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海上の異端者達・その2

 「こんにちは。センリ・トライファーです」


 「よく周りから「天然」とか「ポケポケしてる」とか言われるんですが、心外です」


 「…え?録画予約?…できませんけど」


 「あ、でも…!最近出来るようになったことがあるんです。聞いてください!」


 「ほらっ、ペットボトルの蓋、1人で開けられるようになったんですよ?…え、どうしたんです?「もういい?」え、え?」

 さてと、執事の爺さんが神姫を連れ去ってからまだそんなに時間は経っていないはずだが…相手の目的も分からない以上悠長にはしてられないだろな。


 「シャル、魔力探知で居場所を掴めるか?さっきみたいにパパッとスパッとやってくれ」


 「私を凄く便利に使わないでよ。…言っておくけど、神姫様の魔力は探知できないよ?」


 「使えないな」


 「失礼なっ!忘れたの?神姫様はイレギュラーだよ?」


 「…ああ、そう言うことか」


 この世界(オルド)の基本5種族どれにも属さない、文字通りの異端者(イレギュラー)。どうやら自称天才様のシャルもイレギュラーの魔力までは探知できないらしい。チッ、使えない奴めしばらくオヤツ抜きにしてやる。


 「探索魔術は従来この世界に存在している種族の魔力をや大気中や物質に含まれている自然魔力(マナ)を感知する術だからね。イレギュラーの魔力なんて直接調べておいたりしないと探索対象に入らないんだよ」


 「ああそうかい。んじゃ、さっさと探知よろしく」


 「話聞いてた?だから神姫様の魔力は…」


 「執事のジイさんの魔力を探れよ」


 「…あ」


 おい、本気で気付いてなかったのか?ドジとかマヌケってレベルじゃないぞ。


 「お前、それでよく自分の事天才とか言えるな。帰ったら謝罪文書かせてやる」


 「書かないよ!ちょっとウッカリしてただけじゃないさ!いきなり色んなことが起こってるんだし普通少しは混乱したりするもんでしょっ」


 不満げにまくしたてるシャル。止めてください、唾が飛びます。ニート菌に感染して勤勉極まりない俺様が自堕落化したらどうしてくれるんだ。餌作る相手がいなくなって餓死するぞ?つまり相打ちだ。


 「…まあ、いいや。じゃあ執事さんの魔力探索始めるよ」


 「今年中に終わらせてくれよ」


 「半年以上もかけるかぁ!!」


 ちょっとしたお茶目なジョークなのに、いちいち過敏に反応するシャル。なんだ、そんなに構ってもらえるのが嬉しいのか。ごめんなさいそういうつもりはないんです。


 「大体ねえ、状況考えなさいよ、よくもまあこんな時にシレッとした顔でいつも通りにゃふぃっ!?」


 食って掛かってきたシャルが突然マヌケな声をあげてビクンと体を震わせる。どうした、突然謎の奇病が発症したか?感染するような代物なら離れてください。


 「あぁビックリした…」


 モゾモゾとドレスのスカートに手を突っ込んで携帯を取り出すシャル。と言うか正装(ドレス)に携帯突っ込むなよ、そういうモンは普通ポーチに入れるなりするものじゃないか?


 「あ、メールだよイクスさんから。丁度良かったイクスさんにも知らせないと」


 そうだな、あいつ確か神姫サンの警護任務で来てるんだし。何も知らないまま神姫様連れ去られてるじゃないか。何しにきたの、イクスって。


 「イクスさんが『今どこにいるんだ』だってさ。とりあえずこっちの状況伝えておいて…って、あれ?」


 イクスからのメールに返信していたシャルがふいに怪訝そうな声を上げる。どうしたバッテリー切れか?


 「…なんだろ、知らないアドレスからメールが着てる」


 そう言ってこちらに向けて、たったメールが今届いたばかりの携帯の画面を見せるシャル介。見えるように隣によって画面を覗き込んで見て…?



