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海上の異端者達・その3

「お悩み相談コーナー」


「おー勝手にやってろボケー」


「では最初のお便り。ホンカワゴエ在住のPN『マスターの嫁』さんから」


「悩みは人に話す時点で事故解決しているモンだ。はい次」


「…じゃあ、2枚目。これまたホンカワゴエ在住のPN『ベータカロチン』さん。『最近土の具合がよくなくてニンジンの出来がいまいちなのですが、どうしたらいいでしょうか』だ、そうです」


「農協いけや」


「残念ですがお時間、本日はここまで。お悩み両断コーナーでしたー」


「タイトル変わっとるがな」

 「ん、目ぇ覚ましたか」


 まだぼんやりとしている意識の中で、隣から誰かに声をかけられている気がします。…体が凄く重たく感じて、目を開けるのも億劫になるぐらい、このままもう少し眠っていたいところなんですけど、声の主が急かすのでがんばって起きようと思います。


 「……えっと…?」


 「おはようお姫様。調子はどうだ?」


 段々意識がはっきりしてきました。私を見下ろしている、ちょっと目つきが怖いこの人は魔術技巧専門学園(エレメンティア)のおおかみさん。…あれ、おおがみさんでしたっけ?


 「…ここ、は?」


 「適当な空き部屋を勝手に使わせてもらってる。お互いズブ濡れだったしな」


 そう言われて、辺りを見回してみると私に宛がわれていた客室とは内装は若干違いますけど、確かに船内の客室のようです。


 「流石に脱がせる訳にもいかなかったからな。まあ、風邪は引いてないとは思うが」


 ようやく私はそこで、ベッドの上に寝かされていた事。そして毛布にグルグル巻きにされていた事に気がつきました。おおがみさんはベッドの淵に腰をかけて客室に備え付けにされているタオルで髪の毛を拭ってます。言い方はぶっきらぼうですけど、ちゃんと私を気遣ってくれていますし、やっぱり悪い人ではないのかもしれません。

 でも、お心遣いは凄くうれしいのですけど、若干毛布巻きすぎではないでしょうか。ロールケーキみたいになってしまってるんですけど私。動けないです。


 おおがみさんは濡れた上着を何度か叩いて水気を取って、袖を通すと密かにグルグル巻きの毛布の中で手足をジタバタさせている私を尻目に立ち上がり、そのまま部屋を出て行こうとします。


 「あ、あのっ…、どちらへ?」


 「連れを回収しにいかねぇと」


 「あ、じゃあっ、私も一緒に…!」


 「連れて行く訳無いだろ。アンタはここで大人しくしてろ」


 「そんなっ!」


 置いて行かれそうなので慌てて起き上がろうとしますけど、キッチリと毛布巻きにされているので動けません。あうっ、ベッドから落ちました…。


 「言わんこっちゃない」


 おおがみさんは呆れたように言いながらも、ちゃんと私を起こしてくれます。やっぱり悪い人ではないのでしょうね。…毛布ロールケーキのままですけど、私。


 「執事のジイさんも教会騎士もメイドも、全員もれなく胡散臭い状況だ。お姫様はここに隠れてろ」


 「そんなことできる筈ありません!」


 瀬葉さんも佐里江さんも、一体何があったのかは私には判りませんがきっと何か事情がある筈です。瀬葉さんは私がこの世界(オルド)に召喚されてからずっと世話をしてくれた人ですし、佐里江さんはまだ1年弱のお付き合いですがとても実直な方ですしこうして私が外出する際も細心の注意を払って警護をしてくれています。


 「あの人たちは、私がずっとお世話になっていた人達なんです!どんな事情があるのかはわかりませんが、何もせずにいる事なんてとてもできませんっ!」


 「もし、お姫様が原因だったとしても、か?」


 「…もうそうなら、尚更見てみぬフリはできません」


 もちろん、私に何か出来るなんて思っていません。私がついていっても足手まといにしかならないでしょうし役に立つ事もないでしょう。

 結局、これは私の個人的な、只の自己満足に過ぎないのかもしれません。


 だけど、おおがみさんは軽く頭を振って、露骨なぐらい大きく溜息をついてから。


 「…ここに置いていっても大人しくしてそうにないな、この様子じゃ」


 私の体を巻いていた毛布の紐が解かれます。ようやく体の自由が戻りました。


 「どんな期待をしてるのか知らないが、現実はそう都合よくはないぞ。いいんだな?」


 「大丈夫です。覚悟は、してますから」


 「ああ、そうかい」


 ずっとぐるぐる巻きにされ続けていたのでちょっと痺れていた両手を開いたり、閉じたりしていると、おおがみさんの、その何となく冷たい口調が気になって見上げて見ますが、特にさっきまでと変わった様子のない表情でした。…気のせい、でしょうか?


