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海上の異端者達・その4

Q・好きなオニギリの具と味噌汁の具を教えてください


大上「ツナマヨと豆腐。…ってか何のアンケートだこれ」


シャル「おかかおにぎり。お味噌汁はワカメかなぁ」


ウリ「昆布の佃煮、大根とほうれん草です。…え、地味?」


マキナ「マスターが作ってくださるモノなら何で」ブツッ (非回答)


モプシー「ニンジンおにぎりと…ニンジンのおみそ汁、です」

 謎の集団昏倒騒動が始まった船内から神姫(ティアマト)である私を真っ先に脱出させようと、救援が来るであろう甲板を目指していたおおがみさん。

 だけど、そこに立ち塞がったのは私が良く知る人物でした…。


 「さ、佐里江さん、やりすぎですっ!おおがみさんは私を助けてくれたんですよっ!?」


 私の声は届いているはず、聞こえているはず。だけど佐里江さんは私の事など見向きもせず、おおがみさんに電撃を浴びせ、殴り、蹴り、また電撃を与える。痛めつけるのを楽しんでいるようなその姿は、私が今まで見たことも無い佐里江さんで、私は少し離れたところから精一杯の大きな声で懇願することしかできずにいました。


 「どうした孤狼(ベオウルフ)。2年前より随分大人しくなったじゃあないか。…あまりに手応えが無さ過ぎても、こちらの溜飲は下がらないのだがなぁ…!」


 もう何度目かも分からない、おおがみさんがまた壁に叩きつけられて、ズルズルと船内通路の床の上に腰を落としていきます。一方的に嬲り者にされて…これじゃあ、このままだと本当に…。


 「佐里江さんっ!やめてくださいっこのままだとおおがみさんが死んでしまいますよっ!」


 ピクリと、佐里江さんがようやく私の方にゆっくりと振り返りました。だけどその表情は、思わずゾッとするぐらい歪で、笑みを浮かべているはずなのに世間知らずの私でもハッキリわかるほど、佐里江さんの顔には、その瞳には抑えきれない「憎悪」が浮かんでいました。


 「…そう、ですね…このままだと殺してしまいますか…」


 自分の足元で尻餅をついているおおがみさんに、また視線を戻した佐里江さん。


 「ご理解いただけませんか、姫様」


 佐里江さんが右手に持った細剣(レイピア)を、真上からおおがみさんの頭上に切っ先を向けます。脅しでも冗談でもなく本気の殺意が感じ取れ、それでも、佐里江さんを殺人者にする訳にも、私をここまで守ってくれたおおがみさんを見殺しにする事も出来ず…。


 「私は、このままこの男を殺すつもりでやっているんですよ…!」


 佐里江さんが剣を振り下ろす。必死に、もたもたともつれる足で駆け寄り、思い切り両手を伸ばす。


 「駄目ですっ…!!」


 ほとんど転んでもたれかかるような形で佐里江さんの右手にしがみつけました。バランスが崩れた佐里江さんは、振り下ろした剣先がおおがみさんの頭から外れガリガリと耳が痛くなるような不快な音を立てて通路の壁を引っかきました。


 「…っ!邪魔をするなっ、この…卑しい野良風情がっ!!」


 掴んだ右手から振り払われて、次の瞬間目の前に佐里江さんの、今まで知らなかった黒い鉄で出来た左腕が近づいて…。



 そこで、私の意識は途切れてしまいました。








マヨル支部長に向けて魔力弾を放ったのと同時に、今まで以上の激しい頭痛に襲われて思わず箒(ストレーガ)を床に落としてしまい、あまりの苦痛に我慢できずに頭を抱えて膝を着いてしまった。

 当然発射された魔力弾はマヨル支部長には命中せず、その頭上に大きく逸れて機械室天井の配管の一部を破損させただけだった…。


 「うあっ…!ぐっ、うぅ…!」


 あまりに激しい頭痛で視界どころか思考もままならない、グルグルと頭の中に手を突っ込まれて掻き乱されているような気持ち悪さを感じる。

 床に膝をつくとそのまま堪えきれずに床の上に倒れ込んでしまう。横になっても当然のように症状は治まらない。これ、ちよっと本気でヤバいかも…こんなのしばらく続いたら気絶する前に気がおかしくなる…。


 「シャウエッセンちゃん!?くそっ…オヤっさん、加勢するぞ!…オヤッさん!?」


 誰が皮がパリッとしてて美味しいウィンナーか…、アル公君にツッコむ気力も無く、かろうじて見えたのは私と同じようにドサッ、と力無く倒れてしまった尾居場さんの姿…。


 「お前、何しやがった…!」


 「雇い主に向かって口の聞き方がなってないな…ふむ、君にだけ効き目が無いのは実に不可解だが」


 マヨル支部長の手には、小さなリモコンのようなモノが握られている。丁度エアコンやテレビのリモコンみたいな大きさと形の…リモコン?