 『件名:怪しいものではないですよー』


 「…怪しいヤツしか使わないだろ、この言葉は」


 シャルを見るとコイツも似たような事を考えてるって顔だ。何と無く嫌な予感がするがとりあえず本文にも目を通してみる。




 『やっふぃー、ごめんなさいね突然メールしちゃってセンリ様お付メイドのカーリーと言いますどうぞよろしくってついさっきちよっとだけ会いましたよねでも自己紹介もしてませんでしたしこんな形で済ませてすいませんああちなみにアドレスはあなた達が拘束された際にボディチェックされた際に携帯を拝借して何かよからぬ事が起こりそうな気がしたので念のためにとチェックしておきましたプライバシーの心外ですねごめんなさいでも結果的にやっぱり事件が起きてしまいましたし結果オーライという事で許してくださいああそうそう執事の瀬葉さんと教会騎士(クルセイダー)の佐里江さんですがそれぞれなにやら企んでいるようなのでくれぐれも今回の一件ご注意ください追伸とりあえずややこしいことになりそうだったのであなた達にはご忠告したかっただけなのでこのメールはアドレス登録とかせずに消しちゃったりしても構いませんのでお気遣い無く』





 「…読みにくいっ!!」


 「読む気すら失せるな」


 初めて携帯電話を手に取ったおじいちゃんが生まれて始めて孫に送ったメールか。それにしては無駄に長文だが。


 「しかも勝手に人の携帯漁ってメアド調べてメール送ってあんまり反省してないよね、この人」


 「執事長だけじゃなくて教会騎士も怪しいってことらしいが…俺としてはこのメイドのほうが数段怪しさ爆発なんだが」


 …まぁ、お陰で益々ややこしいことになっているって事だけは理解できた。このメール…メイドの信憑性については、今は考えたくない。


 「どしたの、何か頭痛そうだけど」


 「わかるか?」


 ついさっき出会ったばかりでこんな事を言うのも心苦しいが、神姫サイド、ロクなヤツがいねぇなオイ。


 「…そういうお前も、なんか調子悪そうだな。腹でも減ったか?」


 「んー、ちょっとさっきから頭痛がね…。やっぱり人が多いところって性に合わないのかな…」


 「どうせ夕べ遅くまでゲームでもしてたってだけだろ。ほら行くぞ高性能ポンコツ」


 「それ性能良いの悪いのどっち!?」








 「…さてと、これで仕込みはOKかな?」


 メール送った直後の携帯を閉じる。目の前のモニターには艦内を駆け足で進む瀬葉さんとセンリ様がバッチリ映し出されてる。それだけじゃない、他のモニターには佐里江一行やシャルトリュー、大上の学園コンビ、ついでにアーシア社長の動向も常時船内の監視カメラで見張っている。うん、モニター3つ4つ凝視し続けるのは辛いんだけどね。ドライアイになったらどうしよう、労災利くかな。


 っと、たった今しまったばっかりの携帯がポケットの中で震える。もう、かけてくるなら仕舞う前にしてよ。二度手間だなぁ。


 「はいもしもし?」


 〔カーリー、今どこにいる〕


 「モニタールームですよー。絶賛要注意人物たちを監視中です。働いてますよー」


 〔緊張感が無いのは、まぁいいだろう。私は今から船底の機械室に向かう〕


 「何しに、って聞いても教えてくれなさそうですねぇ。了解、こっちはどうします?」


 モニターを見るとあらら、瀬葉さんと姫様が佐里江さんに見つかった様子。しかも更にそこに魔術技巧専門学園(エレメンティア)の両名まで。どうしましょ、これ。


 〔こっちはこっちで手を打つが、念には念をだ。…手段は問わない。邪魔者は排除しろ〕


 「了解っ。マヨル支部長」


 ブツッ、と電話が一方的に切られる。やれやれ、神姫(ティアマト)様のお膝元でメイドとして潜入なんて無茶な指示を出すだけあった人使いが荒い雇い主だこと。やだねぇ気配りが出来ない男って、だから良い歳して独身なんだねきっと。うん、間違いない。だって今私がそう決め付けたから。


 「さて、と。姫様と瀬葉さんに佐里江さん、そんでもってあの2人…。じゃ、ちゃちゃっと始めますか」


 手元の操作機器(コンソール)を操作し防火壁(シャッター)で一時的に封鎖していたとある区間を開放。閉鎖していたのはほんの1区間、客間3つ分程度のほんのささやかな範囲ではあるけれど。「ある事」をずっと行っていたその区間の防火壁を片側だけ開放し、「それ」を解き放つ。向かう先は今、まさに3者が揃い踏みしているあの場所。


 (アレも付いてる事だし万一って事は無いでしょ。…姫様にはちょっと悪いとは思うけど我慢してねぇ)










 私と忍が執事さんの魔力を見つけて追って来たら益々訳が分からない状況になっていた。まずは執事さんではなく、別の黒服男に捕まっている神姫様。そして執事の爺さんは神姫様を捕らえている奴と全く同じ格好の男達に囲まれ、教会騎士の…っと、確か佐里江とか名乗っていた人が執事さんに剣を向けている。