 「なら、ついてきな。…さっきから携帯にかけてるのに連絡がつきやしねえ」


 「どこにいくんですか?」


 「取り合えず、ホールに戻る。もう1人の知り合いとも合流したいし、人が大勢いる所なら下手に襲われることも無いだろうしな」









 「しっかしホントに酷い目にあったよ…ってかアレ何なのさ」


 ようやくドレスが乾いたので行動開始。忍と連絡とろうとしたけど私の携帯はさっきの洪水のせいでどうやら壊れてしまった様子。電源すら付かない。新しくしたばっかりなんだけどなぁ…。


 「普通船の中にあんな大量の水流したりする?沈没するでしょ、下手したら」


 「なんだ、この船の設計に関わってたって割に知らねぇのかい」


 相棒(忍)と連絡が取れない以上、私は私で本来の目的であるリヴァイア産業が何を企んでいるかという事を突き止る事にした。偶然出会ったこの船の整備士2人に事情を話し、2人からもそれらしい話を聞いたところ露骨に怪しい謎の装置の起動を命令されたと聞いたので現在向かっているところ。


 「アクアリウムシステム、っつったけか。ほれ、元々リヴアイア産業ってのは魚人が設立した企業だろ?そのせいかやっぱし一番力を入れるのは魚人にウケるモノらしくてな」


 「それと船の中にザバザバ水流し込むのがどう関係してるの?」


 私の問いに船の整備員、魔鼠族(ハーメルン)の尾居場さん(ビーバー種で「びいば」って名前って、ねえ)は首を竦めて「理解できないが」と一言前置きを入れてから。


 「ああ、結局魚人は陸地より水の中のほうが快適らしくてな。船旅の中でも好きなときに水中生活を送れる様に船内のあちらこちらに注水パイプが設置されてるらしい。特定の一帯を特殊シャッターで遮断して注水すれば、どこでもあっという間に水の中、って訳らしいぜ」


 「それ船に乗らずに最初から海に入ればいいんじゃない?」


 魚人の趣向って理解できないわぁ…。ホールに出てた料理の中にも普通に焼き魚とかあったし。…まあ、魔鳥族が営む焼き鳥屋とか普通に街中にあるし。その辺の線引きって物凄く曖昧だよねえ、オルドって。


 「それで、その露骨に胡散臭い謎で秘密なヘンテコ装置ってこの先?」


 「見たことも無いモノをよくそこまで悪し様に言えるもんだ」


 っと、最近私も口が悪くなってきたなぁ…絶対誰かさんの影響だよね、これ。純粋無垢な美少女に悪影響与えすぎでしょ。


 「この階段下りたら船の最下層だ。中央部分に機械室があってな、そこに設置されてる」


私の前を歩いて先導してくれているのは尾居場さんと同じ整備員…但しこっちは日雇い派遣の臨時バイトらしいけど。尾居場さん曰く「アル公」。本人曰くアルファ(最初)と名乗ってたけどそんなキラキラネームが本名だなんて信用できないから、この人はいまいち信用できないタイプだと私の中で決定した。


 「ほれ、もうちょいなんだキリキリ歩けよ若いんだから。ネズミなんだから」


 「私…ついさっき大水に流されて死に掛けたんだけど」


 「ネズミなんだからってどういう理屈だ、コラ」


 アル公君は元気だねえ…私はさっきから頭痛が酷くなってきて正直そろそろ歩くのも立ってるのもしんどいんだけど…。


 「シャムネコギューちゃんはともかく、オヤっさんはだらしなさすぎだろ。「職人は体力が全て」なんて大言吐いといて。歳か?それとも歳か?」


 「解体(バラ)すぞお前ェ…。つーか騒ぐな。頭はガンガン痛ぇわ体はダルいわ…変なウィルス移してねぇだろうなぁアル公」


 「流石に心配しそうになったけど俺のせいにされるってのは理不尽すぎだろ!」


 仲が良ろしいことで…。尾居場さんも私と同じような症状みたい。…私の頭痛も洪水に流される前からだし、もしかして想像しているよりとんでもない事が起きてたりしないよね…?


 って言うかシャムネコギューちゃんって私の事?シャルトリューですけど?


