口から決定的な言葉が放たれる。


 「おおがみさん、貴方はもしかして…、いえ、あなた「も」…?」


 何て応えればいいのやら…。そしてセンリは何を期待しているのか、気持ちは分からなくは無い。けど、理解してやる理由も、特に無い。

だからいつも通りの感じで煙に巻くことにする。


 「50点、ってとこかな」


 「どういう意味です?」


 「言葉通りだよ。投げかけた疑問が必ず解消されて返ってくるなんて義務教育までだぞ」


 「そんなっ。思わせぶりな言い方して答えは教えてくれないなんて意地悪ですっ意地悪すぎですっ!」


 「何を今更…」


 自慢じゃないが、他人からの第一印象の2位は大体「意地悪」だ。ちなみに3位は僅差で「性格悪い」。1位はダントツで何故か「目つきが悪い」だ。

 …ベスト3全てに「悪」がつくのは偶然だと思っておく。


 「…しかし、救助が来ないな。通報されてから随分立つってのに」


 教会騎士がアレだった上に騎士団まで仕事が遅いとなると、この国の治安が本気で不安になってくるぞ。

空を見上げても、真っ暗な海を見回してもライト1つ見えない。

 今回は洪水に飲まれたりボコられたりしこたま電気流されたりと、流石にもう疲れたしさっさと帰りたいんだが…。


 「ん…?なぁ、何か食べてるのか?」


 「ふぇ?」


 不意に、何となく甘ったるい匂いを感じたのでまさかこんな場違いな状況でおやつでも食べてるのかとセンリに振り返るが、当の本人は突然突拍子もないことを尋ねられた、という顔で目を丸くしている。

すまん、シャルじゃあるまいしな。


 「いや、何か甘い匂いが…」


 不覚にも、そこでようやく異変に気づく。妙な香りの正体に感づく前に、その「効果」を自分の体で実感したからだ。


 「…っ!しまっ…」


 気づいた時には既に遅し。「異変の元」を探ることもままならず、膝に力が入らずその場でガクン、と片膝をつく。意識はハッキリしているが、体に力が全然入らない。小刻みに体が震えて、指1本動かすのも難儀する状態だ。

 どうやらセンリも同じ状態らしく、ペタリとその場にへたり込んでしまい腰が抜けたような間抜けな格好で混乱している。


 「むふふ…、あの方の仰っていたとおり、魔術による状態異常は通じなくても、単純な物理的毒素は有効なのですねぇ」


 背後から聞こえる、第3者の声。考えるまでも無く、この「毒」の発生源だろう。何とか振り返ると、そこにいたのは声の印象同様、どこか弱々しく、頼りなさそうなシャルやウリぐらいの年頃の娘。

 闇夜に生える白い髪を肩口で揃え、白の振袖、紺袴という和装に身を包んだ、温和そうな印象の娘。


 …何故か大きな段ボール箱を載せた台車を押しているのが凄く気になるのだが…。


 「星海の皇女(エンプレシア)元サブマスター、『孤狼(ベオウルフ)』大上忍様。そちらは神姫(ティアマト)センリ様でいらっしゃいますね」


 少女は、袴の裾をつまんで小さく一礼する。


 「自己紹介が遅れまして申し訳ございません。私、『ロキの尖兵』所属、『鏡花水月(ドライアド)』君影鈴蘭と申します」


 よりによってここで『ロキ』のメンバーが出てくるか…こちとらもうクタクタだ、その上体が痺れて動けねぇ。今この場でセンリを狙われたら…。


 「ご安心を。神姫(ティアマト)様に手出しをするつもりはありませんので。今回は、ですが」


 俺の視線がセンリに移ったのを察したのか、鈴蘭と名乗った娘がコロコロと着物の裾で口元を押さえるようにして笑う。


 「私の今回の任務は2つ。…一つは今回の騒動を見届けること。そして、彼らの裏にいるのが何者かを見極めること。…既に任務は達しています。不要な争いは臨むところではありません」


 「そうかい、邪魔者を排除するには絶好のチャンスだとは思うが」


 「あのお方は、そんな野蛮なお考えを嫌います。私の独断でそのような蛮行に走ってしまえば、どのようなお叱りを受けてしまうか…あぁ♪」


 …おーい、お叱りと言いながら何でちょっと嬉しそうな顔をする。『ロキの尖兵』、お前らもうちょっと面接とかしっかりやった方がいいんじゃないか?