 「これはこれはコラット嬢。見ての通り既に姫様に狼藉を働いた逆賊は取り押さえましたので」


 「…自動人形(オートマトン)なんざ引き連れて、なんだ?他の部下には知られたくない事でもしようとしてたのか?」


 神姫様を案じて追ってきた私達に既に事は済んだと会釈する佐里江さん。そんな彼も忍の悪態に露骨に顔を歪める。


 「万一のための兵力だ。現にこうして思いもよらない不測の事態があったのだしな」


 「用意がいい事で。まるで最初から「不測の事態」が起こると分かっていたような準備の良さだな」


 「…何が言いたい?」


 皮肉たっぷりの忍の言葉に益々不快そうな表情を濃くする佐里江さん。神姫様の前だと言うのに、もう不快感を隠そうともしない様子に私は妙な違和感すら感じた。


 「部外者は口を挟まないで頂きたい。それに『孤狼』(ベオウルフ)、貴様は今や『星界の皇女(エンプレシア)』の者ですらない、一介の学生。こちらの事情とは無関係だろう」


 佐里江さんの「悪意」はもう私にもハッキリと判るほどになっている。忍と昔何かあったんだろうか、やっぱり。一方で瀬葉さんはそんな佐里江さんの言葉で何かに気付いたようにハッ、と視線を忍に向け、忍もそんな瀬葉さんの反応を一瞥すると小さく唸って、溜息を一つ。


 「…成る程、そういう事か」


 「どういうこと?」


 自分だけで自己完結しないでちゃんとコッチにも説明を求めます。まあ、聞いても答えてくれなさそうだけど。あ、ほら。やっぱり答えてくれない。


 「とりあえず、その爺さんとついでにお姫様を離せよ。無粋な鉄人形なんざ引き連れてお山の大将気取ってないでよ」


 「え、わたしはついでなんですか…?」


 「神姫(ティアマト)をついで呼ばわりするのは世界(オルド)広しと言えどアンタぐらいだよね」


 思わず神姫様と私のツッコミが重なる。神姫様、捕まえられているのに結構余裕?意外と逞しいのかも。

 そんな事を呑気に考えてると、自動人形(オートマトン)に両手を捕まれて拘束されていた瀬葉さんが突然身を捻り、屈めて両手の戒めから抜け出して自分の両サイドに立っていた自動人形(オートマトン)の足を手で払い上げる。足元を目にも留まらぬ動きで掬われた自動人形(オートマトン)2体は受身なんて取れるはずもなく、そのまま勢いよく床の上に叩き付けられる。


 そんな瀬葉さんに抜き身の剣を振るう佐里江さん。でも今度は忍が両者の間に割って入り(あれ、隣に居たのにいつの間に)、佐里江さんの腕を手の甲で払い、瀬葉さんへ向けて放たれた太刀筋は起動を曲げられ空を切った。


 この間約2.3秒。気が付いたときにはさっきと3者の立ち位置が全然変わってるし。

え、私帰ってもいい?


 「…どういうつもりだ。彼は神姫様に謀反を起こした反逆者だぞ」


 「ちょいと籠の中から出したぐらいで大げさな、過保護も過ぎると腐らせるだけだぞ」


 佐里江さんの剣は、今にも今度は忍に向けて振り下ろされそうな気配だ。ほんと、過去に何かしたんでしょ、絶対そうでしょ。どうしたらこんな恨まれてるのさ。


 「…成る程、君が「彼女」の話していた「狼」か」


 瀬葉さんは瀬葉さんで、何か納得したように何度も頷いてる。ごめんなさい、私は何がなんだか全然わかりません。


 「狼じゃなくて大上、おおがみ、な。その手のネタは散々言われて食傷気味だ」


 「あ、やっぱり言われた事あるんだ?」


 「勝手に変なあだ名つけるとか人として最低だからな?」


 「私の人生史上ブッチギリの「お前が言うな」だよ、それ!」


 「まあ、ダメポンコツぼんくらヘタレポンコツニートの世迷言はさておき」


 どうしてポンコツを2度言った。大事な事なので的な意味なのかな?よーしまずはアイツをやっつけよう。マッハで追跡撲滅してやろう。日ごろから恨み募ってるから最初からデッドヒートだよ。