 「なに、少しそこの装置の出力を上げただけだよ。流石の『エレメンティアの魔女』もこの至近距離で高出力の吸収装置(アブゾーバー)の前に居続けるのは限界らしいな」


 ガンガンとハンマーで頭の内部を殴り続けられているような激痛に意識が何度も飛びそうになっている中、辛うじてマヨル支部長のそんな言葉が耳に届く。

 なんとか、あの装置を壊すか止めるかしないと…私はもちろん今船に乗っている乗客全員、命すら危うくなる…。


 (私が、作った術式を利用してこんな事されて…、絶対、ぜぇったい止めてやる…よくも私を…)



  -へぇ、お前も世の役に立ってるんだな-



 (よくも、踏みにじってくれたな…!)


 「…ほう、流石はオルド最強の魔術師と詠われる少女。まだ動ける元気があるとは、若さかな」


 マヨル支部長を、マヨルを精一杯睨みながら床に手を着いて必死に体を起こす。足に全然力が入らない。指1本動かすだけで頭痛が体中に響くように酷くなって意識が切れかける。


 だけど、ここで倒れてしまう訳にはいかない。ここで屈してしまったら、何か大事なものが台無しになってしまうような気がするから…。


 「許さない…、アンタは、絶対に、許さない…!」


 「では、どうするというのかな?」


 「…っ!おい、やめろ!!」


 アル公君が慌てて、装置の出力スイッチに指をかけようとしているマヨルに迫る。だけど、アル公君が届く前にマヨルが指1本動かすほうがずっと早かった。


 「あぅっ!ぅっ…ぁあああっ…!!」


 魔力吸収装置(アブゾーバー)の出力が更に上げられ、それと同時に頭を叩き割られるような激痛に声を我慢する事もできず、かと言って大声を上げる力も無く肺から搾り出すような情けない呻き声が勝手に口から零れ出てくる。

 倒れ込んだ機械室の汚れた床の上でのた打ち回る自分の姿はさぞ無様だろうけど、そんなの気にしている余裕がある筈も無い。


 「おいっ、このままだと死んじまうだろ…いい加減にしやがれっ!」


 「なに、膨大な魔力の持ち主である彼女がそう簡単に死にはしないだろう。壊れてしまうかもしれないが、ね」


 「正気か、アンタ…!」


 マヨル支部長やアル公君の声がどこか遠くから聞こえるような気がする…。すぐ近くにいる筈なのに。

オイル汚れでベタベタしている機械室の床の気持ち悪い感触がドレスの上から肌に伝わる。もう、床の上でのたうつ事すら出来なくなって、私はもう、断続的に途切れ途切れになる意識を必死に繋ぎ止めるのが精一杯だった。


 (た…っ、たす、け……、し、の…)


 脳を直接噛み砕かれているかのような激痛に、無意識にアイツの顔を思い浮かべて…。


 そこで、私の意識は途切れてしまった…。







 (…にゃふ?)


 (にゃっ……むふっ)


 (にゃふふっ…チャンスだにゃぁ…)


 








 神姫(センリ)を殴り飛ばした佐里江に、その隙をついて床を叩くように勢いよく立ち上がりその顔面を鷲掴みにする。そのまま勢いに任せて通路反対側の壁に思い切り叩き付けてやる。


 佐里江は掌で鼻を潰される形で、間の抜けた声を上げながら俺が思い切り叩き付けた壁…ではなく向かい側の船室のドアだったが…そこを突き破り、室内に転がり込んでいく。


 「ったく、しこたまボコりやがって…」


 打撲はともかく、好き放題浴びせてくれた電撃は正直大分効いた。正直何度か気絶しかけたぐらいだ。骨は折れてないっぽいが濡れた制服に薄汚い足跡つけやがって…教会本部にクリーニング代請求してやるからな。


 「っと、それはともかく…」


 よりによって義手の方で殴りやがったあのバカ…。床の上にグッタリと倒れているセンリに駆け寄る。…若干体がまだ痺れてる。思った以上に自分の動きが鈍い。この娘をトロいなんて言えないじゃないか…。