 「…コホン、つまり、今貴方と事を構えるつもりはありません。それに、お土産はこのように、既にありますので、ね」


 鈴蘭が、台車の乗せていたダンボールの上を塞いでいたガムテープをベリベリとはがして行く。何となく嫌な予感がするが…半分ほどガムテープがはがれたところで、「中身」が勢いよくズボッ、と顔を出す。


 「もがぁーっ!!もがっ、もがーっ!もふっ、もふっ!」


 「嫌な予感的中」


 「シャルトリューさんっ!?」


 「もふっ!?もふふっ、もっふぃ!」


 「何言ってんのか察しはつくけどわかんねえ」


ダンボールに入って運送されていたのは、両手をガムテープでぐるぐる巻きにされ、口にもガムテープを張られているシャルだった。

 普通に、こう言う場合縄で縛られたりしてるモンだろ…なんでガムテープだよ、お手軽と言うか色気の無いところがコイツらしいと言うか…。


 「…ナマモノだから宅配する時気をつけろよ」


 「むふ、ご親切に」


 「もふぁーっ!!」


 「あ、あの…凄く怒ってますよ…?」


 







 「ん~…違う、先月の支払いはもう…って、はっ!?」


 「あら、お目覚めですか?」


 何時の間に意識を失っていたのだろう?…ああ、そうそう。何とかシャなんとかちゃんの謎暴走を止められたのは良かったのだが、気を失った彼女をどうしようかと考えてるところに和服姿の美少女がやってきて…良い匂いがするなぁ、なんて思ったらいつの間にか意識を失っていた。

 …何を言っているのかわからないかもしれないが、一番訳がわからないのは多分俺だ。


 「随分うなされていましたが、大丈夫ですか?」


 「ああ、はい。まぁ平気です。…で、これは一体?」


 和服美少女を見かけた途端意識を失い、目が覚めたら今度は艶やかなドレス姿の年上美女に顔を覗き込まれている。

 これで、両手を縛られていなかったら嬉しかったなぁ…。


 「貴方にはいくつかお聞きしたいことがありまして。特に取り急ぎお聞きしたかったのはあそこで煙を上げてガラクタになってしまっている黒い箱の事でしたが…」


 ドレス姿の美女はそこで言葉を区切り、後ろに立っていた銀色の目が印象的な黒服の男によって縛り上げられているマヨル支部長のほうへと視線を移す。


 「…ここで何が起きていたのか、彼らが何を企んでいたのか、大体のお話は既に支部長さんから聞いております。ふふ、随分痛めつけられたようで、とても協力的にお喋りして頂けました」


 そりゃあ、あれだけ弄ぶような痛めつけられ方してたらトラウマにもなるわな…。流石にちょっとだけ同情するぜ、マヨル支部長。


 「で、なら俺に聞きたい事って言うのは?」


 まあ、どちらかといえば俺のほうからも聞きたい事はあるんだが…。特に、彼女の後ろに居る黒服の男と赤茶色のショートヘアの女性。


 (…知ってる顔に凄ーく面影があるんだが…まあ、当然「別人」なんだろうけど)


 「そうですねぇ…貴方「は」、正直にお話していただけるのかは分かりませんが…」


 柔和な笑みを浮かべられたまま、とても怖い含みを込めた言葉が続く。


 「貴方、随分興味深い名前を名乗っていらっしゃいますよね。『アール』、と。私の知る限り、その名はとあるギルドの有名人の通り名として用いられているのですが…」


 「へえ、俺ってそんな有名人だったっけ?」


 俺のそんな軽口にも彼女はクスリと小さく笑うだけ。特に敵意のようなものは感じられないが、こちらに対するよからぬ興味は益々増したような雰囲気だ。やっべ。


 「私の知る『(アール)』さんとは別人ですが、貴方自身、確かに「ある方面」ではとても有名人でいらっしゃいますよね?」


 両手を縛られた状態で、明らかにカタギには見えない連れを後ろに立たせたままにこやかな笑みを絶やさない美女から素性を迫られている…。うん、こんな薄汚い機械室じゃなくて、欲を言えば2人きりならば歓迎すべきシチュエーションなんだろうが。