 「私も、少し前からやけに体が重く感じるし頭痛もするんだよ…。これって只の偶然かな」


 「例の怪しい装置と関係があるとでも?」


 「それはまだ判らないけど、多分無関係じゃあ無いと思うよ」


 確証はないし、魔術を使おうとすると頭痛が酷くなるので魔力探知などはさっきからしていない。だけど何となく、私と尾居場さん。そしておそらくは他の乗客たちにも今頃同じ症状が出ているであろうこの謎の体調不良がマヨル支部長の仕掛けた装置の影響だと思う。


 「…さっきから、目的地に近づいていくに連れて体のダルさと頭痛が悪化してきてるしね…」


 「おいおい、本当に顔色悪くなってるぞ大丈夫か、シャバドゥビタッチちゃん」


 原型が最初の「シャ」しか合ってないし何なのその無駄なリズムの良さは。こっちは正直フラフラしてるんだからちょっとは気遣ってよ。うっかり気を抜くとこのままフィナーレ迎えそうだよ。


 「で、どうしてアル公君はそう平気な顔していられるのさ…」


 「アレだろ、コレはバカは風邪を引かないって言う感じのヤツだろ」


 「清らかな心を持っていると平気なんじゃないか?きっと」


 「…バカのトチ狂うった妄言はさておき、何か思いあたる節はあるかい、お嬢ちゃん」


 そう言われてもね…。この症状の原因すらまだよく分かっていないのに、効果が出ている人と出ていない人の相違点なんて判断材料が無さ過ぎる。


 (もし、これが今この船の中全体で起こっているとしたら…)


 「ねえ、アル公君はもしかして魔力が無い特異体質とかって事はない?」


 「は?何だそれ。そんなヤツがこの世にいるのかよ」


 うん、正しい反応だよね。普通のリアクションだよありがとう。どうやら「例外」ではないみたい。

だとするとアル公君が平気な理由は何なんだろう…?


 「ああほら、あれだ。あの部屋」


 そうこうしているうちにようやく到着。なるほど、こんな船の奥底、片隅。整備員以外来ないだろうね…。アル公君に先導されてその部屋の前に来ると、さっきよりも頭痛と倦怠感が悪化したような気がする。


 「…多分間違いないだろうね、原因はこの中の、例の装置ってヤツだよ」


 「多分なのか間違いないのか、って突っ込みはこの際無粋だよな」


 「言っちまってる時点で無粋だろうが、ほれさっさと開けろアル公」


 アル公君がブチブチと小声で文句を垂らしながら、尾居場さんに言われるままに機械室の扉を開く。

中に入って周囲をざっと見回してみるけどごく普通の機械室って感じ。あちこちむき出しのパイプが壁やら天井やらを走っていてやたら狭く感じる。あと、あまり使われない部屋だからか知らないけど油臭い。あ、やっぱり床も汚れてる。とりあえずドレスが汚れないように気をつけながら進むことにする。

 …既に思いっきりびしょ濡れだけどね。


 「あ、あれだあれ。あそこでうるせぇ音立ててる黒い箱。あれだよ」


 アル公君が指差す方向に、確かに周囲の機器とは完全に異質な真っ黒な箱状のモノが置かれている。露骨に怪しい。どう見ても胡散臭い。近づいたら自動的に「しらべる」のコマンドが出そうなぐらい怪しい。


 (…真っ黒い箱…?あれ、どこかで見たことあるような…)


 「で、どうするよ。これ」


 何か見覚えがあるような無いような、なんて考えてると尾居場さんに肩を叩かれて我に返る。うーん…ブッ壊しちゃってもいいんだけど、得体が知れないからね。もし大爆発でもしたらアレだし。


 「とりあえず調べてみるよ。…スイッチとか制御卓(コンソール)とかはないの?」


 箱の横や上を見回しても何も無い。凹凸1つ無い。真四角の箱。パカッと開くのかな、とためしに掴んで上に横に引っ張ったりしてみるけど、ビクともしない。そして重い。なんだこれ。


 「起動ボタン押したらパネルが勝手に閉じてこの形になっちまってな」


 「…一度起動すると予め設定されていた時間まで操作を受け付けない、もしくは外部から操作するリモコンみたいなモノがあるか…考えられるとしたら2つだけど、多分後者だろうね」