 なんて忍にムカついてるとまた3人が動く。瀬葉さんが今度は神姫様を捕らえている自動人形(オートマトン)に迫り、それを阻止しようと佐里江さんが剣の切っ先を突き出そうとして、横からの忍の回し蹴りを咄嗟に後に飛び退いて避ける。


 「反逆者の片棒を担ぐ気か?コラット嬢はもちろん学園にまで汚名を被らせるつもりか、『孤狼』(ベオウルフ)


 「こちとら例外的な措置の学生身分なんでね。いざとなりゃ最初からそんな生徒は在籍してませんでしたって言って終わりだろ。それに…」


 首元で珍しくキチッと絞めていたネクタイを解き、いつものように首元に下げるだけにする忍。手首を2.3ど捻って指を鳴らし、()る気満々って様子だ。


 「はてさて、反逆者はどっちだろうな」


 含みのある物言いで挑発的に佐里江さんを煽る。当然佐里江さんも益々不快感を募らせて顔を歪め、今にも一触即発といった感じだ。私、どうしたらいいんだろ。出番なくなくない?


 「ならば、瀬葉同様逆賊として処分させてもらおうか」


 「了解だ(オーライ)、勝ち戦かどうかも見極められない程度の誤配役(ミスキャスト)が。さっさと永久降板(オールアップ)させてやるからかかってきな」


 両手を腰溜めに構え身を屈める忍。佐里江さんも今度は完全に忍に向けて切っ先を向け、2人同時にお互い目掛けて踏み込み、激突。

 細身の剣を軽やかに振るい刺突を繰り返す佐里江さんに対し、忍は剣を振るう佐里江さんの腕を払ったり、時には刀身自体を素手でいなす。相手は教会騎士の隊長、決して弱い筈は無いんだろうけどさっきから剣先は忍に掠りすらせず、むしろ佐里江さんは懐に入られないようにするだけで精一杯な様子。


 「…っ!?」


 何度目かの突きが真っ直ぐ忍目掛けて放たれ…切っ先は忍の体に突き刺さる前に両手の平で挟み取られた。

 咄嗟に剣を挽こうとする佐里江さんより早く、忍は両手で剣を押さえたまま足を浮かせず地面を踏み締めるように力を入れ、ガキン、と乾いた金属音を通路に響かせ佐里江さんの剣を圧し折った。

 白刃取りならぬ白刃折り。目の前で平然と行われる超絶技巧に私が驚嘆の声を上げる暇も無く忍は武器を破壊された佐里江さんに、折った切っ先を放り捨てて(こっち飛んできたし危なっ!)佐里江さんの左腕を掴む。


 「大言吐く割にこの程度か?」


 忍がそう毒付いて掴んだ佐里江さんの左腕を捻り上げようとして…。


 「ぐっ…!?」


 今度は忍が小さく呻いて咄嗟に腕を離す。そんな様子に佐里江さんはニヤリと悪そうな笑みを浮かべてる。


 「この程度なんだろう?どうした、随分衰えているじゃあないか『孤狼(ベオウルフ)』」


 「そうだな、最近家事炊事ばっかりやってるもんでな」


 弾かれるように離した手をパタパタと小さく振りながら佐里江さんの皮肉に何故か私への皮肉で返す忍。どうして矛先がコッチに来るの。

 と言うか、私見てるだけで何もしてないんだけど。加勢するべきだよね、やっぱり。


 「忍、手貸す?」


 「お前がやるとこの船消し飛ばされそうだしな」


 「私は反物質兵器か何かかっ!」








 シャルの遠吠えはさておき、この状況どうしたものか…。

瀬葉のジイさんは相変わらず神姫に群がる自動人形(オートマトン)を蹴散らすのに忙しいようだし、このままこの陰険メガネをはり倒して万事解決…って事にもならないだろうしな。

 それにしても何か仕込んでいたのか、腕を掴んだ瞬間強烈な痺れを覚えた。電撃魔術でも使われたか…それにしてはそう言った「気配」は感じられなかったが…。


 こうなってくると丸腰というのが響いてくるな…。神姫の護衛という名目がある教会騎士達と違って俺たちはあくまで一般の来賓扱いだ。ボディチェックもされたし当然武器の類は持ち込んでいない。

 素手でもやれないことはないかもしれないが魔術も武器も無い身としては、正直若干心許ない気持ちにもなる。


 (せめて、何か獲物があればいいんだが…)


 この状況を手っ取り早く打破できるような策(広域破壊兵器(シャル)は論外)は無いかと思案していると、不意に足元が小刻みに揺れ始める。なんだ、また揺れるのか?この船本当に大丈夫かよ。