 「えーっと…それで、結局俺に聞きたい事、というのは何でしょう?」


 「えぇ、とても単純なお話ですよ。…貴方の、本当のお名前をお聞きしたいというだけですよ?」







 「一応聞くが」


 「はい、何なりと」


 「そんなポンコツ放り捨ててこのまま帰ってくれる、なんて可能性は無いか?」


 「残念ですけど、これも「あの方」の為ですので」


 流石に無理か。っつーかあのポンコツ娘も何をおとなしく拘束されてるんだ。無駄なチート能力でさっさと自力で何とかしてくれ。こっちはもうヘトヘトなんだ。


 「本来、正攻法では私如きシャルトリューさんを捕らえることなどまず不可能でしょうが、運が良かった…いえ、これも運命なのでしょう」


 おぅ、何か突然意味不明なポエムが始まったぞ?鈴蘭と名乗った『ロキの尖兵』の一員はダンボールに梱包された上にガムテープで手足と口を封じられている無様極まりないシャルを見下しながら、冷たく微笑む。


 「リヴァイア産業が魔力吸収装置(アブゾーバー)なんて代物を持ち出してきていたお陰で一時的ではありますが、シャルトリューさんはこうして無力化して貰えましたし、そのリヴァイア産業も共倒れの形…漁夫の利と云うにはまりにも都合が良すぎですね」


 「魔力吸収装置(アブゾーバー)…そうか、リヴァイア産業がシャルの術式を利用してたのは、ソレって訳か…」


 そんなモノが発動されていたのだとしたら船内の混乱も納得だ。イクスも、他の乗客も魔力を吸い上げられて衰弱していたって訳だ。そして、俺とセンリだけはこの世界(オルド)の常識的な魔力概念から外れる存在だったお陰で何の影響も無かった、と言う訳だ。


 (そう考えると、「アイツ」も平気だった理由は…そういうことなんだろうな)


 「『孤狼(ベオウルフ)』様も、色々と大変だったご様子で。…お陰でこちらは何の邪魔も入らず、こうして本来の目的はもちろん、手土産まで得る事が出来ました」


 「んむーっ!むっふ、むふっー!もむっ、もふ、もふっ!ふもっふ!」


 口をガムテープでふさがれたままシャルがなにやら必死に叫んでいるが、流石にサッパリ分かんねえ。


 「…なぁ、そんなの持ち帰っても邪魔なだけだぞ?掃除はしない、食べ散らかすわオヤツの箱も袋も散らかしっぱなすわ、持ち帰ってから「やっぱり返品します」なんて言われてもクーリングオフの対象外だからな、ソレ」


 「もふふーーっ!」


 「あ、あの…シャルトリューさん怒ってる気がします…」


 「奇遇だな、俺もそう思う」


 「うふ…私もそう思いますよぉ」


 チッ、「そいつには連れ去る価値どころか人として最低限必要なモノすら無いから持ち帰るだけ労力の無駄だぞ」作戦は失敗か…当たり前だけど。


 「…どの道コッチはろくに身動きも取れないんだ。せめてそのポンコツが『ロキの尖兵(お前ら)』にとってどんな価値があるのか、聞かせてくれないか?」


 言いながら一般的に思いつくのはシャル自身の社会的価値だ。本人自身アホみたいな貯蓄があるし、今後も玉石混合ではあるが有益な発明、技術を作り出すだろう。

 だが、『ロキの尖兵』がそんな分かりやすい、実も蓋も無く言えば「金」目当てで動くだろうか?