 「どうしてそんなこと言えるんだよ」


 「…間近に来るとコレがどういう代物か、判ったからだよ」


 箱を軽く叩いてみる。コツコツと乾いた音を響かせる箱の前に立っているだけでさっきから止まらない頭痛と倦怠感…性格には疲労感かもしれないけど。益々酷くなっている。


 「これ、吸収装置(アブゾーバー)だよ。それも、魔力を吸い上げてる。きっと少し前からこの船中に効果が出ている筈だよ」


 「魔力を、吸い取ってるってのか?これが。…しかし、何でまたこんなモンをリヴァイア産業は…」


 「まあ、考える前に壊したほうがよくないか?」


 尾居場さんの言うとおり、リヴァイア産業の思惑は気になるけどこのままだと魔力を延々と吸い上げられ続けて乗船している人達全員が危険だ。アル公君の乱暴な提案をチョイスしよう。


 「よーし、じゃあ早速ブッ壊しちゃうよ」


 右手を頭上に掲げて箒(ストレーガ)を空間転送。……、時間がかかる。と言うかさっきから私も魔力を吸われっぱなしだったので随分消耗しているみたい。術式構築も頭痛と疲労でなかなか集中できない…あ、ようやく転送できた。性能の悪いパソコンのダウンロードみたいになっちゃったじゃないさ。


 「え、何で箒を出すん?」


 「コレを只の箒だと思ったら大間違いだよ。見てなよ。跡形残らず吹き飛ばしてみせるからさ」


 「いやいやいやいやそこまでやったら船沈むわ」


 箒(ストレーガ)の銃口になっている柄尻を吸収装置(アブゾーバー)に向ける。私自身の魔力は随分消耗してるけど箒(ストレーガ)の内部には予めある程度魔力を充填されている人口魔石が装填されている。こんなモノ1つや2つ木っ端微塵にするぐらいの威力は出せるよ。


 「アル公の言うとおりだお嬢ちゃん。もうちょい穏便に出来ねぇのかい?」


 「そうは言ってもさ…」


 破壊するのが一番手っ取り早いんだけど。今もこうしているだけで頭ガンガンするし正直もう立ってるだけで視界がフラつくぐらいだし…。ああ、こういう時にあの狂犬はどこで何してるんだか…。


 「そうだな、こちらとしてもそれを破壊されるのは困るので遠慮して頂きたい」


 箒(ストレーガ)の銃口を吸収装置(アブゾーバー)に向けたところで、私達が入ってきた機械室の入り口の方から聞き覚えのある声が聞こえた。


 「よりにもよって、貴女に見つけられてしまうとはね…コラット嬢」


 「…バグルス・マヨル支部長」


 この豪華客船『TNN号』のクルージング企画主であるリヴァイア産業のマヨル支部長が、入り口を塞ぐようにそこに立っていた。


 「…乗客をこんな場所にお連れするなど、失礼ではないかお前達」


 「生憎と、ロクでもねぇ事企んでる雇い主の言いなりにはなれねぇんでね」


 「流石にな。特別報酬でも割に合わねぇよ」


 チラリと整備員2人に睨みを利かせるマヨル支部長。流石に乗客たちの魔力を吸い上げるなんてトンでもない悪巧みの片棒は担げないのだろう。尾居場さんもアル公君もマヨル支部長には従う気は無いようで、むしろ敵対する気満々みたい。


 「仕方ない…。荒事は避けたかったのだが。コラット嬢、君と実験結果を『工房』への手土産とさせてもらう」


 「何が何だかわかんないけど…、思い通りになると思ってるの?」


 体調最悪な状態だけど、魚人1人なら何とかなるよね…当てにはしてないけどこっちは3人だし。


 「只の労働者2匹に、ほとんど魔力の残っていない小娘1人。どうにでも出来るさ。…試してみよう」


 マヨル支部長はそう言ってスーツのネクタイを外し、上着を、シャツを脱ぎ捨てる。こらこら年頃の女の子の前で良い歳こいたオッサンが脱がない脱がない!


 「少し、痛い目にあってもらうが我慢してもらうぞ、コラット嬢!」


 上半身裸になったマヨル支部長は、着やせするのか思った以上にガッシリとした体躯に鋭く輝く赤い鱗に覆われた肉体を曝け出し、早速私を標的に襲い掛かってきた。


 「痛い目にあうのはそっちだよ!コンガリ焼いて塩でさっぱり味付けにしてあげるよっ!」


 吸収装置(アブソーバー)を破壊するのに使おうとしていた箒(ストレーガ)をマヨル支部長に向ける。尾居場さんも腰の工具入れからやたらデッカいスパナを取り出し構え、アル公君は手近にあった鉄パイプを拾う。


 正直、狂犬(忍)がいないのはちょっと心細いけど…「これ」は私が戦うべき場面。アイツ風に言うなら…。


 「ここからは私の見せ…」


 「うっしゃ鯛のタタキにしてやらぁ!!」


 最後まで言わせてよ!!