 頭を打っているかもしれないのでゆっくり上体を抱き起こす。左の頬が少し赤くなっているが、腫れたりしている訳でもない。ただ少し口の中を切っているのか、口元から血が滲んでいる。あとは…特に大丈夫みたいだ、気絶はしているが。


 (…まあ、無事で何よりか。神姫に手ぇ上げるとかトチ狂いすぎだろ…もうダメだなアイツ)


 抱き起こされて意識が戻り始めたのか、「う~…」と寝起きのようなふにゃけた声を漏らして身動(みじろ)ぎ始めるセンリ。


 (当たり前だが、やっぱり似てないな…)


 「…あふ…?」


 「おはようお姫様、この短時間で2回も寝起きに遭遇するとはな」


 「…おお、がみ…さん?」


 「今度こそ、そこで大人しくしてろ。…さっさとあのイカレとんちきをブッ飛ばしてくる」


 センリを通路の壁にもたれかからせるようにして、佐里江を叩き込んだ船室に向かう。…まあ、こっちは丸腰だし正直策も無いが、実践ってのは大抵いつもそういうもんだしな。


 「おおがみ、さん…、待って、ください…」


 鉄の義手で殴られたんだから無理も無いが、センリは目が覚めてもまだ意識が朦朧としているようだ。それでも、センリを置いていこうとする俺のズボンの裾を掴み足を止めさせる。


 「佐里江さんには…、きっと何か、事情があるはず…なんです。…こんなことを、する人じゃないんです…、ですから…」


 痛む頭を何度も振りながら、懸命に言葉を紡ぐセンリ。それは彼女の優しさなのか甘さなのか、俺には唯の「夢想」にしか思えなかったが。


 「事情があろうが無かろうが、俺には関係も無いし興味もねぇよ。…君の頭の中の、都合のいい御伽話にもな」


 お姫様の理想論を否定する気は無いが、今はそんなモン邪魔でしかない。丁度良いからそこで待ってろ。

 佐里江を叩き込んだ客室へと、見事にブッ壊れたドアを潜る。…修繕費は教会持ちでいいんだよな。


 「人間種如きが…、天使である私の顔に触れるなど、許されると思っているのか…!」


 船室に入ると丁度佐里江も起き上がったところのようだ。平手を打ち込まれた鼻っ柱を押さえてこちらを物凄い形相で睨んでいる。


 「今時珍しいぐらい露骨な種族至上主義者だな。流行らねぇぞ、そういうの」


 「黙れ!!」


 佐里江が吼え、足元に散乱したテーブルを蹴り飛ばす。


 「私が教会騎士(クルセイダー)などに身を堕としたのも元はと言えば貴様が原因だ、孤狼(ベオウルフ)!2年前のあの一件、『雪の惨劇』忘れる筈も無い…」


 まあ、ぶっちゃけコッチもコイツの顔は覚えていたし、忘れていたわけじゃあない。単にしらばっくれてただけなんだが。


 「無法者の集まりである卑しきギルド同士の抗争を鎮圧する為に天界軍として派遣された私に、あろう事か下等種族が刃を向け、この有様だ…これがどれほどの侮辱か、貴様のような下等種族には理解できまい?」


 佐里江が、肘から先を無骨な鉄で作られた左腕を見せつけ、呪い殺そうとでもしているかのような目で睨んでくる。

 「あの時」は乱戦混戦だったし、それに思い返せば先に斬りかかってきたのはお前の方だった気がするんだが…そんな事言っても無駄だろうな。


 「理解ねえ…。手柄欲しさに勇んで出向いた結果返り討ちにされた無様な負け犬、もとい負け天使の泣き言か。そりゃあ確かに、理解に苦しむ案件だな」


 鼻で笑ってから、負け犬の遠吠えは聞くに堪えないので人差し指を向けて、手招きするように挑発してやる。


 「貴様は片腕を落とすだけでは済まさん…四肢を刻んで、生きたまま焼いてくれる…それでも私の受けた屈辱は晴らされんがなぁ!」


 「物騒だな、お前お姫様の教育に悪すぎだろ」


 センリを外に置いてきて大正解だな、世間知らずのボケフニャ娘にコレは刺激が強すぎる。


 「PTAから苦情が来ないうちに退場してもらうぜ、逆恨み天使さんよ」


 佐里江が右手に細剣(レイピア)を、左手に電撃を構えて襲い掛かってくる。


 …そういえば俺、丸腰のままなんだったよな…。


 

 