 「…そう、ですわね…。『孤狼(ベオウルフ)』様はこの娘のお世話を今までしてらしたそうですし、今生の別れになってしまう前に、お伝えしましょう」


 鈴蘭は、ほんの少し考えるような素振りを見せてから意外なほどアッサリと答えてくれた。


 「『孤狼(ベオウルフ)』様は『悪戯猫(チェシャキャット)』と呼ばれる存在をご存知でしょうか?」


 「新発売の猫エサか?」


 「…ご存知ではないようなので、ご説明を。とは言え私も又聞きの知識ですのですが…」


 鈴蘭はコホン、と一度咳払いをして…そのまま本格的にゴホゴホ、ゲホゲホと咽る。あ、さり気なく吐血してやがる大丈夫かこの娘。


 「ケホっ…失礼いたしました」


 「だ、大丈夫ですか?」


 「ご心配なく神姫(ティアマト)様。いつも通りの体調ですので」


 「そ、それはそれで…」


 面接時に健康状態ぐらいチェックしろよ、『ロキの尖兵』。


 「…あの方曰く、『悪戯猫(チェシャキャット)』とは、世界のあり方すら左右できる力の片鱗、だそうですよ」


 「…世界の、あり方を?」


 センリが流石にポカンと間の抜けた顔を…いや、割とこの娘はずっとこんな顔だったかもしれないが。

それにしても随分大きな風呂敷広げたな。世界と来たか…。


 「神様か何かか、そのポンコツが?疫病神か貧乏神って言う意味なら納得するが」


 「言葉通りですよ。詳しくは私も聞かされておりませんので、これ以上は何とも言えませんが…。ふふ、この娘を連れ帰れば、きっとオグロ様は私を褒めて下さります。…いいえ、もしかしたら、ご褒美まで…」


 もう少し話を聞きたいのだが、勝手に何かまたトリップし始めた鈴蘭にこれ以上聞いても無駄だろう。さて、あの梱包されてるポンコツ小包をどうするか…。


 「ああ、どうしましょう。「よくやりましたね」なんて微笑まれながら、あ、頭なんて撫でられてしまったら…考えるだけで、考えるだけで私…」


 両手を頬に添えて頭をブンブン振りながらはしゃいでるけど、それ妄想だよな。鼻から垂れてる血はさっきの吐血の影響と考えていいんだよな。…ほら、捕まってるのにポンコツ娘(シャル)もドン引きしてるじゃないか。


 「あー、鈴蘭って言ったけか?見たところ天使族や機人には見えないが」


 「はっ?…失礼、お目汚しを…。ええ、私は精霊界の出自。花精霊(ドリアード)の一種になります」


 「へぇ、通りで」


 痺れて力の入らない足をなんとか無理やり起こし、フラフラしながら苦労して立ち上がる。おぉう、思った以上に効いてる…。戦闘は流石に無理だな、これ。


 「あまりご無理はなさらないよう。命に別状はありませんがしばらくは痺れが続くはずです。…私としてもあまり醜い「毒」は使いたくないので、大人しくして頂けるとありがたいのですが…」


 花の精霊といったか、どうやら痺れ毒以外にも別種類の毒があるようだ。さっきの甘い匂いから察すると経口摂取によって効果を発動する花粉のようなモノなのだろう。


 「荒事を出来るような状態じゃない。警戒しなくても君に危害を加える力は今はねぇよ」


 「そうだと安心なのですが…。オグロ様からも、特に貴方には注意するように、と念を押されておりますので」


 「過大評価しすぎだろ…それともそれは君の身を案じての、そのオグロとやらの気遣いかもしれないが」


 ピクリと、露骨に鈴蘭の眉が上がる。試しに「敬愛するオグロ様」の名前を使ってみたが…イケる気がしてきたな。


 「ふふ…そう、ですねぇ。もしオグロさまが私のみを案じてくださっているのでしたら、これほどの幸せはありません」


 「随分入れ込んでるんだな。それほどの男か?」


 鈴蘭は当たり前だ、と言わんばかりに大きく頷く。ガムテープで口をふさがれたままのシャルと一瞬目が合ったが、取り合えず今のところは無視する。


 「私のような毒花を、自分の周りを害する事しか出来ないこの身を「自分達のために使ってくれないか」と、この手を取って私の価値を見出してくださったのが他でもない、オグロ様です。だからこそ私はあのお方の為なら何でもして差し上げようと…」


 鈴蘭はそこで一度言葉を区切り、自分の隣でダンボール詰めにされているシャルを見下ろし、背筋が寒くなるような笑みを浮かべる。


 「…例え、あのお方の心を引く娘をむざむざと差し出す事となっても、それをオグロ様がお望みなら…。ええ、非常に残念です。もし抹殺指令だったのなら、もっと簡単に事は運ぶんですけどねぇ…ふふ、冗談ですよシャルトリューさん…だからそう怯えないでください。…うっかり酸性毒を撒いてしまうかもしれないじゃあないですか…」