 神姫を連れてようやく大ホールに戻ってきたのは、通路で洪水に流されてから30分以上後だった。

多少水気を取ったとはいえ濡れた衣服では足取りも重く、それで無くても箱入り娘の神姫(ティアマト)は足が遅い。っつーか単純にトロい。何と言うか、一挙一動がどんくさい。


 「はひっ…ふぃ…、つ、着きました…?」


 「着いたよ。…だから抱えてやろうか?って言っただろうが」


 「だ、だって…、おおがみさん、脇に抱えたり肩に担いだりするじゃないですか…」


 「荷物扱いだしな」


 「私が言いにくかった部分をサラッと言いました!」


 いや、だってなぁ…。流石に「お姫様をお姫様抱っこ」なんてベタな事やりたくないし。…台車でもあればよかったんだが…いや、台車に載せられて運送されるお姫様。…うん、無いな。


 「おおがみさんはデリカシーというものが足りないと思います。シャルトリューさんに対しても、レディに対しては接し方というものがあるんですよ?」


 「デリカシーもレディの扱い方も持ち合わせてるぞ。使わないだけで」


 「使ってくださいよぅ…」

 

 「使う必要があればな」


 「ありますよぉ」


 ねぇよ。

 神姫が人だかりの中に行くのは本来なら避けるべき事なんだろうが、普段からろくに顔を晒さずにいる訳だし、大丈夫だろ。多分。


 「なんだか、賑やかですね…。何か催し物でもあるのでしょうか?」


 「…よく見ろ。こういうのは賑やかとは言わない」


 ホールの光景は、一言で言えば大混乱だった。

あちこちで来賓者が倒れている。それらを介抱している奴も何だかフラッフラしてる。だだ広いホールの中は助けを求める悲鳴や事態を飲み込めずパニックになっている人々の叫び声が響き、ちょっとした阿鼻叫喚だ。


 「…な、なんなんですか…これ」


 「さあて、何なんだろうな」


 俺に聞かれてもわからん。もしかしたら、瀬葉のジイさんや教会騎士なら何か知っていたかもしれないけど、な。


 「…ああ、いたいた」


 新たに床に倒れる者まで続出しているホールの中で知り合いの姿を目で探してみると、大して時間もかからず目当ての人物を発見。訳が分からずオロオロとしている神姫の腕を掴んで、取り合えず連れていく。


 「調子はどうだ」


 「…良いように見えるなら、明日の朝イチに眼科いきなさいよ」


 なるほど、なら俺の視力は良好みたいだ。

料理などが並べられていたテーブルを退かせ、倒れてしまった来客達を寝かせるスペースを作っていた顔見知りのホールスタッフ、イクスに軽いジョークのつもりで声を掛けると思い切り睨まれた。


 「一体、何がどうなってるのよ…。どんどん人が倒れていくんだけど。最初は貧血か何かだと思ったんだけど…正直、アタシもウッカリすると意識消えそうよ…」


 イクスは何とかまだ動いていられるようだが、それも只の個人差だろう。じきに彼女も床の上に寝かされ苦しげに唸っている連中たちの仲間入りしてしまいそうだ。


 「お姫様、アンタは平気か?」


 「えっと…はい、私はなんとも…。あ、あと、てれぎば人が大勢いるところでは「姫様」というのは…」


 神姫様はピンピンしている。かく言う俺も、別に体の不調は感じられない。俺と神姫様に共通して、他の連中と違う事…。


 「イクス、具体的にどんな気分だ?症状を説明しろ」


 「偉そうな言い方が、ちょっとムカつくけど…。とにかく頭痛が酷いのよ…、あとは、体に力が入らない、って感じかしら」


 ホールを改めて見回す。少なくとも見た限りでは「例外」は今のところ俺と神姫様だけのようだ。既に倒れてしまっているか、今から倒れてしまいそうなほどフラついているか、そのどちらかのパターンしか見かけない。

 ここにいても仕方ない。とりあえず移動するか…。


 「…神姫様を連れて非難するなら、甲板に向かうといいよ。これだけの大騒ぎだし、乗客の大勢が騎士団やレスキューに連絡いれてるからさ」


 「なるほどな、なら、そうさせてもらうか」


 航海中の船に救助に来るなら、まずは空からだろう。この謎の集団昏倒騒動は正直原因が掴めないがここには神姫(ティアマト)が乗船している。他の重篤患者を押しのけてでも彼女を保護しようとするだろうしな。