 誰か、何がどうなっているのか教えてくれ。


 「がっ…あ…」


 今俺の目の前ではリヴァイア産業のマヨルが肺の奥から搾り出すような呻き声を上げて悶絶している。

尾居場のオヤッさんは俺の後ろでブッ倒れたままだし、俺は俺でこれからこのサカナオヤジとタイマンだと思ってひん曲がった鉄パイプを構えてたところで…。


 突然、マヨルが苦しみだした。


 「ぐっ、がはっ…!な、なんだこれは…っ!?」


 両手で自分の首元を押さえるマヨル。よく見るとマヨルの首に赤黒く光る、ロープのようなモノが巻きついて締め上げているようだ。

 当然、俺は何もしていない。マヨルは首を締め上げられたまま、そこそこ大柄にも関わらずアッサリとそのまま床から足が離れ吊り上げられていき…。

 今度は突然、パイプや機材がむき出しの機械室の壁に勢いよく叩きつけられる。


 「げふっ…!」


 まるでゴミでも放り捨てるかのように投げ飛ばされたマヨルより、俺としては「それ」をやった奴のほうが気になった。

 マヨルを締め上げ、投げ飛ばした赤く輝くロープのようなモノは、宙に浮いたままフラフラと小刻みに揺れている。よくよく見ると細かくトゲのような…って違う、これは毛並みだ。これ、尻尾だ。


 そして、その赤く光る尻尾の根元を辿ると、ついさっきその場に倒れてしまっていたはずの娘の姿が…。魔術技巧専門学園(エレメンティア)のシャム…シャコ…、シャなんとかちゃんが、起き上がっていた。


 「…にゃふっ」


 薄く、口元を歪める。腰の後ろ…正面からは見えないがもしかしたら尻から生えてるのかもしれないが、尻尾を生やした彼女はフラフラと立ち上がり、顔を上げる。まるでこの場に似つかわしくない楽しそうな笑顔を浮かべて。


 「あーあ…「起こしちゃった」にゃあ…?」


 さっきまでとはまるで声のトーンが違う。目にも留まらぬスピードで尻尾が伸ばされ、倒れていたマヨルの足に巻きつくと体重など無視するかのように軽々しく天井近くまで吊り上げ、床に叩き付ける。

 何が起こっているのかはマヨルのほうも同じらしく、まともに受身も取れず苦悶の声を上げる。頑強な鱗に身を包んでいても衝撃まで防げはしない。

 何度も何度も、吊り上げては床に、壁にマヨルを叩き付け続けるシャムちゃん。…シャロちゃんだっけ?


 気だるそうに髪をかき上げ、やっぱり気だるそうなトロンとした目つきで、無邪気に笑う。一方的にマヨルを痛めつけ、苦痛の声を上げるマヨルはまるでオモチャといった扱いだ。


 …さっきまでとはまるで別人だ。って言うか魔力はあの機械で吸い上げられているんじゃなかったのか?人間種の筈の彼女にある「尻尾」は…。


 「ちょーっとやりすぎたにゃあ、おサカナさん?お陰で久っしぶりに起きれたけどにゃあ」


 シャチちゃんはその場から一歩も動かないまま、どこまでも伸びる赤い尻尾がマヨルを投げつけ、叩き、締め上げる。あまりに一方的すぎて、これじゃあ只の虐殺だ。


 「お、おい。やりすぎだろ」


 さっきマヨル支部長にも似たような台詞を言ったような…同じ台詞なのに加害者が入れ替わっちまってる。


 「んー…?」


 シャツちゃんはユラリ、と首をかしげるようにこちらに顔を向けて人差し指を口元に当てながら。


 「先にケンカふっかけてきたのはアッチにゃあ?なら…何されたって文句は無い筈にゃあ」


 尻尾の先端から、細い光が放たれレーザーのように床の上でボロ雑巾にされていたマヨルの右腕を貫く。腕に風穴を開けられ耳障りな悲鳴を上げるマヨルに対し、更にそのまま左足の爪先、右脹脛、右肩と尻尾の毛先から光の矢が次々に放たれ、貫いていく。


 「一応、「この娘」の立場もあるし殺しはしないにゃあ。…だから、殺す以外の事はしちゃうにゃあ?」


 「おい、だからやめろって…!」


 体のあちこちに風穴をあけられ、嬲り殺しにされているマヨルはもう悲鳴を上げることも出来ずに床に転がったまま悶絶している。それでもなお攻撃を止めようとしないシャロちゃんを止めようと近づいた瞬間、俺の右頬を目にも留まらぬスピードで彼女の尻尾が掠め、数秒立ってから血が垂れる感触を感じ、頬が切られた事を認識する。