 「むふーっ!もふふっ、むもっふ!ふんもっふぁー!」


 「むふ、むふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 「ひぃっ…」


 怯えたセンリがなんとか立っている俺の足を掴んでくる。止めてください。コケてしまいます。とは言え正直これは…俺も怖い。


 「…そのオグロって奴のことはよく知らないが、一つ大きな勘違いをしているな」


 足にしがみついてきたセンリを何とか振り払い、全く力の入らない足腰で1歩、2歩とゆっくりとだが、鈴蘭に、そしてその横で梱包されているシャルの方へと近づいていく。


 「…あら、勘違い…ですか?」


 「ああ。君の主人がどう思っているかは知らないが、少なくとも君自身は大きな勘違いをしているよ」


 こちらはこのとおりフラフラだ。唯でさえ色々な騒動に巻き込まれてボロボロな上に痺れ毒まで浴びせられてるんだしな。労災降りるんだろうな、これ。


 「私が?一体何を…」


 「君はさっき、自分のような毒花を必要としてくれた…そう言ったな」


 「ええ、それが何か…」


 「違うな」


 やんわりと、一刀に伏すのではなく諭すように、声色を落として静かに、だがよく通るようにハッキリと言い放つ。斜に歪む目つきは今更変わりようがないのでその分仕草に、声色に棘を潜め敵意が無いことをアピールする。


 「君の価値は毒の有無か?他者を害する力がある事か?そうじゃないだろ。それなら君でなくても事足りる」


 続いて相手の主張の訂正。ただし注意すべきはこの場合、「説教」でも「完全否定」でも意味は無い。あくまで相手の意思を汲み「同調」した上での、「指摘」と「肯定」だ。


 「い、一体何を…。あ、あまり近づかないでください、それ以上は…」


 「毒を撒く、か?それもいいだろ。けどな、君自身は知っておくべきだ。気づいてくれるのなら、毒だろうと何だろうと甘んじて受け入れよう」


 フラフラとした足取りのまま、こちらの話のペースに巻いているうちに距離をどんどん詰めていく。もう、手を伸ばせばその華奢な体に届きそうな位置だ。ちなみに足を伸ばせば甲板に置かれているシャル入りダンボールを蹴り転がせそうだ。…試したいのは山々だが今は我慢する。


 「毒があろうが無かろうが、花は花だ。知らないなら教えてやるよ」


 「ち、近っ…」


 既に鈴蘭との距離は1Mも無い。困惑と、若干の怯えが混ざった顔でこちらを見上げる顔がよく見える。


 「花って言うのはな。そこに咲いているだけで価値があるもんだ。毒花だろうと薬花だろうが関係ない」


 鈴蘭の手を取る。ビクッ、と怯える彼女を宥める様に、ゆっくりとした口調で、続ける。


 「折角こんな綺麗な顔なんだ。自分は毒花だから、なんて野暮な自嘲で己を貶める事はやめておきな」


 「なっ、ななな何をっ、わ、私はオグロ様に身を捧げると誓ったのです、そのような甘言にま、惑わされは…」


 「甘言?それこそ勘違いだよ、鈴蘭」


 慌てふためく鈴蘭に『モフモフ』勤務で培った営業スマイルでやんわりと、耳元に囁きかけるようにして…。


 「こういうのは、口先八寸って言うんだよ」


 「…?」


 突然声色が元に戻り、鈴蘭がようやく我に返るがもう手遅れだ。

ゆっくりとにじり寄りながら痺れる体に温存しておいた力を振り絞り、彼女の和服の袖と袴を同時に掴み、抱え上げる。思ったよりずっと軽い彼女の体は意外なほど簡単に持ち上がり…。


 「せいっ」


 「ひゃあっ!?」


 そのまま、甲板の手すりを越えて夜の海へと放り投げるのにそれほどの労力はかからなかった。


 「ひゃっ!やっ、いゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 長い悲鳴を上げて遥か下へと落ちていく鈴蘭。真っ暗な夜の海なので見下ろしてもよく見えないが…取りあえず近くに設置してあった救命浮き輪を落としておいてやるか…。あ、今ボチャ、って水音が。