 しかし、今度は振動だけじゃ済まなかった。今度は耳に異変を感じる。鼓膜を圧迫されるような、耳鳴りがするような感覚。そして、その少し後に何処からか鈍く、それでいて物凄く重々しい轟音が響いてくる。

 響いているというより段々と、いや結構な速度でこちらに迫ってきているような…って、迫ってくるわ迫ってくるわ、マジで。


 「…え、なに?この音」


 シャルもやや遅れて気付いた様子だ。佐里江も、瀬葉のジイさんも異常事態を察している。

1人だけ頭の上に「?」マークをポンポン浮かべてるお姫様は除外するが。


 「何だ、何が起こっている…?」


 どうやら佐里江の仕業ではないらしい。当然瀬葉のジイさんも事態が飲み込めていない風だ。そして神姫だけが異変にまだ気付かずポカンとしている。

 神姫様に向かって何だが、トロくさいぞお前。


 「…っ!シャルっ、結界を張れ!」


 異変の「正体」が遠目にだが目視出来た瞬間、大急ぎでシャルに声を掛ける。当然いきなり言われたシャルは理解できる筈も無く「え、え?なに、なんなのさ」と余計戸惑ってしまった。

 ええい、使えないヤツめ。等と思う暇も無く、「ソレ」はもう完全にここにいる全員の目にハッキリ看得る程にまで近づいてきていた。


 「ちょっ…!」


 ようやく事態に気付いたシャルが慌てて両手を突き出し魔術の術式を構築し始めるが、遅い。

狭い船内通路の天井まで達する大量の水が、俺達の間近にまで迫ってきている。


 誰がこんな事態想像できる?海の上の船のど真ん中で、大洪水が発生している。しかもどう考えてもこれは人為的なものだ。下手したら船自体が沈没するぞ。『TNN(タイタニックのようにはなりたくない)号』なんて縁起最悪な名前通りだな。生きて帰れたらリヴァイア産業にクレーム入れてやる。


 「馬鹿なっ…船の中で洪水を起こすとは…沈没させる気かっ!」


 「姫様っ、こちらに…!」


 佐里江が咄嗟に自動人形(オートマトン)を盾にするように退き、瀬葉は神姫(センリ)を庇おうと駆け寄るが、届かない。当の神姫は今にも自分を飲み込もうとする濁流を前にペタン、とその場に尻餅をついてしまっている。


 間近に勢いよく迫る大量の水。轟音に床が、天井が振るえ圧迫された気圧に耳鳴りが酷くなる。

近くの客室に逃げ込むか…いや、鍵が開いている可能性が低い上に間に合いそうに無い。逃げるにしても通路は狭い上に一本道だ、上層に上る階段まで洪水に呑み込まれずに辿り着くには音速移動でもする必要があるだろう。


 となると…、この状況で残された手段は…。


 「…センリ、立って!」


 間に合わないと判断したのか、それともあれだけの質量を抑えるだけの結界を張れないのか、シャルはすぐ後で座り込んでいた神姫の腕を掴んで乱暴に立たせようと引っ張り上げる。神姫はようやく状況を、この笑えるほど絶望的な状況に気付いたようで真っ青な顔で、されるがままにシャルに引き起こされた。


 「来いっ、シャル!」


 濁流は、もう眼前だ。激しい勢いで通路に飾られていた額縁や消火器などを纏めて呑み込まれ、水飛沫を肌に感じる程に迫られながら俺は咄嗟にシャルに向かって大きく手を伸ばし…シャルも、殆ど同時にこちらに手を伸ばしてくる。


 そして次の瞬間、ガツンとまるでトラックにでも撥ねられたかと思うような凄まじい衝撃を受け、通路を丸々満たす大量の水の奔流に飲み込まれ、手足の自由はもちろん音も奪われ、見えない大きな腕に引きずられるように通路の中を流されていく。


 水は丁度俺とシャルが来た方向と逆側から流れてきた為、まずは佐里江と自動人形(オートマトン)達、そして瀬葉の順番で飲まれていく光景が流される寸前に視認出来た。


 一体何処の誰が、どんな目的でこんなとんでもない無茶苦茶な真似を…等と考える余裕など当然ある筈がなく…。


 俺は、なんとか掴んだ小さなこの手を絶対に離さないようにと必死に握り締めながら、どこまで、いつまで続くかも判らない洪水に必死に耐える事しかできなかった。


 