 「邪魔しちゃイヤにゃあ~。折角久しぶりにシャバに出て来られたんだからにゃ~、遊びたいのにゃ、遊びたいのにゃっ!」


 尻尾を何度も床に叩きつけ、まるで駄々をこねるような…実際こねてるんだろうが。彼女の仕草、言動はどこまでも無邪気なものだ。

だからこそ、平然と抵抗できなくなった相手を痛めつけるその行動と態度があまりに似合わず、得体の知れない君の悪さと寒気を感じさせる。


 (二重人格…?だとしても、このままだと本当にマヨルを殺しちまいかねないぞ)


かと言って俺みたいな何の変哲もない日雇い整備士に何が出来ると言う訳でも…。


 (…そうだ!)


 元に戻るかどうかは分からないが、一か八かだ。このままマヨルが嬲られ続けたら、次は俺の番かもしれないしな。


 







 佐里江の電撃を帯びた左腕、鋼鉄の義手が俺目掛けて振り下ろされてくる。そんな中、俺達の間に割り込むように飛び込んできたのは細長い包みを抱えたセンリだった。


 「おおがみさん、こ、これっ…!」


 センリが何を持ってきたのかなど確認する暇は無い。佐里江は一瞬センリの姿に反応したが、その左腕を止める気はやはり無い様だ。


 俺目掛けて撃ち込まれようとしている佐里江の攻撃線上をセンリが塞ぐ形になる。仕方なく崩れたテーブルやら椅子やらの瓦礫に囲まれたままで、センリの腕を掴み、抱き寄せる。少々デリカシーの無い扱いかもしれないが非常事態だ、クレームは後で聞き流す。


 センリを両手で抱え込むようにして床の上を2転、3転と転がり佐里江の電撃パンチを回避し、距離を取って起き上がる。センリは突然の事に何が起こったのか判らない、といった顔でパチパチと瞬きを繰り返して呆然としている。ああ悪い、いつまでも抱えてたらセクハラだわな。訴えられる前に放そう。


 「センリ様…邪魔をしないで頂きたい。大人しくしていれば貴女の事はいままでどおり、丁重に扱うと申し上げた筈でしょう」


 「都合のいいお飾り人形として、だろ?」


 「当然だ。他にどのような価値がある?どこの世界の者とも知れぬ野良など下等種族程の価値も無い」


 完全に本性を隠す気の無い佐里江が、これまで長い間溜め込んでいたであろうドス黒い本性を剥き出しにしてその悪意を、歪んだ心を俺とセンリに向けてくる。


 「誇り高き天使の一族の中でも高位である大天使サリエルが希少と言う事だけで祭り上げられている飾り物に慈悲を与えてやるというのだ。感謝されることはあれども、飼い主の手を噛むような無礼な振る舞いをされる云われは無い」


 佐里江の言葉は本心からだろう。心から自分達天使以外の種族を見下し、下等種族と差別しその考えが正しいと思い込んでいる。

 まあ、考え方なんて人それぞれだ。それに正直こういう種族毎の差別主義は珍しい話でもない。

…ここまで露骨でオーバーなのは流石にレアケースだが。


 「貴様もだ、孤狼(ベオウルフ)。下等も下等な人間種の、魔力も持たぬ家畜同然の種が、大天使である私の左腕を落とし、このような醜い鉄の塊を縫い付けなくてはならないような屈辱を与えるなど…万死すら生温い。神姫(ティアマト)はこの際二の次で良い…貴様は、この場で、確実にこの手で始末する」


 「…やれるもんなら、やってみろよ」


 佐里江のドス黒い悪意にもはや完全に怯えてしまい何も言えなくなってしまっているセンリをゆっくりと引き剥がし、彼女が持ってきたモノを受け取る。

 …どういう経緯で「コレ」が届けられたかは、まぁ想像出来るのでその話はまた後で。


 「お前の天使至上主義を否定する気はねぇ。好きな事思い込んで好きなように喚いてろ。興味が無い」


 紐を解いて包みを開き、中に収められていた馴染みの道具を開放する。

漆黒に塗られた鞘から、柄を掴んでゆっくりとその刀身を引き抜いていく。人間界の東部に伝わる特徴的な「刀剣」と呼ばれる薄身片刃の刀身。そして対照的に西洋文化を思わせる獣の顔を模した鍔飾り。