 「お前も、無理しない程度にな。まあ大人しくしておきな」


 「言われなくても…騒ぎたくても騒げないって、こんな調子じゃあ…」


 憎まれ口にもキレがない。本当にキツそうだし、イクスはアレでそこそこ腕の良い何でも屋(ジャッカル)だ、放っておいても平気だろう。


 だが、ホールを出てイクスの進言通り甲板に向かおうとしたところでグイッ、と上着の袖を引っ張られる。


 「おおがみさん、イクスさんや、ここの人達を放っておくんですかっ?」


 信じられない、といった顔で神姫…ああ、そう呼ぶのはマズいんだっけか。センリが非難の声を上げる。


 「みなさん、あんなに苦しそうです。助けないと…」


 「どうやって」


 センリは本気で倒れた乗客たちを心配しているのだろうが、こちらの突っ込みに動きが止まる。


 「ど、どう、って…」


 「生憎俺は医者じゃない。それにこうなった原因もサッパリだ。で、君は何か分かるのか、何か出来るのか?」


 「それは…何も、できないかもしれませんけど…!」


 「かもしれない、じゃなくて出来ないんだろ?ならいるだけ邪魔だ」


 「そんな言い方…おおがみさんは、こんな光景を目の当たりにして何とも思わないんですかっ?」


 何も感じない訳じゃあないが、だからと言ってここにいても何もならない。もっとするべき事があるならそっちを優先するのが当たり前だ。

 箱入り娘のお姫様の仰る事は道徳的にも立派だし正しい事だ。だが、「正しい事」が常に「正解」とは限らない。これ、テストに出るぞ。…出ないか。


 「そういう、御飯事(おままごと)は家に帰ってからやってくれ」


 ここで問答する気はないので神姫の腕を掴んで半分強引に連れて行こうとする。掴んだ手は、直ぐに振り払われた。


 「…私が神姫(ティアマト)だから、ですか?だから、目の前で苦しんでいる人が大勢いるのに、私が優先されるんですか?」


 「そうだよ。それが神姫(アンタ)だろ」


 「…っ!」


 神姫、センリにとっては日ごろから、心のどこかに溜め込んでいた言葉だったのだろう。それでも、彼女の言葉は生憎俺には何も響かない。

 俗世から隔離され、社会を、世間を知らず育てられた彼女の言葉には何の重みも無い。神姫(ティアマト)というブランドマークがついているだけのお飾り人形のおしゃべり機能に心が動かされる程、こっちも暇じゃあない。


 「神輿に担ぎ上げられて飾られてるのがアンタの役目だ。何も出来ないんじゃない、何かしたことだって無いだろ?なら、せめて言う事ぐらいは聞いてくれよ」


 「…っ、そんな、言い方…」


 また泣き出しそうになる神姫様だが、生憎いちいち慰めたりあやしたりする暇は無い。もし、この謎の状況があの教会騎士やリヴァイア産業の仕業だとしたら、おそらくどちらかは、もしくは両者とも狙いは神姫なのかもしれないんだしな。


 「抗議はこの船から無事に降りた後にしてくれ。こちとら連れを回収する必要もあるんだ」


 神姫センリは今まで一度たりともこんな暴論をかけられた事が無かったのだろう。本気で傷ついているようで、泣き喚いたりはしていないが流石に涙は抑えきれないようで、ボロボロと大粒の涙が、その大きな瞳から零れている。


 「じゃ、甲板に向かうぞ」


 「…はい」


 もう一度腕を掴み、もう片方の手でグシグシと目元を擦りながら神姫、センリは物凄く不服そうな声で、小さく返事をした。








 「念のため聞いておくけどよ、洗いざらい悪事を吐いて降参するっていうなら危害は加えないでおくぜ?支部長さん」


 「ほぅ、ありがたい提案だが…」


 マヨル支部長はアル公君の手に持っている頑強な鉄パイプを一瞥して。


 「躊躇いも無く人の延髄にそんなモノを振るスイングしてから言われても、信憑性は皆無だと思うが?」


 「ははっ、それもそうだ」


 朗らかに笑うけどアル公君、もしそれが効いてたら下手したら殺してたと思うんですけど?