 








「ねー、あとどれぐらいで着く?」


 飛び始めてから、かれこれ数十分。さっきから見える景色は一面海、海、海。しかも夜も更けてて殆ど真っ暗闇。正直殺風景すぎてつまんない。


 「後少しだ」


 「それ、さっきも聞いた」


 同乗している銀髪の若い男は相変わらず素っ気無い反応しかしてくれない。今日何度目かも判らないわたしの催促の言葉にも表情一つ変えないけど、最近これは単に「無表情で困っている」だけだと言う事だと知った。


 「我慢して、大人しくしていてくれ」


 つまんないから文句言ってるんですけどー?まあ、最初は確かに中々体験できない「乗り物」にテンション上がってたけど、もう慣れちゃったし。人ってどんな刺激にもそのうち順応しちゃうもんなんだよ?特に女の子相手には、飽きさせないようなサプライズは欠かせないっていうのに、わたしの周りの男は朴念仁ばっかりで困るったら困る。


 「ならもうちょっと急いでよ。スピード出せないの?信号も渋滞も無いんだし急げるでしょ」


 「スピードなら、もう少し出せるが…」


 「なら出してよ、ほらほら急いで。「アイツ」が今頃ピンチかもよ?」


 実際全然アイツの心配なんてしてないけど、元々風景を楽しむような趣味も無いのに殺風景過ぎる夜の海を延々と見せられてるままでは退屈死してしまいそうだもの。わたしがそう急かすと運転手さんはチラリと横目でわたしを一瞥して。


 「これ以上加速すると、君が吹き飛ばされかねないが、構わないのか?」


 「ダイナミックに構うね。安全運行お願いします」


 「了解している。…このまま頼むぞ」


 ぽん、と運転手さんが足元の「乗り物」の背中を小さく叩く。「乗り物」はそれに応えるようにウォーン、と一鳴きしてその大きな翼をより一層羽ばたかせる。

 その羽ばたきに大きく煽られた風に、私の自慢の紫紺のロングヘアが靡く。…あんまり風が強くなると本当に落ちちゃいそうになるんですけど。ここ、掴まる場所も座席も無いんだから。


 「この調子なら30分もかからないな」


 「ほんと?よかった。さてさてわたしの自慢の作品()はどんな成果を見せてくれてるんでしょうねえ」


 「…アイツも、無茶な事をしていなければいいが」


 「大丈夫でしょ。まあ、唯一のギルドメンバーが心配なのは分かるけど」


 足元の「乗り物」も、仲間を憂う「主」を慰めるようにもう一度小さく吼える。



 目的地であるクルージング中の豪華客船『TNN号』に向けて、巨大な影が翼を広げ飛行する。

雲も無い夜空は星がよく見え、不安定な足元でなければそれなりに風情のあるシチュエーションなんだろうけど仕方ない。


 流石に、巨大竜(ドラゴン)の背の上じゃあのんびり星空鑑賞なんて出来ないしね。









 …流石に死ぬかと思った。久々に本気でヤバいと思った…。


 どこまで流されたんだろうか、周囲を見回すとさっきと同じような客室フロアの通路のようだが…さっきまでいた場所からどれほど離れたのか、そもそも同じ階層なのかも判らない。

軽く頭を叩いて耳に入った水を出す。よし、聴覚問題なし。手足もくっついてる。流された時に壁やらなにやらにぶつかりまくったせいか、体中あちこち痛むが大した程じゃあない。よし、視界良好。視覚も問題なし。近くに魔力の反応は…感じない。元々感じたことが無い。これも普段通り。


 (しかしまあ…とんでもない事するもんだ。執事のジイさんも教会騎士も皆殺しにする気だったのかよ…)


 あそこの場にいた全員を邪魔だと思っているヤツの仕業だろうが、現在のところそんな容疑者はリヴァイア産業ぐらいしか思いつかない。『財団』もやりかねないが、奴らが『神姫(ティアマト)』まで巻き込むメリットが無い。


 (…とりあえず、この辺りに流されたのは俺らだけみたいだな。ジイさんやあの陰湿陰険メガネは別方向に流されたと考えるべきか…)


 さてやれやれ、これでまた神姫探しが振り出しだ。まぁシャル(ポンコツ)に魔力探知させればまたすぐ見つけられるだろうが。…さっきとは状況が変わっている。下手をしたら既に神姫が佐里江に確保されている場合もあるしな。


 「グズグズはしていられないか…おい、ポンコツ生きてるか?」


 流される寸前に咄嗟に掴んだ手は離さずしっかり握ったままだ。さっきから反応が無いし返事も返ってこないが…生きてるよな?