  ああ、そう言やそれなりに長い付き合いにまだ名も付けて無かったな…。


 「ほぅ…。「牙」を得たからとして、どうにかなるとでも思っているのか?」


 佐里江が左腕を掲げる。義手に内蔵された人口魔石によって精製、増幅された電撃が佐里江の左腕にみるみる収束していき…。


 「いつまで勝手にセリフ回してるんだよ」


 電撃を放たれるよりも早く、剣先で鋼鉄の左腕をかち上げる。反応が遅れた佐里江は結局無様に頭上の天井目掛けて無意味に電撃を放ち、頭の上に穴を開けた。


 「何を調子に乗ったのかは知らねぇが、お前には過ぎた舞台(ステージ)だ。降りて貰うぜ」


 「貴様…、孤狼(ベオウルフ)…っ!!」


 いつまで人の昔のあだ名を引っ張るんだよ。しつこい野郎だな…。


 今の俺は星界の皇女(エンプレシア)の猟犬じゃあない。只のしがないポンコツ女生徒の番犬だ。


だが、例え立場が変わっても譲れないものはある。曲げてはならないものがある。決して変えられない事がある。


 「ここからは俺の見せ場(スポットライト)だ。役者の違いってのを教えてやるよ、三流天使」









 さてと、プレゼントは無事に神姫様からアイツに届いたみたいね。

乗船時に預けられたアイツの「獲物」をわざわざ保管室から探して来たんだから感謝して欲しいところだけど、どうせアイツの事だから「私」の正体も、ここにいる理由も大体察しがついてるだろうけど。


 〔それにしてもマスター。神姫(ティアマト)をわざわざ危険に晒す必要は無いと思うヨ〕


 繋ぎっぱなしの携帯の通話口から、頼れる参謀のお小言が聞こえる。そんなの言われなくても分かってるけどさ、お姫様はお姫様で、そろそろこの辺で籠の外を知っておいた方がいいと思ったからさ。


 「アイツが守ってるんだから何があったって大丈夫よ。そんなのアナタもよーく知ってるでしょ?かつての親友なんだし」


 〔…軽いジョークだとしてもやめて欲しいネ。とてもとても不愉快だヨ〕


 あっはっは、ホンット仲良いねぇ、この2人。男同士の友情、お姉さん羨ましいよ。


 〔…マスター、産業も騎士団も潮時だろう。そろそろこちらに戻って来るヨ〕


 「そうだね。…でも、最後に挨拶ぐらいはしてこなきゃ、失礼じゃない?」


 〔…ハァ、好きにすればいいヨ〕


 あはは、流石話が分かるね。諦められてるんだろうけど、私はそんな事でいちいち気にしないよ。


 〔あまり、ヤツに接触しないようニ。…立場を考えてくれヨ、マスター〕


 「分かってるってば。アンタは私のお母さんか」


 取り合えず携帯を切る。これ以上は延々と小言が続くだろうし。…まあ、帰ったら倍のお説教が待ってるんだろうけどお姉さん気にしなーい。帰る前に駅前で耳栓でも買って帰ろ。


 (さあて、メイドのカーリーさん、退職のご挨拶ぐらいはしていかないと、ね)








 「馬鹿なっ!何故だっ、何故だ何故だっ!!」


 佐里江の剣(レイピア)が空を裂き、鋭い突きが放たれる。目視してからでは当然回避も防御も間に合わないので腕の動きから軌道を予測して体を捻り回避し、刀で打ち払う。

 幾度も攻撃を加えていながら一度も相手の体に掠る事も出来ない事態に段々焦りだす佐里江。当然剣筋も鈍り、狂う。


 「決まってるだろ」


 佐里江の剣を弾き、手首を捻ってそのまま文字通りの返す刀で切りつける。佐里江は咄嗟に剣でガードしようとするが遅い遅い。切っ先は防御の為に突き出された剣より先に佐里江のスーツの胸元を浅く斬りつける。大したダメージではないが、自分の攻撃は一切届かないのにこちらの攻撃は避けられない、一方的な展開に自尊心(プライド)が崩れているようだ。


 「お前が、弱いだけだ」


 もちろん煽りも忘れない。挑発されて逆上した佐里江の大雑把な斬撃を刀で受け止め、それと同時にがら空きの腹部に右の前蹴り。剣同士の切りあいだからと言って足が出ないとは限らない。


 「ぐっ…、つくづく邪道な剣を使う…」


 試合じゃないんだ、殺し合いに正も邪もあるかよ。スポーツ気分とは余裕なことで、流石は大天使様。


 足元に散乱しているテーブルの瓦礫の一つに爪先を引っ掛け、佐里江から視線は外さずにそのまま足を振り上げて瓦礫を佐里江目掛けて蹴り飛ばす。障害物の投擲に咄嗟に佐里江は左腕の義手による電撃魔術で瓦礫を破砕。良い反応だが、判断としては最低だ。