 「卑怯者ー」だの「女の敵ー」だの、か細い声を必死に張り上げて下から非難の声が聞こえてくる気がするが、多分気のせいだ。


 「…ふぅ、苦しい戦いだった…」


 まあ、夜の海は冷たいだろうがあれも一応は『ロキの尖兵』。死にはしないだろ。多分。

そう思って振り返ると、丁度梱包されていたシャルの手足や口を塞ぐガムテープを懸命に剥がしていたセンリと、剥がされている最中のシャルと、2人の視線と目が合う。


 「…最低」


 「本当に、酷い人です…あんまりです」


 「おい、助けてやったのに何だその言い草は」


 「こっちこないで、女の敵」


 「可哀想です。女心というものをなんだと思ってるんですか」


 「えぇー…」





 「あら、まだ救援は来ていないのですね…」


 薄暗く汚い機械室でお喋りしているのも何でしたので、取りあえず場所を変えようと後方甲板に上がってみると、ライト一つついておらず真っ暗闇が広がっていました。


 「色々ゴタついてるんだろ。事態が事態だ」


 愛も変わらず、他人事のように言うブレードさんが周囲を見回し、甲板手すり付近にあった照明を見つけてくれました。これで一応の明かりは確保できましたね。


 「で、コイツはどうする気?拷問でもすんの?」


 「マジで?」


 ああ、またそうやって人聞きの悪いことを…。真に受けてしまってるじゃないですか。


 「イクスさん、『財団』を誤解していらっしゃいませんか?」


 「『ロキ』も『財団』も大差ないでしょうが」


 「耳が痛いですねえ…」


 まあ、今は目的を果たしましょうか。壊れてしまっていましたが魔力吸収装置(アブゾーバー)もこうして持って来ました(ブレードさんが担いで、ですけど)。救助が到着したら「彼」とこの装置を共に本社に…と。


 そう考えていた矢先に、突然頭上を大きな影が通り過ぎました。

そして数秒遅れて激しい突風。ドレスの裾を押さえながら私達の真上を通った「それ」を見上げると、流石に私も驚きました。


 大きな翼を羽ばたかせて、ゆっくりと甲板の上に降り立ったのは、全長で優に10Mはありそうな巨大な、ドラゴン。

 それも竜人(ドラゴンレイス)魔獣竜(ドラグーン)ではなく、現在ではその存在のあまりの希少性に幻とすら言われる、野生竜(ロードドラゴン)…。


 「おー、ようやくお迎えが来てくれたか」


 流石に唖然とする私達を尻目に、1人だけ暢気に目の前に降り立った巨大なドラゴンを見上げながら自薦に近づいていく、『自称』(アール)さん。


 「ここにいたとはな。手間が省けた」


 ドラゴンの背中から、銀髪の青年が姿を現し、そのままドラゴンの背から飛び降りて船の甲板に着地。雑に切りそろえられた銀髪に、蒼い右目、赤い左目と異彩を放つ相違眼(オッドアイ)


 「あれ、そっちからお出迎え?随分殊勝になったじゃない」


 続いて、その後ろから今度は薄紫色の長髪を靡かせながら、白衣の少女が颯爽と…とはいかず、ドラゴンの前足を掴んで若干モタモタしながら…あ、ようやく降りられましたね。


 「ブレードさん…私、あの女の子に覚えがあるのですが…」


 「奇遇だな、俺も野生竜(ロードドラゴン)を従えられる者など、1人しか知らない」


 『自称』(アール)さんと銀髪の青年、そして紫紺髪の白衣の少女。どうやらこの3人はお仲間のようですね。…問題なのはそれぞれが「何者か」、なんですが…。


 「3大闇工房(ブラックファクトリー)の一つ、『青の花(アイオライト)』。通称『第3工房』の最高責任者…ラピス・アルトベル」


 「…魔竜王(バハムート)、ヴァイツ・クロフォード」


 私と、ブレードさんがそれぞれ知っている方の名前を呟き、呼ばれた方もこちらに振り向いてきました。


 「…もう一度聞きますよ、(アール)さんの名前を使った「貴方」は、一体誰なんですか?」

「TNN号」編、次回でようやく完結です。長いよ・・・色々一度にやりすぎたよ。しかもどいつもこいつも悪巧みしすぎだよ・・・誰だよこんなの考えてるの。


リヴァイア産業、佐里江、『ロキの尖兵』の鈴蘭。四面楚歌でしたねえ・・・味方は少ないのに。そろそろマキナやモプシーが孤独死しそうなので次回あたり復活させられれば・・・られれば?



余談ですが倒されたウルメ、マヨル、佐里江はそれぞれロープでぐるぐる巻きにされ倉庫区画に放り込まれ隔離され、救援にやってきた騎士団に引き渡されるまで閉じ込められていたそうです。

騎士団が到着したときには何故かそれぞれ額に「小魚」「下処理済」「口だけ野郎」と書かれた紙を張られており、犯人に心当たりのある山賊風貌の隊長さんが頭を抱えたそうですが、本編とは全く関係ないお話・・・。

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