 「…おい、起きろ。溺れて呼吸停止してるとかってオチは勘弁してくれよ」


 人工呼吸フラグじゃねえか。


 返事が無い、只の屍…だと困る。俺の仕事が終わってしまう。まだ稼ぎ足りないのに。

反応を返さない相手と繋いだままの手を引っ張る。案の定意識を失っているらしくダラン、と力無く引っ張られるままに上体を浮かせる、神姫センリ。


 よく見知った金髪娘では無く、ついさっき出会ったばかりの空色の髪の少女が、俺の隣にいた。


 「…。」


 なるほど、佐里江に咲に神姫を確保されるという心配はもう無いようだ。何せ咄嗟に掴んだのはシャルではなく神姫の手だったらしいからな。

…シャル何処だよ。


 「…マジか」


 そして、悪い事と言うのは重なるもんだ。


 神姫センリは、息をしていなかった。

大量に水を飲んでしまったのだろう、軽く頬を叩いてみるが一切反応しない、肌も冷たく大分体を冷やしてしまっているらしい。確かに俺も寒いしな。


 (…なんて、冗談ぬかしている場合じゃねえよな…洒落にならないぞ)


 引っ張り上げた神姫センリの体をゆっくり床の上に横たわらせる。顎と頭を掴んで、気持ち顔を上向きにさせ気道確保。呼吸無し、覚悟…あまり無し。


 (…人命救助、緊急事態。こんな見せ場(スポットライト)はいらないんだがなぁ…)









 「…っら、アン…れよ」


 ぅあ…、頭が痛い。頭痛はさっきより酷くなってるみたい。でも、お陰であんな目にあったのに生きている事が実感できる。


 「…っけンな……かよ」


 「…ならいいの……!」


 どこか遠くで、誰かが言い争っているような声が聞こえる、気がする。…聞いたこと無い声…?えっと、忍はどこだろ…。


 とっさに掴んだ筈の手は何も握っていない。腕を動かすだけで節々が痛いけど、骨が折れているとかって訳でもないみたいだから、ちょっと我慢。手を握ったり、広げたり。うん、大丈夫。

 今度は体を起こそうとしてみる。腰や首がズキンと痛む。体が凄く重いけど、多分原因の半分はビショ濡れになったドレスのせいだろうね。水を吸いまくっちゃってる。お陰で身を起こすこともできない。


 「…はあ、まあ緊急事態だしな…。わぁったよ、やりゃあいいんだろ?」


 「さっさとしろ。手遅れになったらテメェのせいだからな」


 「助けようとしてるのに責任背負わされるのは理不尽すぎだろ!」


 段々意識がハッキリしてくる。ゆっくり目を開けてみると、さっきまでいた船内通路とは違う、見たことの無い天井。パイプやら何やらが無骨にむき出しになっている。多分、機械室か何かなんだろうね。


 「ほれ、心配停止は一刻も争うんだ。ウダウダしてねぇで腹括ってきばれや。今時のガキゃあ、情けねぇな」


 「だったらやっぱりアンタがやれ…ああ、オヤっさんにやらせたらその前歯でガブリとやっちまいそうだもんな。救命活動から殺人になっちまう。…っし、じゃあ、やるぞ」


 なんだか判らないけど盛り上がってるなぁ…。私、ぶっちゃけ今ボロボロだしもうちょっと静かに休ませて欲しいんだけど…!?


 目を開けると、眼前に見知らぬ男の顔が迫ってきている。鼻先が触れそうなぐらいに近い距離で、今にも唇が当たりそうで……。


 「にゃぎゃぁあああああああああああああああああああっ!!!!」


 「んぎゃぁああああああああああああああああおあああああ!!!!」


 意識を取り戻した次の瞬間、見ず知らずの男に唇を奪われそうだった私は咄嗟に衝撃魔術を構築、もちろん威力の加減なんてできません。だってパニックですから。


 「うおおっ!?」


 凄まじい衝撃波を発生させて床の上で横たわっていた体勢の私に被さる様に迫っていた男を真上に吹き飛ばし、天井に叩き付ける。勢いよく叩き付けられた男は天井にめり込んでる。