 「ぅおらっ!」


 優位条件(アドバンテージ)である魔術で迎撃してしまったらその隙をついてのこちらの本命の攻撃に対処は出来ない。魔術抜きの体術、剣技では言っちゃ悪いが話にならない差がある。


 蹴り飛ばした瓦礫の影から不意を付くように、今度は顔目掛けて飛び蹴り。見事に鼻っ柱に命中し今度は佐里江が周囲のテーブルや椅子を薙ぎ倒して床の上に勢いよく転がっていく。


 「がふっ…!、き、貴様よくも私の顔を、大天使の顔に下等な人間の足などを…!」


 「鼻血垂れ流して粋がるなよ。ほら、そろそろ出番終了(クランクアップ)だ」


 「ベオウルフぅううううううううううううううううう!!!!」


 怨嗟の雄たけびを上げて、鼻からあふれる血も拭わず佐里江が左腕を突き出す。さっきから手間をかけさせてくれる左の義手の内臓魔石による強力な電撃魔術だ。

 そうだな、まずはその厄介な腕から潰させてもらおうか。


 佐里江の左手から電撃が放たれる。狭い室内では回避する術は無い。だが、今は俺の手には「コイツ」がある。佐里江はこれを「牙」と称したが中々悪くない比喩表現だ。採用してやる。


 「さぁ…思う存分喰い荒らせ、狼牙(ヴァナルガンド)」


 〈スタンバイ〉


 鍔飾りを開き、電子音声が鳴る。佐里江のようにこちらも腕を、刀を持った右手を突き出し…こちら目掛けた放たれた、殺意に満ちた電撃が刀に吸い寄せられ軌道を歪められる。


 柄頭の宝玉が白銀に輝きを放ち、佐里江が放った電撃を吸い上げながら刀身が、放つ光をどんどん強めていく。そして…。


 〈メタリックチャージ〉


 鍔から上、刀身部分が倍ほどに太くなり刃筋には小さな刃が細かく並んでおり、柄を強く握るとドッドッドッ…と低く重く響く機械音を上げて刃筋の刃が高速で回転を始める。あまりの振動にうっかりすると刀を取りこぼしてしまいそうになる。


 「…チェーンソーかよ、これまた凶悪な…」


 「虚仮脅しは終わりか、孤狼(ベオウルフ)!!」


 「ああ、終わりだよ」


 完全に冷静さを失っている佐里江が右手に持った剣を振り上げ飛び掛ってくる。もはや状況も分析できず冷静さの欠片も無い、哀れなもんだ…。


 そこまでの妄執を、別のベクトルに向けられなかったもんかね…。


ついチラリ、とさっきからずっと部屋の隅で今にも泣き出しそうな顔でこちらを見ているセンリに視線がいく。

 残念だったなお姫様。どうやらこれが、現実らしい。


 佐里江の剣と俺の刀がぶつかり合う。無数の刃が高速回転する凶悪なフォルムに変化した俺の刀が、火花を散らしてベキベキと佐里江の細身剣(レイピア)を砕く。剣を破壊された佐里江はそのまま鋼の左腕で刀を受け止め…。


 刀を受け止められた瞬間、空いている左腕で刀を握る右手を叩くようにして衝撃を重ねる。同時にその場で足を深く踏み込み、頑強な鋼鉄の義手に対抗するように打ち込みの圧を強める。


 回転する刃が容赦なく佐里江の左腕に食い込み、切り裂き、内部の配線を、内臓魔石をも引き裂いて両断。肘から先を「再び」切断された佐里江にはもうこちらの刀を防ぐ手段が無くなり、そのまま袈裟懸けに左肩から右脇を切り裂く。


 「…っ!!」


 即死するほどの深手ではない筈だが浅くしたつもりもない。バッサリと胴体を斜めに斬られた佐里江は声も出せないのだろう。血飛沫を上げてそのまま床の上に崩れ落ちた。

 真影流、『重ね断ち』。盾や鎧ごと刃を押し通す力技だ。「対機属性モード」の刀とは相性抜群だったみたいだな。


 「無様だな、佐里江」


 柄を握る力を緩めると、高速回転していた刀身の刃が緩やかになり、やがてその動きを停止する。刀を軽く振るってこびりついた返り血を振り払うと丁度効果が切れたようで、刀身が光り刀の形が戻っていく。