まあ、鉄パイプの方が真ん中から見事にひん曲がっちゃってるし、マヨル支部長もピンピンしてるけど。どれだけ硬いのさ、あの鱗。ああ、どうしよう、私今鱗取りとか持ってきてない。


 「…ねぇ支部長さん。ブチのめす前に聞いておきたいんだけどさ」


 箒(ストレーガ)の銃口を向けたまま、とりあえずずっと抱えていた疑問を投げかけてみる。


 「コレは一体何なの?何のつもりでこんな物騒なモノを船に置いてるのさ」


 「物騒、とは?」


 「危ないでしょ、魔力を吸い取る機械なんて、こんなの起動させたら周囲の魔力を誰彼構わず…」


 そう、自分の口から言葉にして言ってから、自分の発現の矛盾に気が付いた。


 「2つ、君は勘違いしているな。…まず、「それ」が吸収するのはあくまで「生体魔力」だ。そうでなければ真っ先にこの船を動かしている人工魔石(マテリアル)の魔力を吸収してしまっている」


 マヨル支部長はそう説明しながら人差し指を立て、続けて今度は中指を立てて指を2本に増やす。


 「そしてもう1つ。魔力吸収は無差別ではない。気付いているだろう?」


 「…どうして、アンタは平然としているの?」


 それにアル公君もピンピンしている。恐らく今この船の乗客の大半が魔力枯渇による体の不調を起こしているだろう。…忍は例外だと思うけど。


 「…正直、私もそこの日雇い整備員に効果が無いのは解せないが…。種明かしは簡単だ、ある特定の種族を対象から除外して設定しているからだよ。簡単な話だろう?」


 「そんなの、言うほど簡単じゃないのはアンタも知ってるでしょ。色んなタイプの魔力が大気中にすら混同してる中で、ピンポイントで、そんなスムーズに魔力選別が出来るなんてシステムは…」


 再び、自分で言葉に出して、気が付いた。魔力選別。それは要するに、空気の中に様々な不純物が混ざっているのと同じように大気中の魔力も膨大な種類が混ざり合って循環している。けど、それをろ過するように必要なものだけを選んで通す事が出来るとしたら…。




 -ああ、お前が動力炉部分の補助術式を提供した、ってヤツか-


 -そ。運転動力に転換する効率をスムーズにするぐらいの本当に補助的なモノだけどね-



 「私の…動力転換補助システム…!」


 ご明察、とマヨル支部長がニタリと笑う。よりによって、私の開発した術式を悪用された…?


 「「工房」から提供されたままでは君の言うとおり無差別に魔力を食い尽くす、手に負えない代物だったのでね。どうにか手綱をつける必要があったのだよ。…流石はオルド1の魔術師。期待以上のものを提供して頂いた。感謝の言葉を幾ら並べても足りないよ」


 本当に嬉しそうに語るマヨル支部長に対して、私は思わず箒(ストレーガ)を構えていた手を下ろしてしまった。


 「最初から、こんな事の為に私に依頼をしてきたって言うの…?」


 今まで色んな仕事の依頼を受けてきたけど、あからさまによからぬことに利用しそうなものや胡散臭い事には当然依頼自体を拒否してきてたし、注意もしていた。だけど、こんな簡単に悪用されるなんて…。


 「…だったら尚の事、私がこの手でキッチリ責任取らないとね」


 「強がりは辞めたほうがいい。流石の君も魔力がもう限界だろう?大人しくしていてくれれば、悪いようにはしない」


 「実際言う事を聞くなんて、思っても無いくせに…!」


 改めて箒(ストレーガ)を構え、今度は躊躇無く銃口から無詠唱(ノーモーション)で魔力弾を発射する。


 この時の私は神姫(センリ)の為でも乗客たちを守るためでもなく、ただ、単純に怒りに身を任せてこの「力」を振るっていた…。






 神姫様を連れて甲板に向かう最中も、あちこちで乗客たちが蹲り、倒れている光景が目に飛び込んできた。

 もはや乗客も従業員も関係なく、立っている奴どころかまともに動いていられるのは俺と神姫しかいない。神姫(センリ)はそんな光景を素通りするたびに何度も振り返り、心苦しそうに顔を歪めては恨めしそうな視線をこちらに向けてくる。

 まあ、別にどう思われようがどーでもいいんだが。


 「船の構造には詳しくないが、甲板目指すなら取り合えずひたすら上に登れば良いよな」


 何個目かの階段を駆け上ると、若干肌寒さを感じる。何処からか外気が入ってきているようだ。…多分、目的地は近い。


 「もうちょいだ、疲れてるだろうが頑張ってくれよ」


 「わ、わかってます…」


 神姫様はよっぽど日ごろから運動不足なんだろうな、これぐらいの運動量でもうゼェゼェと息を切らせている。若いのにだらしがない…明日からランニングでも始めろ。


 上のフロアに到達すると、今度は一際大きな螺旋階段になっている。その上は天井が大きく開かれており、ここからでも夜空が見える。何とか到着したみたいだな。…救助はまだ来てないみたいだが。