 「…おお、目ぇ覚ましたかお嬢ちゃん」


 「フゥーー、フゥー…!」


 疲労もダメージも忘れてしまうぐらいのサプライズな目覚めだよっ!体を起こすと、天井に変なオブジェみたいに食い込んでいる男(ああ、わりと若い…)と私を交互に、何か色々な感情をない交ぜにして、結局どう反応すればいいのかわからない、といった様子のネズミ族らしい人。声から察すると40.50代ぐらいのオジサンかな(いや、『純種』の獣人って見た目で歳わからないんだよ)。


 「…ここは?」


 「3階の整備室だ。俺らが点検作業してた所に通路からいきなりすげぇ量の水と一緒にお嬢ちゃんが流れてきたんだよ」


 整備室…そう言われて始めて私は目の前のネズミおじさんが作業着姿だと言う事に気付く。ついでに言えば、今ドサッ、と天井から落ちてきたもう一人の男もネズミおじさんと同じ格好だ。

 この人達はこの『TNN号』の整備員ってところなのかな。


 「ぐは…、死ぬかと思った…」


 奇遇だね。私もほんの少し前死ぬかと思ったよ。


 「年頃の女の子が気を失っている隙に襲おうとなんざするからバチが当たるんだ、クソガキ」


 「アンタが「こいつぁヤベぇ。おいアル公、人工呼吸だ」とか言うからだろ!」


 「仕方ねぇだろ。気絶してるだけなのか呼吸止まってるかなんざ判別できるか」


 「まずは胸に耳当てて心音確認なりすりゃあいいだろ!」


 「セクハラになっちまうわな、ンな事したら」


 「俺はお陰で冤罪であやうく愉快なシャンデリラになるところだったわ!!」


 結構な威力で吹き飛ばしたのに頑丈だね、この人…。天井を見上げるとクッキリと人型の窪みが出来上がってる。それなのに作業着姿の若い男は頭からちょっと血を流してるだけ。もしかして機械族か何かなのかな?


 「…まあ、無事みたいで何よりだ。名誉の為に念を押しておくが、あくまで人工呼吸。人命救助を行おうとしただけだからな。そこのところ勘違いしないでくれよ。いやお願いだからホント。訴えたりされたら勝てないから」


 「…まあ、わかってるよ。ビックリしてついブッ飛ばしちゃったし。ごめんなさい」


 「まぁ気にすんな」


 「オヤっさんが言うな、それは俺のセリフだ」


 仲がいいのか悪いのか判らない2人だなぁ…何だか親子みたいにも見えるよ。

…忍と私も、傍から見るとこんな風なのかな。


 「…で、何がどうなってんの?」


 「それは俺も聞きたいんだけど…」


 壁のパイプに捕まりながら、水を吸って随分な重量になっているドレスに四苦八苦しながらフラフラと立ち上がる。ふと、作業着姿の若い男が言葉の途中で不自然に視線を逸らす。


 「…?」


 逸れる寸前の視線が、立ち上がった私の体に向いていたのでチラッ、と頭を下げて自分の格好を確認。


 ずぶ濡れになったドレスはピッタリと肌に張り付いて体のラインが思い切り出てしまっている上に若干透けてる部分まである。ストールはどこかに流されたみたいで、スカートに至っては半分めくれている上に濡れて生地がくっついているため太ももまで丸出しで…。


 「ふぎゃぁああああああああああああああああああ!!!!」


 「だから目ぇ逸らしたじゃねぇかあぎゃぁあああああああああ!!!!」


 天井の次は壁に、同じような人型の窪みが出来上がる。


 「…天井と壁の修理もしねぇとな…。修繕費はお前の給料からさっ引くからな」

畜生仕事が忙しいよぉ…今一番欲しいもの、休みでも金でもなく、「人手」です。


相変わらず益々ゴチャゴチャしてきた『豪華客船サスペンス』編。嘘ですそんなサブタイトルではありません。

瀬葉やら佐里江やら各々何か企んでる上にメイドさんまで何か胡散臭いですねぇ…さてどうなることやら。

忍とセンリ。シャルと整備員コンビ。妙な組み合わせになりました。心配です。特にセンリ。




 シャル達が留守で学園でのんびりしていると思われていたモプシーですが、普段しのぶやらシャルやら色んな意味で近寄りがたい面々と一緒にいるせいで他の生徒達が寄ってこなかっただけで、ここぞとばかりにモプシーに前々から興味津々だった生徒達(特に女子)に追い掛け回され、モフられ、撫で捏ね回され1時間に5回のペースで「フィーバータイム」モードになるという事態になったとか。

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