 「野心はご立派だが、目先の憎しみや屈辱を抑えられない程度の器なら分不相応な夢は見るべきじゃあ無かったな」


 必死に体を起こそうとする佐里江だが、義手を切り落とされた上にその出血量だ。満足に動く事も出来ない様子だ。大人しくしていれば死にはしないだろうが、無駄な意地を張って命を粗末にしたいのなら、止める気は無い。


 「ベオ、ウルフ…、貴様、貴様だけは…!一度ならず、二度までも…!」


 「生憎、今の俺は女学生の番犬だ」


 「おのれ…!許さんぞ、決して、重ね重ねの屈辱、恥辱…決して忘れんぞ…!」


 体は動かなくてもまだまだ威勢は良いようだ。まあ、とりあえずこれで佐里江は無力化出来たことだし、後はポンコツ(シャル)と合流するだけだ。


 まだブツブツとこちらに向けて恨み言を吐き続ける佐里江はもう眼中に無い。部屋の隅で巻き添えにならないように大人しくしていたセンリの腕を掴んで立ち上がらせる。


 「ほら行くぞ」


 「あっ…、あの、ちよっとだけ待ってもらえますか…?」


 そう言って俺の返事も待たずに遠慮がちに俺の手を解き、袈裟懸けに切り裂かれた胴体の傷を右手で抑えながら憎悪に満ちた表情の佐里江に、センリが近づいていく。

 まあ、あの状態じゃあ下手な真似は出来ないとは思うが…。つくづく頭の中お花畑だな、この姫様は。


 「…佐里江さん」


 「ククッ…、如何されましたか、姫様…。今にも泣き出しそうな顔をなさって」


 「佐里江さんは、最初から…私を利用する為だけに、守って下さっていたのですか?」


 センリの言葉に、佐里江は一瞬表情を…。


 「当然、だろう…!神姫(ティアマト)という肩書きが無ければ、だれが、この大天使がっ、貴様の様な生まれた世界も知れぬ異端者(イレギュラー)の機嫌取りなどするものか…!」


 変える事も無く、怨嗟の矛先をそのままセンリに挿げ替えるように憎々しげに罵倒の言葉を吐き散らす。その傷でよくもまあ、元気な事で…。


 「そう、ですか…」


 「気は済んだか?」


 「最後にもう一言だけ…それで、終わりにしますから」


 センリは俺にそう言ってもう一度、床の上に血まみれで倒れる佐里江に対して、両手を胸の前で組み頭を下げる。


 「今まで、私を守って下さって有難うございました。感謝しています、佐里江さん」


 内心、今まで自分の事をずっと侮蔑し続け、欺いてきた男に対してセンリは何の嫌味も皮肉も無く、本当に、心から感謝の言葉を述べて頭を下げる。空色の髪が頭を垂れたセンリの顔を隠し、その表情は見えないが…。

 佐里江は、そんなセンリの態度に一瞬ポカンとマヌケ顔を晒し…それからすぐにまた、怒りに震え始める。どうやら、センリの態度がとても屈辱的に感じたようだ。


 「…ごめんなさい。いきましょうか、おおがみさん」


 「仰せのままに、お姫様」


 自分をこれまで警護してくれていた逆賊に対し、感謝と別れの言葉を付けたセンリは、もう佐里江には振り向かなかった。


 …あれは、飾り物には向かないな。

もしかしたら、この神姫様は思ってたよりずっと大物なのかもしれない。


 (姫のために剣と命を掛けるのが教会騎士なら…お前はこの娘を利用するより育てるべきだったんだろうな)


 まあ、もう過ぎた話だ。今更何を思っても現実は変わらない。


 しいて願うなら、こんな薄汚い現実(リアル)を直視しても尚、このボケ姫にはボケのままでいて欲しいものだ。

 知らなくて良い事を知らずにいられるなら、それに越した事は無いんだからな。

若干駆け足気味になってしまいました『TNN号』編もクライマックスです。解決に向かうどころか益々混迷を増している気もしますが、気のせいです。

佐里江撃退。そして不穏なシャルの変貌…。保護者のいないところでシャルちゃんが闇覚醒してます。ようやくちょっとヒロインっぽくなってきたかな?



実はガッチガチの種族差別主義だった佐里江さん。日ごろから不本意な神姫様の警護任務のストレスを密かにネット上で発散してたとかしてないとか。

・「職場でストレスが凄まじいんだが」(278)

・「護衛対象にイライラして仕方がない」(78)

・「天使以外滅びろ」(6)

・「サッポロ一番何味派?」(471145)


等とスレット乱立していたとかいないとか

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