 とりあえず目的地が見えた事で一息…つきたいところだったが、すぐに横の通路から感じる気配に、階段を上りきろうとしていた神姫を制止する。


 「ど、どうしたんです?」


 神姫…もう面倒臭い、センリが俺の背後から顔を覗かせる。甲板に上がる為の階段の前に、立ち塞がるように通路から現れたのは、半分予想していた通りの人物だった。


 「佐里江、さん?」


 さっきの洪水であちらも随分ボロボロになったのだろう。上等そうだったスーツの上着は着ておらずワイシャツもあちこち破れていたり汚れていたりと、まぁ随分お粗末な格好だ。…お互い様か。

 特に目を引くのは破れた袖から見える、青白い肌に不釣合いな無骨に黒光りする鋼鉄の左腕…。

義手、って訳か。なるほど、あれがさっきの謎の痺れのネタか…。


 「ご無事で何よりです、姫様。…それに、貴様もな」


 とってつけたような、薄っぺらい笑顔でセンリに一礼する佐里江。先ほどへし折ったはずの細剣(レイピア)はもう新調したようで、腰に下げられ…俺達の目の前でっくりと抜かれていく。


 「お姫様は当然として、俺の心配までしてくれてたのか」


 「当然だろう?」


 佐里江が、笑う。


 神姫(ティアマト)の警備を使命とする教会騎士(クルセイダー)、佐里江の剣が、猛然と俺に振るわれる。


 よく知る人物の突然の蛮行にセンリが驚きの声を上げるより早く、真っ直ぐこちらの心臓目掛けて放たれた、殺意に満ちた突きを体を捻って回避。だが、俺のすぐ後にはセンリがボサッと突っ立っている。


 「しまっ…!」


 センリを突き飛ばす事も、佐里江を遠ざける暇も無く佐里江の鋼の左腕がこちらに向けられ、前触れも無くその指から、手のひらから眼球に痛みを覚えるほどの光を放ち、強烈な電撃が浴びせられた。


 「こうして、この手で直接貴様を殺せるのだからな。嬉しいぞ」


 佐里江が笑う。醜悪なまでに口元を歪め、狂喜に瞳を輝かせて。


 電撃を喰らい、一撃で体の自由が奪われその場に膝をつきかけていた俺を、そのまま鋼鉄の左腕で殴りつける。頑強な義手に打ち付けられ、階段の手すりに勢いよく叩きつけられる。電撃のせいで体が痺れてまともに動けねぇ…。まあ、お陰で無様な呻き声を上げずに済んだけどな。…でも痛ぇ。


 「2年前お前に切り落とされた左腕の成れの果てだ、思い出せ。貴様のような下等種族が私に何をしたのか、そして思い知れ。私が味合わされた辛酸を、屈辱を…!」


 手すりにしがみ付いて、何とか体を起こそうとしていると胸倉を乱暴につかまれ、そのまま力任せにフロアの床の上に投げつけられる。階段にいるセンリから離される形になり一瞬焦るが、佐里江の狙いはどうやら神姫様より俺のほうらしい。…恨まれたもんだ。


 「思い知れ劣悪種がっ!貴様だけは、楽には殺さん…嬲り尽くし、切り刻んで海にバラまいてくれる…!」


 佐里江の呪詛のような恨み節と共に、再び電撃が放たれる。


 2度目の感電。先程より激しい電流に意識が暗転する…。




 瀬葉のジイさんにもやられたし、今回の俺、なんか良い所ないよな…。

『TNN号』編も佳境です。自分の作った術式を悪用されていたシャル、佐里江の襲撃に追い詰められる忍。それぞれ割とピンチです。珍しくピンチです。

リヴァイア産業の企み、佐里江の狂気。神姫センリを巻き込んで本格化していきます。果たしてどうなる、尾居場班長の必殺前歯が次回も唸る!(多分唸りません)



余談ですが日雇い整備士として乗船している自称R(アール)ことアルファ、アル公君。「今まで経験したことのある職種は?」、と面接時に質問された際


「コンビニ、新聞配達、ファミレス、自動車整備、ビル清掃、バイク便、交通整理、給食センター、街頭アンケート、警備員、サポートサービス、水道管修理、スーツアクター、音響スタッフ、ペットトリマー、雑貨屋、プール監視員、えーとあとは…」


「質問を変えます。今までどのような仕事をしたことがありませんか?」



なんてほのぼのとしたやり取りがあったそうな。

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